IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第67話 黒き剣士

純白の天使 エクスシアが振り上げた光刃が、一夏を貫かんと迫る。心臓を穿とうとしたビームブレードの刃先が────突き出された掌によって受け止められた。

 

 

一夏の前に飛び出してきたシルディ、伝説幻装(エンシェントレガリア) 龍王 バハムートを纏う彼が、エクスシアのビームブレードを正面から受け止めたのだ。

 

 

「─────あああああッ!!」

 

 

シルディの右腕が、装甲が砕け、融解していく。高出力のビームを直撃したドラグーンの鎧の一部が破壊され、熱に晒されたシルディが絶叫する。しかしそれは、痛みに悶えたものというより、逆に戦意を高揚させる為の咆哮でもあった。

 

 

振り上げた左拳で、エクスシアの頭部を打ち抜く。フルスイングと深紅のエネルギーを帯びた一撃は、エクスシアにとっても大きなものであったらしい。仰け反った天使は空中で翼を振るい、頭部ユニットを軽く振るった。

 

しかし、それだけ。見た限りの傷は見えない。エクスシアはすぐさま翼を広げ、シルディへの追撃を繰り出す。先の一撃で弱ったシルディの腕へ狙いを定めて。

 

 

「────させるかぁあああっ!!」

 

 

そんな事を見逃すわけがなく、一夏が零落白夜を発動した斬撃を放つ。淡い白光の刃を前に、エクスシアは超速度で離脱した。零落白夜という力が、どれだけ厄介なものかを理解したような動きだった。

 

 

「クソッ………物理攻撃も、通じないのかッ」

 

「シルディお前!その腕、大丈夫なのか!? ───いや、どうして俺のことを庇った!?」

 

「親友を助けることを────責められる謂れはないさ」

 

 

気丈に振る舞ったシルディの片腕は悲惨なものだった。高火力のビームにより腕全体が使い物にならない状態だ。裂傷により流血している部分もあれば、ビームの熱で焼かれ焦げてもいる。

 

形容しがたい激痛が、シルディを襲っているはずだ。現に、彼は泣きそうな程の痛みをこらえて、下唇を強く噛んで耐えている。

 

それ以上に、自分を庇ったことを問い質そうとする自分の性根が腹立たしい。素直に礼を言うことも出来ない。かつての友として接するべきだと思いながらも、本心では敵として警戒していたからだ。

 

だからこそ、心配しながらもシルディが自分を助けた理由を優先した。情けない、と猜疑心を少しでも持った自分に怒りをぶつける。しかし、それは無理もないことであった。

 

 

「…………ごめん、シルディ。俺まだお前のことを───」

 

「─────一夏の立場もある。仕方ないさ────それに、あの人の子供って知ったばかりなんだ。疑われてもしょうがない」

 

 

大犯罪者 世界を滅ぼそうとした悪魔 八神宗二の息子。一億人を殺したというその忌み嫌われようは相当なものである。彼本人は、八神博士とは違う。そう思っていても、一億人以上を殺し尽くしたという証明が、事実が、心の底によぎってくるのだ。

 

 

 

「────一夏!シルディ!気を付けろ!奴がまた来るぞ!」

 

 

此方まで近付いてきた箒が、二人に向けて叫ぶ。その時には、遠方にまでいたエクスシアが速度を限界まで引き上げ、此方へと突撃してきていた。重量に任せた突進で、二人纏めて叩き潰すつもりなのだろう。彼等が身構える中、エクスシアは速度を緩めることなく突き進み─────

 

 

突如、真横から砲撃を受けた。

 

 

「え、えっ!?」

 

「何だ!今のは!?」

 

 

突然のことに戸惑う一夏と箒。ISによる攻撃ではないことに気付いた二人を他所に、攻撃を行った相手に気付いたシルディが驚いたように口を開いた。

 

 

「───国連の艦隊ッ!?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────目標への砲撃、命中!バルトラーゼ級戦艦、主砲の用意が出来ていますが…………如何致しますか!?」

 

「敵影を確認次第、砲撃を続行せよ。あくまでも敵の確実な撃破、可能であれば回収だ。ドライアス級重戦艦四隻の鹵獲用アンカーの用意を」

 

 

