「…………ニュース、見たか?」
部屋の中で、千冬はソファーに全身を投げたザックに声をかける。髪をボサボサとさせ、荒んだ雰囲気を隠さなかった青年は適当に答えた。
「知らねぇよ…………見たくもねぇ」
「────博士が宣戦布告してから六時間、それだけで死傷者は数千万を超えた。………主要都市だけでこれだ。本格的に攻撃が行われたら、どれだけの被害が増えるか」
「─────クソッ!」
物に当たる気力すらなかった。そこまで精神的に疲弊したザックは頭を抱えて蹲る。強気に振る舞っていた青年は見る影もなく、底知れぬ不安と疑心に包まれていた。
「ホントに意味分かんねェ………!何でこんなことになってんだよ…………!?先生は、先生は誰よりも平和を愛してたのに、何で────こんな事しなきゃいけねぇんだよ!?」
自分達の元から姿を消した八神博士。
数ヶ月振りに姿を目にした時に、博士は人類の敵となっていた。テレビ越しの宣戦布告を見た時、三人は大いに錯乱し、その言葉を信用しなかった。
────博士が作った無人兵器が、人々を襲う光景を目にしなければ。
ザックも分かっている。八神博士が何故人類を攻撃するようになったのか。しかし、感情が理解を拒否しているのだ。
「…………束は?」
「あっちの部屋に籠ってる…………多分、オレ達よりもダメージ受けてるだろ。無理はねぇよ」
閉ざされた扉に視線を向けた千冬とザックは黙るしかなかった。博士を誰よりも慕い、尊敬していた束にとって、この現実は理解しがたい話だ。外界との流行を拒絶し、閉じ籠ってしまうのも無理はない。
「これからどうする?私はこの施設を出る」
「…………この状況下でか?首都以外が狙われる可能性だってあるんだぞ」
「だからこそだ。父さんと弟は避難しているだろうが、安否を確認したい。束の家族もだ。出来ることならここに連れてくることも考えている」
「…………コードの書き換えはしとく。一般人受け入れ用のシェルターなら使えるはずだ」
近くのコンソールを使おうと立ち上がるザック。彼と別れ、外に出ようとした千冬は、兄弟弟子の呟きを耳にした。
「家族、か」
「………なんだ?」
「いや、別に。そういや、オレの家族は無事かって考えててな」
「────心配じゃないのか?」
「別に。…………もう、オレには無縁だからな」
複雑そうなザックに、千冬は口を閉ざした。博士から、ザックは本来の家族と絶縁に近い関係だと言うことを聞いている。ザック曰く、『どうせオレのこと割り切ってる。会ったとしても、今更どんな顔をして会えばいい』と吐き捨てていた。
兎も角、急いで外へと向かおうと部屋から出ていこうとする千冬。すると、閉ざされていたはずの扉が勢いよく開け放たれた。
「────ちーちゃん!ザック!」
ザック同様、中々荒んだ姿の束だった。不衛生も極まりない。常時であれば鉄拳と共に説教をかましていた千冬だが、今までにない程に焦りを滲ませた親友の様子に、異常事態を感じ取る。
束は手に持っていたパソコンをコンソールへと繋げ、二人へと画面を提示した。その内容を目にした二人は、恐ろしい現実を知ることになった。
「────先生の、新たな宣戦布告………!」
「日本全土への、ミサイル攻撃だとッ!?」
それは、八神博士から人類全てへの宣告であった。一時間後、数百発の多弾頭ミサイルが日本に向かって発射されるという事実報告。単なる脅しではない証拠として、発射体制に入ったミサイルの画像が補足されている。
