IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第68話 真実の記憶、その始まり

「────以上が、君達の体験した出来事、という訳だね?」

 

 

IS学園理事長室。

年下の少年のような見た目でありながら、学園の理事という立場にある時雨は、学園の付近に突然現れた一夏と箒の報告を聞き終えたところだった。

 

 

「いやぁ、天壊機の覚醒は聞き及んでいたが………君達がモザイカと接触していたとは思わなかった。色々と、疲れただろう」

 

「…………い、いえ。俺達はまだ───」

 

「謙遜しなくてもいい。理解は出来るさ。何せ一度で知る情報が多すぎるからね。………けどすまない、少しだけ確認をさせてくれ」

 

 

机の上の書類を整理して、時雨は一夏と箒の様子を確認しながらも、話を続ける。

 

 

 

「プロフェッサー・アクエリアス、海里浩介の存在は僕も想定外だった。まさか生きていたとはね、中々にしぶとい人だ」

 

「理事長、プロフェッサーは………海里浩介は、どう対応するべきでしょうか」

 

「少なくとも、今は対処は出来ない。天壊機 エクスシアと共に、彼は姿を消した。奴等が尻尾を見せるまでは、僕達は何も出来ない現状だ」

 

 

あの後、待機していた時雨理事長の私兵である陸奥と長門は一夏達と海里浩介達の失踪を確認した。一夏達は戦闘の際、忽然と姿を消してしまい、捜索が出来なかった。そして、海里浩介とエクスシアも、巨大な影と共に身を隠してしまったのだ。

 

付近の近海で待機していたアナグラム別動部隊は、その巨大な影によって妨害を受けていた。故に、重傷を負ったシルディを助けに向かえなかった、とのことだ。

 

 

そのシルディ本人は、行方不明となっている。一夏達同様モザイカに助けられたらしいが、話によると二人が起きる前にその場から離れていたらしい。

 

 

「さて、本題に入ろう─────モザイカ、いや君の父 織斑数季について、僕も少し調べてみた」

 

 

一夏の報告を聞いた時雨はいち早く、国連のデータベースを一から洗った。世界随一の情報の倉庫たる巨大アーカイブには多くの記録や情報が保管されている。特定の人間のデータに関しても。

 

しかし、すぐにアーカイブを確認していた時雨は申し訳なさそうな声で謝礼を口にする。

 

 

「めぼしい成果は出せなかった。すまない、彼に関する情報は何一つ見つからなかったんだ」

 

「………何一つ、ですか?」

 

「そう、何一つだ。彼の戸籍やあらゆる情報が、データベースから消失────いや、抹消されていた」

 

「抹消………ということは、誰かが消したということですか?一体誰が─────」

 

「データが消されたのは十年前、第三次世界大戦の直後。実行者は、八神博士だ」

 

 

今度こそ、静寂が部屋全体に浸透していく。何故、博士が父のデータを消し去ったのか。その父が何故ISを纏って暗躍しているのか。自分達から突然消えたのも、その為なのか。

 

どれだけ考えても、何時間も頭を回しても、答えは出させなかった。そうやって考え続けていた為、一夏の顔色も少し悪くなっている。心配そうに見つめる箒にも、落ち着きながらも身を案じている時雨にも分かるほどに。

 

その瞬間、次に聞こえてきた声が一夏の思考を綺麗に消し飛ばした。

 

 

 

「─────織斑です、失礼します」

 

 

扉を開き、入ってきたのは千冬だった。確か記憶によれば、龍夜達と共にルクーゼンブルク公国に向かっていたらしい。一悶着あれど、今日帰国してきたとの事だ。

 

その一件をまとめた報告書を抱え、千冬は時雨に報告書の提出と顛末の報告に来たらしい。書類を受け取った時雨は思い付いたように一夏へ視線を送り、対応を始めた。

 

 

「いや、それはいいよ。僕が確認するからね…………それより、織斑くんが少し話したいらしいけど?」

 

「…………何のようだ、織斑」

 

 

相変わらず、無愛想な面の千冬。良く言えば凛とした立ち振舞いに、一夏も憧れを覚えたことも数知れずだ。しかし、今はそんな気持ちも湧かない。覚悟を決めたように唇を強く噛んだ一夏は、真剣な様子で話しかけた。

