IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第61話 黒き雨が降り注ぐ

『────此方!蒼青龍夜!織斑先生、聞こえているか!?』

 

「蒼青っ!無事だったか!?」

 

 

繋がらなかった蒼青龍夜からの連絡に、オペレータールームに戻った千冬が応えた。生死が途絶えたと思われる彼の反応が消え、希望を見出だせぬまま作戦遂行を優先した彼女だったが、その通信が、青年の安否を耳にした瞬間、僅かに気が緩んだ。

 

その変化に気付いたのは、古くから付き合いのあるアレックスだけであろう。

 

 

「無断出撃の件は、後で説教をしてやる。それよりも、お前はオルコットと更識と共に周囲の避難者の防衛を行え」

 

『いや、それでは意味がない。ラグナ・デバイスの動きを停止させるために、奴のコアを破壊しに向かいます』

 

「駄目だ、命令に従え。奴は大勢の人間を狙い、その生命で増殖を繰り返す。市民を守ることこそが、奴を肥大化させずに済む最善の策だ」

 

 

二人の意見は、全く別の考えであった。

敵をいち早く叩く、もしくは一般人を護る為に防衛に専念する。千冬の考えは、現状で最も正しい作戦なのだろう。龍夜の言う意見の通り、敵を倒すことに優先すれば事態の解決は早い。しかし、それでは犠牲者が出るのも止められない。

 

 

だが、龍夜には考えがあった。敵を、人の生命を吸い上げるラグナ・デバイスを倒さねばならぬ、理由が。

 

 

『織斑先生、少し気になっていることがあります』

 

「…………何だ」

 

『何故奴は、ラグナ・デバイスは今更人間を襲っているのでしょうか』

 

 

ずっと、気になってはいた。

エクスカリバー、もといルフェから与えられた情報を確認した龍夜は、その思考故にか彼はその特性を頭の中で整理し、した上である欠点を見抜いていたのだ。

 

 

『俺の把握している限りでは、ラグナ・デバイスは公国の地下から発掘された時結晶(タイム・クリスタル)と融合したことで、大量のラグナ・セルが溢れ出し、人々を襲い始めている。それは、ラグナ・セルを増やすための行為とは、理解しています』

 

「ならば、何がおかしい。奴がラグナ・セルを補充することは可笑しくないだろう」

 

『────いいや、可笑しいんです。そもそもラグナ・セルを事前に蓄えていれば、こんな手間を掛ける必要はなかった』

 

 

そうだ。出来なくはない。ラグナ・セルは全てラグナ・デバイスに蓄積される。無数の細胞を体内に蓄積させることが出来る技術があることは、既に把握している。だからこそ、謎だけが残されていた。

 

 

『奴等は公国を襲撃するために念入りに作戦を練っていた。表向きにテロリスト達が地上を襲撃し、人手を割いていき、本来の狙いである時結晶を回収する────これだけの計画の準備をする時間があったなら、ラグナ・セルなど事前に蓄積させることも出来たはずだ。

 

 

 

そうしなかったのは、出来なかったからだと思います。連中がISのコアとなる時結晶を求めていたのも、大量のラグナ・セルを制御するため。それはつまり、イヴは制御できるラグナ・セルが限られているのでは?』

 

 

それが、龍夜が推察したラグナ・デバイスの欠点であった。元々は人類が有効活用するために開発した兵器であるため、暴走の危険を考慮して敢えて欠点を残したのか。それだけはどうしても改善できなかったのだろうか。どちらにしても、ラグナ・デバイスという兵器が不完全性を有しているという点だけは確かだった。

 

 

その不完全性を克服するための第二のコア、時結晶なのだろう。

 

 

『奴等が時結晶をわざわざ一個だけ回収したのも、少しずつ適応させていく予定なのでしょう。そして、一つで制御できる細胞の限界を迎えれば、また地下から回収すればいい。既に公国の半分を制圧している奴の力なら、不可能ではない』

 

 

