IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第65話 禁じられた真実

一夏と箒が特訓を始めてから二日後。

 

 

本来であれば学園で特訓を続けているはずの二人は、ステルス仕様の小型駆逐艦によって移動していた。学園を離れて別行動している理由は一つ、理事長からの特例により特別行動であるからだ。

 

艦内で、理事長私兵達によるISの調整を受けていた一夏と箒は、時雨理事長からの通信による司令を受けていた。

 

 

『────君達に向かって貰う場所は、少し特殊な場所だ』

 

「理事長。その場所は?」

 

『付近の海域にある無人島さ。そこには何もない、というのが表向きな見解─────アナグラムの情報によると、その地下には「地中の星(アヴェスター)」の工房が存在している。君達には、そこに向かって欲しい』

 

「…………というと、あそこにも界滅神機が?」

 

 

界滅神機という単語に表情を強張らせた箒がそう質問を投げ掛ける。かつて臨海学校に訪れていたIS学園を狙い、襲撃をかけた界滅神機(クリサイア)には代表候補生数人でも苦戦を強いられる程の戦いを起こされた。

 

 

また界滅神機との戦闘が起こる可能性に、二人は明らかな警戒を覚えていた。しかし、理事長は落ち着いた様子で話し始める。

 

 

『かもしれない。だが、まだ稼働中らしく、界滅神機は眠っていると見ていい。…………しかし、正面からの侵入は厳しい様子だ』

 

「?何かあったんですか?」

 

『─────その無人島に国連の派遣した軍が送られているんだ。だが、界滅神機の回収とは思えない。誰かを探しているようには見えるんだけどね』

 

 

時雨が所属している国連が軍隊を動かす理由が何処にあるのか。二人は思わず互いの顔を見合い、各々が同じような疑問を覚えていることを確認する。

 

 

「それでは、どうやって地下の工房に入るのですか?」

 

『…………国連の方々には残念だが、入り口はその島にはない。少し離れた小島から入れるんだが、そこである相手と同行して貰うことになる、らしいね』

 

「…………相手?」

 

『君達もよく知る────とういより、君達の方が詳しいだろう相手さ』

 

 

◇◆◇

 

 

 

「─────やぁ、二人とも。待っていた」

 

 

目的の小島に到着した一夏と箒を待っていたのは、白と黒の髪が特徴的な青年 シルディ・アナグラムであった。近くの木に寄りかかっていたアナグラムのリーダーの登場に、二人はどう答えるべきか迷っていた。

 

しかし、そんな二人の様子に、シルディは小さく笑う。

 

 

「オレたちは友達なんだし、そう気を張らなくても良いんじゃない?……………ま、流石に敵同士だし、無理かもね」

 

 

シルディの他人への距離感は前々から近かったが、今はそれ以上だ。彼の話曰く、どうやら一夏と箒────そして暁も、シルディと友達だったらしい。子供の頃から何度も遊んでいたというのだが、二人の記憶には残ってはなかった。

 

いや、完全に記憶にないわけではない。確かに、誰かと仲良くしていたことは覚えてはいる。だが、名前や顔だけが朧気なのだ。思い出そうとしても、どうしても浮かんでこない。

 

 

「あー、シルディ。お前、一人でいいのか?」

 

「…………まぁ、言いたいことは分かるよ。テロリストの実動部隊のリーダーが単独行動────あろうことか、敵と一緒にいるなんて、普通じゃ有り得ないだろうさ。けど、これはオレなりの信用を示している意味でもあるんだ」

 

 

一夏達への信頼、そして自分達が敵対を望んでいるわけではないという意思表示だろう。そんな風に思って納得しようとしていた一夏の目の前で、突然シルディが溜め息を吐き、告げた。

 

 

 

「────そういうわけだから、早く戻ってくれよ。皆」

 

 

