クロガネ・モミジにとって、『
姉にして、自分達『レイヴン・レギオン』を束ね上げたリーダー クロガネ・ナツハ。活発的で常に笑顔を絶やさない、元気と優しさが取り柄の────太陽のような少女だった。
彼、モミジにとっても、姉はいつも自分や他の皆を導いてくれる存在だった。大人たちから見放されたこの地で、自分達を支えてくれた希望。この地で生きる皆が慕う彼女の姿を、モミジは誰よりも覚えていた。
そして、もう一人。姉が心を許し、全てを愛したヒト。モミジが兄と慕い、自分を弟として大切に思ってくれた人物。いずれは皆が笑って生きれるように世界を変えて見せると、夢を語ってくれた姿に、モミジは誰よりも憧れていた。
何年も続く辛い生活。それでも頑張ってこれたのは、二人がいたからだ。大切な二人が笑顔で居られたからだ。だから、少年はこの地獄でも、希望を持って生きることが出来た。
─────そんな日常が壊れた転機は、一つの爆発だった。
近くの広場で生じた小さくても、強大な火花。まだ幼かったモミジはその爆発の発生した場所へと向かった。
少し離れた場所で、姉を見つけた。兄に背負われる形で運ばれてきたのだ。姉に駆け寄ろうとしたモミジは、仲間たちに止められる。訳も分からなかった少年は、ようやく事を理解した。
義兄に背負われる姉は、頭を失っていた。先の爆発で顔を失った姉は即死だったのだ。姉の亡骸を背負った義兄は人の見えない場所まで歩いていき、火葬に処した。────現実を理解しきれず、立ち尽くすモミジを置いて。
────後に、モミジは仲間から事の経緯を説明された。『レイヴン』のリーダーとして動いていた姉は政府との取引を終えた直後、『クインス・コーポレーション』の手先に拉致されたことを。リンチや陵辱の果てに、頭に爆弾を埋め込まれる形で自分達の元へ届けられたと。
姉は、最後まで他者を思いやっていたらしい。その場に駆け付けた義兄や仲間たちを払い除け、姉は誰もいない場所で爆弾を起爆させ、仲間たちを巻き込まないようにしたのだ。
『クインス』の悪逆は、それでは収まらなかった。彼等は自分達を服従させる為に、脅しを繰り返した。そして、まだ幼い子供たちを襲い、暴行の果てに吊し上げた。
─────兄は、その光景に怒り狂った。優しかった兄は周りの制止を無視し、武器を構えて『クインス』の基地を焼き払った。基地を燃やし、抵抗した者も、関係者全てを焼き殺したという。
帰ってきた兄は、モミジの頭を撫でようと伸ばした手を止めた。短く────任せた、と告げた兄は暗闇の中に消えていった。泣き叫び追い掛けたモミジは見つからない兄の姿を探し続け、仲間たちによって連れ戻された。
時が経つごとに、孤独を理解する。姉は、兄は、どうして自分を置いていったのか。どうして、こんな悲しみを背負わなければいけないのか。
泣いて、鳴いて、哭いて─────ある日、モミジは全てを悟った。
『────ああ、そっか』
目の前に鎮座した無人兵器────『八咫烏』を見上げる。いつの間にか、自分の前にいた機体はワイヤーや固定具で宙に浮いている。全身を覆う金属のフォルムに、モミジの瞳が映る。
『お姉ちゃんも、兄ちゃんも、アイツらのせいで苦しんだんだ』
小さな火が、生まれた。不気味に濁った少年の瞳が一つの意思へと染め上げられていく。絶望の日々を、心を支配した暗い闇を晴らしたのは──────憎悪の炎であった。
『あの二人も、皆も苦しむ必要はなかった。それをアイツらが、踏みにじった。お姉ちゃんの覚悟も、兄ちゃんの夢も』
憎悪の矛先は、自分達以外の全て。
自分達を追い詰めた『クインス』の人間、自分達と取引しておきながら助けようともしなかった日本政府、そして何も知らずに平和を謳歌する他の奴等。