そうして、無限のラグナ・セルを操るラグナ・デバイスが究極の存在へと進化する。国一つ分の人間を食らい尽くしたラグナ・デバイスは隣国にまで侵略の手を広げていくことだろう。

 

もしそうなれば、人類の大半が失われる惨劇と化してしまう。触れただけで己の細胞の媒体とし、増殖を繰り返す無尽蔵の生体兵器が世界全土に広がればどうなってしまうか、想像するだけでも最悪の光景が脳裏に浮かぶ。

 

 

『今、奴は公国の人々やテロリスト達を巻き込んで生命の蒐集を行っている。今の奴のラグナ・セルの総量は、本来なら制御できない程の量まで膨張していっている。なら、外付けのコアを破壊すれば、奴はラグナ・セルを制御できなくなる』

 

「………それで、奴が自壊すると?」

 

『自壊はしないでしょうが、奴を構成するラグナ・セルが暴走すると思います。そうすれば、ラグナ・デバイスを倒すのも容易なはず』

 

 

彼の意見を聞いた千冬が、吟味するように黙り込む。両腕を組んでいた彼女は納得したように一息吐き出す一方で、眉をひそめた。

 

 

「成る程、一理ある。────だが、戦力はどうする?今現在、オルコット達は妨害を受けて動けない。奴を倒せる戦力が、他にいるとでも?」

 

『────俺一人でやります』

 

 

アッサリと、そう断言する龍夜。しかし千冬は彼の言葉に応じることもなく、重苦しい沈黙を守っていた。彼の実力を信用しているし、疑ってはいない。だが、相手はヴァルサキスと同列の兵器の一つだ。

 

未完成であったアレ単体だけで、複数人のIS操縦者と他勢力が拮抗する程の性能を披露した。今回の兵器も、それほどの規格外を有している可能性があり、もう一度蒼青龍夜が死にかけるかもしれない。

 

軍人としては、戦士としては許可を下すべきだろう。しかし、教師としては承認できない。何度も教え子を戦場に向かわせた千冬だが、それでも無理はさせなかった。一度は殺されかけた生徒を静観していいのか、と彼女の心の中で複数の感情が渦巻いていた。

 

 

だが、そんな会話に横入りする声があった。

 

 

『いいや、その必要はない』

 

『…………理事長?それはどういう意味ですか』

 

『既に援軍はそちらの戦場に向かっている。彼等がいる以上、後ろを心配しなくても良いだろう』

 

 

◇◆◇

 

 

戦場となった公国のある一帯に戻る。

ラグナ・セルの海が町を飲み込む光景を尻目に、楯無は僅かな焦りを見せながら、再び前へ向き直る。

 

 

複数の能力を行使する機械蛇 サマエルとISのブレードを振るうレギエル。撤退も許さず、容赦なく追撃を繰り返す相手を、楯無は睨み据えた。

 

 

「───流石にしつこいわね……!」

 

「言ったろう?────邪魔をさせないと。今、イヴはこの国の人間の生命を吸い尽くそうとしている最中だ。一人くらいならまだしも、数人も相手にするのは厳しいだろうな。

 

 

 

 

アイツが公国一帯を食らい尽くすまで、大人しくして貰う。いや、させて貰うさ」

 

 

空間転移と障壁、爆炎に氷結。それ以上の異能を操るサマエルが更識楯無、セシリア・オルコット、レッドの三人を押さえていた。一体を集中した連携ならば倒せなくはないが、それをレギエルが的確に崩していく。

 

足止めを宣言した通り、レギエルとサマエルの連携は手強いものであった。そうやって、サマエルが灼熱の火炎を放出しようとした、次の瞬間。

 

 

 

 

 

─────上空から炸裂した閃光が、サマエルの口を貫いた。爆炎を収束させていたサマエルは内側から暴発を引き起こしてしまい、そのまま叩きつけられるように倒れ込んだ。

 

 

「…………ふぅん」

 

 

第三者の攻撃に、レギエルは目を細めた。上空に見える人影に視線を移した彼は肩を竦め、呆れるように笑いながら、言葉を紡いだ。

 

 

