IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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残酷な描写や胸糞要素がある話になってきます。ですので事前に中断されるかご注意の程、よろしくお願いします。


第69話 大切な思い出、その終わり

「────今日から、ここが私と君達の学舎だ。足りないものがあれば言ってくれ。何時でも補充しよう」

 

 

八神博士に案内された束と千冬は、目の前に広がる光景に唖然としていた。

 

半透明な結晶らしき素材で構成されたドーム。それは近くにある野球場よりも大きく広く、ただ一人が扱うには大きすぎる建物であった。

 

何より驚かされたのは、建物全体が動いているのだ。無数の機械がひたすら作業に徹し、その光景は正しく一つの工場地帯と化している。ただアームが物を運ぶのではなく、一つの機械が人間のような複雑な行程の作業を繰り返しているのだ。

 

 

「───どうだ、ビビったか?これが先生の研究施設、別荘みたいなもんだ」

 

 

呆然としている二人に、ザックが面白いと言わんばかりに笑みを浮かべている。初対面とは見当できない二人の様子を見られたことが嬉しいのか、或いは恩師の才能を自慢したいのか、彼の口は饒舌であった。

 

 

「知ってるか?この施設、先生一人で造ったんだってさ。たった三日で」

 

「────っ」

 

「こらこら、ザック。私一人じゃないよ、殆どあの子達が働いてくれたんだから」

 

 

それでも、だ。これだけ大規模な研究所を、七十二時間で完成させることなど普通に考えれば不可能だ。同じ広さとされるスポーツの世界大会の会場の建造ですら年単位になることが、それをよく物語っている。

 

 

着いてきなさい、と博士は優しく告げる。彼の背中を楽しそうに追う束、歯軋りを隠さないザック、前途多難だと溜め息を盛らす千冬は、博士の後を追いかけていった。

 

 

「────さて、ここが共同のスペースだ。そうだね、何をするべきか目標を与えよう」

 

 

一際大きな部屋に案内された後、八神博士は唐突に口を開いた。───この施設内の物は好きに使っていい。君はこの数年でその設計図の物を完成させてみなさい、と言い出したのだ。

 

当然、束も大いに戸惑った。まだ設計図の段階ですら悩んでいるのに、実際に造るわけにはいかない、と。そんな彼女に、博士は穏やかな様子で諭す。

 

 

「なにも、今すぐ造れとは言っていないさ。ただ頭を抱えているだけでは解決するものも難しい。知識も技術も、求めるならば私が補完しよう。頭を柔軟にすれば、きっと答えは見つかるさ」

 

「────それよりも、聞きたいことがあるのですが」

 

「ふむ、どうしたね。織斑千冬……くん」

 

「呼び捨てで構いません。博士は数年と言いましたが、私達は仮にも学生です。学校の方もあるため、ここに長くはいられません」

 

 

えーっと、露骨に嫌そうな顔をする束の不満に、千冬は揺るがなかった。学生の本分を忘れるわけにはいかない。束程ではないが、あまり人には溶け込めない千冬だが、彼女は誰よりも真面目である。

 

故に、学生という立場を無視できない。だが、そんな千冬の考えなど既に予想されていたらしく。八神博士は考える素振りも見せずに答えた。

 

 

「心配する必要はない、そこは私が対応しよう。君達の学校とご両親にも伝えておく。履歴書の心配は早いが、君達の経歴関しても不都合は残さないことを約束しよう」

 

 

こうして、千冬にとっても束にとっても、奇妙でありながらも忘れられぬ日常が始まった。十年という時が経っても尚色褪せぬ、素晴らしく美しかった思い出が。

 

 

◇◆◇

 

 

それから数週間、束と千冬はその施設で多くのことを学んだ。博士が言っていた通り、学校の方は何とも問題なかった。自分の父や束の両親はおろか、校長すらも何一つ不満すら無い様子だったことは覚えている。

 

おそらく、博士の立場がそれだけ高いのだろう。国連内部でもこれだけの自由を許されているのは、彼が造り出してきた兵器が意味を示しているのだろう。

 

