────荒廃した草原。
かつては貧民の集落として、その後テロリスト達の拠点として利用されていたその場所は、国連の秘密裏の爆撃で破壊し尽くされ、人の住めるような場所ではないという調査の結果により、正式に立ち入り禁止とされたのだ。
だが、その場所に危害などはない。汚染されてもなければ、不発弾が埋まっている訳ではない。ただ一つ、国連にとって絶対に明かれてはならぬ真実の隠された、禁足地なのだから。
「─────」
灰のように砕け散った残骸の山の上で、シルディ・アナグラムは残骸をかき分けていた。焼け焦げた木材、砕けたアスファルトの破片、手がズタズタに裂けながら、彼は虚ろな顔でブツブツと呟いていた。
「…………母さんも、お姉ちゃんも、ここで死んだ。俺が、俺だけが生き残った………」
自分はシルディ・アナグラム、リセリア・アナグラムのただ一人の息子。そう信じていた自分の脳裏に過る記憶。知らない母と、知らない姉、知らない父との思い出。そして、そんな楽しい記憶以上に、脳に刻まれた─────痛みと苦しみ、拷問の記憶。
「誰が、殺した? アイツら、テロリストか? 国連の、奴等か?─────この世界の、皆か?」
敵を、探す。誰が悪いのか、誰を裁くべきか。誰を、殺すべきか。だが、自分達を痛めつけ、母親を惨殺し、姉を陵辱し、自分を拷問し心を壊したテロリストはもういない。
在るのは、生き残っていた自分と姉をテロリスト諸とも始末しようとした国連の人間達。ならば、彼等を殺すべきだろうか。
自問自答し続ける彼の心に、悪意と善意が渦巻く。シルディ・アナグラムとして、世界を変えなければならない。八神三琴として、世界から切り捨てられた者として、報復しなければいけない。
改めて、問う。自分が一体、どちらの意思に従うべきか。
「俺は、どうすればいい? 俺は─────何と戦えばいい?」
相反する二つの意思。宿命と憎悪に、彼の心は乱されていた。限界を迎え、発狂することも出来た。けど、彼にはそれすら許されなかった。一度心を壊れたこともあり、余りにも頑丈に保っていたのだ。
そんな風に俯いていたシルディが、ふと顔を上げる。涙すら涸れ果てた眼が捉えたのは、遠くに見える黒煙。何らかの爆発でも起きたのか、そう認識するよりも先に、ゆっくりと立ち上がっていた。
「────いかなきゃ」
よろよろと、手首に備えた腕輪にエンシェントテクターを装着するシルディ。自暴自棄になっている場合ではない。多くの人が傷付いているのなら、見殺しにしてはならない。
「俺は、シルディ・アナグラムだから────」
決意を以て、疑心を押し殺し、彼は前へと突き進む。己の歩み道が、修羅にも匹敵する苦難だとも知らず。
◇◆◇
「そんな────俺達の、拠点が」
スイゲツが、燃え盛る廃墟を見て呆然とする。地下にすら届いた破壊の規模は、恐らくレイヴン・レギオンの地下拠点にすら届いていることだろう。一体どれだけの仲間が巻き込まれ、犠牲になったのか。
「あ、あんな爆撃………無事な訳がっ、一体なんで………い、いや、それよりも、アイツら皆生きて────」
「─────スイゲツ」
芯の強い声が、狼狽した青年に投げ掛けられる。錯乱しかけていたスイゲツを一瞬で正気に戻した、サクラの一声。彼女はスイゲツの肩に手を起きながら、的確な指示を下す。
「落ち着いて、まずは連絡を。幸い、まだ回線は通じています。年長組の皆に、避難経路を使ってシェルターに避難するように、伝えてください。一刻も、早く」
「わ、分かった…………すまん、サクラ。取り乱したわ」
「構いません。不安なのは私も同じです────少し、やることを果たしてきます」
