IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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多分色々と解釈違いが多いかもしれないけど、この小説だけの解釈だから許して………(土下座)


第72話 終戦

白騎士の戦いから翌日、八神博士の操る無人兵器が進攻を繰り返す中、各国に転機が生じた。

 

 

───篠ノ之束が各国にISを兵器として提供したのだ。数としては数十機から百機程度。各々平等に国に提供され、無人兵器への対抗手段となった。

 

あらゆる攻撃を防ぐ絶対防御を有したISは人類の反撃を示すには充分以上の成果を出していた。現行兵器を超越したはずの無人兵器すらも、普通のISであれば妥当できる。それが連隊を組んでいるのだから、数と実力で圧倒していた無人兵器を徐々に押し始めてきた。

 

 

更なる転機は数日後。

各大国を襲撃していた敵大型兵器────天壊機が次々と撃破されていったのだ。

 

 

アメリカを襲った天壊機 ベールウルフとグレンデールを破壊したのは、ISではなく軍部の人間であった。名を、グレイク・ファイルス大佐。

 

アメリカ政府による秘密裏な人体実験、外装との生体融合の成功体である彼はあらゆる戦力を用いて、ベールウルフを沈黙させることに成功した。当然、暗部に関する秘密は隠蔽される形で、グレイク大佐は白騎士に続いて天壊機を撃破した一人として世界に名を広めた。

 

 

その次、イギリス。近海を占拠しながらイギリスの都市を攻撃し続けた天壊機 『バミューダ・トライアングル』は決起した貴族達の総攻撃とIS部隊の連携によって撃破され、深海へと沈んでいった。

 

 

中国、ロシアではIS部隊の奮戦によって、天壊機『トウテツ』と『パンゲア』は撃沈。たった数日の間に、各大国を揺るがした破壊兵器達は人類によって倒れたのだった。

 

 

 

しかし、それだけ戦争は終わらなかった。天壊機を失った八神博士は新たな戦力たる新世代の無人兵器を世界全土に投入した。

 

進化を繰り返す無人兵器に、優勢であったIS部隊も苦戦を強いれる。何より、無人兵器は数が多く、ISは数が限られていた。その隙を突くように、日本などの各国へ無差別な襲撃を繰り返していたのだ。

 

 

そんな日が数ヵ月続き────人類は遂に、戦争終結に近付く戦い、『太平洋終戦』へと踏み込むことになった。

 

 

◇◆◇

 

 

太平洋洋上、蒼海だけが広がった海上に一際目立つ巨大な建築物が存在した。虹色の結晶で構築された大樹のような人工物、巨大な電波塔『ユグドラシル』。地球全土を掌握するネットワークを構築するそれこそが、無人兵器を動かし指示を送っていたものの正体であった。

 

人類虐殺、殲滅を決行した八神博士はユグドラシル内部にて暗躍していた。人類も、その事実を既に把握していたが、手が出せなかった。アメリカや中国が行った核攻撃も、ユグドラシルを傷付けることすら出来ず、それどころか核の放射線も容易く中和されてしまったくらいだ。

 

 

───今日(こんにち)、国連を主体とした連合がユグドラシルへと集結した。世界の国々、提供された百機全てのISも含めた大戦力は、ユグドラシルを防衛する無人兵器と衝突し、激しい戦いを繰り広げた。

 

 

 

【───殲滅せよ、殲滅せよ。人類を一人残らず殲滅せよ】

 

 

飛行ユニットと同化した無人機の大群が海上の大艦隊へと突撃する。艦上の対空砲による攻撃を受けながら、無人機が甲板へと降り立った。

 

 

『て、敵無人機!甲板に張り付きました!』

 

『分かっている─────奴等は任せたぞ、百合!』

 

「────言われずとも!」

 

 

通信による指示に答えたのは、甲板に待機していた一人の女性だった。世界各国に提供されたIS、その一機を身に纏い、彼女は甲板に着地した無人機へと刀剣で斬りかかる。

 

近くにいた一機は、一撃で破壊された。他のニ機が脚部ユニットを展開しながら、女性の元へと走り出す。ブレードを展開した無人機の突きを掻い潜り、女性は刀剣によって無人機のコアを切り払う。続けて動いたもう一機も、女性の放った突きによって、コアを貫かれて沈黙する。