 

────無人兵器。

八神博士が開発したそれらの兵器は、戦争というものを大きく変えた。大規模な内戦の鎮圧、核強奪を行ったテロリストの無力化。恐ろしいのは、それらの戦争に死傷者はおろか、怪我人すら出ていないのだ。

 

 

簡易な人工知能を搭載した無人兵器は、人間の連絡を越える程の連携を得意とし、あらゆる戦場を圧倒的な戦力で鎮圧していった。

 

人を殺さず、容易く対処できる兵器にいち早く目を付けたのが国連であった。彼等は八神博士に平和の為と説得し、博士と共に世界平和に動いた─────そして、たった数ヶ月で世界中全ての国が平和になったのだ。

 

無論、完全ではない。今もまだ、テロリストやら危険因子は残存しているが、博士と共同した国連がその対処に力を尽くしている。彼等さえ何とかすれば、当分争いは失くなることだろう。

 

 

────話を戻して。

改めて、束は構成を練り直した設計図を八神博士へと確認して貰っていた。

 

 

「────ふむ」

 

 

いつものような穏やかな顔とは違い、真剣な顔つきで束が提出した設計図を一から全て確認する博士。博士からの評価を待ちわびていた束はワクワクとしていながらも、はじめて緊張というものを感じているようだった。

 

隣で千冬も黙って見ている。いつも束といがみ合っているザックすら、心配そうに束と博士の顔色を伺っていた。

 

 

音すらしない静寂を破ったのは、博士が吐き出した一息であった。

 

 

「────良く仕上がってるじゃないか。悪くないと思うよ」

 

にこやかな笑顔と共に告げられた評価に、束は柄もなく喜んだ。目に見えてはしゃがなかったのは、咄嗟に気付いた千冬が事前に止めたからであろう。

 

 

「博士!博士!点数で言うと何点くらいですか!?」

 

「んー………………強いて言うなら、60点だね」

 

「ろ、ろくじゅう…………」

 

 

喜びが反転、一気に落ち込んだ。

普通の相手であれば、束はとことん反論していただろうが、博士には本気で慕っているからこそ、容赦無い批評に落ち込んでいるのだろう。

 

ドサッ! と、項垂れるように机に伏した束に、博士も言い過ぎたかと思ったのか、少し苦笑いを浮かべながら言う。

 

 

「いや、ね。基礎と発想は中々悪くないと思う。だが、もう少し発展させられる所が多かったからね」

 

「………発展させられる所?これ以上何か必要ですか?」

 

「─────そうだね。君達の勉強のためだ、少しばかり講義の時間としよう」

 

 

博士がそう言った瞬間、束はバッ! と跳ね起きた。突然の動きに驚く千冬とザックを他所に、束は楽しそうな顔を隠すことなく、八神博士の前の机と椅子に飛び乗っていく。二人は互いの顔を見合い、呆れたように溜め息を吐きながらも席に着いた。千冬もザックも、博士の話には興味があるからだ。

 

博士は近くの壁に向けて指を振るうと、ホログラムのような画面が浮かび上がる。束の設計図全体を鮮明に映し出す画面を指で触れながら、博士は話し始める。

 

 

「君の言うインフィニット・ストラトス…………ふむ、長いな。頭文字から取って、I.S(アイ・エス)としよう。私個人の考えで言うと、このISに必要なのは四つの要素がある」

 

博士がリズム良く、複数の画面をタップする。指先でそれらを引き寄せ、画面を広げ、そこに提示される論文とデータを元に解説を始めた。

 

 

「一つは防護システム。これは君の望むマルチフォーム・スーツの為には欠かせない、重要な要素となる。宇宙空間で活動するという名目上、機体は勿論………操縦者の安全も保証できるものでなくてはならない」

 

 

篠ノ之束は、ISを宇宙活動用のスーツとして開発しようとしていた。宇宙で活動するということは、多くの可能性が存在する。飛来するする破片や岩石、それによって宇宙服が破損するというケースも少なくない。

 

