「……………それで? アナグラムのメンバーが『
会議室にて、千冬を含めたIS学園の一同が一人の青年を見据えていた。クロガネ・モミジとの決闘が終わった直後に乱入してきたアナグラムの精鋭メンバー
「強いて言うのであれば、私達に害意はありません。何より、これは私と士の独断────アナグラム自体に深い関わりはありませんので、ご理解を」
要するに、自分達の意思でここに来たのであり、アナグラム自体へ関与してないということになる。責任があるとしても自分達だけで、他の仲間は無関係、と言いたいのだろう。
「私達はこの『
「……………ああ、それはよく分かっている」
それが、アナグラムだ。
世間一般では世界に敵対するテロリストと言われている彼等だが、民間人の危害を出すことは少ない───出したとしても、それは敵対する国や軍の過剰な攻撃による結果だったりする。
現に、IS学園を襲撃した際も、区画の破壊は行われたりしたが、人的被害はゼロに近い。怪我人はいたとしても、大きな負傷や犠牲者は一人もいなかった。
その理由は明確─────彼等の行動指針は、世界の平和を守ることだ。あらゆる人を、理不尽に虐げられる者の為に戦う、それこそが組織のリーダー シルディ・アナグラムの掲げた正義なのだから。
「────良いだろう。我々IS学園は、お前達と一時的に協定を組む」
「…………教官」
「言わんとすることは分かる。だが、彼等とは目的が同じだ。下手に争うことは得策ではない。───今回の敵は、アナグラムではない訳だからな」
とにもかくにも、千冬の決定はアナグラムの二人と協力することだった。不用意ではないか、と不安そうなラウラの提言に、千冬はちゃんと答えを返した。
「それはそうと…………一夏さん、箒さん、少しお話ししたいことがあるのですが、宜しいでしょうか」
「え………俺達?」
「貴方以外に、一夏という名前の方はいないはずですが?」
そういう意味で聞いたわけではない、と困ったように頬をかきながらも一夏は口を閉ざす。何を聞きたいんだ、と問うと、ゼヴォドは簡潔に口を開き、疑問を言葉にした。
「────お二方は、シルディ様の行方をご存知ありませんでしょうか」
「………シルディが? 一体何故?」
「先日から、シルディ様の行方が分からないのです。アナグラムにも戻っていないらしく、私が士と行動しているのも、シルディ様を捜す為でもあります」
その事実に二人は顔を見合わせるしかなかった。シルディなら既に何処かへと飛び出したと聞いていた。仲間達の元へと帰ったかと思っていたから、まさか帰っていないとは思いもしなかった。
だが、何も分からない訳ではなかった。心当たりとなることは、二人の脳裏に浮かんでいたのだ。
「あの、な。ゼヴォド────」
そこで、一夏と箒は真実を話した。世界が揉み消した原罪、それによって引き起こされた大戦。国連の保身によって抹消された一つの歴史の中から生き延びた、真実の体現者 シルディ・アナグラム─────八神三琴の背負う宿命を。
「…………成る程、シルディ様にそのようなことが」
「ゼヴォドは…………どうするつもりなんだ?」
一瞬だけ両目を伏せた青年は、静かでありながらも確固たる覚悟と共に告げた。
「────私の正義は、アナグラムの為。シルディ様の為のものです。たとえ、あの御方がどのような道を進もうと、私はあの御方を支えることを止めるつもりはありません。
嘗て私が、あの御方に救われたように」
ゼヴォドの決意に揺るぎはなかった。
世界を敵に回す覚悟は、シルディに誘われた時に胸に刻んだ。たとえどれだけ多くの苦難を迎えることになろうとも、たとえどれだけの人間から敵意を向けられようとも。
「最も、貴方達と戦うつもりはありませんので。ご安心を」
静かに聞いていた一夏と箒に、ゼヴォドは軽く微笑みながら答えた。猜疑心、というよりは僅かに警戒していた二人であったが、前髪から覗く二つの瞳────嘘偽りすら見えない彼の姿を見て、心から信じることにした。
◇◆◇
場所は変わり、小さな病室。
外部の攻撃から病人を守るため地下に配置された部屋には窓というものはなく、光源と呼べるものは天井や壁にあるライトしかない。
薄暗い光に照らされたベッドの上で────クロガネ・モミジは眠っていた。生命維持装置、チューブに繋げられた少年を見下ろしていた人物は、小さく一息漏らした。