 

 

「────敵無人機全滅。存外、大したことないな」

 

直後、彼女の真後ろで凄まじい破壊音が響く。女性が振り返ると、先程倒したはずの無人機が深い一撃を受けて再び沈黙していた。

 

大きな鉄の塊────パイルバンカーとガトリングキャノンという大型武装を両腕に纏った重装備の鎧、姿も見えぬ金属の異形が言葉を投げ掛けた。

 

 

「油断するな。シールドエネルギーは限られている、消耗は避けるように戦え」

 

「…………軍人、では無さそうだ。何者だ?」

 

「─────クロノだ」

 

「私は蒼青百合(そうせいゆり)だ。所でソレはISか?ISは女しか装備できないって話だった気がするが」

 

 

ISが操作できるという理由で戦争に出された学生だった少女は、目の前の鎧の男へと問い掛ける。しかし鎧の男は答えない。話すことは許されてないというのか、少なくとも百合は聞く訳にいかないものだと理解させられた。

 

少し話そうと思ったが、すぐに口を閉ざす。もう目の前に敵の増援が近付いていたからだ。

 

 

「────クロノ、手を貸せ。無人機から艦隊を護り通すぞ」

 

「……………」

 

 

二人の影は、増え続ける無人機の大群へと突撃する。背中を預け合う二人の男女は、いずれ自分達が結ばれることを知る由もなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

戦況は拮抗状態、というより人類側が優勢であった。ISの絶対防御は無人機の攻撃すら防げる絶対性を持つため、人類は無人兵器側を押し込み圧倒することが出来ていた。

 

しかし、表沙汰にされていない事実が一つ。ISは兵器として強力であれど、完璧なものではないと体現する出来事が起きていたのだ。

 

複数の機体で編成されたIS部隊と複数の艦隊。無人機達を押し返していた彼等の元に─────新たな脅威が振り返っていた。

 

 

【───神よ、罪深き魂を救いたまえ】

 

【───────】

 

 

新世代の天壊機。エクスシアの後継機たる二体の兵器が天使を模倣した無人機と共に襲撃を繰り返していた。

 

両腕の先を剣のように変化させた巨大なヒト型兵器、天壊機体『ミカエルス』。エクスシアと類似した形状の、翼を有した天壊機『ガブリエール』。二体の天壊機はISと同じ絶対防御を有しており、普通の攻撃を無効化し、戦艦を躊躇なく撃破していた。

 

IS部隊も、二体の兵器に全滅させられた。絶対防御に自信を置いていた彼女たちが、ガブリエールによる連撃によってシールドを一瞬で削られた彼女たちは絶対防御の強制発動によりエネルギーを失い、その瞬間を狙い撃たれた。

 

 

二体の天壊機は無人兵器と共に戦況を大きく押し返した。形成不利となった人類は防戦に徹することになり、敗北が近付いている状況となっていた。

 

しかし、彼等の知らぬ間に希望は芽生えていた。日本を救った英雄、『白騎士』が戦場を駆け抜けていたのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

(────人類は押されているな)

 

 

空を翔る白騎士、織斑千冬は冷静に戦場を見下ろしていた。苦戦を強いられている人類の連合艦隊、彼等の危機を認識していた千冬だが、助けに動くわけにはいかなかった。

 

正確には、助けても時間を浪費だけなのだ。これだけの無人機の数は白騎士であろうとも殲滅することはできない。それに無人機は今も製造され、無制限に増え続けている。ならば一番に倒すべきは一つ────

 

 

(先生の元へ行く。そして、無人機全てを停止してもらう!)