故に、ダメージを受けないシステムが必要なのだ。これを博士は、どんな攻撃も防ぐことの出来るシールドを提示した。博士が開発した技術の一つ、電磁バリアを越える程の高性能なシールドバリアを。

 

 

「二つは、装備の量子変換。宇宙での活動をするということは、拠点の整備やメンテナンスも出来なくてはならない。整備用具や巨大タンクなどを持ちながら移動するなど、負担が大きいことこの上ない。もしこの要素が上手くいけば、宇宙空間の活動が行いやすくなることだろう」

 

 

八神博士はこの技術を、不可能ではないと断じた。複数の装備をデータとして機体に組み込み、使用の際だけ変換することで実体化させるという試み。

 

不可能ではないのだが、普通では出来ない技術だ。他の国の科学者ですら、そんなこと出来ないと言うのが普通だろう。しかし博士は普通ではない。篠ノ之束が敬愛する程の天才だ。

 

 

「三つ目だが…………これは私の考えなのだが、人工知能が必要だと考えるね」

 

「え?でも博士、マルチフォーム・スーツだよ?人工知能を乗せてどうするの?」

 

「考えてみたまえよ、束。君のこのISには多くの要素がある。PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)、本来であれば人間に動かせる重量ではないISを扱えるようにするシステムだが…………これはどうするんだい?宇宙空間と言えど、環境が同じわけではない。システムの対応を行えば不可能ではないが、人間の頭では追い付かないことだろう。

 

 

 

装備とは、あくまでも万人に使えなくてはならない。銃という武器をそうやって今の形に収まったものだからね」

 

 

それは、博士の持論なのだろうが、正論ではあった。博士が世界中に提供してきた武器や兵器は全て扱いやすいものであり、使い方に悩ませるようなものではないのだ。

 

疑問を浮かべていた束は納得したように何度か頷く。分かってくれたようで何よりと、穏やかな笑みを浮かべた博士は話を続けた。

 

 

「AIにより、ISのシステムの殆どを統括させ、操縦者は手足を動かすようにして扱えるようにする。だが、完成されたAIではダメだ。成長するAIでなくては、操縦者と共鳴していき、最適化されていくものでなくてはいけない。完成されたAIでは、操縦者と動きと思考が適応しないだろう」

 

 

つまり、AIと人、二つの存在があってISはようやく万人にも扱えるものになると言いたいのだろう。確かにそうだ。作業中にISの動きを変えたいからと、一々システムを弄くるなど非効率的である。

 

だからといって、AIが自己進化していき、操縦者が扱いやすいようにサポートできるようになるというのは、発想にはなかった。これは博士独特の思案なのだろうか。

 

 

「最後となる四つ目は、ネットワークだ」

 

「ネットワーク、ですか……」

 

「宇宙空間で活動することにおいて、通信の必要性を侮ってはならない。普通の通信であっても、脆弱であり唐突に遮断される可能性はなくならない。それ故に、より強固であり、絶対に途絶しない特別なネットワークが在るべきだと考えている。

 

 

 

 

そして、これに関して君達が心配する必要はない。私は今、ISのネットワークを構築中だ。元々は無人機の操作のために運用していた『ユグドラシル』に新たな回線を繋げてある。いずれは、ISを運用する為の宇宙ステーションも私の手で完成させる予定だ」

 

 

博士曰く、ユグドラシルという巨大な通信塔によってIS専用のネットワークを地球全体はおろか、宇宙に向けて伝播させるという。これで、ISに乗った操縦者達は連携しながら、宇宙空間で安全に作業を行うことが出来る。

 

火星などの遠くの星までにはいけないが、少しずつネットワークを広げていけば、いずれは宇宙の果てにでも到達できると、博士は落ち着いた様子で断言して見せた。

 

 

「ふーん………先生、メチャクチャなこと言うんだね」

 

「メチャクチャとは………言うねぇ、束」

 

「先生だって、これだけの性能のISを造るのは時間が掛かるんじゃないの?それを束さんが一年以内に造るなんて、正直無理難題だと思いますけども」

 