 

 

「なぁ、千冬姉」

 

「織斑先生と呼べ」

 

「─────俺、親父に会ったよ」

 

 

その言葉に、千冬は僅かに反応を示した。たったそれだけで、一夏は無意識に理解する。千冬は、驚いていない。それどころか、状況を完全に読み解けたのだろう。嘆息のような、小さな一息は、一夏の予想を確信へと近付けていた。

 

 

「…………やっぱり、知ってんだな」

 

「───何を言っているか分からんな」

 

「とぼけるなよ! 知ってたのか!千冬姉は!親父がアナグラムに手を貸してたって!親父がISを使って、何かやろうとしているってこと! 最初から知ってたのかよ!? 俺だけが、何も知らなかったのかよ!!」

 

 

この期に及んで誤魔化そうとする千冬に、一夏は強い口調で問い詰める。父が行方不明になって、一夏は不安や心配が多かった。その心を覆い隠すように、父はどっかに旅に出て女に手を出しているのではないかと、言い訳のように考えることにしていた。

 

なのに、だ。

千冬がそれを知っていたのなら、裏切られたという気持ちが強くなる。子供の頃、ずっと黙っていたのかと。

 

しかし、どうやら一夏の考えは半分間違っていたらしい。

 

 

「────知っていた。だが、最初からではない。気付いたのは、福音事件の時だ」

 

「じゃあ、何で────」

 

「言わなかったのも事実だが、言えなかったのが正しい。そのことを話すということはつまり、真実を話さなければならない」

 

 

静かに視線を向けてきた千冬の眼は、鋭かった。目に見えなくとも、触れればどんなものにも傷を残すような鋭利な刃のような眼光に、一夏は無意識に退いてしまう。

 

だが、千冬は言葉を止めない。

 

 

「真実を知れば、お前は平和に生きられない。命を狙われることになるし、仲間が傷付き────最悪死ぬかもしれない。真実を知った時点で、確実な安全を失うことになる。それでいいという覚悟があるか?」

 

「…………千冬姉、俺は」

 

「話は終わりだ。覚悟がないなら、容易く踏み込むな」

 

 

それきりだと、千冬は口を閉ざした。一夏も尋常ではない千冬の様子に言葉を濁すことしか出来ず、箒も千冬に言葉を掛けることも叶わず、不安そうに一夏を見つめることしか出来ない。

 

異様な程、静まった空間。しかしその空気を断ち切るように、張り詰めた声が響き渡った。

 

 

 

 

「─────そうか。なら覚悟のある俺が聞けば、答えてくれるか?」

 

 

開け放たれた扉に背を預けた蒼青龍夜が、そう吐き捨てる。両腕を組んだまま千冬を見据える龍夜の眼は、明らかに教師へ向けるものではない。

 

 

「………何故ここに来れた」

 

「生憎、頭は良い方なんでね。少しだけ電子機を弄れば、丁寧に道案内してくれるのをよく知ってるんですよ俺は。

 

 

 

 

それより、面白い話じゃないですか。モザイカの正体が一夏とアンタの父親だって?」

 

 

ダン、と彼は背中に担いでいたであろうトランクケースを床に置く。中には彼のIS 『プラチナ・キャリバー』が内包されている。何気無いことであるにも関わらず、龍夜はやる気を隠すことなく威圧感を激しく滲ませていた。

 

 

「ずっと前から気になってた」

 

「…………」

 

「何故国連は、アナグラムをあそこまで恐れている?完全に滅ぼせなかった場合、奴等が『真実』とやらを広める可能性か? そこまで忌避するほどの秘密を、アナグラムが握っているのか?ずっと前からそう思っていた────一夏達の話を聞いて、少しは納得した。シルディアナグラム、八神三琴か。八神博士の子供が生きていたなら、焦る気持ちは分かる。

 

 

だが、それが『真実』だとは思えない。あまりにも弱すぎる事実だ」

 

 

千冬を睨み付けながら、龍夜は言葉を続ける。

 

 

「もしこれが真実ならば、国連は逆に利用しているはずだ。────『アナグラムは八神博士の子供が、父親の復讐のために世界に混乱をもたらそうとしてる』とでも言ってな。だが、奴等はそうしなかった。そもそも、八神三琴の存在自体を隠していた。国連が十年前、八神博士の家族の不幸な死と公表していることがそれを証明している」