 

 

そうすれば、こんな戦争なんて終わらせることが出来る。虐殺を実行した博士の罪は問われるだろうが、覚悟はしている。博士の凶行の元凶となった国連を利用すれば、少なくとも博士だけが全ての罪を背負わされる必要はなくなる。

 

───悪いのは博士だけではない。こう仕向けたのは国連の失態が、奴等の欺瞞が原因だ。少なくとも、この罪は彼等も背負わなければならない。

 

 

そう思って飛翔していた織斑千冬。ふと、ハイパーセンサーが大きく反応した。強いエネルギー反応、それは千冬の真上から─────

 

 

【─────白騎士ィィイイイイイイイッ!!】

 

 

巨大な白光の天使が、白騎士へと襲いかかる。無数の光弾を放ちながら突撃する純白の天使───『エクスシア』が質量を以て、白騎士を押し潰さんと迫る。

 

果てしない怨嗟の声を響かせる白い天使に、千冬はブレード 雪片を展開し、白い機体を斬りつける。しかし彼女の放った一撃は、エクスシアの装甲を覆うように展開された障壁によって弾かれた。

 

 

「これは、絶対防御か」

 

 

千冬はその機構を、仕組みを瞬時に理解する。絶対防御というシステムを発案し、構築させたのは八神博士張本人だ。ならば、あの人もその技術を行使しないはずがない。

 

ギロッ!と エクスシアの眼光が白いフルフェイスに覆われた千冬の顔を睨む。激しい感情を宿らせた視線は、千冬から見ても人間らしかった。

 

 

【亡き兄弟達の無念!我が主に逆らう敵の殲滅!だが、私は全てを後回しにした!ただ一つ、私に敗北を与えた貴様を打ち倒す!その宿命の為、私は全てを捧げる覚悟だ!】

 

 

天使の姿は大きく変貌していた。二つの翼以外にも人の腕らしきアームを搭載し、機体の改造を繰り返した様子が窺える。

 

白騎士から離れたエクスシアは翼に内蔵した球体ユニットから無数の追尾レーザーを撒き散らす。容易く避けていく白騎士へ、アームから展開した光刃で斬り伏せようとする。

 

 

【今更恨み言を吐くつもりはない!私は貴様に負けた、それだけが事実だ!故に、私は貴様を打ち倒す!人類に希望を与えた白騎士を、我が手で!それによって人類の希望は潰える!】

 

 

最早これは、前のエクスシアではない。

仲間を殺され、翼をもがれた天使は憎悪と怨嗟、何より使命感によって突き動かされている。人間への侮蔑も嫌悪もあれど、格下として見てはいない。確実に滅ぼすべき天敵として人類への認識を改めたのだ。

 

 

そして、最優先の敵は白騎士、織斑千冬。人類の多くを殺せたあのミサイルを迎撃し、エクスシアの兄弟を撃破した彼女は人類に希望を与えた英雄でもあった。

 

その彼女を殺すことで、エクスシアは人類を滅ぼせる。今度こそ彼等に絶望を与えることが出来る。失った翼を、空の支配者という証明を、取り戻せる。

 

 

「────ッ」

 

【────博士の元へ向かう気だろうが!そうはさせん!あの御方の元に、誰一人として通すことはない!!】

 

 

しつこく執着するエクスシアに、焦りを滲ませる千冬。今すぐにでも博士を止めなければ、人類の連合は押し返されてしまう。今は優勢であるが、それも他の天壊機が容易く押し返してしまうことだろう。何としてでも早く突破しなければならない。

 

そう思っていた千冬の隙を突くように、エクスシアの光刃が迫る。しかし、真横から放たれた砲撃が、エクスシアの全身に炸裂した。無論、エクスシアに傷はない。しかし、新たな敵に意識を向けた天使は、白騎士によって蹴り飛ばされる。

 

 

「────総員、砲撃を開始せよ!」

 

 

エクスシアに攻撃を行ったのは、多国籍IS部隊であった。十人で編成されたIS部隊はスナイパーやランチャー等の重火器での砲撃を繰り返していく。その一機、隊長格と思われる女性が千冬と通信を繋げてきた。

 

 

「白騎士とお見受けする。この場は我等に任せて欲しい」

 

「ISの開発者、篠ノ之博士から直々に頼まれて来た。貴方の目的は無人機を操る者だろう。それならば、こんな所で時間を潰している訳にはいかないはずだ」

 

 

親友からの差し金だったと知った千冬は、彼女への感謝を密かに呟いた。言葉を発することなく頷いた千冬は、エクスシアの相手を彼女たちに任せ、その場から飛び去っていく。

 

 

【ふざけるなッ!誰一人として通さないと────ッ!?】

 