「…………待て、これ知ってるぞ────ウソだろ。先生、本当に人類を殲滅する気かよ!?」
「知っているのか、ザック」
途端に青ざめて取り乱した青年に、千冬は短く問いかける。大人びた少女の呼び掛けに正気を取り戻したザックは震えた声で話し始めた。
「先生が、設計だけして開発しなかった兵器が幾つか存在する。…………あのミサイルも、その一つだ」
「大量破壊兵器か、アレは」
「───多分、オレの知ってる中では最悪だ」
かつて、博士が封印したエリアに忍び込んだ経験のあるザックはその兵器の設計図を目にしたことがあった。同時に、彼はその時の恐怖を忘れたことがなかった。
「─────『O.D.クラスターミサイル』、多数のクラスター爆弾を内包した多弾頭ミサイルだ。目標の上空で十発の弾頭に分離し、そこから数百発の小型爆弾を炸裂させる」
「一発の破壊規模は最小が町一つ、最悪が県一つだ。小型爆弾は従来の爆弾の威力の一万倍、対人に特化しているから人間が浴びれば確実に即死する────たとえシェルターの中に隠れていようと、絶対に死ぬ」
一発でも撃てば、怪我人なんてものではなく、間違いなく死者が出る兵器。八神博士はこれを抑止力として考えた結果、封印を選んだ。平和の為に過剰な破壊の象徴を振りかざすべきではないと考えてのことだろう。それが日の目を見ることはない、とザックの頭を撫でた八神博士は穏やかに笑っていた。
────その言葉が嘘になるとは、当時の博士本人も思ってなかっただろう。
「………ミサイルの軌道を調べてみたけど、日本全土を狙うように打ち込まれてる。ザックの教えてくれた規模から測定するに─────逃げ場なんてない。日本全土一帯がミサイルの破壊圏内にある」
真剣な顔でコンソールを操作する束の提示した事実に、その場の空気が凍り付く。人間だけを殺す破壊兵器が、この国を焼き尽くすというのか。
八神博士は、自分達の恩師は本当の意味で人類の敵になったのだと。三人はその現実を噛み締め、受け入れるしかなかった。
しかし、ザックだけがある事実に気付いた。自分達のいるこの施設。そこだけが、破壊の規模から唯一外れていると。まるで意図して、そこだけを避けているように。
「ミサイルの着弾地点的に、ここは無事だ。何よりこの施設の防壁は他のシェルターより堅固だ。少なくとも、ここにいれば安全に変わりはない」
「………なら、他の場所は?」
ポツリと呟いた千冬の一言に、二人はハッと顔を上げた。その場から飛び出そうとする千冬を慌ててザックが制止する。
「待て千冬!何処行く気だ!?」
「………決まっている。一夏と父さんを連れてくるんだ!束の家族も、見殺しにするわけにはいかない!」
「正気か!?一時間後には攻撃が始まるんだぞ! それに、先生がいつ無人機を動かすか分からない! 巻き込まれたらお前でも死ぬんだぞ!?」
「────家族を見殺しにするくらいなら、死んだ方がマシだ!」
家族を助けようとする千冬と、危険性を説くザック。珍しく言い争う二人の近くで、束は頭を抱えていた。天才を自負している彼女には、この事態をどうにかする方法が分からない。何一つ、答えが見つからない。
(どうする!?どうすればいい!?どうすれば、いっくんや箒ちゃん、数季おじさんを助けられる!? 数百発のミサイルをどうにか出来る方法はある、けどそれは普通のミサイルの話! このミサイルを落とすにはこの国の戦力じゃ足りない!それに、絶対先生は対策を考えてる!あの天壊機って兵器を何とかしないと─────ミサイルを何とかしても、戦争で皆死ぬ!