「────IS学園に負けたことは把握してたけど、まさか寝返るなんてね。そんなに奴等が気に入ったか?………エイツー」

 

「………エイツー!?」

 

「…………」

 

 

驚愕したセシリアの視線の先、空中に浮かぶ人影。幻想武装を纏い、変異した右腕の槍を翳した隻眼の男性 エイツー。かつてセシリアが対面し、打ち倒したテロリストの一人であった。

 

 

◇◆◇

 

 

IS学園の地下空間。

人工島が作られるよりも前に作られた、海底に繋がる特殊なエリア。その一部は、監獄として運用されている。IS学園が襲撃されて場合、避難するためのシェルターとしても使えるだけではなく、侵入者を閉じ込めるために使われるそのエリアでは、IS学園が打破したテロリストが拘留されていた。

 

 

『────やぁ、No.812。エイツーと呼ぶべきかな』

 

『………………』

 

エイツーも、そこに拘留されていた。全身を高速具で固定され、口を開くことすら許されていない。ただ何も施されていない隻眼だけで目の前のガラス越しにいる理事長を睨む。

 

にこやかな笑顔の理事長 時雨は手に握っていた端末を操作し、エイツーの口元の拘束具を解き放った。

 

 

『………何のつもりだ』

 

『今、戦力が欲しくてね。君には少し手伝って欲しい───勿論、減刑はするけど如何かな?』

 

『抜かせ、誰が貴様らに手を貸すものか』

 

 

憎悪に満ちた眼光を輝かせ、エイツーは忌々しいと吐き捨てる。今にでも、視線だけで殺せるという殺意を込めて。

 

国連に使い捨てとされ、彼等の掲げる正義に失望した男には、到底有り得ない選択肢であった。

 

 

『貴様は国連に所属する人間だろう。奴等に与する者などの話になど、乗りたくもない』

 

『それは困る。今は学園のために、戦力が必要な時期なんだ。どうしても頷いて貰わなきゃいけない。そうしなきゃ、学園で多くの血が流れることになる』

 

『……………どういう意味だ?』

 

 

本来であれば、戦いとは無縁の学園で血が流れるという話に興味を持ったのか、エイツーは顔をしかめながら問いかけた。

 

 

『僕達はいずれ、国連と戦うことになるからさ』

 

『────内戦か?』

 

『少し違うね。世界情勢にとって、IS学園は一つの国として認識されている。世界各国のIS操縦者を育成する機関だからこほ、どの国もIS学園を手中に納めたいだろうね。

 

 

 

アナグラムによる学園襲撃の件で、僕は国連の何人かに糺弾された。その数人は女性権利団体や野心的な大国との繋がりが大きい者ばかりだ』

 

 

ISという兵器の影響力は、未だ衰えていない。だからこそ、ISの技術や戦力が収束されたIS学園は、どの国も支配下に置きたいのだろう。何せ、IS学園を掌握するということは、学園に所属する世界中から来た学生達の存在を握っていることに等しい。

 

そうすれば、どんな国であろうとも実質的な世界の支配者になれる。その可能性を求め、動く大国の存在を恐れ、国連もそれを防ごうとする。IS学園を管理することで。

 

 

『今回、ルクーゼンブルクを襲撃しているテロリストの一つ、「亡国機業」も複数のトップの存在を確認している。その一人が僕を糺弾してきた一人だからね。いずれは多くの戦力を従え、IS学園を乗っ取ろうとすることも有り得る。それに、敵は多い。三皇臣(トライアル・インペル)も、学園に狙いを定めているらしいしね』

 

『────その為に、俺の力が必要という訳か』

 

 

片眼を伏せたエイツーが静かに沈黙する。僅かな思考。戦闘の際、精神が研ぎ澄まされ、時間が遅くなっていくように、彼は数秒という時間の中で、無数の考えを頭の中で確かめていく。

 

現実時間にして五秒未満、エイツーは結論を呈示した。

 

 

『………良いだろう。協力してやる』

 

『そうかい、何か要求があるかな?』

 