 

「………何を言いたい」

 

「─────真実は、彼等の死の真相だ。当然、アンタはそれを知っている。国連から知らされた、とかじゃない。あの時代を生きた当事者………いや、アンタが博士の死に際を看取ったんだからな」

 

 

それなら、少しくらいは知っているはずだ。博士が戦争を起こした理由を。博士を悪魔に仕立て上げ、生き残った息子の存在を隠蔽しながらも抹殺を企もうとする国連の矛盾に満ちた行動の根底を。

 

それら全ての謎の答えを、目の前の人間が知っている。龍夜だけではなく、この場の全員がそう確信していた。

 

 

「何でそれを隠す。アンタは八神博士の教え子なんだろ、恩師の汚名を何で晴らそうとしない? 国連に忠誠を誓ってる訳でもない。なのに、どうして連中の言う通りに従ってるんだ」

 

「───何度も言わせるな。これ以上話すつもりはない」

 

「そうか─────なら、手段を変えるぞ」

 

 

表向きな拒絶を示した千冬に、龍夜は退く様子すら見せない。それどころか待機状態のプラチナ・キャリバー、エクスカリバーを展開するや否や、千冬の眼前へと突きつけた。

 

 

一夏も箒も、後から来たであろうラウラもその光景に言葉を失う。突然の龍夜の凶行を止める為に駆け寄ろうとしたが、威圧感を伴った一瞥によって動きを封じられる。

 

三人から視線を離し、千冬へと向き直った龍夜は低い声で問い質す。その声は次第に強く、感情の籠ったものへと変わっていく。

 

 

「どうしても『真実』を話すつもりはないのか?それが俺達を守るためか?『真実』を知ったことを国連に知られれば、俺達が始末されるからか?そんなことで俺達を護り通せると、本気で思ってるのかッ!!」

 

 

目に見えていかりを示す龍夜の態度に、全員が呆気に取られる。彼が私情────復讐以外で、こんなに感情を剥き出しにしたことはない。

 

 

「余計なお世話だ!俺も一夏も箒も、セシリア達も!代表候補生の名を与えられた時点で!戦いに身を投じる覚悟は出来ている!なのに、お前らは『真実』だけは話せないだと!? 俺達に危害を加えたくないから!? ふざけるなッ! とっくにそんな次元の話じゃないだろ!」

 

「─────」

 

「アナグラムや他の敵との戦いで、一夏は一度死にかけた! それはお前がよく分かっているはずだ!一々責任を追及する気はない! だが、何も知らないまま、平和のために戦い続けろとでも抜かすつもりか!? お前が本当に俺達を案じてるのなら────全てを明かせ!

 

 

 

 

─────俺達を信じてみせろ、織斑千冬!」

 

 

強い一言に、千冬は沈黙を保っていた。しかし、その表面上にいつもの冷静さは見られない。明らかに迷っていた。だが、完全に口を開こうという姿勢ではない。

 

そこまでなのか、と一夏は思った。実の姉が隠している真実というのは、そこまで守られなければならないものなのかと。

 

意を決したように千冬が口を開こうとする。長い付き合いである一夏は、彼女の次の言葉が話を終わらせるものだと理解していた。

 

 

 

 

「……………そうだね。君達には話すべきか」

 

 

半ば空気となっていた理事長が、重い口を開いたのだ。驚くと同時に、納得もする。彼は、国連の最高機関の一員であり、IS学園のトップとも呼べる人間だ。彼が『真実』を認知していても、可笑しい話ではない。

 

 

「理事長……!本当によろしいのですか!」

 

「───君の懸念は分かる。この事実を明かすということは、彼等を危険に晒すということだ。けれど、僕は彼等を信じてみたい。次世代を担う彼等ならば、多くの困難を踏破することが出来ると」

 

 

落ち着きながらも芯の強い時雨を前に、千冬は受け入れたように口を閉ざした。彼女を従えて席から腰を上げた時雨は、一夏達に向けて淡々と告げる。

 

 

「IS学園の地下には特別な区画がある。代表候補生の皆を、覚悟のある者だけを連れてきて、エレベーターで最下層に降りなさい。最下層のロックは解除しておくからね」

 