近海に滞在していた国連の精鋭を集めた大艦隊。その指揮を任された司令官は、冷徹に他の艦への命令を飛ばす。艦長席に身を預けた司令官はようやく落ち着いたように一息つく。

 

しかしすぐに、護衛艦から連絡を受け取ったオペレーターが声高らかに報告をする。

 

 

「司令官!作戦範囲内の複数の反応を確認!二つはISの反応!IS学園の機体だと思われます!」

 

「…………学園か。我々の動きを見抜いていたか?時雨理事には内密なはずだが、一体何処から情報が漏れた?」

 

「彼等はどうしましょうか? 我々の作戦の妨害をする場合は、撃破しますか?」

 

「放っておけ。我々の目的は、あくまでも界滅神機の回収、もしくは破壊だ。下手に手を出せば、我々が国際社会からの非難を浴びるだけだ」

 

 

この艦隊が、一夏達を助けたわけではなかった。あくまでも、突如現れたエクスシアを危険兵器として対応したに過ぎない。だからといって、彼等の敵になるわけでもない。

 

IS学園は、世界中から学生を集めている法治機関である。ある意味では国連のエリートよりも立場が強く、理事長を代理している時雨の国連内の発言力は大きくあった。だからこそ、学園外であっても、学生に手を出した事実が広まれば、たとえ国連であれど非難は免れない。

 

故に、触らぬ神に祟りなし。学生である彼等が何をしていようと、余計な手出しをしなければいい。司令官の対応は、単純明快であった。

 

 

「───報告します!IS学園の二名と共に、シルディ・アナグラムの存在を確認しました!」

 

「シルディ・アナグラムだと?何故奴がそこにいる?IS学園との共闘…………有り得るが、情報が足りないな」

 

「確認の結果、シルディ・アナグラムは負傷している模様!補足対象を切り替えますか!?」

 

「愚問だ。テロリストの首魁とは言え、今回の作戦の目標ではない。必要なのは、あくまでも界滅神機だけだ」

 

 

司令官は、軍人としては頭の回る優秀な人物であった。よく言えば命令に忠実、悪く言えば命令以外のことに執着しない。彼にとって、不確定要素が自分にとって大きな功績だとしても、命令になければ動くことはない。

 

 

だからこそ、司令官はシルディやIS学園の存在を敢えて無視した。作戦の本懐だけを優先するために。

 

 

しかし、彼より上にいる者達は────それを望んではいなかった。

 

 

「─────司令官!『楽園の実(エデンズ・シード)』からの直接通信が!」

 

「何!?あの方々が!?────急いで、私の回線に繋げろ」

 

 

焦るのも一瞬。

突如訪れた国連の特権機関からの連絡に、司令官は表面上の落ち着きを取り戻す。しかし、疑問や不安はあった。何故このタイミングなのか、まるで自分の行動を見計らったような動きに違和感を覚えながら、通信を繋げる。

 

 

 

「ハッ!皆様、此度は命令通りに作戦続行中で────はっ、何故そのことを─────ですが、しかし。この作戦の失敗は許されぬと────────いえ、異論はありません。皆様の御命令通りに」

 

 

途中、反論しようとした司令官は、口を重く閉ざした。言葉として伝わってくる圧力を受けるかのように俯いた司令官は、己の中にある躊躇を切って捨て、冷徹な仮面に覆い隠したまま、総員に命令を下した。

 

 

「────攻撃目標を変更。これより、本作戦を切り替える。目標はシルディ・アナグラム。奴を確実に抹殺する。いいか、捕縛は考えるな。確実に、遺体を残さず消し飛ばせとのことだ」

 

 

その発言に、オペレーター全員にざわめきが伝わっていく。中には立ち上がり、正面から反論し出す者が出るくらいであった。

 

 

「司令官!?そんな馬鹿な!我々は、界滅神機を破壊することが目的なのでは!?」

 

「…………命令だ。黙って従え」

 

「テロリストとはいえ、彼はまだ子供です! その相手に我々艦隊が砲撃を行えば、世間が知れば黙ってはいません!アナグラムとの、全面戦争になる可能性も────」

 

「────黙れ!これは上からの命令だ!!貴様も、私も、異論は絶対に許されんのだ!!」

 

 