「─────モミジ」
加賀宮士、彼は少年の手を握ろうとして────腕の先が欠けていることを理解させられた。八咫烏という兵器を操るために、無理矢理身体のパーツを切り取ったのだ。その事実に、士はただ俯くことしか出来なかった。
そんな彼を、後ろから呼ぶ声があった。
「………モミジがそうなったんは、モミジ自身の意志やで」
病室の扉に背を預けた青年、フユキ・スイゲツ。彼は淡々とした声で告げた。両腕を組んだまま、背を向けたまま立ち尽くす士に話を続ける。
「ナツさんが殺されて、お前がいなくなってから、モミジは外部の人間を憎むようになったんや。ここを護るためなら、手足も惜しくない…………アイツはそう言って、自分の手足を切り落としたんや」
「…………」
「分かっとるわ、お前だけが悪いワケやないって。モミジか変わった原因は、アイツらや。それ以外あらへん────けど、お前が悪くないって話にはならへん!」
言うや否や、フユキは凄まじい気迫を向け、士の胸ぐらを掴んだ。そのまま壁に叩きつけ、弾劾する。
「────どうしてモミジを置いていった!?アイツが、どれだけ追い込まれたんか分かっとるんか!?今更、どの面下げて帰ってきたんや!? オマエはッ!!」
かつて仲間でありながらも、自分達の元から去った青年に、スイゲツは怒りをぶちまけた。それでも言葉を返さない青年に怒りが強まり、殴り飛ばそうと考えた直後────背後からの一声が、静止を掛けた。
「止めなさい、スイゲツ」
「サクラ………ッ!」
「私達は仲間です、仲間同士での喧嘩は止めてください。それに、貴方も理解しているでしょう。士がここを離れたのは、私達が何も出来なかったからです」
「そんなこと、分かっとるわ! けどなぁ!!」
サクラに宥められていたフユキだが、やはり納得できない様子だった。そんな彼を落ち着かせようと口を開いた士は、思わず咳き込む。最初は何事かと思ったフユキも、一瞬で顔を蒼白させる。
咳き込んだ口を押さえた士の手の隙間から、血が少量垂れていたのだ。慌ててフユキやサクラが駆け寄ると、士は口から垂らした血を拭いながら、息を整えた。
「───士!大丈夫か!?」
「あ、ああ………最近、働き詰めでな。疲れが溜まってるんだよ」
「嘘です────自分の生命を削ってますね」
何らかの端末越しに観測したサクラが、そう問い詰める。士は否定する素振りも見せず、胸元からアナグラム固有の兵器────カオステクターを取り出した。
同時に、燃えるように赤いチップを手に持つ。サラマンダー、火の妖精でもあり焔の蜥蜴の名を冠し、その力を内包するメモリアルチップ。それこそが、士の生命を削ったものであった。
「ああ、俺には………適性が無いからな。無理矢理底上げしていても、俺はサラマンダーの力を完全には引き出せねぇ。才能がねぇなら、生命を使うまでだ」
「………何年、使ったんですか?」
「さぁな。多分、もって十数年だろ」
力を求め続けた結果が、それだった。まだ十年は生きれる、士は楽観的にそう告げる。サクラもフユキも、生き別れた仲間の覚悟に、何一つ提言することは出来なかった。
◇◆◇
「…………ふぅん」
一室で起きた話を、鈴音は静かに耳にしていた。最初は興味本位で話を聞いていたが、中々衝撃的かつある程度は納得できる内容が聞こえてきたのだ。
(士だっけ、アイツここの人間だったわけね。アナグラムに加わったのも、ここが狙われたからでしょうね)
かつて敵対した時にシャルロット相手に叫んでいた言葉の意味が、理解できた気がする。この地区で生きてきたのならば、世界の格差に怒りを覚えるのも無理はない。
だが、まさか自分の寿命を削ってまで、幻想武装に固執しているとは思わなかった。ISに普通の人間が対抗するには、やはり生命を消耗したり、人命を無視しなければならないのか、と思わされる。
(ま、ここを守るって任務なわけだし────アイツらを戦わせなきゃ良いだけでしょ。代表候補生として、情けないところばっか見せてらんないしね)
「─────考え事かい?鈴ちゃん」
や、と目の前の廊下に方に立っていたスーツ姿の女性 霧山友華が手を振る。鈴音のクラスの担任であり、マイペースと言うより飄々とした雰囲気が目立つ人物。そう評価しながらも、教師として凄い人だと鈴音は感じていた。