「…………理事長」

 

「そこで全てを語ろう。僕達が知る真実を、我々が犯した罪の記憶を」

 

 

◇◆◇

 

 

理事長と千冬がそう告げて立ち去る中、一夏達も学園内の廊下を歩いていた。若干重い空気であるのは、先程の一件から頭が離れないからだろう。

 

 

「…………なんか、その」

 

 

空気に耐え兼ねた一夏がしどろもどろになりながら、口を開く。不安と心配混じりに此方を見る箒とラウラ、相変わらず無愛想な顔で見向きもしない龍夜。あまりにも地獄に近いこの状況に心の中で泣きながら、一夏は話題を切り出す。

 

 

「い、いやぁ…………龍夜が千冬姉を脅すとは、本当に驚いたなぁ」

 

「………俺も驚いたぞ。いつものお前なら『千冬姉に何してんだ』と言って殴りかかってただろう」

 

「そんな気分じゃなかったからさ────それに、あんな風に睨まれたら無理だって」

 

「わ、私も本当に焦ったんだぞ? 千冬さんにあんなことをするなんて、心臓が止まるかと思った」

 

「それは、私も同感だな! 教官がなかったことにしてくれたから良かったものを、下手したら懲罰ものだぞ!?」

 

「この期に及んで、話そうとしない奴が悪い」

 

 

どうやら龍夜は一連の行為に反省も後悔もしてないらしい。そこまで事実を黙秘していた千冬に怒りを覚えていたのか、と箒とラウラは苦笑いするしかなかった。

 

しかし、一夏だけは何か思うところがあるらしい。ポツリと、呟きを漏らす。

 

 

「でも、俺少し意外だったな」

 

「何がだ」

 

「龍夜、気にしてくれたんだな。俺が怪我した時のこと」

 

 

その呟きに、龍夜は何も言わない。ただ静かに見つめる視線を前に、一夏は自身の思いを語る。

 

 

「俺のこと、大切な仲間だって思ってくれたんだろ? 正直不安だったから、少し嬉しく感じるんだ。俺のこと、心配してくれるくらい認めてくれてたんだって…………前からずっと弱かったからな、俺」

 

「………、」

 

「ありがとう、龍夜。俺、お前に負けないくらい頑張るよ。そして、お前に負けないくらい強くなってみせる」

 

 

色々と深く悩んでいたが、少しだけ気力を貰った。くよくよしているだけが織斑一夏ではない。ライバルとして憧れた青年に先を越されてばかりではいられない、と一夏は宣言する。

 

その話を聞いた龍夜は一夏の話を聞き終えてから数秒、沈黙する。そして、露骨に顔をしかめながら溜め息を漏らす。

 

 

「急に何を言ってんだ、気持ち悪い」

 

「なっ!? ………お前なぁ!人が本気で感謝しようとしてんのに!」

 

「心配するのはいいが、言葉を選べ。そんなんだから俺とお前のBLが女子の間で流行るんだ。───本当に鳥肌が立つんだ、場所を考えろよ」

 

 

ふん、と本当に不愉快そうに歩いていく龍夜に、一夏はなんなんだよ………と呆れながら後を追いかける。ああは言ってたが、彼もその言葉を素直に受け取っていたのだろう。恐らく、慣れないものだったから、あんな突き放し方をしたのかもしれない。

 

先を行く二人の背を見つめていた箒とラウラ。二人は互いの顔を見合い、ふと考えた。

 

 

(………場所を考えれば、許すのか?)

 

(────まさかとは思うが、一夏も龍夜を狙っているのか?奴がライバルになるとは予想外だった)

 

 

予想しない方から誤解を受けていた。心の中に留めていた箒はともかく、数日後部屋に忍び込んだ際に質問したラウラが、本気で否定した龍夜によって簀巻きにされて廊下に放置されることになるのはまた別の話になる。

 

 

◇◆◇

 

 

「────全員、揃ったな?」

 

 

数時間後、その場にいなかったセシリアと鈴音、シャルロットと共に集まった代表候補生全員が地下区画のエレベーターの前にいた。呼び掛けた龍夜の問いと共に、確認すらなくエレベーターのスイッチが押される。

 