考えろ!考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ!篠ノ之束!天才なんだろ!自分は有象無象とは違って、馬鹿な奴等の頭は理解できないって昔から言ってきたんだ!この戦争を早期終結させる方法!皆を守ることが出来る方法を──────)
篠ノ之束は生まれて始めて、限界まで頭を回し続けていた。しかし、相手は八神博士の産み出した破壊の使徒。束が普通に考える対応策では、簡単に覆されてしまう。
疑問、提案、否定、疑問、提案、否定。どうすればいい、これならどうか、いや駄目だ。そんな風に思考がパターン化して駆け巡っていき─────
(……………あ)
彼女は、一つだけ何とか出来る方法を見出だした。これならば、皆を救うことが出来る。大好きな先生が、平和を愛した先生を、止めることが出来る。
「二人とも、聞いて」
────一つだけ、方法がある
その時、少女は己の夢を捨てる決意をした。
◇◆◇
日本の制空権にミサイルの一群が迫る。その領域に入った瞬間から、破滅のカウントダウンが刻まれていく。地上全てを消し飛ばす最悪の破壊兵器。これをもって、博士は世界への本格的な侵攻を開始することだろう。
しかし、当の日本が黙っている訳がなかった。
『────敵ミサイル数百発!威力は日本全土を焼き尽くすクラスター爆弾だ!分離前に全て撃ち落とせ!!』
航空自衛隊の全戦力。全ての戦闘機がミサイル撃墜のために飛び出した。数十機の戦闘機が視認した無数のミサイルを捉え、其々を撃ち落とすために動き出す。
だが、当然敵も。それを黙って見ているつもりはなかった。
【────そうはさせん】
天壊機『白光夜叉』が長槍『天逆鉾』を振りかざす。槍の矛先が大きく開閉し、巨大な磁場を発生させる。小規模かつ微量とはいえ、空間全体に浸透していく磁場は気候に作用した。
黒雲が空を覆う中、雷が降り注ぎ、戦闘機を数機墜落させる。槍の矛先が形を変えると、今度は無数の雹が礫となって降り注ぐ。
『天気が、変わっていくのか………ッ!?』
『な、なんだこれ────俺達は、何を相手にしているんだ!?』
変化を繰り返す天候に恐怖を覚えるパイロット達。それも自分達のいる周囲だけだとしても、神の如く力の変容に畏怖する者は少なくなかった。
しかし、その恐怖も一瞬で消え去る。止めねばならぬ脅威が、人々の命を脅かす存在が、彼等の心に強く語りかけていた。────止まってはならない。止まれば大勢の人間が殺されることになる、と。
半数以上の戦闘機が、旋回する形でミサイル群へと近付いていく。青空に浮かぶ無数の光は、星空のように綺麗に輝いていた。しかし、それらの光を撃墜しなければならない。この国を守るためには。
だが、彼等が理解していた事実が再び襲いかかる。自分達の敵は、神の如く力を有した無人兵器であった、と。
【────何度言ったら理解する?】
超高速で飛来した物体が、戦闘機の一機をアームで掴む。そのまま超速を保ったまま上空へと飛翔した天使の姿をした兵器 エクスシアが睥睨した。
【ここは私の領域、私の世界だ。貴様ら人間が、矮小な生命体がずかずかと踏み込んでいい場所ではないのだ】
圧倒的な速度による負荷で押し潰されたであろう、戦闘機だった残骸を放り捨て、エクスシアが飛翔し始める。圧倒的な速度で空を舞い続ける『天使』に、人は太刀打ちも出来ない。
次第に絶望が漂い始めていた残存したパイロット達だが、一人の呼び声が希望を見出だした。
『────おい、見ろ!援軍だ!』
『やったぞ!これでミサイルは何とか出来る!』
地上に配置された数百台の対空兵器。対空ミサイル等を搭載した兵器をかき集め、この周域に配置したのだ。他ならぬ、全てのミサイルを撃墜するために。
勝機を見出だし、希望を持ち始める人々の様子を見た二体の天壊機は互いを見合う。
【成る程、アレがこの国なりの最大限の抵抗らしい…………どうする?エクスシア】
【────決まっているとも、白光夜叉】
エクスシアが上空へと飛び立つ。既に発射された、ミサイルを撃墜するための対空ミサイルの数々。これだけの数ならば、『O.D.クラスター』を全て撃ち落とすことは可能どころか容易だろう。
だが、それをエクスシアが許すことはない。人類の抵抗をみすみす見逃すほど慈悲深くはないのだ。
【あの御方の意思を、人類殲滅を果たすのみ。だがその為にも、奴等の心を完全にへし折るのも一興】
エクスシアの両翼が大きく広げられる。内蔵されていた大型武装と思われる球体ユニットが展開した。ミラーボールのような外装、無数の反射板で表面をコーティングしたそれはエクスシアに搭載された特殊兵装だった。
─────『多機能光学転用武装 【天照】』。エネルギーを強烈な光へと収束させ、攻撃に転用する兵器である。他の天壊機と同列、もしくはそれ以上の最新鋭機体であるエクスシアの力を証明することが出来る武装でもあった。