当初は対して認めていなかった、大体の大人に不満を持ったりする鈴音だったが、彼女の事は自分の担任として強い信頼と信用を持っている。
「霧山先生、仕事の方は大丈夫なんです?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。どうせ難しい話し合いなんて織斑センセーとかの方がやりやすいしー。私がいるだけ邪魔になるしねー。今ならお話も色々と出来るよー、鈴ちゃん」
ニハハと笑う女教師が座るベンチの横に、鈴音も腰掛ける。彼女が持っていたペットボトルの一つを貰い受け、ひんやりと冷えきった水を口に含んだ。
「じゃあ、一つ聞いてもいいの?」
「んー、いいよ? 私で良ければ、何でも聞いてくれても」
「───先生ってこの学校の教師だったんでしょ?」
その言葉を聞いた途端、のほほんとした笑顔が凍り付いた。だがそれも一瞬、笑顔を変えることなく、友華は静かに疑問を漏らす。
「どうして、そう思ったのかな?」
「勘。あと強いて言えば、先生がここに来てたから様子が可笑しかったから。罪悪感みたいな、後悔してる感じがしたし」
「…………はは、やっぱり凄いね。鈴ちゃんは」
空になった缶コーヒーを両手で掴んだまま、友華は困ったように笑う。そして肩を竦めながら、隣にいる教え子に全てを明かした。
「そうさ。私はここの教師だったんだ。でも、逃げだした。あの子達を、守るべき子供達を置いて、安全圏まで逃げ出したんだ。卑怯で身勝手な大人なんだよ、私は」
「────嘘」
自嘲するように吐き捨てた担任の言葉を、鈴音は切り捨てた。鈴音は知っている、霧山友華という人の穏やかさを。彼女の優しさと穏やかさから教師として、多くの事を学び、教えて貰った。
だから彼女が、どういう人かも理解できている。
「先生は、我が身可愛さで逃げるような人じゃない。どうせ最後まで残ってたんでしょ。最後まで他の大人達を説得しようとして、ギリギリまで頑張った…………私の知る先生は、生徒思いの人だし」
「…………そうだね。そうやって最後まで抵抗して、結局何も出来なかった」
彼女はそう呟いた。
『
けれど、全て果たせなかった。己の無力さに報いるように教師としての仕事を続けていた友華は、改めて自分の無力さを理解させられた。────この地区のリーダーであり、教え子だったナツハの死、その弟モミジが自分の身体を削ぎ落としてまで力を求める状況になったこと。
あの時以上の絶望を実感した彼女の心には、大きな影が射していた。一つの後悔と、ある渇望が。
「───私に力があれば、あの子達を護れたのに。あの子達の居場所を、護り通せたのに」
「……………」
「前に言っていたね。強くなりたいって…………私も、同じ気持ちさ。強さがあれば、私も見ているだけでならずに済んだのに」
酷く落ち込む担任へ、どう声をかけるべきか鈴音は分からなかった。元より慰めることは得意ではない。そうやって思い悩んでいた鈴音が何とか声を出そうとした直後。
施設全体にアラートが鳴り響いた。─────侵入者の確認と最大級の警戒を示す警報が、彼等の耳に反響した。
◇◆◇
────数時間前。
大企業 クインス・コーポレーション社長 九条アンナは苦々しい顔を誤魔化しきれなかった。今の彼女、ひいてはクインス・コーポレーションは企業的に存続の危機にある。
理由は二つ。軍事産業のトップからの衰退。元々はIS以外の兵器、無人兵器などの開発及び量産化に尽力していた彼女の企業は軍事産業でも相当の位置に立っていた。
しかし、数年前から発展してきたエレクトロニクス機社に全てを覆された。自分達よりも低コストで強力な兵器を売り捌くあの企業を潰そうと、彼女は女性権利団体と一団になって妨害や嫌がらせ、破壊工作を繰り返していた。
だが、エレクトロニクス機社からの告発は世間にも広がり、株価の暴落が起きた。その勢いでエレクトロニクス機社に経済的に追い越された彼女は、兎に角軍事産業で名を挙げようと─────同志から耳にした『
大量の兵器、無人機を生み出す工場が無傷で存在する地区。その価値は恐らく数百億を超える、あの工場を手に入れれば、クインスはエレクトロニクスを超えれられる。彼女はそう信じて疑わなかった。
そして二つ目の理由────成果を、あの地区を手に入れることを急ぎ過ぎた彼女は、ついに武力を行使した。金を払えば何でもするそこらのチンピラ等を使い、『