皆に覚悟を聞いてみるべきじゃないか、と言おうとした一夏だが、龍夜から一蹴された。彼女達は自分の意思でISという兵器に乗ると、代表候補生になると志願したのだ。その時点で、彼女達は覚悟している。どの道質問しようが答えは変わらない、と。

 

逆に、一夏や箒の方が問われた。千冬や理事長は、『世界に仇なす真実』と話していた。世界、おそらく国連と戦うことになるかもしれないと。

 

一夏と箒も、覚悟を決めていた。

自分達はセシリア達のように、国を背負う覚悟で代表候補生になったわけではない。しかし、自分の周りにある全てを守ってみせるという覚悟は、忘れたことはない。

 

 

そうして、全員がエレベーターの中に踏み込む。階層を示すスイッチはなく、代わりに暗証番号を打ち込むモニターが壁にあった。だが、彼等が打ち込むよりも先に、暗証番号が承認されたようで、扉が閉まると同時に、凄まじいGと共にエレベーターが下へと降りていく。

 

 

少女達が口を開く前には、扉が開いた。沈黙すら起きない程の速さで最下層に辿り着いたエレベーターと繋がっていたのは、巨大な空間であった。

 

 

 

「────来たようだね、君達」

 

 

その中央で、時雨理事長と千冬が待っていた。暗闇によりよく見えないが、全体だけでも東京ドームを凌駕する広さだ。現に声はおろか、足音までもが反響して消えていくのだから。

 

 

「さて、君達に真実を知る覚悟はあるか………というのは無粋か。それでは、お望み通り話すとしよう。だが、まぁ。どこから話すべきか…………」

 

「理事長、まずは私が話そう」

 

 

時雨の話を遮り、千冬が前に出る。腕を組まず、ただ静かに目を伏せていた彼女は重い口を開き、話し始めた。

 

 

「────最初に言おう、私は八神博士と無関係ではない。何故なら私は、あの人に師事していたからな」

 

 

事前に似たようなことを聞いていた一夏や箒は大して驚きはしなかったが、他の全員の驚きようは凄まじかった。龍夜も成る程な と納得する一方でそれ以上何も言わず、話を聞く姿勢に入っている。

 

 

「私だけではない、束もそうだ。もう一人を含めて三人。私達はあの人の教えを受け、多くのことを学んできた。

 

 

 

 

まずは最初から話そう。あの人と、私達の出会いを」

 

 

◇◆◇

 

 

 

「────うーん………なんか足りないんだよなぁ」

 

 

真夏の昼。

クーラの効いた部屋で、学生服に身を包んだ紫髪の少女が呻いていた。机の上にある使い古されたノートを前に向き合っていた少女は耐え兼ねたのか、うがーっと叫び出す。

 

 

「ダメだー!なんか足りない!けど全然分かんないー!」

 

「…………うるさい。少しは静かにしろ、こっちが暑くなってくる」

 

 

対面の机の上で勉強をしていた少女が、目の前で騒ぐ少女に苦言を呈する。黒髪とクールな雰囲気の目立つ少女はシャーペンを置き、呆れたように紫髪の少女に問い掛ける。

 

 

「………またそれか。思い付かないなら、無理に考える必要はないだろう」

 

「いや違うだよちーちゃん!思い付かないんじゃなくて、どこか納得いかないんだよねー。天才の束さんのことだから、その内分かるだろうけどさ」

 

「なら宿題でもやったらどうだ?お前、全然手を付けて無いんだろう?」

 

「えーやだー。あんなの簡単じゃん。束さんやりたくなーい。どうせあとで適当にやって出すからいいもーん」

 

「………全く、お前という奴は」

 

 

明らかに不満そうに頬を膨らませる紫髪の少女 束に、黒髪の少女 千冬は呆れたと溜め息を吐く。中学の頃、二人の夏休みの記憶である。

 

この頃から、彼女はIS────インフィニット・ストラトスの開発の画策していた。しかしまだ設計の段階であり、彼女はそこで行き詰まっているところであった。(尚、本人は否定しているのだが)

 

 

いつもと変わらないはずのその日は、二人にとって大きく人生を変えることになるものだった。

 

 

『────失礼するよ』

 

 