『俺の幻想武装を渡せ─────今起きている事件の援軍として向かってやる』

 

 

時雨はいいよと答え、端末を操作して、エイツーの拘束具を解除した。これにはエイツー本人が驚きを隠せなかった。自分が嘘をついて、暴れる可能性を考慮した上での選択肢か。

 

テロリストを信用し、ここまでする少年に疑心を隠さず、立ち上がる。いつの間に用意されていたメモリアルチップを手に取り、拘束されていた右手の甲に内蔵された装置へと差し込んだ。

 

 

『────「首輪」は外さなくていいのかい?』

 

『不要だ。俺は既に捕縛された犯罪者の一人、何時でも覚悟が出来ている。もし、俺に反意があると思えば、いつでも吹き飛ばせばいい』

 

 

爆弾が内蔵されたチョーカーを擦り、エイツーは断言する。これの存在は、あくまでもテロリストである自分を戦力として動かすことへの条件だろう。いつでも命を絶てるという証明もなければ、犯罪者を恩赦のためとはいえ、戦わせられるはずがない。

 

 

納得してはいる。批判など有り得ない。自分の立場はよく分かっている。故にエイツーは、穏やかな雰囲気を崩さない少年を尻目に、冷たく突き放す。

 

 

『勘違いするな、貴様らの為ではない』

 

 

国連を、今の世界を信用した訳ではない。むしろ警戒しかない。未来ある子供を犠牲にし、汚い大人達が私腹を肥やす世界。それを嫌悪し、革命を望んだからこそ、彼はアナグラムに、レヴェル・トレーターに入り、血の変革を望んだ。

 

 

彼が心変わりをしたのは、次世代の可能性を見出だしたからに過ぎない。新たな未来を紡ぎ出す者達を、彼は信じたのだ。

 

 

『俺が戦うのは─────この先の未来を作る者達ためだ』

 

 

己の心に従う、かつて何より心を許した人の言葉。それこそが、エイツーが突き進む為の動力源であった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「…………勘違いするな、裏切りの代価を払わせる為だ。レギエル」

 

「裏切り?まさか、俺がお前を裏切るはずがないだろ?言いがかりは勘弁して欲しいな」

 

「オスカーの死体をサマエルに食わせたようだな。イヴの奴に俺を幻想武装ごと食わせようとしたんだろう?それが無理だったから、俺を見捨てた。違うか?」

 

「……………さぁね」

 

 

肩を竦めて、都合の悪い指摘を適当に流した。そんなレギエルの態度に、エイツーは自身を切り捨てようとした意思を感じ取り、自身の反逆が正しかったことに複雑な心境であった。

 

レギエルから視線を逸らしたエイツーは、此方を見据える少女を認識した。

 

 

「随分と苦戦していたようだな、セシリア・オルコット」

 

「…………どうして、私達を?」

 

「さっきも言ったが、俺は奴等に借りがある。その借りを返しに来たに過ぎん─────それとだ」

 

 

此方を警戒するセシリアに向けて、エイツーが義腕の銃口から閃光を放つ。一瞬だけ気が緩んだことで対応できなかったセシリアだが、ビームが彼女の横を通り過ぎ────真後ろに移動していたサマエルを吹き飛ばした。

 

 

呆然と、サマエルの襲おうとしてきた方を見ていたセシリアに、エイツーは淡々と告げる。

 

 

「スナイパーとあろう者が、背後を取られるな。少々楽観が過ぎるぞ」

 

「…………ご教授、感謝しますわ。信用して、よろしいですよね?」

 

「敵ならいち早く仕留めている」

 

 

ガシャン、と槍のような形状の義腕の銃を下ろしたエイツー。一度は倒した敵であり、殺しを厭わぬ過激派テロリストのメンバーだ。普通ならば信用できるはずはないが、セシリアは彼を信ずることにした。

 

かつて彼が、想い人であった蒼青龍夜を信じて、内情を明かしてくれたように。

 

 

「────信じるからには、背中から撃たないようにお願いしますわ」

 