「貴様の相手は私達だ!貴様が奪った罪無き人々の平穏、その代価を支払って貰うぞ!」

 

【ほざけぇ!! この罪人どもがぁぁああアアアアアアッ!!!】

 

 

白騎士の後を追おうとするエクスシアは、IS部隊によって阻まれる。練度の高いIS操縦者達の連携に翻弄されながら、エクスシアは憎悪に満ちた叫びと共に襲いかかった。

 

 

戦場から離脱した千冬は超速のまま、無人機の軍勢を突破する。そうして彼女はユグドラシル・ネットワークの内部へと降り立ったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、巨大な塔を登った彼女は対面した。周囲の海を、世界を見渡せる程の高さの広間で、全てを見下ろしていた自らの恩師と。

 

 

「博士…………いや、先生」

 

「────やぁ、千冬」

 

フルフェイスを上げた少女が声を漏らす。耳に届いたであろう博士は、穏やかな笑顔を浮かべていた。しかしその顔を見た千冬は理解させられた。

 

────先生は、もう止まらない。

彼の瞳に映る濁った感情の渦が、それを物語っている。人類や世界に向けた怨嗟と憎悪。理不尽に家族を奪われ、弔うことすら許されなかった博士は、人類を滅ぼす程の憎しみに呑まれてしまったのだ。

 

 

軽く言葉を交わしたが、八神博士は彼女のよく知る先生のままであった。話を聞く度に、理解していく。博士は正気のまま狂ったのだ。人類を心から愛しながら、人類を心の底から憎んでしまった。

 

 

語る口を止めた博士は、拳銃を取り出した。それを向けようと持ち上げたことに、千冬は一瞬だけ反応してしまう。その姿を見据えた八神博士は─────悲しそうな表情で呟いた。

 

 

「………こんなつもりではなかったけどなぁ」

 

 

拳銃を静かに下げた博士は、自身の頭の方へと動かした。銃口を自身の頭に突きつけた恩師の姿に、千冬の思考が理性を振り切る。

 

 

「せんせ────!」

 

 

咄嗟に止めたようと前に出た少女を、博士は片手で制した。無言で止められた千冬は両手を握り締めて、立ち止まることしか出来ない。

 

軽く言葉を残した博士は、泣き笑いのような微笑みを浮かべる。優しく、それでいて悲哀に満ちた言葉を、八神博士は遺した。

 

 

「すまない、千冬。すまない、束。すまない、ザック。不甲斐ない、愚かな先生を許さないでくれ─────私はもう、この世界では笑えなくなってしまったんだ」

 

 

そして、博士は自殺した。

戦争の幕引きを閉めるように、自らの命をもって無人機達の機能を停止させた。そのようにプログラムされていたのだろう。人類を襲っていた無人機が力を失ったように、海面へと落下していく。

 

 

次第に勝利を確信し始めた人類側が、けたたましい歓声を響かせる。その声を耳に入れながら、千冬はその場に崩れ落ちた恩師を見つめている。

 

 

「……………せんせい」

 

 

彼女の頬に、一粒の雫が伝う。あらゆる干渉を受けぬ領域内で、千冬は恩師の亡骸を抱き抱えた。自分達に多くのことを教えてくれた尊敬に値する恩師を抱き締めた千冬は、泣いた。

 

これから泣くことは絶対にしない。だけど、今だけは許して欲しいと。狂ってしまった博士の亡骸の側で、彼女は最初で最後の涙を出し尽くした。

 

 

◇◆◇

 

無人機達が停止していく光景に、勝利を喜ぶ人類の連合艦隊。しかし、全ての無人機が停止したわけではなかった。

 

 

【────あ】

 

 

エクスシアが、ふとユグドラシルを見つめる。天壊機達は、博士の死を瞬時に感じ取っていた。即座に戦線から離脱する『ミカエルス』と『ガブリーエル』、博士から遺された命令────ユグドラシルの防衛という使命を果たすために、二体の兵器は感情もなく動いていた。

 

しかし、エクスシアだけは違った。心を模倣した人工知能は、全てを理解した瞬間、あらゆる思考回路がショートした。

 

 

【────ああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!??!!!】

 

 

