IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第60話 闇の侵食(ラグナ)生命の浸蝕(デバイス)

「…………これで全員避難したな」

 

 

襲撃により破壊された避難所、そこにいた龍夜は一息ついたように息を漏らす。ヴォルガ・ハザードを撃破した後、龍夜は避難所にいた人々を他の避難所に移すために、公国の兵士達へと連絡をした。

 

その後、急いで出向いてきた複数人の兵士達が主体となり、避難は終わった。彼等は無事なシェルターへと移動し、事が終わるまで避難していることになる。

 

その際、多くの避難者達が自分に感謝を述べてくれた。あろうことか、お菓子までくれる子供もいた。自分が助けた人質にされていた避難者の子だった。

 

 

「…………ふん」

 

 

悪い気分ではない。かつては他人を毛嫌いしていたとは思えない調子だった。胸の奥にあった不快感や苛立ちがなく、そんな感覚に満足している自分に呆れながら、龍夜は子供から渡されたお菓子を口に含んだ。

 

 

…………普通のお菓子であるはずだが、少し味が変わっていた。口元に着いたお菓子の破片を舐め取る龍夜は、チラリと自身の腹を見る。

 

 

────ヴォルガ・ハザードによる抉られたはずの腹に傷はない。続けて視線を移した先、自分がさっきまで倒れていた場所にある大量の血痕を見据えた。血の量は、明らかに瀕死に近いほどである。

 

再び脇腹を触る龍夜。感触からして、違和感はない。傷など最初から無かったかのように、彼の肉体は完全に治っていた。修復された、とでも言うべきだろうか。

 

その疑問を払拭しきれず、龍夜は聖剣の中に眠る少女の名前を口にした。

 

 

「ルフェ」

 

『────はい、マスター』

 

 

一声に、エクスカリバーが起動し、少女が応えた。機械的な変形音の後に、エクスカリバーに組み込まれた結晶から、透き通った少女 ルフェの声が響いてくる。落ち着いた声音で対応する彼女は、自らの主の言葉を静かに待っていた。

 

 

「欠損が治っていた。これもお前の力なのか」

 

『正確には、私達の基本的な力。たとえ欠損であっても治すことが出来ます。そもそも、貴方を傷付けさせることなど有り得ませんが』

 

「…………まさか、絶対防御もか?」

 

『当然。ISとは違い、領域としての展開も可能です』

 

 

それはつまり、どんな攻撃も確実に防ぐ領域を結界としての利用も出来るということか。規格外の機能に呆れる一方で、彼の思考が冷静にある答えを認識していた。

 

 

これが、エクスカリバー。奴等の求める世界変革を可能とする兵器。八神博士が遺したとされる、ISを越える究極の兵器の一つ。それが何故、ISとして自分の元に届いたのか。いや、誰が自分にこれを渡したのか。

 

 

「…………篠ノ之、束」

 

 

自分が憧れを抱いた天災にして天才。世界を揺るがしたISの開発者であり、世界から姿を消した正体不明とされる人物。実際にはあの織斑千冬の親友とされる彼女が、ISと称してエクスカリバーを龍夜の元に送ったのだ。

 

 

もし、その事実が正解であれば、あの人は一体何を知っているのか。世界を敵に回した大犯罪者とされる八神博士と、どういった関係なのか。

 

 

あらゆる疑問を前に、龍夜は考えることを止めた。どれだけ考えようと答えらしきものは出ない。真実を知ることなど、やり方さえあれば出来なくもない。

 

そんな風に考えていた龍夜だったが、ブーッ! という電子音が響いた。ポケットに仕舞い込んでいたスマホを見ると、連絡すら届いていなかった。顔をしかめた龍夜が画面を覗いた次の瞬間。

 

 

 

『────ご主人様ッ!誰その()!』

 

 

電子の中の妖精が、感情的に叫んだ。

電脳内にて行動を可能とする人工知能 ラミリア。龍夜が作り出した自己学習することで成長する、自我を有したAI。

 

人類の一部が求めた技術で生まれた少女は、モニタリングした上で混乱していた。自分の主が死にかけたと思えば、突然生き返り、敵を倒した。その後、呑気に自分の武器────その中にいる誰かと対話しているのを。

 

 

客観的に、ラミリアは理解した。

また自分の主は、他の娘と馴れ合っているのだと。

 