穏やかに笑ったサクラは、会談の机の椅子に腰を掛ける。席から立ち上がり、混乱したように硬直したクインス社の社長 九条アンナを見据え、冷たい顔で笑い掛けた。
「─────さて、お話を詳しく聞いても宜しいですか? 九条社長」
「な、なに………? こんな状況で、何を呑気な─────」
「この攻撃、貴女も少なからず関係しているのでは?」
───唾を呑み込む音が、彼女の問いに答えているようなものだった。しかし、九条アンナは素直に答えるつもりもなければ、話し合いに応じる様子もないらしい。咄嗟に胸元から取り出した通信機のスイッチを押す。
次の瞬間、通信機は一撃で粉砕された。バラバラに散らばった部品に、彼女は唖然としたように足元を見て、次に自身の首に当てられた冷たい刃を見る。
エクスカリバーを向けた龍夜は、有無を言わぬと言った気迫を放ちながら、一言。
「────座れ」
「しょ、正気なの!? 私に手を出したらどうなるか────」
「犯罪者に語る道理があるか? 手足を失いたくなかったらさっさと座れ、三下」
この期に及んで女性としての立場を振るおうとする彼女に、龍夜は揺るがない。強迫紛いの行いに困惑する一夏だが、本来ならば止めるべき立場にいる千冬は黙認している────彼等の考えは、既に一致しているからだ。
剣を向けられながら威圧された九条アンナは完全に萎縮したらしく、慌てたように席へと座った。ソワソワとしながらも、彼女は対面しているサクラや、此方を見据えている千冬達へと大声を放つ。
「私は、無関係よ。こんな風に責任を追求される謂れなんて、あるわけ─────」
「そうですか? では何故貴方は、狙撃の警戒をしていなかったのですか?」
「け、警戒なんて! 講和の場所で狙撃なんて考えもしないわよ!? 貴方達がしたんでしょう!?」
「────狙撃が行われたのは西方。丁度貴方の背後に位置するビルからです。…………考えて見てください。私を狙うのなら、背後から撃つのが得策でしょう。貴方の真後ろから、貴方が来訪した方角から狙撃が行われたのは、疑わしいと考えるしかない話だと思います」
そ、それは………と口ごもる九条アンナ。彼女の隣で牽制していた龍夜はその様子を見守りながら、彼女がクロであると確信する。それと同時に、もう一つの疑惑も。
(コイツ、サクラが撃たれた途端動揺した。恐らく、自分自身を撃たせるつもりだったんだろう。それで自分が被害者だと喚き立てる算段だった─────だが、さっきの狙撃はサクラを撃った。確実に、彼女を殺す為に何発も撃ってきた訳だしな)
ならば、一体誰が今の銃弾を放ったのか。彼女の部下、という選択は既に外れていた。部下が誤射したという可能性は、何発もの狙撃によって消えている。
恐らくは、外部の人間の反抗。クインス社、及び九条アンナの策謀を利用した誰かの陰謀だろう。目的は混乱だろうか。だが、講和の場を利用して色々と策謀を企んでいた彼女の事を無視するわけにはいかない。
────ふと、箒が纏う紅椿が何らかの回線を感じ取った。この状況下に戸惑う箒に、千冬が無言で合図を返す。通信を聞け、という意思だと理解した箒は回線を開き、その相手の声に耳を傾ける。
『────さんっ、箒さんッ! 応答してください!』
「っ、ゼヴォドか! そちらは無事なのか!?」
『え、えぇ。微力ながら、皆さんの避難の手伝いをしています!怪我人はいますが、死傷者は出ておりません!』
聞き慣れた凛とした声も焦りを滲ませ、喧騒によって遮られる部分も多い。だが、彼の報告に箒は兎も角、スピーカーによって聞くことの出来たサクラやスイゲツも安心したように一呼吸した。
だが、その安堵も一瞬で消え去ることになる。
『それより聞いてください! 大変な事が、大きな問題が────!』
「………問題だと? 一体何が────」