奴等を殺さなければならない。そうしなければ守れない、姉が、兄が愛したこの居場所を。この町を守る為であれば、二人の帰るべき場所を守る為であれば、どんなことすら厭わない。
────たとえ、人の姿を失ったとしても。人でなくなっても。そう決意したクロガネ・モミジに応えるように、八咫烏は頭を深く下げていた。
◇◆◇
『────キュルルルルルルッ!!』
金属に包まれた怪鳥、八神博士の遺産の一つ『八咫烏』が甲高い声で啼く。ヘリとして開発されたはずの躯体は生物を模倣したものに近く、矛盾に満ちた威容を示している。
それ以上に、鋼の機体から放たれる膨大かつ濃厚な殺意を、一夏達はひしひしと感じ取っていた。自分達を見た、と分かるくらいには。
「何だ、アレは………本当に人が操っているものか?」
不安を露にする箒の疑問も納得だった。クロガネ・モミジ、彼があの中にいるのは考えるまでもない事実だ。しかし、あの怪鳥の全長はISに類する程である。
下手すれば、ISよりも小さい。人間には操縦することすら出来ないと体現しているのが、『八咫烏』の胴体サイズからでも計算できる。────手足のない人間ならば、可能かもしれないが。
クロガネ・モミジが五体満足ではないという事実は予想できたが、実際に考えたくはない。
そう考えてた瞬間─────『八咫烏』が動いた。背中のカタパルトが開閉し、内側に格納された無数の弾頭が放火する。打ち出された小型ミサイルが空を覆い尽くし、一夏達へと迫る。
「ッ!箒!」
「分かっている!」
前に出た一夏が荷電粒子砲によりミサイルを撃墜する。落とし損ねた弾頭は箒が即座に飛び回り、撃墜させていく。
あらかた落とした、そう安堵したのも束の間。一呼吸ついた一夏に、『八咫烏』が突撃をかましてきた。
『────キュルルルルルルル!!』
「クソ───動けねぇッ!」
身を任せた突進に一夏が怯んだのを見逃さず、八咫烏はアームクローで手首や腹を掴み持ち上げていた。そのまま飛び上がり、飛翔する『八咫烏』に抵抗を示す一夏。『雪羅』のアームクローを展開しようとしたが、八咫烏はその動作に気付いたらしく翼を大きく広げ─────近くの建物の残骸に一夏を叩きつけた。
何度も、何度も。飛びながら建物の壁を突き破る程の衝撃を受け、流石の一夏も攻撃に手が回らない。唐突にビルの残骸に放り投げられた時、ようやく自由になったと確信できた。
────次が来る。
そう察知した一夏の目の前には、翼を大きく広げたまま突撃する『八咫烏』の姿があった。しかし、さっきまでとの大きな違いは、その翼にある。
ビームの刃を翼の表面に展開した『八咫烏』。露骨な近接武装に一夏はすぐさま飛び退いた。
ザンッ!!! と、残骸全てを切り裂いた『八咫烏』は振り返り、一夏に向けて口を開く。嘴の内側から収束されたであろうレーザーが放出された。
「────お、おおおおォっ!!」
熱を溜め込んだ、破壊光線。熱量とは無縁な赤黒いレーザーの質量と威力は絶大。下手すれば、ISの砲撃に匹敵────凌駕すると言っても過言ではない。
何とか雪羅で防御を成した一夏だが、その威力までは防ぎきれない。シールド越しに響いてくるレーザーの衝撃に、掌が吹き飛ばされるかと思った。
未だレーザーを放ち続ける『八咫烏』。その攻撃の手を止めたのは箒の放った光刃であった。ビームの刃を飛ばすという、彼女のIS『紅椿』に許された武装は怪鳥の頭部に深い斬撃を刻み込んだ。
「一夏!無事か!?」
「ああ、何とか────ッ、気を付けろ箒!アイツまだ!」
不意打ちを受け軌道が大きくずれた『八咫烏』が、旋回して此方へと戻ってくる。肩や全身のポッドの蓋が開閉し、ミサイルを剥き出した次の瞬間。
『────足元!』