直後、周囲の木々が揺れた。慌てたように何かが去っていくような物音と落ちていく木の葉に、シルディはもう一度深い溜め息を漏らした。

 

 

「心配なのは分かるけどさ、子供じゃないんだから。過保護が過ぎるんだよ、ホントに」

 

「今のって………」

 

「仲間だよ、オレの。オレだけで行動するって話したんだけど、どうしても着いていくって言う奴が多くてさ。大丈夫だって言ってるのに」

 

 

どうやら、アナグラムのメンバーが近くで隠れてたらしい。ISを展開してなかったから、一夏や箒もすぐには気づけなかったが、話によると四、五人はいたとか。

 

 

「…………さぁ、早く行こう。国連の奴等はまだ入り口の存在には気付いてない。けど、時間の問題だ。いずれはここにも捜索の手が届く」

 

「分かってる…………けど、何処に入り口が───」

 

 

そう言っている間に、シルディが地面に手を伸ばす。軽く土を叩いていた彼の手が─────同時に跳ねた地面を掴むと、そのまま引き上げた。

 

彼が掴んだと思われていたのは、地面に擬態したような布切れであった。単なる布ではなく、隠蔽に特化した機能を有したアイテムらしい。しかし、その布が覆い被さっていた場所には、大きなシェルターの入り口である階段が存在していた。

 

 

気を引き締めたように緊張する二人に視線を送ったシルディが、同じように強張った声で宣言した。

 

 

「────行こう、オレ達の敵の元へ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

その無人島のすぐ近くに隠れていた巨大な飛行艇。その実体は戦艦を飛行用に改造したような強固な造形であった。しかし、その姿は誰にも捉えられていない。複数の艦隊を率いた国連の軍勢や、無人島まで近付いていったIS学園のステルス小型駆逐艦も──────当然ながら、その戦艦飛行艇には最新鋭のステルスが存在していた。

 

 

『電子悪精 グレムリン』、アナグラムのメンバー ジールフッグが扱う『幻想武装(ファンタシス)』。ネットワークに特化した彼の幻想武装はスパコン以上の電子演算を発揮し、電子機器の掌握を可能とする。

 

この力の恐ろしさにより、どれだけ厳重なプロテクトを仕組まれたものであろうと、機械であれば全てハッキングしてしまう。そして、操った機械の性能も、本来の倍までの効果を引き出せる。

 

つまり、この戦艦にジールフッグが接続されることで、本来の性能を上回る形になる。ステルス装置も高機能となり、最新鋭のものでも探知できないほど。国連が今までアナグラムの存在を見つけ出すことが出来なかったのも、それが理由なのだ。

 

 

(…………あーあ、ほんとにダルいなぁ。これ、ただでさえ頭使うからなぁ…………)

 

 

幻想武装を展開し、戦艦全ての出力を引き出しているジールフッグは、疲れたと言わんばかりに溜め息を漏らした。

 

電子演算といえど、主体となるのは脳であり、幻想武装はそのサポートを行うだけである。つまるところ、頑張るのはジールフッグ本人の力があってのものだ。

 

 

(代わりの人手があれば良いんだけど………ま、僕以外にそんな人材いないだろうし、頼られるってのも悪くない感じだしねぇ)

 

 

そんな風に思っていると、静かなメインルームの扉が開け放たれた。直後、ジールフッグが好む静寂は一転、複数の騒ぎ声が響き渡る。

 

 

 

「────クソッ!どうしてバレるのだ!?」

 

「………だから言ったでしょう。複数人、況してや貴方がいては、隠密など到底無理ですから」

 

「そうは言っても、バレたのはルインのせいなんですよ。6割は」

 

「そうそう、ゼヴォドの言う通りー」

 

「うんうん、ルインは反省しないとねー」

 

「何故オレだけここまで言われている!?」

 

 

多くの仲間からの言われようにルインという青年は怒髪天を衝くように憤慨した。理知的な風貌と裏腹に感情的な態度が目立つ青年の声は、作業中のジールフッグの鼓膜に響き渡る、嫌なくらいに。