命令に忠実である司令官がここまで頑なになるということは、上層部は強迫紛いの要求を求めたのだろう。もし断るのなら、裏切り者として始末させると。彼自身だけならともかく、部下や戦友を巻き込むわけにはいかず、苦渋の決断なのだろう。

 

 

「ですが!彼の近くには、IS学園もいます!ここで攻撃してしまえば、彼等も巻き込んでしまうことに───」

 

「………許可は出ている。いや、巻き込んでも確実に仕留めろとのことだ。重傷になろうと、死のうと関係ないと」

 

「─────なッ!?」

 

 

最後の最後まで反対しようとしていたオペレーターは絶句するしかなかった。あまりにも正気ではない。そこまでして、彼等はシルディ・アナグラムの抹殺の固執するのか。上層部は一体、何をそこまで危険視しているのか。

 

 

そう思っているオペレーター達は知らず、司令官だけは理解していた。自身に命令を下した老獪達は焦りを隠さず、兎に角必死の様子だった。アレは恐怖ではなく、怯えだ。シルディが八神博士の実子という意味ではなく、別の何かが知られることを恐れているかのような。

 

 

────現に、老獪の一人が言った。『奴は生きてはならない!生きている事実が知られてはならんのだ!』という言葉に、他の者達が激しい剣幕で呼び止めていた。有無を言わさず、命令を指示された司令官は自分達すら知らぬ大きな闇の存在を察知したが、彼には最早どうすることも出来なかった。

 

 

「……………命令拒否は死を意味する。我々がシルディ・アナグラムを討たねば、我々全員が造反によって処刑されるのだ」

 

 

故に、司令官は命令するしかなかった。シルディ・アナグラムを確実に抹殺しろ、と。たとえそれで、IS学園の候補生が巻き込まれても構わない。いや、巻き込んででも絶対に殺さなければならないと。

 

全ての艦隊の照準を、彼等に悟られぬように定めていく。主砲が静かに向けられていく中、軍帽を深く被った司令官は悲痛そうな声で呟いた。

 

 

「────赦せ、若者達よ」

 

 

それがシルディ・アナグラムへか、一夏や箒へのものかは分からない。或いは、彼等三人に向けたのかもしれない。数秒の沈黙を哀悼として捧げた司令官は表情を消し、「撃て」と命令を下した。

 

 

戦艦からの砲撃が放たれる直後、横に並んでいた護衛艦に空中から飛来したビームが直撃した。甲板を吹き飛ばした爆発は艦内のエンジンを誘爆させ、一撃で護衛艦を海に沈めた。

 

 

「報告!ジーゼック級護衛艦撃沈しました!」

 

「───ッ!敵は誰だ!シルディ・アナグラム!」

 

「いえ、違います!敵大型兵器です!敵大型兵器 此方への攻撃を開始しました!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

海上で、無数の弾幕が舞い散らかされる。

数十隻の艦隊から放たれる砲撃、対空火器による迎撃が、エクスシアを撃墜するべく、辺り一帯を飲み込んでいく。

 

しかし、天使には当たらない。縦横無尽に飛翔していく白き機体はまるで弾道全てが見えているかのような、華麗な動きで回避を繰り返していく。

 

あろうことか軌道を変えた瞬間に、艦隊に向けて収束レーザー砲を放つ。高出力の熱線は重戦艦を一つ貫き、横に振るうことで複数の艦を切断して、暴発させる。

 

そこでようやく。

沈みゆく戦艦を目の当たりにして、エクシスアは思い出したように(かぶり)を振った。

 

 

【………嗚呼、そうか。見覚えるがあると思えば、あの御方が造った兵器ではないか】

 

 

八神博士の造った兵器の殆どは破棄された。それが表向きな事実だ。しかし、その大半が各国によって運用されている。八神博士を犯罪者として強く意識している国連ですら、兵器を運用しているくらいだ。

 

八神博士の技術は、人類の数世代の技術を大きく上回っている。たとえ今の科学者達が総力を上げようと、彼の発明を越えるどころか、並ぶことすら出来ない。

 

十年前のものであっても、彼の造った兵器は人類にとってオーパーツにして代替が効かぬ兵器である。だからこそ、どれだけ博士を貶めたとしても、利用せざるを得ないのだ。

 

 