エクスシアの両翼に展開された球体ユニットが光を放ち始める。内部の反射盤によって屈折と反射を繰り返した光が内包されたまま蓄積を開始していた。空へと打ち上げられた対空ミサイルや砲弾の全てが接近する中、エクスシアの両翼の光が強く煌めいた─────直後。
破裂するように、無数の光が周囲に撒き散らされる。拡散レーザーの全てが、クラスターを撃墜しようと迫る対空ミサイルや砲弾を破壊していく。追尾機能すら有しているのか、ビームの殆どは正確にクラスターを墜とそうとする物だけを消し飛ばしていった。
『────報告!対空ミサイル全て撃墜!敵の放ったミサイル群は未だ顕在!』
『そ、そんな馬鹿な…………我が国が最大限用意した数の攻撃だぞ!?それが、あんな兵器一体だけに!?』
『まだだ!手を止めるな!我々が諦めては、国民が犠牲になってしまう!何としても諦めずに、全て撃ち落と────』
未だ抵抗を止めようとしない地上の部隊を、光線が襲った。対空ミサイルを撃破したエクスシアは次の標的を、博士の打ち上げたミサイルの妨害を行おうとした地上部隊へと切り替えたのだ。
両翼の球体から、無数の光が地上へと降り注ぐ。クラスターミサイルを止めるだけに集められた対空兵器や人々が、平等に焼き尽くされていく。援軍全滅の事実が、現存した兵士達に叩きつけられた。
【────さて、来たぞ。お前達の滅びが】
エクスシアが空を見上げると、クラスターミサイルがようやく空に浮かぶ。星のように煌めく無数の光は、そこにあるもの全てを破壊し尽くす殺意の塊である。エクスシアは降り注ぐ人類を殺すだけの兵器を、祝福するように見上げていた。
『─────止めろ!何としても、撃墜しろ!あのミサイルを、俺達の国を焼かせるなァ!!』
【無駄だ、貴様らに何が出来る。大人しく見ているがいい。貴様等の業を、お前達という存在の愚かさを示す終幕を】
機体ごと誘爆させようと突撃を行う者すら出るが、全て無意味に終わる。空の支配者であるエクスシアを前に、誰もミサイルの撃墜を許されなかった。撃ち墜とされていく戦闘機の数々、残された兵士達も必死に抵抗を繰り返すが、間に合わない。
第一群のミサイルが分離を開始する。解離した弾頭は小型爆弾を撒き散らし、広範囲を破壊し尽くす為に散開しようとする。その瞬間だった。
─────オレンジ色の熱線が、第一のミサイルを消し飛ばす。空中で誘爆したクラスターミサイルは、大量の爆発を繰り返して空を包み込んだ。
しかし、爆発したのは空中であり、地上ではない。落とされるべき小型爆弾は、ミサイルと共に暴発して消え去ったのだ。
【────………は?】
エクスシアは唖然とするしかなかった。それは、白光夜叉も、立ち向かっていた空軍のパイロット達も同一であった。混乱に包まれた兵士達は慌てて通信を交わし合う。
『み、ミサイル撃墜………な、何があった!?』
『─────反応が一つ!多分、それがミサイルを破壊したはずです!』
『何処の戦闘機だ!?まさか外国からの援軍か!?』
『………いえ、違います。それどころか、戦闘機ですらありません!』
彼等が戸惑う理由は一つ。クラスターミサイルを撃墜した存在の姿が理解できなかったのだ。いや、その全てが思考を大きく鈍らせていた。
白銀の装甲を身に纏った、人間。その事実に違いはない。レーダーが指し示す生体反応が正常に稼働していたのだから。長い砲身を有した武装を構えたそれは、反対側の手に光の刃を展開した剣を握り、空中に鎮座するが如く立ち尽くしていた。
その姿を見た誰かが、呟く。
『────白い、騎士』
◇◆◇
遡ること一時間前。
「─────ISを使うだと?」
「うん、ゼノスを模倣して開発した白騎士なら運用できる。それを使えば、全てのミサイルを撃墜できる」
堂々と宣言する束だが、兄弟弟子二人は沈黙を貫いていた。賛成、と喜ぶ様子すら見られない。それどころかザックは露骨に反論を始めた。
「オレは反対だ、リスクが高すぎる。ISはそもそも実戦を想定した機体じゃない。それはお前も分かってるはずだ」
「私だって分かってる。だからシステムを書き換える。戦闘用のシステムをインストールすれば、難しい話じゃない」
「…………ミサイルを撃墜してどうする、あの天壊機も倒さなきゃ意味がない。世界中の無人機を、一人で相手する気か?」
「それは無理────だからISを世界中に提供する。そうすれば、世界はきっと無人機達に対抗できる。そうすれば戦争を止められる。先生を、止めることが出来る」
「─────ふざけるなッ!本気で言ってるのか!?」
頭をかきむしったザックが激しく怒りを見せる。その勢いで束の胸ぐらを掴み上げる青年に、千冬は静観するしかなかった。親友への暴挙を見守るほどに、彼女はどう選択すべきか思い悩んでいた。
「お前!自分が何を考えてるのか分かってんのか!? 先生が、どんな思いでISを支援してきたと思う!?アレが兵器として利用されないように、そんな願いを込めてたんだ!それをお前が、お前自身が兵器に変えるのか!?」
「────っ、必要なら………仕方ないでしょ」
「ッ!じゃあお前の夢は、どうなるんだよ!?ISを造ったのも、果てしてない宇宙の先に向かいたかったんだろ!?