エクスシアが、悲鳴に近い絶叫を轟かせる。音声機能が張り裂けるかと思ったが、意識が及ばなかった。仲間も失い、翼ももがれ、主すらも殺された───実際には自殺したのだが、エクスシアには考える間もない。己の主の死だけが、明確な事実なのだから。

 

白い天使の異変に戸惑っていたIS部隊だが、彼女たちもすぐさま気を引き締める。ふと、彼女たちの存在を認識したエクスシアが翼を広げて飛翔する。憎悪を撒き散らし、怨嗟を吼えながら、天使は叫んだ。

 

 

【貴様ら、貴様等全員ッ!!皆殺しだァァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!】

 

 

しかし、無鉄砲な攻撃は無意味だった。IS部隊による集中砲火を受けたエクスシアの障壁は消滅し、機体の大半が破壊し尽くされる。

 

 

【…………白、騎士】

 

 

翼を失ったエクスシアは、断末魔を上げる余力もなく海へと墜ちた。半壊した天使は海の底に沈みながら、何かを口走っていた。

 

 

【白──騎、士ィ───ッ!】

 

己から全てを奪った宿敵の名を、魂に刻み込む。決して忘れない。己の意識が消え行く最後まで、エクスシアはその名前を心に植え付けた。

 

必ず、絶対に────次こそは、あの女とISを殺す、と。

 

 

◇◆◇

 

 

 

世界中が戦争の終結に喜ぶ中、誰も寄り付かない海辺で二人の少年少女、事の終わりを静かに待っていた束とザックの元に、千冬は帰還した。白騎士を纏う彼女は一つの鉄の塊を背負いながら、二人の元へと着地する。

 

 

「ち、ちーちゃん………!」

 

「………二人とも」

 

「───先生は」

 

 

心配そうな二人の前で、千冬は鉄の塊を地面に静かに下ろした。その中身を─────静かに眠る博士の亡骸を確認した二人の感情の波は決壊した。

 

博士の死を、恩師の自殺を理解した二人が泣きじゃくる。心から博士を尊敬し、多くのことを学んだ束は唖然としたままポロポロと涙を溢れさせていた。最初の弟子であったザックは、頭をかきむしりながら二度と目覚めない博士の亡骸の前で項垂れる。

 

────博士は自爆し、遺体は消し飛んだ。ユグドラシルから離脱した千冬の元に駆け寄ったIS部隊の面子に、彼女はそう告げた。博士の亡骸を収納した鉄の棺桶の存在を隠しながら。

 

 

博士の亡骸を隠蔽した理由は簡単だった。世界を敵に回し、大勢の人の命を奪った博士の亡骸が、人々の手に渡ればどうなるのか、想像に易かった。

 

どれだけの人間から恨まれたとしても、千冬にとって大切な先生なのだ。死んだ後も博士の亡骸を八つ裂きにされ、怨みの捌け口にされてしまうのが恐ろしかった。もしそうなってしまえば、千冬はきっと許せなくなってしまう。

 

 

何より────博士を安らかに眠らせたかった。憎悪に狂った博士は、あらゆる憎悪や怨嗟の届かない場所で葬ってやりたかったのだ。

 

 

─────結果、博士の亡骸は宇宙(ソラ)に打ち上げることにした。ユグドラシルへと立ち入った三人は宇宙ステーションと繋がるシャフトに棺桶を格納し、宇宙の向こうへと放出したのだ。

 

発案したのは束だった。宇宙ならば、誰の手も届かない。誰も先生の亡骸を暴こうとしない。未来永劫、博士は静かに眠りにつくことが出来る、と。

 

 

宇宙の先に飛んでいった棺桶を見届けた三人の教え子達。彼等はこれからどうするか、互いに確認し合った。

 

 

「束さんは忙しくなると思うなぁ。ISをばらまいたからね、これから引っ張りだこになるよね」

 

「…………」

 

「ま、好き勝手にやった責任ってヤツかな。なるべくやることはやるように頑張るよ────それで、ザックはどうするの?」

 

束はそう聞いて、何かに気付いた様子だった。彼女に呼び掛けられたザックは何処か遠くを見据えながら、低い声で呟いた。

 

「─────先生の、仇を討つ」

 

「何?」

 