少なくとも、子供達の事など頭には無かった。女性権利団体の内部でも不安な声が聞こえたが、彼女を含む過激な思想の者達は─────『彼等は法律の外にいる不法居住者。殺したとこで裁かれることはない』と無視に徹した。
その結果、仲間達を殺された現地の子供達が武装し、クインスの雇ったチンピラや会社の無人機を撃退し始めたのだ。人権もない子供相手にしてやられたことに怒り狂った彼女は兎に角、彼等を追い払おうと更に過激な手段に手を染めた。
そして、子供達を率いていた女子を殺害したことで、その報復として彼女のいる子会社が焼かれた。今まで静観していたはずの国連もその悪行を見兼ねたのか、よりによって『
現時点で完全に追い込まれていた。だが、何も無策ではない。『
(その手段も無いわけではない────私としても、手厳しい話だけど)
「─────それで、依頼の内容は以上ですか?」
九条アンナの目の前で、一人の少女が口を開いた。スーツを着込んだ眼鏡の、ビジネスマンのような人物。手に持ったタブレットを弄りながら、彼女はアンナを静かに見据える。
「内容は『
「生死は問わず、ではないわ。確実に皆殺しにして。あいつらが生きていたら、余計なことをされかねない」
「…………善処します。ただし、ボスは気分屋です。人殺しに乗り気ではありませんので、皆殺しはほぼ無理だと思いますので。悪しからず」
淡々と告げる少女に、アンナは強気になり切れない。何故なら彼等こそが自分の立場を守りながら、『
────非正規の傭兵団。しかしその実力は確かである。国の手から離れたISを複数手にした彼等は、実際に名声を上げている。何より彼等が手を汚してくれれば、それで済む。
「依頼に関しましてですが、私達の邪魔はしないようにお願いします。妨害及び此方への敵対行為が確認され次第、契約を即座に破棄─────依頼報酬を二割増額する形で請求します」
「………分かってるわ。その代わり、確実に頼むわよ」
「心配は不要です。貴女は報酬の支払いを考えていればいいだけのこと」
報酬の要求が高すぎることを除けば、信用に足る存在。スーツ姿の少女が立ち去った後、一人っきりの部屋でアンナは含み笑いを浮かべながら呟いた。
「ええ、貴方達が役に立てば、ね。────『アルスター』」
◇◆◇
そして、現在に至る。
『
「────さて、これで全部の対空兵器はブッ壊れたな」
破壊された無人機の残骸を踏みつけたのは、槍を肩に乗せたジャケットの青年。白と青が特徴的な三叉の大槍。神秘的な装飾と見た目を有したそれはただの武器とは違う、異質さを感じさせていた。
彼は耳に付けていたイヤフォン型の通信機を稼働させる。そして、自分の仲間との連絡を取っていた。
「おーし。まずはプラン通り、邪魔になる外周のもんは破壊したぜ。サラ」
『────有り難うございます。これで増援を無事に送ることが出来ます。三人が来るまで、待機してください』
「………いーや。まずは少し攻め込んでみる。三人には合図を送ってから来るようにさせろ」
『…………分かりました。ボスの合図をお待ちします────ですが、無理をなさらないようお願いします』
「ハッ、オレを誰だと思ってんだ? お前らのボスだぜ。無理なんて言葉はねぇさ」
通信を切ってから、男は槍を大きく振り回す。目の前にはレギオンの操る無人機が群を成して殺到してきていた。無機質な機械の軍団の声を聞きながら、彼は歩みを進める。
『───標的一名確認。危険度繰り上げ、防衛ラインの維持と共に、侵入者を排除する』
「一名、一名ねぇ────酷い奴等だな。また省かれてるぜ?」
ニヤリと笑いながら、男は槍を見た。その槍が何らかの反応をしたのか、「違ぃねぇ」と笑みを深める。両手で槍を大きく回し、握り直した男が三叉の白槍を無人機の軍団へと向けた。
「──────色々と訂正してやる。オレじゃねぇ、オレ達だ。そしてオレは侵入者なんて名前でもねぇ。傭兵団アルスターのボス ミナト様だ。 ちゃんと記録しときな、ロボットども」
無人機達がその声を認識した時には、男の背後から大規模な波が巻き起こる────海から離れた街中では絶対に有り得ない水の大波。廃墟を飲み込む程の津波を引き起こしながら槍を振るった男 ミナトは無人機の軍勢を容易く蹂躙するのだった。