 

少し不満そうに頬を膨らませた束が言うには、これだけの技術を注ぎ込んだISが、博士の言った年月では完成が厳しいと言っているのだ。少なくとも、今の彼女はまだ天災と呼べるには程遠い。まだまだ学生である為、彼女はまだ天才として無理なものだと考えていた。

 

 

しかし、束は忘れていた。目の前にいる博士こそ、いずれ自分が呼ばれる天才を越えた存在 『天災』となり得る人物であると。

 

 

 

「────いいや、不可能ではないさ。現に私は試作品であっても、二つは造った訳だからね」

 

「………………へ?」

 

 

これには束も、千冬もザックも目を丸くするしかなかった。造った、とは何を造ったのか。そんな風に唖然としている三人の教え子達の前で、博士はホログラムの画面を指でタップした。

 

 

すると近くの壁が開き、大きなホールへと繋がる。天井や壁、床までもが真っ白に染まったその空間の中央に床が開いた。複数の機械音が連鎖していった時には、開いた穴から二つの機体がホールへと押し上げられていた。

 

 

全身が黒に染まった装甲に包まれた機体。

胸元には大きな球形状のコアが組み込まれており、紫色の光を奥から放っていた。二つの機体に大きな違いがあるとすれば、表面の装甲が一部剥がれたようなデザインの機体が赤紫の光を帯びており、その正反対────完成されたような姿をした機体が青紫の光を伴っていること。

 

 

「前に見せてもらった君の設計図にね、少しインスピレーションが湧いてね。この二週間で造ってみたんだ────勢い余って、二機も完成させてしまった訳だが」

 

「え、えぇ────ッ!?」

 

「二週間!?なのに二機も!?」

 

 

悲鳴のような驚き方をする二人の前で、八神博士は困ったように笑っていた。肩を軽く竦めた博士は二体のISに近付き、解説を始めた。

 

 

「私はこれを『zens』、ゼノスと呼んでいる。1号機はバルハード、2号機はアルザード。君の設計したISの模倣、贋作と呼ぶべきものだが…………どうかな?」

 

「い、いやいや!こんなの贋作なんかじゃないですって!多分束さんが造ろうとしてたISよりも、はるかに高性能だよ!」

 

 

敬語すら忘れる程に興奮した束は、二体のISに興味津々である。天才としてのプライドが刺激された以上に、自分よりも優れた博士への敬愛が勝ったのだろう。

 

 

「先生!もしかしてさっき話した要素ってのも再現してたりします!?」

 

「─────無論さ。絶対防御も量子変換も全て運用済みさ。気になるなら、触ったりしてみても構わないよ?」

 

 

やったー!と子供のようにはしゃいで飛び出す束。半ば気になっていたザックは「お、俺もいいですか!?」と聞くや否や、興奮を隠しきれない様子で二体のISへと駆け寄っていく。

 

にこやかに笑う博士は、ふと隣で嘆息する千冬に気付いて声をかけた。

 

 

「…………君は行かないのかい?」

 

「あの二人が満足した後に、見させて貰います」

 

「はは。君の自由にするといいさ」

 

 

まだまだ子供の年齢でありながら、大人びた雰囲気を漂わせる千冬。そんなことも気にすることなく接する博士に千冬はほんの少しだけ気を緩め、落ち着いたように一息を漏らすことができた。

 

そして、緩んだ気を引き締めると共に、博士へと問い掛けた。

 

 

「博士、少し質問してもいいですか?」

 

「いいとも。好きなことを聞いてくれて構わない」

 

「────何故あの機体に武器を搭載しているんですか」

 

 

千冬の疑問の通り、ゼノスと呼ばれた二体のISは武器を所持している。世界最高峰の素材で構成された金属のブレード、あらゆる攻撃やビーム兵器を無力化するマント。それだけでも、ゼノスが兵器としての側面の目立つものだと理解できる。

 

博士は理解しているはずだ。インフィニット・ストラトスは兵器ではないことを。親友である彼女の夢は、人殺しに使われるべきではないのだから。だからこそ、千冬は疑っていた。博士な武器を搭載したことへの真意を。