 

 

「………だから言ったろ?シルディの跡をつけるなんて止めといた方がいいって」

 

 

つまらなさそうに、台座の機器に接続したジールフッグの呆れた物言いに、ルイン達は此方に気付いた。しかし彼等は反論すらしない。隠れながらシルディを護衛すると息巻いた一同に、ジールフッグはするだけ無駄と助言していたからだ。

 

誰よりも理解していたジールフッグの助言は現実となり、シルディに気取られた全員は慌てて逃げてきた。しかしただ一人、ルインだけが不満を露にしていた。

 

 

「────御言葉ですが、私の考えは変わりません。今すぐにでも、シルディ様に同行すべきと考えます」

 

「………心配ならするだけ無駄さ。シルディがIS相手に負けるわけない。織斑千冬でもない、学生二人相手に、シルディの騙し討ちできる技量はないだろうね」

 

「実力の問題ではありません。奴等を信用すること自体、可笑しいでしょう」

 

 

ルイン・クェイサー。

フランス出身の青年兵であり国連に所属していた彼は、数ヵ月前にアナグラムへと離反したのだ。

 

平和を守るという志を抱いた純粋だった彼は、矛盾に満ちた本当の世界を目の当たりにした。

 

 

ISを有する国は優遇され、ISを持たぬ国は苦渋を飲まされる。平和とは欠け離れた日常を過ごす子供達は、戦いに利用される始末。

 

あろうことか戦うための人間を、『強化人間(DOLL.s)』を開発した自国、それを支援しておきながら、全ての責任を自国に擦り付けた国連。それらの悪意を目にしたルインの心は完全に折れ、失意のままにアナグラムに辿り着いた。

 

 

「IS学園は我々と敵対関係にある存在です。いかにシルディ様が強かろうと、奴等が卑劣な手を使わない可能性はありません。

 

 

それに、今の平和を容認する組織に変わりはありません。敵として警戒するのは、間違った選択ではないと自負しています」

 

 

それらの件もあり、新兵であった彼の疑心は深く、確固たるものである。相手がどれだけ善良に近い組織であろうと、彼が心を許すことはない。たとえそれが、悪意とは無関係な立場にいる学生達相手だとしても。

 

声には出さないが、この場にいる殆どのリベリオンがそう考えている。彼等は過激ではなくとも、穏健ではない。世界の変革という目的のために集った彼等は、今の世界と戦うことを覚悟している。だからこそ、IS学園も敵として警戒するのは、間違いではないのだろう。

 

 

「────彼等は、信用していいと思いますよ。私は」

 

 

そんな空気を切り替えるように、呟く。全員の視線が呟きの主へと集まる。ただ一人、別の意見を口にした人物に、宮藤は眼鏡を押し上げる。その瞳に、純粋な驚きを宿らせて。

 

 

「………意外ですね、貴方がそんなことを言うなんて。嘗ては貴方も、ルインの意見に賛同していたでしょう」

 

「嘗ての私は、そうでしたね。けれど、彼等と戦い、語らったことで、私も少し考えが変わりました。

 

 

 

織斑一夏や篠ノ之箒、彼等は我々が倒すべき敵ではない。立場は違えど、世界をより良くしようとする意志に、違いはありません。少なくとも、私はあの二人を信じます」

 

 

刃を交え、共に戦ったことのあるゼヴォドには、彼等を敵とは思えなくなっていた。自分達の敵は、他者を傷付け、他者を踏みにじって、私腹を肥やすような奴等────だが、彼等は違う。自己の為に、他者を切り捨てるような者達ではない。

 

嘗て、この世界全てを────自分から夢を奪った女性達を嫌悪していたゼヴォドは変わった。自分だけの世界を信じていた彼は、ようやく世界というものを知れたのだ。

 

 