そう叫んだ龍夜の一声が、回線越しに響き渡る。その直後、足元の小さな穴────塹壕付近にいた龍夜が手に握っていた大型の鉄の塊を投擲する。八咫烏の前まで飛んだそれは勢いよく覆う板を吹き飛ばし────無数の小型爆弾を放出しながら、爆裂していった。
恐らく効いていない。しかし、不意打ちの攻撃に八咫烏は咄嗟に飛び退き、その場から離脱する。予想としては、エネルギー補給に向かったのだろうか。
その隙に、一夏と箒は指示通りに、すぐ近くにあった塹壕らしき穴へと身を滑らせる。人一人分の大きさの通路に踏み込んだ二人は、上の様子を確認していたであろう龍夜の存在に気付いた。
「…………良いニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたい?」
「えっと、良い方から…………」
「奴は近くのコンテナ、柱を旋回している。ラミリアに調べさせてみたら、エネルギー増幅装置らしい。奴はその装置からエネルギーを補給している。恐らく、燃費の悪さは特級だ。そこを突くことが出来れば、勝てるかもしれない」
あれだけの戦闘から離脱している合間に、既に情報を集めていた龍夜。少しだけ勝機が見えてきた、と普通なら喜べるが、二人にそんな気はなかった。…………そんな余裕すらなく、真剣に思考を働かせている龍夜の表情から、ある程度察することが出来るほど。
「それで、悪いニュースは?」
「奴を倒すだけが勝利条件ではない、ということだな」
「…………どうしてだ?」
一夏の疑問に答えた龍夜に、箒が静かに問い掛ける。スマホとISを繋げ、彼は二人に自分の持つ情報を送った。その上で、データを参照にある事実を提示する。
「クロガネ・モミジは生体コネクトによって自身と『八咫烏』を繋げてる。それ故に手足のようにあの機体を動かせているが、当然感覚もフィードバックしている」
「………まさか」
「あの機体を破壊すれば、奴の肉体にそれ相応のダメージが響く。恐らく、八割の確率で即死だ。あの機体ごと撃破するのは得策じゃない。生体コネクトを一時的に切断するか、奴にダメージを与えずに無力化する、それしかない」
難易度が高い、なんて話ではない。
シールドを削れば勝ちのISの高いとは根本的に違う。相手は文字通り、命を賭けて此方を殺しに来ているのだ。
同時に、龍夜はこの決闘の本当の意味を理解していた。フユキ・スイゲツは、きっと試しているのだろう。IS学園の代表候補生がクロガネ・モミジすら殺さずに止められるか。恐らく事故でも彼に危害を加えれば、コードレス・エリアの人間は拒絶を以てIS学園に応えるはずだ。
だからこそ、彼等にとっての勝利条件は厳しく険しいものだ。攻撃すればダメージが伝わる兵器からクロガネ・モミジを無傷で引きずり出す。口で言えば簡単だが、あれだけの空戦機動の最中でそれを果たすのは厳しいと言っても過言ではない。
しかし────少しでも、可能性が残っている。
「─────一つ、俺に考えがある」
淡々と告げる龍夜。彼は既に、この戦況を突破する方法を編み出していた。
◇◆◇
『…………奴等、塹壕に隠れやがったな』
空を飛び回る八咫烏。人工脊髄と接続したクロガネ・モミジは頭部ユニットのセンサーから送られてきたあらゆる情報からそう結論付けた。
この地区一帯に張り巡らされた塹壕。かつては人類が無人兵器との戦いで生み出し、人の身体を失う前のモミジも仲間と共に利用した非常時の通路だ。今のはモミジにとっては無用の長物であるが、少なくともどんな風に存在しているかは頭に入っている。
『面倒くせぇ、まとめて
絨毯爆撃を開始しようとした彼の動きを止めたのは、塹壕から飛び出してきたであろう二つの影。一夏と箒、その二人が少し離れた塹壕から出てくるや否や、此方へと狙いを定めて飛翔してきた。
白と赤の機体を確認したモミジの手よりも先に、機体に繋がった疑似神経が動く。外接駆動部が動き、背中に装着されていた重機関砲が彼等に向かって浴びせられる。