 

その問いに博士は真剣な表情になりながら、語りだした。

 

 

「…………私の知り合いにいる男が、ISの存在を認知していた。彼はISを兵器として運用したいと考えている。話を聞いた限り、どうやら良からぬ噂を流している者がいるらしい────近い内に新兵器を開発する予定だと」

 

「それが、ISだと?」

 

「当然、事実無根だ。私はISを兵器としてではなく、束の発明として世界に広めたいと考えているからね。これに関しては嘘ではないと誓おう。だが、私が兵器を造るという噂は世界中に広まっている。私と繋がりのある国連の人間が、その噂を信じているテロリストの存在を示唆してきた」

 

 

束達の方を見据えた博士は険しい目つきをしていた。多くの兵器を開発してきた八神博士だが、束のISだけは兵器として運用させたくはなかった。その心に偽りはなく、限りない本心である。

 

 

「彼等はISをきっと狙うことだろう。兵器として運用する可能性がある。ゼノスは、その為の制御装置だ。ゼノスはあらゆるISに干渉する特性を有している。たとえ奴等に他のISが強奪されようと、ゼノスならば封殺することができる」

 

「では武器を搭載したのは、万が一のため。ゼノスが奪われないようにする為、ですか」

 

「ゼノスを封印する施設には、私がIS開発に運用した技術を内包するスフィアも隠す予定だ。もしもの時があれば、君にその場所を提供しておこうと思う」

 

 

それだけ話した後、博士は本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げてきた。

 

 

「色々と迷惑をかけるね、君にも」

 

「………いえ、此方こそ。親友が世話になっていますから」

 

 

同じように短く会釈する千冬に、博士は少しだけ考え込んだ後いつものように穏やかな笑みを浮かべて頷いた。八神博士と千冬はいつものように騒いでいる二人の方を見つめ、賑やかな日常を噛み締めるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「─────以上が、私達と先生の出会いの後の話だ」

 

 

一段落ついたであろう千冬が話し終えた後に一息ついた。彼女の体験した過去の話を聞かされた一同は少し戸惑いを隠せないようだった。

 

 

「…………千冬姉と束さん、俺の知らないところでそんなことがあったのか」

 

「姉さんがあんなに変わったのも八神博士に師事したから、か。それほどまでに素晴らしい人だったんだな」

 

 

自分も知らなかった姉の過去に驚くしかない一夏と人間嫌いだった姉をあそこまで矯正することが出来た博士の存在に感服する箒。その横で黙って聞いている龍夜を含めた三人は、少なくとも博士への尊敬を隠さなかった。

 

その一方でシャルロットは何かソワソワとしていた。博士ではない何か別のことが気になっているらしく、心配になった一夏が声をかける。

 

 

「どうしたんだ?シャル」

 

「う、ううん!なんでもないよ一夏!」

 

「でも顔色が悪いぞ?何か気になることがあるなら、教えてくれ」

 

そう言われたシャルロットは少しだけ迷ったようだが、すぐに考え直したらしい。一夏の耳元に近付き、周りに聞こえないように話し始めた。

 

 

「織斑先生達の同年代の人に、ザックって人がいたでしょ?」

 

「ああ、いたな。それが………」

 

「………その人、アイザック兄さんなんじゃないかって考えちゃうんだ」

 

 

不安そうなシャルロットの言葉に一夏は言葉を詰まらせた。忘れもしない。妾の子であるシャルロットを何より大事に思っていた彼女にとって兄同然の存在、アイザック・デュノア。

 

しかし、彼は死んだはすだ。シャルロットを保護しようとした最中に暗殺されたと聞く。だからこそ、ザックという青年がアイザック本人だとは思えない。

 

だが、一夏は龍夜が話したことを思い出した。アイザックは暗殺されたというが、彼の遺体は発見されていない。もしかしたら、暗殺されたということ自体嘘でアイザックは密かに生きているのかもしれない。

 