「…………IS学園の候補生なんて、別にいいでしょ? どうせ今やることは変わんないんだし」

 

「────国連の奴等の相手、ですか」

 

 

ステルスで船艦と無人島ごと隠蔽しているが、国連の艦隊の調査ではすぐに気付かれるだろう。あくまでも、モニター上で機能するだけの能力である。

 

だからこそ接近されてしまえば、後は自分達が動かなければならない。シルディが地下で『目的』を果たすまで、精鋭である自分達が国連の軍勢を止める。これが、事前に決めていたことであった。

 

 

「それこそ、心配は不要でしょう。たかが国連の軍隊、数だけが取り柄の無人兵器等、我等の敵ですらない」

 

「…………それもそっか」

 

 

ゼヴォドの宣言の通り、他のメンバーも国連との戦闘を恐れてはいない。それどころか、逆に返り討ちにする、と息巻いているくらいだ。

 

ただ一人、ジールフッグは嫌な予感を肌で感じ取っていた。シルディを一人で向かわせた手前、彼を本当に一人にして良かったのか、とも思ってしまう。

 

 

(もし、あの地下施設にヒントが残されて、シルディが真実を知ったなら─────)

 

 

考え過ぎだ、と常時はマイペースで堕落気味の少年は己の思考に呆れるのだった。しかし、彼は知らない。その嫌な予感が、最悪の可能性と共に現実になろうことは。

 

 

 

◇◆◇

 

 

地中の星(アヴェスター)』の眠る地下施設は、やはりというべきか、異様な程の広さであった。小さな無人島の地下全体を利用したその空間は、無数の通路が張り巡らされている。

 

 

『ゴゥン、ゴゥン』と、床壁天井を含めた四方が金属板で形成された通路には、内側から機械の動く音が響く。足音すらかき消すような機械音の中で、一夏達は一本道を進み続けていた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「────」

 

 

(((空気が悪いッ!!)))

 

 

三人を包み込む静寂は、居心地が悪すぎた。一夏も箒も、シルディも、この状況が地獄過ぎた。鈴音や龍夜のように、強メンタルが一人でもいれば、この空気を無視して話くらいは出来ただろうが、現実は非情。今頃龍夜は学園外の公国でテロリストと交戦しているだろうし、そもそもこの場にいる三人以外の他者は存在しない。

 

どうにか空気を切り換えようと、話題を考えていた一夏だったが、ある疑問が脳裏に浮かぶ。

 

先行していたシルディも、一夏の様子に気付いたらしく、「どうしたんだ?」と振り返ってくる。

 

 

「いや、少し気になることがあったんだが………聞いてもいいか?」

 

「────構わない。と言うより、オレも最初から話す予定ではあったからさ」

 

「どうしてお前は、俺達にこの場所の情報を教えたんだ?」

 

 

その問いに、シルディは僅かに黙った。しかし、すぐに。答えともなる言葉を口にする。

 

 

「─────この地下には俺達の目標、プロフェッサー・アクエリアスがいる」

 

「っ!アイツが!?」

 

 

少し前の因縁。一夏と箒は、忘れることはない。ヴァルサキスという兵器の完成のために、多くの子供を犠牲にし、シエルを悲しませた男。

 

人の命を軽く扱い、弄ぶことすら辞さない外道。しかし、一夏にはそれ以上の因縁がある。絶対に問い質さねばならない、理由の一つが。

 

 

「一つ、聞きたい。何故お前達がプロフェッサーを追っている?」

 

「……………奴は、俺達と手を組んでいた。国連の腐敗を何とかしたいと言ってきた奴を信じ、奴がもたらしたヴァルサキス完成の話を聞き、俺達はヴァルサキスを破壊するためにあの基地を強襲したんだ」

 

 

全ては、自分達への脅威を取り除くため。

しかし、彼等は騙されていた。プロフェッサーは真の意味でアナグラムの味方ではなかった。

 