【あの御方に罪を背負わせたクセに、あの御方の造った兵器を平然と利用するとは…………やはり人間は変わらない。愚かであり、滅ぶべき存在だ】

 

 

機械には本来ならば有り得ない、憎悪の声であった。エクスシアは上空からの攻撃により、艦隊を着実に削っていく。天使のやり口に気付いたのか、彼等もようやく別の対応に動き始めた。

 

 

戦艦のカタパルトから、複数の機影が飛び立つ。簡素なプログラムによって動く、無人戦闘機だ。それも数百。空中と海上の同時攻撃さえすれば、対処できると考えたのか。

 

 

────無意味だ、とエクスシアは笑う。天界機とは、博士の遺した兵器は、そんなもので対応できるようなものではないと。

 

 

【────ならば、教えてやろう。我々の天使の威光を、あの御方の力の一端を】

 

 

断言したエクスシアの躯体から、小型の装甲が乖離する。分離した装甲は空中で静止し、光粒子によって形成された羽と刃を展開する。二十の光剣を円として囲み、天使は振り上げた手を軽く払う。

 

 

【舞え、光の羽刃────ソード・ビット】

 

 

強い光と共に弾けた光剣が、一斉に敵陣に迫る。それだけで、無人戦闘機が幾つか撃墜されていく。その刃によって切断されたり、的確に細切れにされたりもすれば、速度と強度に物を言わせ、突進によって貫通して見せた。

 

 

「し、司令官!無人戦闘機半数まで減少!敵大型兵器が射出した遠隔武装により全て墜とされています!」

 

「────まだだ!対空火器全集中!残存護衛艦は全射器一斉砲火!所詮は遠隔操作による飛び道具だ!乱れ撃ちで幾つか落とせるはずだ!」

 

 

司令官が下した指示により、艦隊は周囲に弾幕を撒き散らしていく。閃光の花火のカーテンが全方位に展開され、普通であれば直撃も免れない程の総量で圧倒し、エクスシアの光剣を問答無用で落とそうとする。

 

 

しかし、光剣は異常だった。

全てが全て、変則的な動きと速度で弾幕を掻い潜っていく。複数の対空砲が狙い撃ちをするが、光剣は速度を変えることなく、透明で弾力のある壁が周りにあり、それで跳ね回っているのかと思ってしまう程の、素早い動きであった。

 

 

『な、なんだあの動きは!?あんな動き無人機に出来るわけが───』

 

 

重戦艦の操縦者が悲鳴のように叫んだ瞬間、光剣に穿たれた。次々と途切れていく仲間の声に司令官は恐怖よりも先に、悔しさが込み上げてくる。

 

 

(我々は、国連の精鋭艦隊だぞ!?その我々がこんな、まるで赤子のように────いや、こんなものはただの蹂躙ではないか!?)

 

 

オペレーターの悲鳴に気付いた時には、司令官のいる戦艦を光剣が突き立てられる。複数の刃による斬撃により、司令室を誘爆が飲み込んだ。

 

爆風によって飛んだ残骸が直撃したのだろう。頭部から血を流しながら、司令官は立ち上がる。オペレーター達の声はしない。既に全滅したのだろう。

 

 

空を見上げた司令官は、此方を見下ろす純白の天使の存在を見た。残酷なまでに冷徹な眼光に、司令官の瞳にギラギラと燃えた敵意が宿る。

 

 

「────悪魔の遺した、旧時代の遺物がッ」

 

 

腰から抜いた拳銃を構え、空に目掛けて撃ちまくる。効いていなくてもいい。抵抗を止めること等、軍人として恥さらしだ。たとえ死に体であっても、敵を前に怯えることなどあってはならない。

 

国民の、市民の平和を護るために、自分達は軍人と成ったのだから。

 

 

「貴様のようなモノが!人の世にあってはならんのだァッ!!!」

 

 

【─────ほざけ、人間】

 

 

熱線が、戦艦のブリッジに直撃する。それは焼却ではなく、熔解だった。ヒトの形すら溶けていき、連鎖した爆発で残骸となった最後の戦艦を睥睨したエクスシアは、不愉快そうに吐き捨てた。

 

 

【あの御方を悪魔にさせたのは、貴様等の方だ】

 

 