だが、一体何が真実かは今知ることではない。

 

 

「───先生の話は分かったけど、やっぱり疑問なのよね」

 

「博士がそれだけ善良な人間ならば、何故戦争を引き起こしたのだ?何故人類殲滅を決行しよう等と」

 

「……………もしかして、博士は冤罪だったりするのでは? だとすれば、国連が真実として隠すのも有り得ない話ではありません」

 

鈴音、ラウラ、セシリアの三名は半信半疑といった感じであった。彼女達から見た博士の印象は、人類を滅ぼそうとした悪魔の科学者に相違はない。現に彼は世界各国を攻撃し、大勢の人間を虐殺した。

 

外国も破壊の規模が少なくないため、博士を憎む者も多い。鈴音達は憎んではいないものの、信用できるかと言えば悩ましいという感じだ。

 

 

「───いいや。博士は確かに人類を滅ぼそうとした。しかしそれには大きな理由がある。君達に、今から明かそう」

 

「私達の知る、封印された真実を。博士が人類への憎悪に囚われた、全ての始まりを」

 

 

時雨と千冬が語り始める。

個人が起こしたという戦争、第三次世界大戦の起源。あらゆる悲劇とISの発展の億に眠っていた根幹を。

 

 

────それは、たった一つの悲劇から始まったのだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

千冬と束が博士に師事して数年。

四苦八苦しながらも、束はついにISを自らの手で完成させることが出来た。新型宇宙探査用のマルチフォーム・スーツとして世界に公表したのも、その当日であった。

 

 

「─────あーあ、ホントに馬鹿だなー。どいつもこいつも」

 

 

無気力そうに机に突っ伏した束が堂々と悪態を吐き捨てる。いつも注意するはずの千冬も、あろうことか納得しているように頷いていた。しかもそれは、束といつもいがみ合っていたザックも同じであった。

 

 

「────全くだ。俺達を子供だからって馬鹿にしてんのか奴等は」

 

 

苛立たしそうにザックが呆れたように笑い、目の前にあったペットボトルを近くの壁に投げつけた。怒り任せの行為を咎める者は誰もいない。誰も同じ気持ちであったからだ。

 

 

篠ノ之束のISの公表。

それに対し、大人達の反応は落胆や失意であった。彼等は八神博士が推し進めたというのもあり、新兵器としてのものを期待していたのだろう。しかしそれが、宇宙活動用の装備だと知り、失意を隠そうとしなかった。

 

真剣な公表を務める束に、大半の大人は興味を失っていた。あろうことか、『ここは子供の自由研究の場ではない』と嘲笑を籠めた軍のトップの人間までもがいた。結果、激昂した八神博士の乱入によって公表は取り止めとなり、束達はいつも拠点へといち早く帰還することになった。

 

 

「………博士は今どうしている?」

 

「大激怒みたいだぜ? 仕込んでみたナノマシンで見てみたけど、『私の教え子が懸命に造ったものを馬鹿にするとは何事だ!!』って周囲の大人をビビらせてんな。ま、博士が兵器の提供止めるって言い出すのが怖いんだろ」

 

「結局は自分達の都合か………どこまでも大人というものは身勝手だな」

 

 

千冬の呟きに、ザックは激しく同調している様子だった。彼ですら大人達の対応が気に食わないのだろう。いや、束がどれだけの思いと願いを込めてISを開発しようとしていたのかを見てきたからこそ、無下にされるのが我慢ならないのだ。故に博士を激怒しているのだが。

 

 

『────千冬様、束様、ザック様』

 

そうしていると、施設内を動き回っている無人ドローンが部屋へと入ってきた。博士が配置している生活用のドローンであるそれは、束や千冬達の日常をサポートしてくれた存在である。

 

落ち着いてきた千冬はそのドローンへと近付くと、何か一際大きな箱を持っていることに気付いた。

 

 

「これは?」

 

『輸送されてきたものです。住所の記載はあるのですが、名前も不明ですので、皆様に確認しようと思いまして』

 

「そうか。感謝する」

 

 