アナグラムの名も、戦力も、ヴァルサキスを無理矢理起動させるための大義名分とするためのもの。奴にとってアナグラムは、利用して使い捨てるだけの関係に過ぎなかったのだ。

 

 

当然、シルディ達はそれで納得いく筈がない。

 

 

「奴は今も国連から姿を眩ませて、この地下で何かを企んでいる。ジールフッグは無理をする必要はないって言ってたが…………オレの仲間二人が、奴の策謀によって傷付けられたんだ。その清算だけはして貰わないと、気が済まない」

 

「…………ああ、俺達も同じさ。どうしても、アイツから問い質さないといけねぇことがある」

 

「────問い質さないといけないこと?」

 

 

悔しそうに口走った一夏の発言に、シルディは怪訝そうであった。そこで一夏は思い出した。彼は、同行していないから、その事実を知らないのだろう。昔の付き合いが本当なら隠す訳にもいかない、そう思った一夏はプロフェッサーとのある出来事を話した。

 

 

「アイツの口から、暁の名前が出てきたんだ」

 

「────彼の名前が?一体どうして」

 

「俺達だって分からない。けど、アイツが暁を知ってるんなら………………もしかして、暁を殺したのも、アイツが関係してるかもしれねぇ」

 

「………………」

 

 

シルディは、拳を強く握り締める一夏を黙って見つめていた。隣で沈黙しながらも、決意を滲ませる箒を見て、彼は二人がどれだけ辛かったのかを再確認する。

 

無理もない。古い付き合いである幼馴染みを、仲の良かった親友が殺されたかもしれないのだ。もし、自分達が追っている敵が、それに関係しているとしたら、冷静になれるかも分からない。まだまだ未熟な若者である彼等ならば、それは必然だろう。

 

 

「────じゃあ、絶対捕まえなきゃな」

 

「………ああ、そうだよな」

 

「分かっている。あの事件の黒幕には、相応の償いをさせてみせる」

 

 

頬を叩き、覚悟を決め直したシルディに、二人は賛同する。そしてすぐに、少しだけ嬉しそうに笑うシルディ。流石に驚いた一夏と箒に、シルディは咄嗟に弁解する。

 

 

「はは、ごめん。不謹慎だけど、やっぱり納得できたんだ。オレ達、友達だったのかもってさ…………子供の頃の記憶が全然ないからさ」

 

「…………シルディ」

 

「心配はしなくても大丈夫。今のオレには居場所があるからね。子供の頃、どんな風な生き方をしてたなんて関係ない。オレの親はリセリア母さんだけ、オレの家族はアナグラムだけだからさ」

 

 

自信に満ちた言葉で応えるシルディに、箒はそうかと己の心配を消し去ることにした。しかし一方で、一夏の中にはある疑問が浮かぶ。

 

 

───それは、彼の母を名乗る者の言葉であった。

 

 

《リセリア・アナグラム。その子のもう一人の母であり、アナグラムの最高指導者です》

 

(もう一人の、母親? でも、シルディは自分の親はその人だけって…………)

 

 

そこで、彼が子供の頃の記憶がないことを思い出した。理事長は、シルディがアナグラムにとって重要な存在と口にしていたことがある。それはもしかして、彼の出自が関係しているのではないか。

 

 

子供の頃、日本にいた一夏達と仲良くなっていた記憶。もう一人の親。国連が恐れる程の彼の正体。それらが指し示す答えが何なのか、織斑一夏には見当もつかなかった。

 

 

シルディの歩みが、突如として止まる。

目的地に、海深くの地下に眠る巨大な工房。人知れず稼働し続ける工場の最深部へと、ようやく辿り着いたのだ。

 

 

 

 

─────そして、彼等を待ちわびる者が、そこにいた。

 

 

『────ようこそ、忌まわしき因縁の子供達よ』

 

 