『さっきの爆撃で、士が錯乱して飛び出しました! そっちの方に、クインスの名を口走っていて────殺気立っていて、極めて危険な状態です!』
詳しく聞こうとした途端、すぐ近くで何かが爆裂した。火薬にでも着火したと思える程の大爆発に、何か大きな物体────クインス社の装甲車が吹き飛ばされる。
目の前に飛来してきた装甲車はひしゃげながらも、熱で熔解しドロドロに崩れていた。その窓から半身を乗り出し、瀕死の兵士────九条アンナの護衛として待機していた私兵が這う。粉砕されたヘルメットの奥の頭部から出血をしながら、兵士は硬直する九条アンナに手を伸ばす。
「しゃ、しゃちょ────逃げ、くだ…………化け、物が」
瞬間、巨大な影が跳躍してきた。装甲車を踏みつけるように着地した影の足元が一瞬で発火し始める。熱で更に溶け始めた装甲車から兵士を掴み、引きずり出すと─────兵士の身体から焼ける音と煙が生じる。
「─────ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
高熱の掌に焼かれ、兵士は喉が裂けるような絶叫と共に悶え苦しむ。悲鳴が弱々しくなった所で、怪物はそれを放り投げる。
誰もが静寂に包まれる。その惨状に顔を反らす者もいれば、険しい顔で見据える者もいる。青ざめたように立ち尽くす九条アンナは腰を抜かしたように尻餅を着いている。
その姿には、見覚えがある。人間のように二足歩行を会得した炎の蜥蜴。しかし、かつての姿とは違い、虹色のエネルギーを内包し、更なる強さを獲得した幻想武装。その持ち主は、今回共に戦ったはずの少年であった。
「つか、さ………ッ!」
『─────クインス、コーポレーション』
全身から異様な程の熱気と灼熱を放ちながら、サラマンダーが歩み出す。それだけで、地面が溶ける。泥でも踏むように歩く金属の蜥蜴は、口から溶岩のような液体を垂れ流す。
吐血しているかのようなその口から、灼熱の異形はおぞましい程に低い声を放つ。執念と憎悪、強い決意に囚われた、宣誓を。
『俺達の、家族を───俺達の家、ヲ─────お前達に、奪わせない』
◇◆◇
────数分前、『
「─────この攻撃は、一体何事でしょうか」
全員が避難を終え、通路をワイヤーで補強した後に離れようとした直後、避難したはずの方角から誰かが走ってきた。
「ちょっとそこの君!」
「っ、貴方は…………IS学園の、教師ですか?」
「───霧山友華だ!既に全員は避難を終えた、後は君も避難するんだ!」
「………失礼ながら、私にはやることがありますので。避難するのなら、貴方がお先に」
自分の心配をしてくれるようで悪いですが、とゼヴォドは付け足す。そのまま背を向けて通路の奥へ進もうとする。しかし、スーツ姿の女教師は荒い呼吸を整えながら前に出る。強い覚悟を示すように堂々と、ゼヴォドに詰めよったのだ。
「悪いが、そういう訳にはいかない! 一人、助けなきゃいけない子が居るんだ! 何としても、あの子と話したいことが、まだ────!」
「…………あの子?」
この地下施設で唯一避難していない人間────それは仲間である加賀宮士ただ一人だ。そんな彼の事を認知しているどころか、まるで知っているかのような反応。
怪訝そうな顔を一瞬で消し去り、ゼヴォドは目を疑うように見返した。
「貴方、まさか。士の話していた『先生』ですか?」
「っ! あの子が、話してたのか!?」
「ええ、聞いております。彼が唯一尊敬する大人であると……………実際にお会いしてみると、彼が尊敬するのも頷けますね。──────案内します。周りに気を付けて」
そう言うと共に、ゼヴォドは通路の奥へと駆け出す。彼の背中を追い掛けていった友華は先の爆撃により崩壊した部屋に気付き、激しい不安に駆られる。