「誤射の事なら心配は不要だ────狙撃手は、狙った相手を違えることはない」

 

 

◇◆◇

 

 

 

一方で、ルクーゼンブルク公国の辺境。そこに立ち入るドイツ軍の輸送ヘリが数台、領空へと移動していた。敵として侵略しに来たのではない、むしろ助けに来たのだ。

 

 

「…………さて、私達の作戦内容は我が国に封印されていたアルターマグナを強奪し、ルクーゼンブルク公国に襲撃をしかけたテロリスト『レヴェル・トレーター』の排除でしたが、少し事情が変わりました」

 

 

輸送機内で、ISを展開した少女達────ドイツ軍のIS部隊を睥睨したヴァイアス・ドレイクホーン大佐が状況の説明を行う。

 

 

「『レヴェル・トレーター』の一人が何らかの生体兵器を運用し、公国の領域の半分を占拠しています。無数の細胞で構成された粘液のような液体───これは人体に侵食し、自分達の細胞へと作り替えるというおぞましい性質を有しています。ISであればその侵食を防げますので、貴方達には頑張って貰います」

 

「生体兵器って…………あの黒いのが?」

 

 

まるで洪水のように街を蝕んでいく黒い波を窓から見下ろした少女が不安を漏らす。自分達が見ているものは本当なのか、そんな空気が少女達に漂う中、ヴァイアスが軽く咳き込む。

 

しかし、そんなヴァイアスの言葉を遮るように前に出たクラリッサが淡々と告げる。

 

 

「だが、アレは倒せる。それだけは確実な情報だ」

 

「…………」

 

「アレを操る者と分離したコアを破壊すれば、あの黒い海は自然消滅する。我々はその間、あの黒い海が公国の人間を狙わぬように動きを止めることだ。──────後は隊長が、少佐が果たしてくれる」

 

迷いや恐怖すらない。むしろ、彼女には怒りがあった。ドイツの精鋭として鍛えられたのにも関わらず、手も足も出ず翻弄されてしまった自分達が。

 

雪辱を晴らせるとは思っていない。そんな資格すらないというのは目に見えて分かる。だが、やれることだけは履き違えはしない。

 

 

「故に!我々は隊長を信じて戦うまでだ!どれだけ強力な生体兵器だろうと関係ない!我々に手出しをしたテロリストに思い知らせ、隊長や指揮を取られている織斑教官に恥じぬ活躍を示すのだ!!」

 

 

少女達の空気が高揚し、戦意が昂っている。最早何も言う必要はないかと微笑んだヴァイアスは鎮座していた自身の装甲鎧を纏う。

 

四足獣としての機能を有したパワードスーツを装着したヴァイアスは輸送機の外に視線を向け────近くの空を飛んでいく光を見据え、呟いた。

 

 

(任せましたよ、ボーデヴィッヒ少佐)

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……………この先にある二つの反応、どちらかが本体であり、どちらかが外付けのコアか」

 

 

建物の上に着地し、黒い海を見下ろした龍夜が険しい顔で呟く。エクスカリバーという剣を握る彼の全身を展開されたISの装甲が覆っており、臨戦態勢を崩さずに保っている。

 

この黒い海を操るラグナ・デバイスと分離したコア。この二つを同時に相手しなければならない。本体を狙えばその間にコアが公国の人々の命を取り込み、コアを狙えば本体が地下から別の時結晶を徴収するだろう。

 

どうすべきか、慎重に考えなければならない。時間は有限であれど、選択を間違えれば被害は押さえきれない。

 

とにかく目の前の事態の攻略を考えていた龍夜だが、それ故に意識が遅れた。

 

 

 

─────すぐ真後ろに、何かが飛来してきたのだ。

 

 

「…………龍夜」

 

「───ラウラ、か。驚かせるな」

 

 

引き締まった殺気を消し去り、背を向ける龍夜。そんな彼だが僅かな違和感を、妙に大人しい少女の声音に気付いてはいた。しかし、そんなことを気にしている暇ではないと、話し始めた。

 

 