憤慨し、説明を求める妖精の少女の声を聞いた瞬間、龍夜は露骨に反応を示した。

 

 

「…………(面倒くさそうな顔)」

 

『ねぇ!ご主人様、説明して!誰なのその娘!また新しい女の子と仲良くなってさーッ!』

 

「…………(凄い面倒くさそうな顔)」

 

『───この声は、私達と同じ?いえ、少し違うみたいですが、一体何なのでしょうか』

 

 

最早説明すること自体が嫌だと思ったのか、説明を拒否した龍夜に、凄い勢いで食いかかるラミリア。その状況に剣の中から様子を伺っていたルフェはラミリアの存在に疑問を覚え、好奇心を向けていた。

 

その瞬間、実体を持たぬ二人の少女の意識が、互いに向き合った。各々を認識した直後に、いち早く妖精の少女が悲鳴を上げるように叫ぶ。

 

 

 

『────私と同じタイプッ!?』

 

『…………いえ、どう考えても違います』

 

 

活発的な少女が戦慄する様に、ルフェはキッパリと否定した。意外と仲が良いな、と様子を見ていた龍夜は呑気に思っていたが、

 

 

 

 

「─────誰だ」

 

 

突如立ち上がり、エクスカリバーの柄を握り締める。警戒心を剥き出しにした龍夜は自分達以外人の消えたはずの避難所の中にいる何者かへ向けて、低い声で告げた。

 

 

すると、相手は落ち着いた声で返答を口にする。

 

 

 

「────失礼。御話の邪魔をするつもりはありませんでした」

 

 

メイド服の女性だった。感情というものを排斥した、人形のような雰囲気を放つ銀髪の女性。彼女は近くの避難所の壁に浮かぶ木製の扉─────記憶した限りでは、最初からなかったはずのものから距離を取り、歩きながら彼女は語る。

 

 

「ご安心を。貴方様に手出しをする予定はありません」

 

「…………じゃあ何だ?そいつを助けに来たか?」

 

「助けに来た、という言葉の訂正を。私は彼を仲間とは認識しておりません。彼は、我が主にとってまだ必要なだけですので」

 

 

淡々と言いながら、気絶したヴォルガ・ハザードを片腕で抱える女性。触ることすら不快という声音でありながらも、彼女の顔にそんな負の感情すら見えない。仕事と割り切っているような態度の彼女は龍夜を見据え、口を開く。

 

 

「ですが、彼も我が主の思惑通り役に立った模様。捨て駒にするには惜しいとのことで、ここで退かせていただきます」

 

「─────行かせるかッ!」

 

 

背を向けようとする彼女に、龍夜はエクスカリバーを振り払う。刀身を包む装甲が乖離した直後に、自我を持ったように突撃していく。彼の扱うエクスカリバーの機能の一つ フレームユニットが彼女の動きを止めるために迫る。

 

 

振り替えることなく、女性は静かに一息漏らす。さっきまで閉ざしていた片眼を見開き、瞳の色を別の色へと切り替える。

 

 

そして─────彼女の姿が消えた。

 

 

「ッ!?」

 

(瞬間移動!いや、違う!動きは見えなかった!これは───!)

 

 

フレームユニットが目標を見失い、空中で動き回る。フレームユニットの内部にはあらゆる探知機能が搭載されており、目標が移動してもすぐに追尾を開始することが出来る。即座にISのハイパーセンサー機能を有したバイザー型のゴーグルを被った龍夜は、消えたはずの彼女が探し出そうとする。

 

見えなくなった女性を発見したのは、声がするとほぼ同時であった。

 

 

「残念ですが、戦いは望みません。私の目的はあくまでもヴォルガ・ハザードの回収です。────それに、貴方を傷付けることは許されていませんから」

 

「…………今のは、ISの能力だな?どうやって発動した」

 

「その質問には答えられません」

 

 

シェルターの上、崩落した地上に立つ女性の言葉に顔をしかめるしかなかった。今の行動とエネルギー反応は間違いなく、ISの反応だ。だが、どうやって能力を行使したのか、それが分からない。

 

ISのエネルギー反応は確認できるが、彼女がISを纏ってる様子はない。部分展開している訳でもなく、生身でISの力だけを使っている。そんなことが本当にあるのか。

 

 

「…………生体融合タイプのIS。お前、何者だ」

 