箱を受け取った千冬はドローンに一礼し、その箱を机の上へと置いた。落ち込んでいた束や怒り満々であったザックもその箱に気付き、興味を向ける。

 

 

「あ?なんだその箱」

 

「さぁな。この住所宛らしいが、相手の名前と貰い主の名前が分からん。誰か注文でもしたか?」

 

「いやぁ、ザックは?」

 

「………注文なんてするなら最初から買いに行くだろ。部品とか、すぐに使うんだし」

 

 

二人も心当たりはないらしい。ならば、博士宛のものかと判断した千冬は置いておこうとしたが、なにか思い出したであろうザックが言葉にした。

 

 

「もしかして、博士が前に言ってたズワイガニじゃね?皆で食べようかなって言ってたしな」

 

「そうだっけ。なら冷やしとかないと駄目じゃない?」

 

少年と少女二人が互いの顔を見合う。珍しく意見があったらしい。束とザックはニッと笑い、堂々と宣言した。

 

 

「「よし、開けるか」」

 

「馬鹿か、お前ら。先生の私物だったらどうする」

 

 

当然、千冬は反対した。これで先生の私用の物だとしたら、二人は八神博士に土下座することになるだろう。目に見えている光景を思い浮かべた千冬は確認してから開けるべきだと言うが、

 

 

「えー、でもちーちゃん。カニは早めに冷やしといた方がいいかもよ?もうすぐ夜なんだし」

 

「そうそう。ズワイガニだって俺達に美味しく食べて欲しいはずだぜ。こうして待ってたら、俺達のカニが可哀相だろ?」

 

「だからカニと決まった訳では……………はぁ、好きにしろ」

 

カニコールを捲し立てる馬鹿二人の説得に諦めた千冬。途端に喜び出した二人は箱を開こうと動き出す。どうやら相当固く密封されているらしく、ハサミが必要らしい。

 

ハサミを取りに行こうかと千冬がその場から離れたその時、突如廊下にあった非常用の電話が鳴った。普通回線とは違う、特殊なものだと彼女は記憶している。

 

 

(先生か?いや、だとすれば普通に私の携帯に繋げるはずだが…………)

 

疑問に思いながらも受話器を手に取り、電話に答えた。

 

 

「もしもし、織斑千冬です」

 

『─────?君は、誰だ!?八神博士ではないのか!?』

 

 

相手は若い男性の声だった。男性は焦っている様子で千冬が電話に出たことに戸惑っている。八神博士に用があると理解できた千冬が、相手へと確認を行う。

 

 

「私は博士の教え子です。どちら様でしょうか、要件だけでも確認させてください」

 

『ッ!博士は、八神博士はどちらだ!至急取り次ぎたい!』

 

「御言葉ですが、まずは説明をしてください。でなければ、博士に取り次ぐことは出来ません」

 

 

相当大事な話らしい。男性は捲し立てるように急き立てたが、明らかに警戒した千冬の追求により、その勢いを静めることになる。幾分か冷静になったであろう相手からの声に、千冬は眉をひそめた。

 

 

『………私は村雨、国連所属最高決議機関「楽園の実」の一員だ』

 

 

実質的な国連のトップとされる組織、二十人程のメンバーで構成され、国連の意志決定を担う物達。それが、『楽園の実』だ。

 

そんな人物が博士に何事かと気を引き締めた千冬だが、村雨は緊張したような声音で語りかけてきた。

 

 

『八神博士の弟子ならば、博士のご家族のことをご存知か?』

 

「ええ………私も何度か対面します。先生には迷惑を掛けてばかりですから」

 

『では、博士のご家族が一ヶ月前に海外旅行に行っているという話は?』

 

「────はい、先生から聞いています」

 

 

博士の奥さんの八神世菜(やがみせな)と、娘の一美(ひとみ)、そして息子の三琴(みこと)、合計三人。博士が心から愛する家族のことを千冬も束もザックも理解していた。その愛は深く、博士は家族を何より大切に思っていることはよく知っていた。

 