「事情は聞いているな。目の前に二つの反応があるだろう。本体と外付けのコア、この二つを撃破しなければ事態の収束は厳しい。俺は本体をやる、お前はコアの方を────」

 

 

 

 

 

「─────私は、ここにいて良いのか?」

 

「…………あ?」

 

 

芯から震えたその声に、龍夜は淡々とした指示を止めた。振り返った先にいた少女はあまりにも弱々しく、不安そうな顔であった。

 

 

「………私は本来、普通の人間ではない。遺伝子強化素体、アドヴァンス・チルドレン。人為的に産み出された試験管ベビーだ」

 

「……………」

 

「何もなかった、私には何も。親もなく、戦うことしか許されなかった────だからこそ、私は教官に憧れた。教官に追い付こうと、教官に成ろうとしてお前に負けて、お前に救われた。………だが、私の本質は変わっていない。力を追い求め、暴力に溺れた私の本質が消えることはない」

 

 

フン、とつまらなさそうに話を聞く龍夜。何か思うところがあるのだろう、そんな風に自嘲したラウラは胸に突き刺さる痛みを噛み締めた。

 

 

「私と同じ生まれの奴は、語っていた。どれだけ取り繕うと、私が人間ではないことに変わりはないと。同じく闇に生まれた私は、ここにいるべきではないと。……………私は」

 

「────お前はラウラ・ボーデヴィッヒだろ」

 

 

どうすればいいのか、そんな風に言葉を漏らそうと少女の言葉を遮り、腕を組んだ龍夜はぶっきらぼうに告げた。は? と言葉を失う彼女に、龍夜は何を当たり前な事を言うのか、というように語る。

 

 

「あの時、織斑千冬から言われたはずだ。誰でもないなら、そうなれとな。まだ一年も過ぎてはいない。今更答えを見出だすには早計だと思うがな」

 

「………だが、私は人間ではないんだぞ………?それなのに────いや、待て。何故お前は驚かないんだ?私はこのことを話した覚えは─────」

 

「…………前に俺の記憶を見ただろ。その時に俺も見たと言ったはずだ」

 

 

確かにそうだった気がする。いや、思い出してみればそうだった。今更理解させられたラウラに、忘れてたのかと龍夜は呆れ果てる。

 

 

「人間ではない、それがどうした?生憎、俺は他の人間とは違う。たとえお前が人工的に作られた存在だったとしても、微塵にも気にしない。────どちらかと言うと、俺は個人を差別はしない。全てを下に見るタイプだ」

 

「………そこまで言うのか」

 

「子供の頃から天才だったからな。自分の考えを理解しない奴等は皆全て愚か者という考えだ。全員、大した知能もない馬鹿だとな……………だが、俺はIS学園に在住して色々と学んだ」

 

多くのことを、普通の人間では知り得ぬ事実すら解き明かしてきた天才ですら頭になかったことを。この学園は、彼等は教えてくれた。時には言葉として、時には実際に動くことで。

 

 

「この世には、凡愚よりも馬鹿がいる。どんなことがあろうと仲間を見捨てようとしない、能天気で善人気質な馬鹿どもがな」

 

「…………」

 

「ソイツらがお前の出生を知ったところで、軽蔑なんかしないさ。俺みたいな孤高気取った傲慢な天才相手にすら仲良くしてるんだ。人工的に作られた冷徹な軍人…………常識を履き違えてセクハラをかますような馬鹿くらい、簡単に受け入れるだろうな」

 

「わ、私のことをそう思っていたのかっ!?」

 

「心外だと言うなら他人のベッドに入ってくるな」

 

 

失礼だと顔を真っ赤にして突っ掛かるラウラに、堂々と不満を返す龍夜。既に迷いなど無い、少しだが吹っ切れたように見える少女を見た龍夜は展開した『プラチナ・キャリバー』の刀身をある方向へと翳した。

 

 

「───あの先に本体がいる。お前に任せた」

 

「な、なに?」

 

「因縁の相手だろう。コアの方は俺がやってやる。決着くらいつけてこい」

 