一瞬にして、国連の艦隊を全滅させたエクスシアは再び動き出す。さっきのように、一夏達へ狙いを定め直したのだ。

 

だが、しかし。

 

 

【……………?】

 

 

エクスシアは素直に疑問を覚えた。あの三人が移動していないことは事前に把握していたはずだ。なのに、消えた。三人とも、忽然と姿を消していたのだ。

 

センサーを稼働し、周囲を確かめてみるが────半径数百キロ圏内に彼等の反応はない。逃亡の痕跡すら。

 

そこでようやく、エクスシアは事実を噛み締めるように確かめた。

 

 

【─────逃げた…………いや、消えた?】

 

 

天使は大人しく矛を納めた。行き場のない衝動を胸に押さえ込み、何処かへと翔んでいく。そうして、エクスシアも完全にこの海域から離脱した。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………うぅ───ここ、は?」

 

 

ふと、目覚めた。白いベッドの上で起きた一夏は、眠気が醒めたことで、ようやく違和感を覚えた。自分は一体、何時意識を失ったのだろうか。覚えているのは、国連の艦隊を徹底的に殲滅するエクスシアを止めようとした瞬間、視界が黒に埋め尽くされ、そこで意識が途絶えたのだと────

 

 

「そ、そうだ! 箒! シルディ! 無事か!?」

 

「─────むぅ、いちか………か?」

 

 

隣から聞こえた弱々しい声に振り返ると、同じように箒が起きたところだった。寝起きを見られたと理解した箒は一瞬で赤面して一夏に掴みかかろうとしたが、彼同様に意識を失う前のことを思い出して動きを止める。

 

互いの顔を見合っていると、カツンという靴音が響いてきた。

 

 

「おや、君達。お目覚めのようだな」

 

 

部屋に入ってきたのは、白髪の目立つ初老の科学者だった。咄嗟に警戒した一夏と箒だが、すぐに自分達がISを持っていないことに気付く。焦りを覚えた二人を前に、初老の男性はポケットに手を突っ込み、中に入っていたものを取り出した。

 

 

「君達が探しているのは、これだね?」

 

「っ!白式!?」

 

「紅椿!───貴様、それを返せ!」

 

「言わずとも、そのつもりさ」

 

 

咄嗟に動こうとした二人だが、男性が手に持っていた待機状態のISを投げ渡してきた。放り投げられたこともあって慌てて受け取った一夏と箒に、男性は淡々と話しながら近くの机の資料を弄る。

 

 

「───軽くメンテナンスを施させて貰った。それと、余計なものも少し外しておいた。君達のISに細工はしてないと、保証しよう」

 

 

そう言いながら、男性は故障している精密機械を潰した。盗聴機だろうか。煙と火花を放つ残骸を払い捨て、その男性は未だ困惑を隠せない一夏達に向けて現状を説明し始めた。

 

 

「意識を失っていたのは、彼の行為が原因だ。君達を気絶させて、ここに連れて来たのだ。───しかし、彼を責めないでやって欲しい。我々は追われた身なのでね、万が一にでも居場所を漏らす訳にはいかないのだよ。

 

 

 

…………ああ、何故彼が君達を連れてきたのか、と聞くのは愚問だ。プロフェッサー、いや海里浩介だったな。奴の目的は織斑千冬と篠ノ之束を誘い出すことだ。織斑千冬ならまだしも、篠ノ之束は多くの勢力から狙われている。表舞台に出す訳にはいかないからな」

 

 

二人が飲み込むより前に、一気に話を捲し立てる男性。情報量を処理しきれず、何となく詞を噛み砕いていく二人。ふと、一夏はある言葉のところに気付いて、警戒心を露にした。

 

 

「追われた身………? アンタ、一体何者なんだ!?」

 

「────ラウラ・ボーデヴィッヒは、彼女は元気か?」

 

 

ISを部分展開しようとした一夏は、何でと聞き返す。気さくな感じ、まるで知人のように語る目の前の男が何なのか、分からない。信用するべきか、或いは敵なのか、上手く判断できない。

 

そんな一夏の様子を読み取ってか、男性は表情を曇らせたまま口を開いた。

 

 

「私の名は、シュバルツ・ローグラン。元ドイツの遺伝子研究機関に所属していた科学者であり、彼女を造り、ボーデヴィッヒの名を与えた男だ」

 