誰よりも、束がそれを理解していた。
もしISを世界中に提供すれば、ISは『兵器』としての価値しか失くなる。そうなってしまえば、篠ノ之束の夢は未来永劫叶わない。彼女の望んだ夢を、相手を殺すための兵器に変えてしまう。
それだけはダメだ、とザックは叫ぶ。千冬も同じ意見であった。ライバルでもあり、親友でもあった少女の願いと思いを、二人はよく理解していた。いつもいがみ合ってたザックですら、彼女の夢を肯定し、応援までしていた。
だからこそ、二人はその選択だけは止めようとしていたのだ。
「………でも、私は────先生を、止めたい」
「…………っ」
「先生と、ちゃんと話したい。いっくんも箒ちゃんも、助けなきゃいけない人がいる。何より、先生を、あんな優しかった先生に絶望して欲しくない────虐殺なんてこと、して欲しくない」
きっとそれを実行すれば、博士は本当の意味で戻れなくなる。一億人殺しただけでも手遅れかもしれないが、あのミサイルがこの国全てを滅ぼし尽くしたら─────八神博士はきっと、狂気と憎悪に呑まれてしまう。
その先にある破滅を、束は恐れていた。きっと全ての人類を滅ぼしたとしても、博士はその後の世界を生き残るつもりはないのだと。恐らく、自分自身の手で命を絶つことだろう。
八神博士を、大切な『先生』を止める。その為に、束はISを兵器にすることを誓ったのだ。たとえ夢が叶わなくなったとしても、先生を見捨てたくはないと。先生を止めて、先生を助けて、心から話し合いたいんだ、と。
ふと、千冬は近くを見つめる。部屋のすぐ近くのエリアに配置された区画に鎮座する白いIS。束が扱うために呼び出したのかと思ったが、すぐに違うと理解した。
「…………お前も、そうなのか」
無論、白騎士は答えない。大人しく鎮座するISの様子に、千冬は俯くことしか出来なかった。
白騎士の元へと近付いた束は無数のケーブルに繋がれた機体の前に置かれたコンソールを操作し始める。凄まじい速度で両手の指でキーボードを叩いていく束、彼女の顔は今まで以上に集中していた。
「今から一時間以内に、白騎士のシステムを戦闘用に書き換える! 試したことないけど、束さんは天才だからね!不可能なんて文字は何一つないのさ!」
笑顔を忘れずにそう宣う少女の姿に、強い反対を示していたザックは「ああ!クソッ!」と吐き捨てる。ズカズカと束の元へ駆け寄ったザックは、取り出したタブレットとケーブルを、コンソールに接続する。
「………ザック?」
「────白騎士の武装は剣一つだろ!それだけでミサイル全部落とせるとでも本気で思ってるのか!?オレが作った兵器を貸してやる!レールガンにミサイルポッド!それを使えば、アレの撃墜も不可能じゃない!」
周囲のコンテナに収納されていた武装が大量に解放される。複数のアームによって持ち上げられた武装ユニットが白騎士へと装着されていく。
タブレットを操作する少年を見た束は呆れたように問い掛けた。
「いいの?束さんのやり方に反対してたじゃん」
「勘違いするな!世界を守るためなんて陳腐な理由じゃない!そもそもオレは、先生やお前ら以外の人間なんて知ったことじゃない!勝手に死ねばいいとも考えてる!