「その質問にも、答えられません」

 

「答えられないだろうな、何せ一般的にISの生体融合は不可能とされてる技術だ。可能だとしたら、ただ一人だけだ。だが、あの人が関わってるとしたら、お前らは新型のISでも使っているはずだ」

 

「……………」

 

 

そこでようやく、女性が沈黙を貫いた。龍夜が何を言わんとしているのか、理解したのだろう。高性能のハイパーセンサーが認識した情報、女性の体内から確認されたISのコアのデータを噛み砕き、目の前の女性を睨みつけた。

 

 

「現時点で世界各国が保有しているコアのどれとも類似しない────それを有するお前は一体何者だ」

 

「やはり、貴方は聡明ですね。そのことに気付けるのは篠ノ之束様以外に、貴方しかいないでしょう」

 

「…………何?」

 

 

思わず、思考がずれた。

視線の先にいる女性を警戒するよりも先に、彼女の言葉の意味を読もうとしてしまう。自分を知るような言い分、彼女は自分をよく知る相手なのか、と。

 

 

その判断がミスだと気付いた時には、彼女の姿は消え去っていた。何らかの手段で移動したのかと思い追跡を目論みるが、あの女性と思わしき反応は周囲から消えていた。

 

 

「─────」

 

 

静かにエクスカリバーを下ろした龍夜は、その場から離れることにした。今、大規模テロの真っ最中である。急いで千冬達と連絡を取り、テロの収束に向かわねばならない。

 

そう思っていた彼だが、確かに感じ取っていた。テロの最中でありながら、嫌な予感が拭えない。都市部の何処からか放たれる異様な雰囲気が。

 

 

戦いは、まだ始まったばかり。

そう示すように、都市の一部で影が蠢き始めていた。

 

 

◇◆◇

 

 

ISのコアにしては大き過ぎる『時結晶』を手に、エーゼルが基地から出ていく。公国の地下に通ずるエリアから離れた彼は、凍獄と化した一帯に出るや否や、芯のある強い声で周囲に呼び掛けた。

 

 

 

「────イヴ、目的のものは手に入れたぞ」

 

 

次の瞬間、周囲に影が微かに動いた。ズズズ、と暗闇すら蝕んでいく黒が、地面に広がっていく。エーゼルの足元を残し、氷と冷気に染まった辺りを全て自分の闇で塗り潰す。

 

黒いドロドロとした液体が、生物のように蠢く。ただ広がる異様な光景を尻目に、エーゼルはその影と闇の主の変化に気付いていた。

 

 

(実体の形成をしてない…………予定よりも命を吸いすぎたようだな)

 

「まぁいい────受け取れ、イヴ。これがお前の求めていたモノだ」

 

 

そう言い、エーゼルはクリアブルーの結晶を黒い闇へと落とした。ドプン………と波紋を生じさせた結晶に、黒い液体が群がっていく。ズルズルと形をなした黒い触手によって結晶体の内部に侵入し、いや、より厳密には接続する。

 

 

直後、大きな胎動が響き渡った。

黒い液体に何らかのエネルギーが流し込まれ、全体へと広がっていく。明確な変化が起き始め、動きを見せる黒い闇を見たエーゼルは、冷えきった表情を崩すことなく、耳元に装備していたインカムに向けて告げた。

 

 

 

「────これより、本来の作戦『公国堕とし』を遂行する」

 

 

◇◆◇

 

 

おぞましい程の、黒い闇の中。

粘りついた泥のような液体が、公国の一部に集まっていた。正確には、その場に居座っていた黒いコートの青年を起点として。

 

 

「───ようやくだ」

 

 

胸を押さえ、イヴは心の底から楽しそうに笑う。そんな彼の身体がビクン、と跳ねた。二度目の胎動が響いた瞬間、彼の身体が内側から膨張する。

 

ISのコアの原材料になる時結晶、それは兵器のコアとして運用が可能とされている。尤も、その事実を証明したのは八神博士以外誰もいないのだが。

 

だからこそ、彼は時結晶を求めてきた。その力があれば、自分は更なる力を得ることが出来ると。本当に、人類を皆殺しにする程の強さに至ることが出来るのだと。

 

 

「これで、俺はまた強くなる…………生命を喰らい、生命を糧にして、俺達は人類を越えた究極の存在へと昇華される!」

 