ダダダダダダダダッッ!! と、空の薬莢を大量に落としながら、八咫烏は弾幕を展開する。背を隠すように飛ぶモミジは背中のコンテナを開き、内部に蓄えていた小型ミサイルを一斉に解き放つ。
全てが、二人を狙って爆発する。だが、ISによる攻撃で迎撃したのか、爆煙から姿を見せた一夏と箒には傷一つ見られない。
「箒!絢爛舞踏は!?」
「問題ない!エネルギーは限界までチャージさせたぞ!────行け、一夏!」
「分かってる!箒こそ、頑張れよ!」
その会話を聞いた瞬間、モミジの意識は一夏への警戒に傾いた。しかし、彼の考えとは裏腹に先に斬りかかってきたのは箒の紅椿の方だった。
『─────ガアアアアアアアアアッ!!!』
翼を広げ、逆に距離を詰める怪鳥。鳥の脚のようなアームで箒の右手首と左腕を掴み、そのまま飛翔する。抵抗できない彼女をロックオンした八咫烏が、口内に収束させた熱線を放射した。
数発、凝縮されたレーザーは箒が首を動かすことで避けられる。エネルギーの無駄遣いを減らすため、出力を押さえていたが、僅かな苛立ちを覚えたであろう怪鳥は遠慮なく、出力を最大限まで引き上げ、吐き出そうとしていた。
それを、展開装甲を可変させ、パーツを飛ばしたことで高出力レーザーの軌道をずらす。高出力故の代償、オーバーヒートに苦しむ八咫烏に、展開装甲による光刃を展開した箒はクローアームを切断、破壊する。
その瞬間に拘束から離れた箒を追撃しようとして、突如飛来した荷電粒子砲による閃光にコンテナの一つが焼き焦がされる。誘爆する前に分離したモミジは、上空から此方を攻撃してきた一夏の存在に露骨に苛立ちを滲ませる。
『アイツ、此方の隙を狙ってんのか?本当にウゼ────いや、待て。もう一人は何処だ?』
怒りと敵意に満ちながらも、クロガネ・モミジは酷く冷静だった。部外者に対する嫌悪と憎悪、敵を確実に滅ぼすという意思と八咫烏に内蔵された思考モジュールが、彼の頭脳の熱を冷ましたのだ。
今現在、相手しているのは二人だけ。実際に決闘した際にいたのは、三人のはずだ。では、もう一人は何をしているのか。
(恐らく、ヤツが切り札!俺がコイツらに集中している合間姿を消して、俺の隙を狙うつもりか!)
────ならば、お望み通り隙を見せてやる。
そう考えた直後、八咫烏の速度は僅かに落とした。相手に悟られぬように、敢えて攻撃できるように仕向ける。そして、勢いよく飛びかかった箒の一閃を受け、モミジと八咫烏は逃げるように飛び去る。
その背後を狙うように─────銀色の騎士鎧に身を包んだ蒼青龍夜。プラチナ・キャリバー『ナイトアーマー』が、廃墟のビルの上階から飛び出す。盾から剣を抜こうとするその瞬間、八咫烏は咄嗟に首を回転させた。
背部の装甲をパージさせ、キャノン砲を展開する。口からもエネルギーを蓄積させ、二つの熱線をほぼ同時に放射した。
「────!」
咄嗟に、展開した大盾『銀光盾』によって防ぐ龍夜。八咫烏から放たれる高出力の光線を浴び続ける龍夜に追い討ちを掛けようと、そのまま距離を詰めようとした────直後、モミジの視界に広がるモニターに赤い警鐘が鳴り響く。
『…………は?』
気付いた時には、手遅れだった。
翼を広げ、飛行体勢に入ったモミジの背後から────
◇◆◇
────ヤツと八咫烏との生体コネクトを分離する方法は、お前の零落白夜だけだ。それでヤツの背中を攻撃しろ
少し前、塹壕の中で龍夜は一夏と箒にある作戦を話していた。それは、クロガネ・モミジを殺さないように無力化する難易度の高い作戦。その要は織斑一夏と白式であるが、その作戦の過程で龍夜はある仕込みを用意していた。