プロフェッサー・アクエリアス。

悪意に満ちた笑みを包み隠すように、無機質なフェイスマスクを装着した白衣の男。それは一夏達への嘲笑と共に、両手を広げ、彼等の到来を歓迎するのであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「─────プロフェッサー・アクエリアスッ!」

 

 

ゴウン、ゴウン、と反響する駆動音が響き渡る空間に、一夏の怒号が伝わる。怒りに満ちた叫びを聞き、プロフェッサーは嫌そうに肩を竦め、耳を抑える。大声を不快にも思ったのではない、ただただ面倒そうに。

 

しかし、すぐにどうでもよいと認識したのか、プロフェッサーは三人の姿を確認し、嬉しそうな声音で呟きを漏らした。

 

 

『織斑一夏に、篠ノ之箒、そして─────シルディ・アナグラム。君達三人だけとは、嬉しい誤算だ!私の前に、ここまで因縁のある者達が揃うとはな!』

 

「…………他に仲間を連れていけば、お前はすぐにでも逃げ出しただろう」

 

『当然、用があるのは君達だけだからなぁ。わざわざこんな舞台を用意したのも、君達の絶望する顔を私が楽しむためさ』

 

「─────御託はもういい」

 

 

ドガッッ!! と、シルディはアスファルトの床を砕いた。怒りのままにISを展開しようと二人が落ち着く程の威圧感と敵意を滲ませるシルディ。彼はその身に、漆黒の金属の鎧を纏っている。『ドラグーン』を展開したシルディは持ち上げた拳を、プロフェッサーへと突き上げる。

 

 

「プロフェッサー・アクエリアス。多くの生命を悪戯に弄び、オレの仲間達を騙し利用し、傷付けた報いを受けて貰うぞ。今、ここで!」

 

『さぁ、何のことを言ってるのやら。心当たりが多すぎて分からんなぁ』

 

「────貴様ァ!」

 

 

直後、シルディは『ドラグーン』のコアを高速回転させる。深紅の粒子を放出しながら、飛び出したシルディは右手を大きく開き、プロフェッサーへと突貫していく。

 

しかし、プロフェッサーは動かない。その理由を証明するように、暗闇から何か巨大な影が飛び出してくる。そうして、その身を持ってシルディの一撃を受け止めた。

 

 

「────なにッ!?」

 

 

その影は、竜のような頭部をした機械であった。金属の装甲で表面を覆ったそれは複眼でシルディを捉えるや否や、口を三つに開きながら食らいつく。

 

バギバギバギッ! と、口の中で圧迫されたシルディの鎧が悲鳴を上げる。その激痛に呻くシルディだが、竜の口の中で体勢を変えると、そのまま四肢に力を込めて、強引に竜の口を開いた。

 

しかし、竜はそのまま近くの地面に向けて突撃する。シルディを吐き出すように口から放り出し、大ダメージにより火花を放つシルディに、一夏と箒が駆け寄った。

 

 

「シルディ!大丈夫か!?」

 

「────ああ、何とかッ!だが、オレの鎧がここまでのダメージを受けるなんて…………まさか、界滅神機か!?」

 

『その通り。ヒュドラ・サーペントという名前でね。覚えても覚えなくても、私としては構わない』

 

 

自慢するように、プロフェッサーは自分の近くに漂う機竜を示して話す。しかし、すぐに興味を失ったのか、再びシルディに意識を向けて、愉悦を隠しきれないと言わんばかりに語る。

 

 

『過激な真似は止めてくれ、私も荒事をするつもりはない。ただ、君に見せたいものがあるだけさ。シルディ・アナグラム』

 

「…………見せたいものだと? オレに?」

 

「ああ、そうさ。何より、面白いものだ」

 

 

パチン! と指を鳴らしたプロフェッサー。すると、シルディ達の目の前の床が開き、台座が上昇する。何らかのガラスが張り巡らされたケースを視認した三人は、思わず顔色を変える。