 

光の流れが、時結晶(タイム・クリスタル)に接触したことで発生したエネルギーの余波が、全身に響き渡る。強烈な、今まで味わったものとは違う感覚が体内に炸裂し、イヴの体内に蓄積されたものが共鳴するように蠢き出す。

 

 

呼吸の邪魔だったのか、口元を覆い隠していたガスマスクを引き剥がし、放り捨てるイヴ。顔全体に広がる黒い液体による侵食を気にすることなく、彼はただ嗤った。

 

 

「─────さぁ、始めよう。俺達の下克上を」

 

 

 

黒いコートの内側、彼の胸に埋め込まれた何らかの装置。それを片手で撫でながら、彼は慈しむように、懐かしい誰かと話すように、呟いた。

 

 

 

「一緒に、世界を闇に堕とそう。()()

 

 

 

瞬間、イヴと名乗っていたモノの姿が弾けた。そして、中身が、彼が内包していた黒い闇が──────ルクーゼンブルク公国へと広がり、全てを染めていく。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────公国の一部から高エネルギー反応!凄まじい勢いで、溢れ出しています!」

 

 

ドイツの基地内の観測室にて、観測された結果を口にしたオペレーターが、悲鳴のように叫ぶ。無理もなかった。何故なら、異様すぎる事態だ。

 

彼等の目の前のモニターに広がるのは、高密度のエネルギーの波。公国の一部から生じたと思われる高エネルギーの津波が、町を蝕もうと広がっていく。収まることすらなく、それどころかエネルギーの総量が増えていく光景は、誰も経験したことすらないことだった。

 

 

「ッ!モニタリングは出来ないのか!」

 

「無理です!先程から電波が届きます!モニタリング不能!接続出来ません!」

 

「別部隊から報告!先程から周辺基地のアンテナが破壊されています!敵は竜と思われる機影!現場からの報告によると、敵は言葉を介して挑発らしきものをしている模様!」

 

「─────その敵は!何と言っている!」

 

「主が意味を成さない罵倒ばかりで…………つい先程!敵が名乗りました!ミフルと、自身を呼称しています!」

 

「………何だと!?」

 

 

報告から出てきた謎の敵に千冬は顔を険しくさせる。ミフルと名乗っていた相手は、少し前も界滅神機(アルターマグナ)を操り、公国を陥落させようとしていたテロリストだ。レッドによる撃破されと思っていたが、まだ生き残っていたらしい。

 

歯噛みしていた千冬の横で、通信越しにアレックスが反応を示す。

 

 

『此方から現場を確認する。だが、少し様子が可笑しい』

 

「…………何がどうした」

 

『生命反応が消えていく度に、あのエネルギーの量が増えていっている。考えたくはないが、これは────』

 

『─────アレが、生命を吸い上げているのさ』

 

 

ピタリと、通信の声の一つに、オペレータールームが静寂に包まれる。状況を観測していた時雨の、無感情に近い言葉に、千冬すら耳を疑っていた。この現状に大して驚いていない。あたかも知っていたような雰囲気を漂わせる時雨に。

 

 

「どういうことだ、アレについて何を知っている」

 

『………君も認知しているだろう。国連が推し進めていた三大プロジェクトについて』

 

 

珍しく、言い渋っている様子だった。しかし誤魔化すつもりはないのか、時雨は淡々と、複雑そうに語り出した。

 

 

『表向きには世界の危機のために、本当の意図は国連に仇成すアナグラムの完全な殲滅のため。国連は他の国々と連携し、三つの大規模な兵器プロジェクトの開発に尽力していた』

 

「…………」

 

『宇宙上からの天体衛星による自立思考兵器開発計画「ヴァルサキス・プロジェクト」、アナグラムとの全面戦争に対抗する強化戦士開発計画「ガーディアンズ・プロジェクト」。そして、国連が主体となって進めた計画。それは生物兵器の開発だった─────人の手には過ぎた、苛烈なモノだ』

 

 

不愉快そうに、何かを思い浮かべた時雨は、嫌悪感を隠すことなく、口を開く。そして、自分が閲覧した極秘データの内容を、吐き捨てるように告げた。

 

 

『名を、「ラグナ・プロジェクト」。あまりの残虐さから記憶媒体から抹消された、おぞましい計画の完成体。それこそが、今公国を蝕んでいる「()」の正体さ』

 