ガラッ、と自習室の扉が開け放たれた。どうも、と軽く挨拶をした千冬は、部屋に入ってきた相手が教師ではないことにすぐに気付いた。

 

白衣を着込んだ壮年の男性。そして、その後ろを歩く金髪の外国人の少年。顔半分に包帯を巻いたその姿は半分ミイラに近い。

 

少年を連れた男性は千冬に丁寧な挨拶をした後に、束へと視線を向けた。

 

 

「───やぁ、君が篠ノ之束だね?」

 

「…………」

 

「成る程、聞いてた通り気難しい性格の子だ」

 

 

反応すら見せず、無視に徹した束を前に男性は困ったように笑う。その様子を見ていた千冬は、いつもの癖だと頭を抱える。

 

彼女の親友、篠ノ之束には致命的な欠点がある。千冬のように本人が信頼したり気を許す相手以外には、彼女はこんな反応を示す。友達はおろか、クラスからは拒絶されたように一人になってしまうほど、他人への対応が悪いのだ。

 

千冬が訂正するより先に、後ろについていた少年が怒りを露にする。片目に怒気を宿らせると共に、無視を続ける束に怒鳴っていく。

 

 

「おい、お前!先生を無視するとかどういう神経してるんだ!」

 

「…………はぁ?何でお前みたいな奴の話を束さんが聞かなきゃいけないわけ?ていうかお前誰?」

 

「───なッ」

 

 

冷たいを通り越して、侮蔑以外感じられない。

明らかに初対面の相手に向けるべきではない感情を前に、金髪の少年は絶句してしまっていた。しかし、そこで大人しくなるわけでもなく、束に対して果敢に食い下がる。

 

 

「オレはザック!訳合って先生の右腕をしてる!………ていうか、なんだよその態度!人に向かって話し掛けるようなものじゃないだろ!」

 

「はぁ?何で束さんがそんなこと気にしないといけないの?それに説教するような立場でもないでしょ、お前。馬鹿だね、この上ない身勝手な馬鹿だよ。これだから外国の猿は嫌いなんだよね」

 

 

あまりの罵倒に少年 ザックは言葉にならない様子だ。半分怒り半分ドン引きである。怒りに染まった感じで、ウガーッ!! と頭をかきむしった少年は、男性の方に詰め寄った。

 

 

「先生!コイツヤバイですよ!この時期で拗らせまくってるイタイ奴ですよ! こんなロクでもないの相手にしない方がいいですって!」

 

「そうは言われても、私は彼女に用があって来たんだ。こうして会えるのも久しいのだし、少しくらいは話してもいいだろう?」

 

「………ああ、思い出した。おじさんあの時のね」

 

 

ようやく反応を示した束の言葉が気になったらしく、千冬が疑問を投げ掛けた。

 

 

「知っているのか?束」

 

「まぁね、子供の頃に親と話してるのを見てたから。……それで、おじさん何の用? 束さん忙しいんだけど」

 

「何、世間話をしようと思ったんだが………なにやら面白いものが見えてね」

 

チラリ、と机に置かれたノートを見た男性が、興味深そうに顎を擦る。そしてノートを指差しながら、束に聞いた。

 

 

「これ、君が考えたんだろう?」

 

「それ以外にどう見えるの?おじさん、確認しなくても自分で分かるでしょ。それとも、おじさんには難しすぎた?」

 

「…………失礼だぞ、止めろ」

 

 

束の暴論に、見かねた千冬が本気の手刀を叩き込んだ。ドスッ! という音と共に、束は頭を押さえて悶え始める。何故か頑丈である束だが、千冬の一撃だけはよく効いていた。まぁ、すぐに平然とし出すので大して通じてないのかもしれないが。

 

それでも本気の一撃のため、いつもよりはダメージを受けているらしい。そんな二人の喧騒を余所に、束の書いていたノートを見ていた男性は「失礼するよ」と深々と観察を始める。

 

先程の非礼を詫びるために、好きにどうぞと千冬が許しを出す。下でブーブーと喚いていた親友を無視した千冬は、二人の様子を静かに見守っていた。

 

 

「ザック、これを見たまえ。そして、君が感じたことを話してみてくれ」

 

「────不可能です。こんなの、普通に考えれるわけがない。ただのラクガキや妄想ってことの方が納得できます」

 