 

男の語る事実に、二人は瞠目する。

そんなこと、聞いたこともなかった。いや、有り得るはずがない。一夏は何故か自分の胸が激しく鼓動していることを感じ取る。

 

錯乱しているのだろうか。訳も分からず、兎に角ローグランを問い詰めた。

 

 

「ラウラを、造った………?何を言ってるんだよお前!?」

 

「試験管ベビーだ。人工的に組み上げられた遺伝子から、私は彼女を生み出した────三十七人。私は、人を造り続ける事実に耐えきれず、逃げ出したのだよ。『彼』に連れられる形で」

 

 

そういうことではない、そう叫ぼうとした一夏だったが、一際大きな扉の開閉音によって遮られた。

 

 

 

「ローグランおじさま!」

 

 

大人用の白衣を着込んだ少女が、慌てた様子で入ってきた。緊張しているのか、ぶかぶかの白衣の裾を踏んで足を滑らせそうになるが、何とか堪えて────ローグランの元へと駆け寄っていく。

 

 

「どうしたね?エクシア嬢」

 

「周りを警護してたジェネシスタイプが、一機壊れました!多分、きっと襲撃ですよね!?」

 

「…………場所は?」

 

「えっと、ポイントFです!」

 

「───まだ時間はある、彼に伝えて来なさい。私は客人達と話をさせてもらう」

 

 

は、はい! と背を向けて走り去っていく少女だが、白衣の裾を踏んで横転していた。慌てて立ち上がる少女の背を見ていた一夏だが、あることに気付いて顔を蒼白にさせる。

 

 

───少女のうなじには、肌とは違うものが埋め込まれていた。特殊な装甲の表面には複数の穴が露出しており、まるでケーブルの接続端末のような形状である。少なくとも、人体には無縁であるべきものだ。

 

そんな一夏の様子に気付いた箒が呼び掛けるよりも先に、ローグランが語り始めた。

 

 

「あの娘は、生体兵器のコアだった。エクスカリバーという衛星兵器は知っているだろう?」

 

「…………」

 

「彼女はアレの生体ユニットとして、ISのコアを埋め込まれた。そして最適化として、彼女は肉体を弄られた。アレを成した人間が何を考えたのかは知らないが、彼女は兵器として運用され続けるはずだった。それを『彼』が助け出されなければ、彼女は今も利用されていたことだろう」

 

 

その、『彼』とは誰なのか。一夏も箒も、同じく疑問に思っていた。しかし、ローグランが語る必要もなく、『彼』と呼ばれる存在が誰なのかを知ることになる。

 

 

 

『─────ドクター・シュバルツ』

 

 

暗闇から、同じような闇が浮かび上がる。いや、黒よりも深い漆黒のフォルムの鎧が。青紫色の光を放ちながら、ソレは青いマントを翻し、この部屋へと踏み込んできた。

 

その姿を、一夏も箒も忘れたことはない。

 

 

「『モザイカ』ッ!!」

 

 

魔剣士の二つ名を有するIS操縦者。アナグラムのわ協力者という立場でありながら、今まで一夏達の前に現れ、彼等に助け船を出してくれた相手。

 

しかし、だからと言って素直に信じられる訳ではない。彼が関係しているからだ。龍夜の両親を手に掛け、親友であった暁を巻き込んだもう一つの黒いIS その使い手であるフェイスと。

 

 

『襲撃だ、ドクター。私が前に出る、君はエクシアと共に指定されたポイントへ移動してくれ』

 

「…………奴本人か?」

 

『いや、奴の配下だ。だが、専用機持ちでもある。あのIS相手には、私も骨が折れる────私は少し、彼等と話がある』

 

 

分かった………と、ローグランは不安そうな様子で部屋から出ていった。その間、沈黙だけが長く続く。どう対応するべきか悩んでいる二人と、口を閉ざし続けるモザイカ。この状況が、そう長い間続くわけではなかった。

 

モザイカが、剣を握る。何時からか顕現させていた黒耀の魔剣を地面へと突き立てた。

 

カァン! と金属音と共に飛び散るプラズマ。しかし、プラズマはそこで消えることなく、周囲へと伝播していく。咄嗟にISを展開していた二人の足元に届いた瞬間、強い衝撃が全身に伝わった。