「先生から全てを奪った国連の奴等に、オレが復讐する。先生の無念を、オレが晴らす」

 

 

ザックの眼は、ギラギラと鋭く濁っている。瞳の奥に宿るのは炎、激しく燃え盛る憎悪の業火であった。皮膚が裂け、血が滴る両手を強く握り締めた少年は─────世界への憎悪に囚われていた。

 

 

「十年掛かっても、何十年掛かっても、オレは軍団を作る。誰にも負けない、究極の破壊兵器を。そして、国連の奴等も、この世界も何もかも破壊し尽くしてやる」

 

「………また戦争を起こす気か。先生が、そんなことを望むと思うか?」

 

「─────先生はッ!殺されたんだ!!国連に、この世界に、人間の業にッ!!!」

 

 

呼び止めた千冬の一言を皮切りに、ザックは感情を爆発させた。彼は己の中に蓄積された不満と怒りを、言葉にして吐き出す。それでも、彼の感情が落ち着くことはない。

 

 

「お前らも見ただろ!国連の奴等の声明を!アイツら、自分達の失態を隠しやがった!全ての責任を博士のせいにして、あの人を、人の命を何とも思っていないイカれた科学者に仕立てやがったんだ!!─────今まであの人の兵器に頼ってきたクセに!!」

 

 

戦争終結の後、国連は八神博士を悪に仕立て上げた。

自分達の犯した罪、博士の家族を見殺しにし、あろうことかテロリストと共に殺害した事実を隠蔽した彼等は、博士の悪評を世界中に撒き散らした。

 

最初は自分達の罪を誤魔化したことが原因だった。しかしその結果、事実を知った博士は怒り狂い、人類を滅ぼす程の憎悪を宿した。故に、国連は恐れたのだ。自分達が博士に行った所業が露呈することを──────それが、第三次世界大戦という、多くの人々が殺された戦争の起因だと知られたとすれば、混乱では済まない。多くの国が崩壊し、また多くの悲劇が生まれることになる。

 

彼等は恐怖の余り、隠蔽の上に隠蔽を重ねた。後の後世まで博士がマッドサイエンティストとして、悪魔として呼ばれることになれば、『真実』が明かされることはない。そうして彼等は自分達の罪を隠すために、八神博士の尊厳までも奪うことにしたのだ。

 

 

「────全てを、壊してやる」

 

その事実を知ったザック、彼の理性が弾け飛んだ。先生を狂わせた張本人が、全ての罪を博士に背負わせようとする有り様を。絶望を通り越し、ザックの心を憎悪だけが支配した。

 

 

「奴等の作ろうとする偽りの平和も、このオレが必ず破壊してやる─────絶対に」

 

「────ザック!」

 

「無駄だよ、ちーちゃん。……………ザックは頑固だから、きっともう止められないよ」

 

 

その場から立ち去ろうとする少年を呼び止めようとした千冬だが、親友の声に足を止めた。背を向けて歩いていく兄弟弟子は振り返ることなく、砂浜の向こうへと去っていった。

 

博士の着ていた白衣を抱えたまま俯いていた束は、ふと千冬に問い掛ける。

 

 

「……ちーちゃんは? どうしたいの?」

 

「……………」

 

 

親友の疑問に、千冬は答えられなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

数年後、ISの世界大会で活躍した千冬がドイツ軍の教官を務めていた頃。IS部隊の隊員たちを鍛え上げていた彼女の元に、一人の少年が訪れた。

 

 

「…………何者だ?」

 

「僕は時雨、新しく『楽園の実』の一員になった議員さ。本日は君に用があって来たんだ。───『地上最強(ブリュンヒルデ)』、いや『白騎士』と呼ぶべきかな?」

 

「………………」

 

 

隠された己の姿を口走る少年に、千冬は警戒を滲ませる。しかし彼は「大丈夫、脅しに来たわけではないんだ」と大人びた雰囲気で話を切り出した。

 

 

「つい最近、国連は新しい学校を作るんだ。IS学園っていう、IS操縦者を育成するための学校をね。僕はそこに理事長になるんだ。─────君にはそこで教官をやって欲しい」

 

 

時雨から色々と話を聞かされた。

最近、世界中で暗躍する影が見え始めていると。この平和な時代に多くの災難が来るであろうこと────最悪の場合、第三次世界大戦以上の戦いが始まるかもしれない、と。

 