────攻撃のチャンスは、ヤツが俺の不意打ちに気付いた時だ。二人は俺がヤツを奇襲するまで攻撃を繰り返せ
────何故だ? 一夏が切り札だろう? なら、一夏に不意打ちをさせる方が良いはずだ。
────普通ならな。だが、ヤツは生体コネクトであらゆる感覚を特化させている。普通に奇襲しても即座に迎撃されるだけだ。
攻撃の隙は一つ。ヤツが不意打ちを防いだことで、俺という伏兵に意識を傾ける瞬間────そこを一夏が狙う。俺を認識した瞬間、伏兵の存在が頭から消えた一夏の手でな。
最初は近付くな。距離を保って、接近戦を行う気はないと示せ。それでヤツが俺への攻撃を行い、形態変化をした瞬間────一気に近付いて、仕留めろ。
それが、彼等の用意した作戦だった。
◇◆◇
『───────ッッ!!!?』
言葉にならない悲鳴、絶叫がモミジの喉を伝わっていく。生体コネクトが強制的に解除された。そう感じ取ったのは自らの感覚────八咫烏が思うように動かせなくなったことで生ずる重みである。
自由制御が出来なくなった機体の中で、クロガネ・モミジは何とか立ち直る。予備の生体コネクトを機能させ、『八咫烏』と接続しようとするが────間に合わない。
それよりも先に、此方を掴む手があった。織斑一夏、彼の伸ばした手は機能停止した『八咫烏』を纏うモミジの腕を掴み、その中から引きずり出す。
「────よし!引っ張り出したぞ!」
落ち行く『八咫烏』から助け出したモミジを抱え、一夏は一息着く。クロガネ・モミジは生体コネクトを強制的に解除された影響からか気を失ったように眠っていた。
モミジを安全な場所に連れていこうかと考え、一夏は龍夜へと対応を仰ごうとした次の瞬間─────
「────一夏ッ!」
高出力の白い熱線が、一夏を狙って放たれた。咄嗟に雪羅の防御で防いだ一夏だが、モミジから手を離した隙を突くように黒い影が彼へと飛びかかる。
だがしかし、即座に飛翔してきた箒がモミジを引き寄せる。片手で抱えながら、展開した装甲に一夏を乗せた箒は、その黒い影からの追撃を回避し続けていた。一夏は装甲を掴みながら、此方を狙う影に驚きを隠せない。
「…………『八咫烏』!?」
───八神博士の開発した無人兵器シリーズ。旧世代から現在まで進化してきた新世代を含め、それらには一つの共通点があった。
それは、A.I.が搭載されていること。界滅神機のコアである人工知能ほど優れてはいない量産型のA.I.、本来であれば自我と言うものを有しているはずはないのだが、その無人機『八咫烏』だけは例外だった。
戦争に出る前、調整される直前にネットワークに接続された状態で封印されたA.I.は世界情勢を把握し、勝手に動くことはしなかった。ただ静かに、時を待ち続けた。
─────八神博士が全ての無人機に下したオーダー、人類殲滅の命を叶えるために。そして、自分に都合の良い
クロガネ・モミジ。復讐の為に『八咫烏』を動かす少年に、A.I.は利用価値を持った。この少年を都合よく動かし、この『八咫烏』の部品として使おうと。その為に機械越しに彼の精神に干渉し、汚染した。
だが、その為の部品を奪われた。
ある人工知能が計画した、第二の人類絶滅戦争の日の為の必要なパーツを、よりによって人間相手に。
怒りもない、憎悪もない。
あるのは純粋に、取り返そうと言う感情だけ。その思考だけが『八咫烏』の、A.I.の意思だった。
『────キュルルル!!』
残存するエネルギーを吸い上げながら、一夏達を追い回す怪鳥。生きた人間は、生体ユニットとして必要不可欠だ。是が非でも回収しようとしたあまり、上空への意識が欠如していた。
ザンッ!! と、光剣によって八咫烏が胴体と下半身に切り分けられる。それを行った張本人、蒼青龍夜は次の動きに出た。騎士鎧とは違う、もう一つの形態────加速と超火力に特化した『アクセルバースト』のエネルギーを、剣を納刀した鞘へと蓄積させる。