それがどうしたのだ、と千冬が怪訝そうに顔をしかめた次の瞬間。彼女の意識を大きく揺るがせる言葉が、村雨の口から放たれた。

 

 

 

『二週間前、八神博士のご家族が旅行の最中にテロリストに拉致された』

 

「……………は?」

 

『テロリストの要求は、八神博士に新兵器の提供だ。もし拒否すれば家族の安全は保証できないと言い、期限以内に新兵器を造るように要求していた……………その期限は一週間だ』

 

理解できなかった。何を言っているのか、思考が定まらない。冷や汗を滲ませた千冬は感情の余り、強く怒鳴ってしまった。

 

 

「何を言っているんですか!?もう一週間経っている!何故博士にそのことを伝えず、いえ、何故対応しないのですか!?」

 

『────隠蔽されていたんだ!組織全体で!私も知らなかった!知っていたら博士に伝えていたから、奴等は私にも情報を伝えなかったんだ!

 

 

 

そして、無視した!テロリストに兵器を渡したくなかったら、奴等の要求を無視したんだ!!博士の家族が人質だと知っていながら!!』

 

 

村雨の感情的な言葉と事実を受け、千冬は今までにないくらいに歯を噛み締める。なんでそんなことが出来るのか、と。怒りを抑えきれず近くの壁に殴った千冬の耳に届いたのは、更なる事実だった。

 

 

『奴等は要求を無視されたことで、過激な手段を取ると宣言した!自分達の要求を無視した代価を、博士の元へ送ると!』

 

「博士の、元へ…………送る?」

 

 

ふと、脳裏に浮かんだのは詳細不明の箱。最悪の予想が頭に過り、千冬の顔が一気に蒼白になる。次に脳裏に浮かんだのは、今まさに箱を開けようとしていた二人のことだった。

 

 

「─────束ッ!ザック!その箱を開けるなッ!!」

 

『それだけじゃない!国連は最悪の選択を────待て!待ってくれ!』

 

 

受話器から手を離し、千冬はさっきいた部屋へと走っていく。途中、受話器から声が響いていたが、彼女の耳には届かない。

 

 

 

転がり込むように扉を開け放った千冬は、その部屋に広がる惨状を前に立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

「………ち、ちーちゃん」

 

「ち、ちふゆ────ッ」

 

 

開け放たれた箱の前で、束は尻餅をついて青ざめていた。今までに見たことない彼女の怯えように千冬は嫌な予感を強く感じ取っていた。

 

 

震えた声で答えようとしたザックは、直後に口を手で塞いだ。近くの戸棚に駆け寄った彼は、真っ青な顔で取り出した袋の中に嘔吐していた。

 

何も食べていないからか、吐き出されるものは胃液しかない。しかし、ザックは込み上げる吐き気に耐えられないようだ。

 

 

二人の変わりように、千冬の全身が微かに震え始める。開け放たれた箱からは異様な雰囲気が醸し出していた。それと同時に、箱の隙間から何かが溢れていた。

 

黒に近い赤。人間の血と同じ色合いの液体が、机から床へと滴り落ちている。

 

 

「────」

 

 

見たくない、そう彼女の中で叫ぶ声がある。だが、確かめなくてはならない。覚悟を決めた千冬は震えた脚で近付いていき、ゆっくりと箱の中身を覗き込んだ。

 

 

その瞬間、視界を通して認識された事実が、彼女の全身に浸透していく。震え、怯え、吐き気、絶望。あらゆる感情と感覚に包まれながらも、千冬は己の意識を保っていた。

 

 

掠れた喉から響くか細い声で、千冬は箱の中身の正体を口にした。

 

 

 

「……………世菜、さん」

 

 

箱の中に詰められていたのは、八神博士の奥さんである八神世菜だった。数十センチの四方の箱の中に、彼女は生首だけという変わり果てた姿で眠っている。

 

 

己の視界に広がる景色を前に、千冬はこれが夢であることを願った。ただ願うことしか、祈ることしか彼女には出来なかった。

 

 




次回『平和の崩壊、その始まり』

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