 

 

「っ!?な、なんだよこれ───ッ!」

 

「クッ────身体が、動かんッ!」

 

 

『────生憎だが、私は君達に話すことなどない。だが用はある』

 

 

重力だろうか、何らかの力が二人の動きをガッシリと止めていた。縛り上げられるように固められた一夏と箒は抵抗することも許されない。そんな彼等に、モザイカは魔剣を振るったまま近付く。

 

 

『────君達のISを、封印する』

 

「なん、だと───!?」

 

『君達は理解していない。自分達の価値を、自分達の存在の意味を。ISがあるから、という理由で君達は戦場へと出てしまう。出れてしまうのだ。…………故に、君達から戦う力を奪わせてもらう。安心するといい、時が来ればISの封印は解こう』

 

 

ふざけるな、そう叫ぼうとしたが、無意味と判断した。ISは何故か機能を発動しなかった。まるでフリーズしたように、応答がしない。その間にも、モザイカは近付いていく。魔剣に黒い稲妻を宿しながら、彼等のISに何かをしようと迫る。

 

一夏は、自分の胸元に迫る刃を前に何も出来なかった。恨めしい、己の無力さが。何も出来ない、することが出来ない自分が。

 

 

────許せなかったはずだ。このような不条理を、道理のない理不尽を。

 

 

「うおおおおおあああああああああ─────ッッ!!」

 

 

腹の底から叫ぶ。兎に角、全身全霊で。こんな風な理不尽を受け入れたくないと、喉の奥から絶叫を轟かせた。本来であれば、無意味なことであった。どれだけやろうと、彼には抗うことは出来ない事象である。

 

しかし、ISが、白式が光り輝く。ふと、身体が軽くなったことを感じ取り、一夏は咄嗟に腕を振るう。目の前で、驚きを隠せずに硬直したモザイカの顔面に目掛けて、拳を叩き込んだ。

 

 

『────ガッ!?』

 

 

ピキッ、という音と共にモザイカのフルフェイスにヒビが入る。慌てて顔を押さえたモザイカの掌から、破片が溢れ落ちる。今の一撃は深く、確実に届いたのだろう。魔剣士の装甲を砕くまでに。

 

 

『………白騎士、そうだったな。忘れていた。いや、そうか。──────これも、貴方には見えていたのか。八神博士』

 

 

完全に、フルフェイスが砕け散った。周囲に散らされた黒耀の破片が、それを物語る。顔を覆うマスクを破壊された、モザイカの素顔を、一夏と箒も目の当たりにした。

 

 

 

 

「………………え?」

 

「────馬鹿な、何故貴方が」

 

瞬間、二人は言葉を失う。信じられないと言わんばかりの顔で目の前の男の顔を見返す。しかし、嘘ではない。現実だと理解しても尚、脳が拒絶してしまう。

 

 

有り得ない、嘘だと。そんな感情に今は従いたかった。胸に渦巻く感情を押さえ込み、一夏は震えた声で呟いていた。

 

 

 

 

 

「──────おや、じ?」

 

 

目の前にいたモザイカの正体は、織斑数季(おりむらかずき)。他ならぬ、一夏と千冬の父親であった。その声に、モザイカ、もとい数季は言葉を返さない。仏頂面のまま、一夏と箒を冷たい目で睥睨していた。

 

 

「何でだよ…………何で親父が、ISを使えてるんだよ。どうしてだ! 答えろよ、親父ぃ!!」

 

「────答える義理はない。これが私の使命だからだ」

 

 

そう言うと、数季は魔剣を振るう。瞬間、一夏と箒を黒い影が包み込んだ。モザイカが転移する際にしようとしたものだ。影に包まれた一夏を見据え、数季が冷徹な声で告げる。

 

 

「学園に帰れ、一夏。今回だけは見逃そう」

 

「待て!待てよ親父!話はまだ────」

 

「────だが、次はない。お前を切り捨て、そのISも封印する。そうなりたくなければ、大人しくISを捨てろ」

 

 

話すことすら出来ず、一夏と箒は影に包まれた。その光景を最後まで見届けた数季は一言も発さずに、己の顔を仮面で覆う。黒と青の外套を翻し、彼は闇の中へと消えていく。

 

 

 

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