 

 

◇◆◇

 

 

「─────ラグナ・デバイス。それこそが、ラグナ・プロジェクトが作り出した計画の完成体。俺達の仲間であるイヴの、もう一つのコードネームだ」

 

 

白い刀剣を手の中で振り回していたレギエルが、唐突に語り始める。戦いの最中でありながら、呑気に話し出したレギエルに対し、セシリアは聞く耳を持たないと言おうとしたが、楯無がそれを引き留めた。

 

彼女には、分かっていた。この国で、何かが起きている。おそらく、レギエルにとって目的を果たしたからこそ、戦いの手を止めたのだろう。こうして自分達の事について話しているのも、そうした余裕の表れだ。

 

 

「より多くの敵を殺すために、連中が求めたのは生物兵器だ。だが、ただのウイルスや細菌ではダメだった。ちゃんと自我を持ち、知能を有し、敵味方の判別が出来るモノでなければ意味がない。─────だからこそ、奴等はラグナ・デバイスを完成させた」

 

「…………」

 

「ラグナ・セルという硬度や結合の変化が自在な細胞を無数に制御し、それを体内に蓄積させ、己の手足のように動かせる。液体金属なんぞや、貴方の水とはレベルが違う。生きた究極の鎧という訳だ」

 

 

それこそが、イヴと名乗った青年の本来の能力。ラグナ・セルという人工物の細胞を無数に操り、まるで液体のように結合させ、攻撃の際には硬化することで刃として変化を行っていたのだ。

 

国連が開発した生体兵器。それこそが、イヴが扱う力であった。

 

 

「…………まぁ、疑問が浮かんだろう。一体それだけの細胞を、ラグナ・セルをどうやって補充するのかと。無論、補充の心配はない。ラグナ・セルは現地調達が可能だからな。そこいらに山程あるもので」

 

「─────それが人間、ということかしら?」

 

「正解だ。厳密には、人体にある細胞や器官だがな。それらに接触したラグナ・セルが媒体として、分裂を繰り返していく。そうやって、ラグナ・セルを無数に増やしていくってのがやり方さ」

 

 

生命を喰らう、とはそういう意味だったのだ。

黒い影、ラグナ・セルの集合体が人に接触した瞬間、ラグナ・セルが人体のあらゆる部位を細胞単位まで侵食し、ラグナ・セルの糧として無数の細胞を培養する。

 

これ以上にない兵器だろう。何せ相手を殺し、殺した相手で補給すれば良いのだから。倫理観を無視すれば、ここまで兵器を作り出せるのだ。人類という存在は。

 

 

「どうして、貴方達は………そんな非道が!」

 

「勘違いしないで欲しいな。ラグナ・デバイスをそう開発したのは、国連の奴等だ。俺達はそれを有効活用しているに過ぎない。責任がないと言うつもりはないが、国連とてこの兵器を同じ人間に使う気で作ったんだ。それが理解できない訳ではないだろ?」

 

 

セシリアの非難に対し、レギエルは呆れたように答えた。責めるくらいなら自分達だけじゃなく、他にも相手がいるという言い分に、セシリアは何も言えず悔しそうに噛み締める。

 

黙って聞いていた楯無はその話にある違和感を覚えたのか、すぐに言葉として出した。

 

 

「………国連の兵器なら、何故貴方達がそれを手に入れたの?そんな重要なもの、普通に彼等が手放すとは思えないけど」

 

「手放したんじゃない、自分から離れたんだ。それを俺達が出迎えただけさ」

 

「────自分から離れた?」

 

 

露骨に顔をしかめた楯無。そこまでは把握していなかったのか、彼の口から出た事実に耳を疑う。そんな彼女達に言って聞かせるように、レギエルは話を続ける。

 

 

「俺達の仲間 イヴは、ラグナ・デバイスの適合者として選ばれた被験者だ。適合するために何人も、同じ部屋で過ごした者達を使い捨てられた光景を何度も見てきた。そんな奴が国連に忠誠を誓うとでも?」

 

「人体実験………ホントにロクなことしないわね!大人達は!でも、それを信用する証拠はあるの!?国連が子供を拐ってたなんて、言い訳できないけど!」

 

「何か、思い違いしているようだな。わざわざ捕まえてくる必要はない。連中は作ったのさ、適合者となれる人間を。自分達の手で」

 