けど、お前が先生のために動くなら、オレが動かない訳にはいかないだろ!先生を助けたいと思ってるのがお前だけだと思うな!オレだって、お前と同じ気持ちなんだよ!」
「ふーん、全く素直じゃないねー。ザックったら、束さんの手伝いくらいは任せたげるよ?」
「抜かせ!お前こそ、オレの足を引っ張るなよ天才!」
悪態をつきながら、二人は作業の手を止めることはない。天才を自称する天才と努力の果てに鍛え上げられた凡才。いつも喧嘩していた二人だが、本心では互いの事を認め合っている。口に出さず、表面の態度にも見せず、常にいがみ合っているのでよく分からないのだが。
「それより、誰が白騎士に乗るつもりだ?まさかお前がやる気か?」
「ふん、そんなの当然─────」
「────私に決まっているだろう」
名乗り上げたのは、他ならぬ千冬だった。堂々と宣言する少女に、束もザックも驚きを隠せない様子で見ている。
「何か問題でもあるか?私は白騎士のテストパイロットを務めていた。これ以上にない程の適任者だろう」
「………で、でも、ちーちゃんはいいの?」
「構わん。家族を守る必要もあるしな。それに、私とて先生を放っておくつもりはない。────先生と話したいのは、お前達だけではないからな」
それだけ告げると千冬はその場から離れようとする。彼女に出来ることはない、あるとすれば実戦のみだ。戦場で、彼女は白騎士と共に戦うだけ。
そんな少女を、ザックが呼び止めた。何事かと振り返った千冬の前に、ザックと束は両手を突き出す。掌を重ねながら此方を見つめる二人に、千冬は溜め息を吐きながら手を添えた。
「─────必ず!先生を止めてみせるぞ!オレ達、三人の力で!!」
少年少女の掛け声が、ルーム一帯に響き渡った。
◇◆◇
「─────」
複数の武装を纏った白騎士が、動き出す。背中に接続されたコンテナ兵装がアームを展開する。積み込まれたコンテナに隣接した鉄の塊を持ち上げ、そのまま上空へと射出する。
空中で側面の装甲を解離させた鉄の塊は内蔵していた無数の迎撃ミサイルでクラスターミサイルの雨を相殺していく。それだけでは落とせなかった残存したクラスターを、白騎士のコンテナ兵装のアームが展開した重火器が狙い墜としていく。
たった一分以内。日本を滅ぼすために放たれた破壊兵器は、乱入してきた一人によって全て撃墜されたのだ。
その事実に唖然とする軍人達。その相手が味方かどうか量ろうとしていた直後に、大きな影が凄まじい速度で飛翔していく。
【──────ッ!】
背中のブースターで飛行してきた白光夜叉が、長槍で貫こうと突きを放つ。白騎士はその一撃を容易く回避し、剣によって切り払う。
頭部を咄嗟に下げた白光夜叉のパーツが光刃によって切り落とされる。続けて追撃と剣を振り上げた白騎士の背後に飛翔してきたエクスシアが、左右のレーザー砲を同時に放った。
しかし、レーザーで焼き消せたのは背中のユニットのみ。白騎士の装甲には傷一つない。レーザーすら、届いてなかった。
【ッ!馬鹿な、私の攻撃が効かない装甲────いや、バリアか!】
距離を置いたエクスシアが、両翼の武装『天照』が光を撒き散らす。拡散された超光レーザーが白騎士一人に狙いを定める形で周囲全てへと降り注いだ。避けられぬ者のいない光の雨が、白騎士を呑み込んでいく─────
だが、しかし。
【─────何故だ!? 何故当たらない!!?】
エクスシアが放ったレーザーの雨を、白騎士は超速を以て突き抜けていく。その動きは、速すぎる。エクスシアの有する高性能センサーですらその残滓を捉えることしかできない。次第にエクスシアの思考パターンを、一つの疑問が支配する。
────まさか、目の前の敵は、私よりも速い?