「だが、一つだけ分かる。彼女は本物だ。私の目に狂いはなかった」

 

 

二人の反応は知らないが、どうやら束が書いていたノートの内容が興味を引いたらしい。良かったな、と千冬が言ってやると、不満を隠すことなく束が口を閉ざす。こんな調子の彼女は久しぶりだった。

 

 

「では、質問しよう。君はこれを何の為に造りたいんだい?」

 

「………そんなの、答える理由ないでしょ」

 

「答えたらいいだろう。別に隠すようなことでもない」

 

 

千冬からの掩護射撃もあり、なくなく束は自分が考えたインフィニット・ストラトスのことを話し始めた。最初は、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っていたザックだが、束が一から考えたという話を聞いた時には笑みを消して、信じられないという様子で見つめていた。

 

良い気味だと笑っていた束だが、ふと視線を移した時には大いに驚かされた。

 

その話を聞いていた男は、感心したと言わんばかりの笑みを浮かべていた。おそらく、全てが理解できているのだ。束がインフィニット・ストラトスを一から作る行程も含めて、全てを。

 

 

「成る程。素晴らしい話だった。では、私も少し考察してみよう────この設計図は未完成だね?」

 

「───────え?」

 

「おそらく、君自身でも理解に及ばない点が納得いってないんだろう。よくあるさ。私も、何度か経験している」

 

 

今度こそ、束は信じられないというように目を疑った。このことを話したわけではない。あくまでも、自分が考えた設計図として、今から造り始める過程だとしか言っていない。

 

なのに、目の前の男は、束すら不可思議であった違和感を指摘し出したのだ。これが、驚かないはずがない。

 

 

「うそ、なんでそれを────」

 

「理由は簡単だ。君の設計図を見た限りは完璧だが、粗が多い。普通の人間には思い付かないような、素晴らしい作品に見えるだろうね。しかし、君はまだ理論上の法則に囚われている。

 

 

 

 

つまり、君の作品はまだ改善点が多い。これらを昇華していけば、君の作品は誰にも負けないものとなる。他ならない、私が保証しよう」

 

 

嘘ではない、本心だ。この男は出任せではなく、全てを理解した上で発言しているのだ。自分と同じ、生まれながらの天才だと、篠ノ之束は本能的に確信させられた。

 

 

「自己紹介が遅れたね。私は、八神宗二と言う。国連の研究機関に一人で所属している…………今はまぁ、休職中でね」

 

 

その名を聞き、束と千冬は再び驚愕した。

この世界で、八神宗二という名前を知らないものはいない。まだ押さない子供すらも、憧れているとすら明言するまでの有名人だ。

 

 

彼は、平和の為に多くの技術と兵器を提供してきた現代の偉人だ。彼が生み出したものだけでも、人類の数世代は凌駕していると言っても過言にはならない。

 

 

そんな世界規模の有名人が、自分達の前にいることが意外であった。

 

 

「────さて、篠ノ之束。君は天才だが、まだまだ未熟だ。万能であれど全能ではない。…………君が望むなら、私が君に足りないものを教授してあげよう」

 

「─────」

 

「何故、そんなことをするのかという理由は簡単だ。………私は教師に成りたかったんだ。もう、叶わない夢だと思っていたが、君のような才能の塊を導いてみたいとも思ってね」

 

 

話を聞いていた千冬は、束が何も言わず俯いていることに気付く。そのようすに不安そうになり、声をかけようとしたが、

 

 

「…………まぁ、私の我が儘だ。別に断っても構わない。無理強いはしないから─────」

 

「──────やるっ!やります!教えてください!」

 

キラキラと目を輝かせ、嬉しそうな勢いで篠ノ之束は叫んだ。唖然とする千冬とザック、二人の前で八神博士は面白そうに笑いながら、いいよと答えた。

 

 

今日この日、はじめて自分以外の天才に出会った束は心からの尊敬と憧れと共に、彼から多くのことを学ぶことを決意するのだった。

 




他の作品にはない篠ノ之束の弟子入り。博士がいるかいないかで世界が大きく変わるくらいだから、この人は実質特異点なんすよ。

ここら辺から過去編ですね。物語の根幹に大きく関わるものとなります。ので、よろ。
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