 

何故、イヴという青年が、全ての人類を憎むほどの憎悪を覚えているのか。何故、彼が人間よりも圧倒的に優れた存在として、己を謳っているのか。

 

 

「イヴは遺伝子を改造され、連中の思う通りに生きるように作られた被験体の一つ。言葉を変えれば、試験管ベビーという奴だ」

 

 

自分達は人間以下の人間擬きと、使い捨てられてきた。だからこそ、彼は闇の中に巣食ってきたのだ。いずれ光の世界を蝕み、多くの人の生命を喰らい、彼等よりも圧倒的に進化した存在へと昇華すると。

 

 

それが、誰かの為の願いであったことも忘れ、彼は闇の中で生命を喰らい続ける。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「早く避難してください!ここだと巻き込まれてしまいます!早くッ!!」

 

 

避難所から出てきた市民達を守りながら、兵士達が避難を促す。安全なはずのシェルターからわざわざ飛び出し、逃げ出していく人々。その行動の理由は、目の前の災害であった。

 

 

黒い液体の波。公国全体に広がったその海は、人間を、命を求めていた。黒い海から生じた触手が延びていき、目の前に存在する人々の生命を吸い上げようと迫っていく。

 

 

「──────ッ!!」

 

 

それを、前へと飛び出した龍夜が阻止した。エクスカリバーを地面へと突き立て、その中にいる少女は彼の考えを読み取り、機能を解放する。

 

 

コアが発光した直後、周囲一帯を絶対防御が作用した領域が壁となって展開される。透明な障壁は大量の黒い液体の前進を拒み、人々への接触をひたすらに塞き止めていた。

 

 

一時的に、避難者達を狙う黒い液体の動きを押さえた龍夜は、エクスカリバーを振り払い、叫んだ。

 

 

「────今すぐ安全な場所に逃げろ!急げッ!!」

 

 

ひたすらに逃げていく避難者達に迫る黒い波を、龍夜は逃さない。莫大なエネルギーを蓄積させた刃を勢いよく振るい、放出した斬撃をエネルギーの塊として撃ち出し、黒い大波を消し飛ばした。

 

 

「…………クソッ!」

 

 

こんなことをしても意味がない。そう認識する思考をとにかく打ち消す。分かっている。これだけ攻撃したところで、アレは多くの人を狙おうとする。どれだけ護り通そうと、時間の問題だろう。

 

 

(一番先決なのは、本体を叩く────だが、行けるか?)

 

 

これだけ消し飛ばせば、今逃げている避難者達は大丈夫だろう。問題は、この黒い闇の主は何処にいるのか。龍夜にはそれが分からない。分からない以上、下手に動く訳にはいかない。そうすることで、一般人を護ることが出来なくなる。

 

 

(なら、やるべきことは─────もう一つの反応を潰す!)

 

 

決意と共に、龍夜は闇に侵食されていく町を走り出した。彼は既に、倒すべき敵を見据えていた。本体は分からずとも、それにとって重要な存在は認識している。

 

黒い海の一部、一際大きな反応が一つだけ出ている。それは少しずつ、黒い闇の海の中心へと動いている。ISのコアの反応に近いそれが『闇』のコアであると、龍夜は見抜いていた。

 

 

 

一つの闇と化したラグナ・セルの海を切り払い、蒼青龍夜は突き進む。己の戦う理由に迷いを持たず、ただひたすらに、誰かを護り抜くために。

 

 

 

 

 

 

 




ラグナ・デバイス

国連が開発した『ラグナ・プロジェクト』の完成形。イヴの能力にしてもう一つの呼び名。ラグナ・セルという可変機能を有する細胞を無数に操る。

自在に形を変える液体金属のような特性を見せるが、本来の特徴は人体に接触し、人体を媒体としてラグナ・セルを増殖させる能力。これにより、ラグナ・セルを無制限に供給することができる。

だが、あまりにもラグナ・セルの量が多いとイヴの制御も出来なくなるため、彼は新たなコアを求めていた。もう一つの心臓、もう一つの脳、唯一無二の重要な器官を増やすように、彼はコアとなるものを探していた。


そして、今回の事件で時結晶というコアを手に入れたイヴは、ラグナ・セルを補給するために公国全土を自身の細胞で埋め尽くそうとしていた。
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