 

 

「………うっ」

 

「人の、腕………?」

 

生身の人の腕。ケースの中にはそれが、保管されていた。ホルマリン漬けにされているようなそれは、丁寧に切断されたものらしく、断面が綺麗に見える。

 

思わず吐き気が込み上げてくるのも、突然のことだろう。だが、シルディだけは違った。

 

 

「────あれは……………かあ、さん?」

 

「……………え?」

 

「うそ、だ。オレの母さんは、リセリア母さんだけ………いや、ちが、違う────母さんは、あの時、オレの目の前で────生きたまま、身体を、切られ─────────あ、あ」

 

 

その腕を見て何かを思い出したのか、過呼吸になるシルディ。強く響いてくる頭痛とそれに応じて再起する景色に、彼は両手で抑える。

 

そして、決定的な光景を思い出した直後、

 

 

 

「─────あ゛あ゛あ゛あああッッ!!!」

 

 

シルディは、発狂した。

記憶にない、本人が思い出せないほどのトラウマ。それが刺激されたことで、シルディの精神は再び壊れた。

 

「シルディっ!?」

 

「おい!シルディ!どうしたんだ!?」

 

 

両目から涙を流し、絶叫を口から吐き出す青年に、二人は駆け寄る。彼の背中を擦ろうと手を添えるが、それすら錯乱したシルディに振り払われる。

 

 

「イタい、痛い痛い痛いッ!! 母さん、母さんッ!姉さん、姉ちゃん、お姉ちゃんッ! 父さん!父さんッ! どうして、どうして!?どうしてオレ達だけが、こんな──────ッ!!」

 

 

失われた右耳の部分から、とめどなく血が流れ出す。絶望に満ちた悲鳴と嗚咽を口に漏らすシルディは苦しみ、悶えることしか出来ない。

 

 

そんな光景を見たプロフェッサーは────嬉しそうに嗤った。

 

 

『─────ハハハッ!! やはりそうか! 道理で気にはなっていたんだ!奴等が、国連がアナグラムをあそこまで警戒する理由など、それしかない!予想の範疇であったが、今ここで現実となった!! 愉快だ!実に愉快だぞ!同情するなぁ、貴様の遺児がここまでの罪と業を背負わされるとは!』

 

「何が、可笑しいんだよ!テメェ!!」

 

『何が可笑しい、だと?決まっている』

 

 

痛快と言わんばかりに大笑いしたプロフェッサーは、激昂した一夏の言葉を聞き、笑いを噛み砕く。喉をクツクツと鳴らしたプロフェッサーは、ふとフルフェイスのマスクに指を添える。

 

 

『アナグラムのリーダー。シルディ・アナグラム、奴の正体を確信できたのだ。あくまでも計算したものだったが、これほど愉快なものはない。こんな狂った世界があるとは私としてもおぞましく思う』

 

 

カシュッ、と彼の顔を覆う無機質なマスクが仕舞われる。素顔が露出した途端、一夏と箒は信じられないと絶句してしまう。

 

 

「……………え?」

 

「な、なんで…………その顔、アンタは───」

 

 

有り得ない、だって死んだ筈の人間だ。何より、この男が何故この場にいるのか。混乱する二人を見下ろしながら、プロフェッサーは─────否、数年前に死んだはずの男は、愉悦に満ちた醜悪な笑みを浮かべる。

 

 

『国連も排除したがるわけだな。死亡と仮定された、否、死んでなければならなかった国連の罪禍。シルディ・アナグラム。

 

 

 

 

 

 

いや、あの八神宗二の息子─────八神三琴(やがみみこと)と言うべきか」

 

 

男の名は、海里浩介(かいりこうすけ)

ISの有用性を認め、世界にその可能性を教え広めた科学者の一人。十年前に行方不明となり、失踪していた人物。

 

そして、海里暁の実の父親であった。

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