 

その要求を、千冬は拒否するつもりはなかった。その災難の一つには心当たりがある。あの日別れた兄弟弟子、ザックの言葉を。彼が博士と同じ凶行を引き起こすなら止めなければならない。同じ、教え子として。

 

学校の話を考えていた千冬だが、ふと脳裏に声が響いた。一度も忘れたこともない、千冬の人生を大きく変えた尊敬できる先生の言葉を。

 

 

『─────私は、教師になりたかったんだ』

 

「…………一つだけ、条件がある」

 

 

何でもいいよ、と時雨は余裕を見せて答えた。静かに両目を伏せた千冬は、暖かい過去の思い出を瞼の裏に空想する。自分なりの答えを見出だした彼女は青空を見上げながら口を開いた。

 

 

「教官ではなく、教師をやらせて貰おうか」

 

 

彼女の心に宿る思いは二つ。

恩師のように成りたいという憧れ、そして後の次世代を担う若者達に未来を掴み取る力を与えたいという小さな願い。

 

八神博士が憎みながらも、愛したこの世界を生きる子供達が自分達の手で幸せな未来を掴み取れるように、と。

 

 

そうして、織斑千冬は教師になることを決意した。苦難に立たされる若者達の力に、少しでもなれるように。自分達を導いてくれた、あの人のように。

 

 

◇◆◇

 

 

エレクトロニクス機社最深部。研究施設とも巨大工房とも呼べる領域を見下ろした社長 アレックス・エレクトロニクス────ザックという名を棄てた青年が笑みを深める。

 

 

彼の目の前で、地獄が広がっていた。

どす黒く染まった液体の海、蠢く禍々しい赤黒い脈動。実験室全体に広がる『ウロボロス・ナノマシン』の大波。その中心部では、黒い闇が膨張していた。

 

無数の異形が、金属の骨格だけの龍頭が蠢いている。憎悪を体現する竜の顎が、怨嗟の唸り声を漏らす。その深い中心部で─────一人の少年が悶え苦しんでいた。

 

 

欠損した手足を、義手と義足で補った少年は蹲っている。背中を食い破るように飛び出た無数の竜が嘶きを鳴らしていた。その地獄の光景に、ザックは狂気に満ちた笑顔を浮かべていた。

 

 

(─────これだ。これがオレの求めた破壊者だ!この世界を、あらゆる理不尽を滅ぼす究極の破壊兵器!これこそがオレの共犯者にして、オレそのもの!!)

 

「…………友よ、今お前は苦しんでいるだろう。優しいお前には、その道は酷だろう」

 

ザックは、その地獄を一人で作り出した少年に期待していた。燃え盛る地獄の中で、ザックは部下達を使って彼を救い出した。理由はない、最初は純粋な善意だったのだ。

 

しかし、彼は資質があった。ザックの野望を果たすための素質を有していた。だからこそ、ザックは彼に選択を与えた。全てを滅ぼせる程の力を手に入れる道を。そして少年は、その手を取った。

 

────この不条理全てを滅ぼす、悪魔の如き破壊の力を。

 

 

「怒っていい。憎んでいい。お前はその理不尽を、恨んでいいんだ。その憎悪を世界に刻め、その力で全てを破壊しろ」

 

 

自分が、憧れた人以上の悪魔に堕ちている覚悟も自覚はある。しかし、彼は止まれなかった。あらゆる理不尽を、不条理を破壊する。彼はその誓いと共に、この化物を生み出したのだ。

 

 

「─────オレ達こそが、無限の破壊者(ウロボロス)だ。来る時、共にこの理不尽な世界を終わらせよう。我が友(レッド)よ」

 

 

その日、少年は生まれ変わった。

あらゆる理不尽を破壊する無限の破壊者(ウロボロス)、その始まりであり、究極の厄災となるであろう存在。

 

しかし、彼はまだ拠り所があった。どれだけ絶望しようと、正気であり続けた理由。それが失われた時、彼は本当の意味で生まれ変わる。

 

 

織斑一夏達の前に立ち塞がり、世界を崩壊に導く────破滅の厄災として。

 

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