【OVER ENERGIE DISCHARGE!】
「────ライトニング・ブレイクッ!!」
振り下ろされた光の刃が、まだ動こうとしていた『八咫烏』を切断する。信じられない熱量の、光によって切り裂かれた断面が火を噴き────一つの爆発が、アリーナから伝わった。
爆煙から離れた龍夜はISを解除しようとして、手を止める。此方に降りてきた一夏と箒に背を向けず、彼は遠くの方を見つめていた。そんな彼に、一夏は意を決して口を開いた。
「………終わったのか?」
「ああ、これで終わらせた────そいつとの戦いはな」
どういうことか、問い掛けようとした二人の意識が、ハイパセンサーのアラートを感知する。高熱源体が此方に向かっているのだ。普通のものとは違う、とてつもない熱量の物体が。
それは、目の前に墜落してきた。建物の残骸や地面を削り取りながら落ちてきたそれは、凄まじい熱と炎を帯びた一際大きな蜥蜴のような怪物だった。
───よく知っている。少し前の、ISの戦闘データで話を聞いている。自分達ではなく、仲間が闘った強敵の一人だ。
「────サラマンダー!?」
「………アナグラムのメンバーか。こんな所に来るとは、厄介だな」
排熱蜥蜴 サラマンダー。炎と熱を武器とする、シンプルながら強力な
しかし、サラマンダーから聞こえてきた声は、余裕とは掛け離れたものだった。
『─────テメエら。ソイツを離せ』
「………何だって?」
言っている意味を図りかねた一夏の疑問に、サラマンダーは爆炎を撒き散らすことで返した。周囲のあらゆるものが、炎に焼かれ、熱によって溶ける。その地獄の中で、サラマンダーは怒りにも近い感情を、炎のように放出した。
『三度は言わねェ、とっとと離させねぇと殺す。ソイツに触れるな!!』
「やれやれ…………逆鱗に触れたな」
肩を竦める龍夜は、あることに違和感を覚えていた。士とやらの強い態度、アナグラムは一般人に危害を加えることのない組織とは聞いていたが、ヤツの勢いはそれとは違うように見える。
───大切な仲間に対する反応に近い。或いは、それ以上か。とすると、士はモミジと何か関係でもあるのか。
(不味いな。一夏も箒も、エネルギーを過剰に消耗している…………ヤツとの戦いだけと聞いていたから、仕方はないが。─────増援が来るにも、時間は少し掛かる)
どうする? と龍夜は頭脳を回す。目の前には殺気立った炎のオオトカゲ、後方には疲弊した仲間達。どうやってこの状況を切り抜けようか、と思考していた直後のことだった。
「─────♪」
甲高い、美しい声。その声が一帯に響き渡ったと思えば、突如サラマンダーがよろけた。その音を聴いたであろう士は意識朦朧と言う感じらしく、戸惑いを隠せない声が聞こえてくる。
そんなサラマンダーの目の前に、水の波紋が伝わる。大量の水飛沫の中から飛び出してきた人影は、落ち着いた声で語り掛けた。
「………手荒な事は止めてください。ここで争いたくはない、そう言ったのは貴方でしょう。士」
『ガ、あ────分かっ、てる………悪ィ』
嘆息した人影は、自身の身体に装着していたカオステクターを引き剥がし────変身を解除する。垂れ下がる前髪を軽く払ったその相手に、一夏と箒が唖然としながらも、大声を上げる。
「────ゼヴォド!?」
「申し訳ありません、お三方。私達は敵でありません。少し、お話をさせて頂くことはできないでしょうか」
曾て、敵対していた時とは見違える程丁寧な立ち振舞いの青年────ゼヴォド・ヴォイド。アナグラムのメンバーの一人である彼の問いに、龍夜は静かに応じるのだった。
感想やお気に入り、評価を貰えるとやる気と執筆に力が入ります。是非とも、お願いします(懇願)