 

早くしろと、急かす龍夜を見たラウラは「………ああ」と答え、展開したIS シュヴァルツェア・レーゲンを纏い、飛来していく。黒い海、その奥に潜む同族の元へと。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

辿り着いた先、ドス黒い海の中に一つだけ開いた穴を見つけた。ラウラはハイパーセンサーを起動させ、その穴の下にある反応を捉える。一瞬だけ気圧される思考を正し、その穴の中へと入っていく。

 

 

少しして、光すら入らぬ空間へと着いた。反応はここにある。周囲の光から拒絶された、まるで闇そのものと化した異界の中で、突如声が響き渡る。

 

 

 

─────来たか

 

 

 

ズブ、ズブズブズブ、と目の前の黒い粘液のようなものが溢れ出す。ラグナ・セルという流体状の金属同様である細胞兵器、ナノマシンと呼称するべきか。無数のミクロサイズの細胞が結合し、融合されていく。そして何億ものラグナ・セルが、たった一人の肉体の形成を終えた。

 

 

 

「…………イヴ」

 

「ああ、心地が良い。これこそが、俺の求めていた力だ。あらゆる不可能を打ち砕く全能感────数百の命が、俺の力へとなっていく。全てを飲み込む、俺の闇へと」

 

 

恍惚とした表情で、端整な顔つきの青年が起き上がる。泥のような黒い液体を頭から溢しながら、不快感とは欠け離れた喜びに包まれている。

 

 

「マスクはどうした?捨てたのか」

 

「………()()はもう必要はない。最早、あんなものなくとも、俺は自我を保てる。────それとだ。訂正しよう、俺はイヴではない」

 

 

ラグナ・セルによる液体の上を歩きながら、姿を現した黒色の青年は、心の底から酔いしれるように詠う。己の名を、存在を、知らしめるように。

 

 

「──────俺こそは、ラグナ。人類が求め、作り出そうとした、生命を操る神である。そして、無意味で劣等たる人類を選定せし者、それこそが俺だ」

 

「神だと?笑わせるな、お前の何処が神だ」

 

「それを望んだのは人の方だ。人類にとって都合の良い神を作り、それを運用する。国連が推し進めた『計画』の最終段階は、神の存在による世界の支配だ」

 

 

ヴァルサキスの時も同じだった。あの時も、ヴァルサキス・ミハイルは己を神と、自称していた。ラグナ・プロジェクトとヴァルサキス・プロジェクト。この二つの計画の発展系が、神を自称しているという共通点。疑問に思わないはずがない。

 

 

「そして、俺は神へと進化した。今の俺は数百の人間の命を吸い上げ、それだけの細胞を操れる。これでもまだ進化の過程だ。いずれは俺が世界の半分を飲み込み、生き残った人類を支配する神として顕現する─────その前に、あの時の答えを聞こう」

 

 

仲間になれ、という問い。自分と同じ作られた生命であるからこそ、此方側に来るべきだという問いかけ。その答えにどうするべきか、ラウラは少し前までは分からなかった。

 

彼の言う通り、自分はかつて力に囚われていた。恩師の言葉も聞かず、ただ力を求めたラウラ・ボーデヴィッヒは闇に染まっていたのかもしれない。だからこそ、自分の居場所はIS学園ではないのかと思っていた。

 

 

しかし、もう迷わない。当たり前の事実を、彼女が忘れていたことを、教えてくれる人がいた。

 

 

「答えは決まっている、お前の仲間にはならん」

 

「─────」

 

「私はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ軍少佐でありIS部隊隊長────そして、IS学園に所属する代表候補生だ。私がここに来た理由は一つ、公国に危害を与えたテロリストである貴様を打ち倒すためだ」

 

「───────そうか、なら死ね」

 

 

満面の笑みと共に、神は宣告した。

直後に、周囲の闇がラウラ・ボーデヴィッヒを殺そうと迫る。無数の刃を前にラウラは狼狽えず、堂々と突撃していった。

 

 

 




これってもうラウラ編では?()
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