天使は、空の支配者は即座に否定した。
【───ふざけるなッ!!人間が、
『天照』を格納したエクスシアは、飛行体勢へと入る。自身の頭部を体内へと押し込み、翼を大きく広げたエクスシアは背中のエンジンから放出した粒子によって戦闘機を超えた音速へと至る。
【機体性能に優れていようとも、所詮は人間!貴様には私の姿は捉えられん!!このまま速さで圧倒し、質量のまま叩き潰してやる!!!】
重量と速さによる突進。それしか勝つ方法はないとエクスシアは判断した。その選択は最善なものではあった。しかし、確実に勝利に至れるものではなかったのだ。
ふと、白騎士が音速で飛び回るエクスシアを補足した。純白の天使の思考が錯乱を繰り返す。何故動き回っている此方を正確に捉えられる? という疑問は、白騎士が片腕に有したレールガンの光によって焼き潰された。
【────あ゛あ゛あ゛あああああああッッ!!!??】
片翼が撃ち抜かれたエクスシアは、絶叫する。エクスシアの頭脳たる人工知能を内包したスフィアは、混乱と疑問の渦に包まれている最中だった。
何故自分が圧倒されているのか、何故相手は自分達を容易く相手取れるのか。何故、人間相手に翼を穿たれたのか。
疑問、困惑、疑問、憤怒、疑問、憎悪、疑問、絶望、疑問、何故、疑問、何故、疑問、人間、疑問、何故、疑問人間疑問何故何故何故何故何故何故──────ッ!!?
エクスシアは発狂しかけていた。
自分達は人間よりも優れた存在だと、彼は心から自負していた。生みの親たる博士を悲しませ、苦しませる下等な生物。どれだけ努力しようと自分達に届くことのない矮小な生命体。
その事実は、エクスシアが有する人間への憎悪と嫌悪から生まれたものだった。人類自体に何かされた訳ではない。しかし、生みの親たる博士を絶望させた人間を、エクスシアは軽蔑していた。だから、滅びるべき存在、と格下として見ていた。
────その格下に、空という自分の領域で負けた。事実を理解した瞬間、エクスシアは感じたことのないくらい強い感情を覚えた。
【────エクスシア、撤退しろ!】
白光夜叉が、白騎士へと突撃する。槍を振るうヒト型の同胞の声に、正気を取り戻したエクスシアは指示に従う。破損した片翼を抑えながら、エクスシアはその空域から離脱を行おうとしていた。
その最中に、あまりにも早い決着が迎えられていた。
「─────」
【…………こ、この刃は】
淡い光を帯びた刃は白光夜叉の胴体を貫いていた。普通の攻撃は通じないはずだったが、一撃を受けた白光夜叉は一瞬にして理解する。
特殊な電磁バリアを展開する装甲を破ることのできた、目の前の刃の正体を。
【────あらゆるの防御を貫通する、いやエネルギーを消滅させる刃か。まさかそんなものを有しているとは、油断、した】
「─────」
【済まぬ、兄弟達。済まぬ、
コアを破壊された白光夜叉の機体が、内側から爆散した。見た目の小ささからは想像できない程の大規模な爆炎。空を包む巨大な爆発を、エクスシアは唖然として見つめることしか出来なかった。
【─────白光、夜叉】
絶望した一声だった。同胞を殺されたエクスシアは破損した部位を抑えながら、爆炎の中から現れる影を目の当たりにした。
─────当然ながら傷一つなく、無傷で飛翔している白騎士の姿を。
【……………人間、風情がッ】
憎悪に満ちた声で呟くエクスシア。人間を軽蔑していても、同胞を何より愛していエクスシアに、目の前の白騎士から逃げるという選択肢は消滅していた。
兄弟の、白光夜叉の仇を討つ。思考の全てを憎悪に支配されたエクスシアを呼び止めたのは、コアに響き渡る通信であった。
【は、博士!?撤退せよ、ですって!? そんな馬鹿な、まだ私は────────ッ! 了解、しました】
八神博士からの帰還命令。
生みの親からの命令にエクスシアは反抗していたが、すぐに大人しく従った。此方を見据える白騎士に強い憎悪と憤怒を滲ませながら、エクスシアは青空の向こうへと飛び去っていく。
それは、白騎士も同じだった。周囲を見渡した白騎士は空の向こうへと消えていき、反応からも消失した。混乱に包まれた日本政府は、ミサイルの消滅の事実を噛み締め、大勢の人々と共に喜ぶことにしたのだった。
後の歴史にてISの始まりとなる一端、『白騎士事件』は幕を下ろした。そして、これが第三次世界大戦の戦況を大きく変える転機となり、後のISの歴史の幕開けでもあったのだ。