だが─────部屋の中で一人、蹲っていた青年の姿を見て、その不安を緩和させる程の安堵が心に過った。
「士!良かった、無事でしたか!」
「───────撃たれた」
「…………え?」
「撃たれた、撃たれた………アイツらが、皆を攻撃しやがった──────俺達の家を、俺達の家族を」
ブツブツと、呟く声に生気はない。うわ言のように響く言葉は無機質でありながら、粘り付いた嫌な感じが含まれている。
「また、だ。アイツらが、奪っていく────俺達の、幸せを、皆の、笑顔を─────」
「つ、つかさ? 何を言っているんだ? 早くここから離れないと─────ッ!?」
困惑しながら彼を起こそうと肩に触れた友華は、思わず手を離した。ジュッ──という音と共に、彼女の手は一瞬で焼けていた。火傷なんてものではない、焦げたように煙を放つ掌を抑えながら、彼女は見た。
立ち上がろうとする士が、抱き抱えていたモノ─────既にチップを装填されたカオステクターを。虹色の光を放ちながら、彼の胸に固定されたアイテムの存在を。
「奪われる、くらいなら──────こロして、やル」
顔を上げた士の肌に、虹色の光が浮かび上がる。鮮やかな虹の閃光。その綺麗さとは裏腹に見る人に不気味さを感じさせる輝きは一気に光が増すと同時に、彼の全身から凄まじい勢いの爆炎を放出する。
「──────ッ!!」
爆発の如く勢いで炸裂した業火に、ゼヴォドは両手の指で操った糸で防御する。自分の護りには二割程、残り全てを────士を助けようと飛び出そうとする友華を守る為に展開する。
防御を解いた途端、熱気が二人を襲う。辺り一帯、人のいない地下施設は残骸すらも消し飛ばし、灼熱の炎に呑まれていた。地面も金属も、全てが熱に焼かれ、液体へと変わり果てている。
その業火の中で、火竜が巨体を持ち上げた。顔のない無機質な頭部を天に向け、口から灼熱の熔液を溢しながら、何処かを見据える。
『─────殺、す。殺、して、護ル───俺達の、家族、ヲ』
全身に劫火を伴い、周囲を炎で焼き尽くし、灼熱地獄を生み出しながら、サラマンダーの幻想武装を展開した士は突き進む。恩師であるはずの友華の必死な呼び声も耳に入らず、ブツブツと、妄執に囚われたように呟き続ける。
オブリビオン。幻想武装を強化するその力は、人間そのものに作用する。自身の肉体も変質させる程のエネルギーを取り込んだ士は、最早正気ではない。オブリビオンの力は彼の肉体も心も蝕み、意識すらも完全に呑み込む。
────その意識を動かすのは、社会や世界への憎悪、理不尽への怨嗟。それらの負の感情を薪とした、業火の焔であった。
◇◆◇
「─────止まれ、加賀宮士」
プラチナ・キャリバーを展開した龍夜が前に出る。ナイトアーマー、全身を騎士鎧の装甲で覆った彼の姿は防戦に特化した形態であり、全力を出し切れない場合に発動する。
盾を身構えながら立つ姿に、一部の者は気付いた。いつもとは違い、明らかに最大限の警戒を見せる龍夜の様子に。だからこそ、彼等も同じように気を引き締める。
『奪わせない、皆の、幸せを────奪わせ、ナい』
「…………悪いが、コイツは殺させない。『
『──────』
直後、士は言葉を止めた。代わりに、ボゴッ! と炎竜の首が膨張する。ハイパーセンサーに表示されるのは、一気に限界を超える程の熱量を示す反応。閉ざされた口から微かに漏れ出す熱気、それを伴う灼熱はサラマンダーが吐き出すように放った。
劫火を収束させた熱線。龍夜ではなく、後方にいる九条アンナを狙ったその一撃は、白銀の盾によって防がれた。弾かれた灼熱は銀光盾に備えられた機能、『変換機能』によってエネルギーへと変換すると共に吸収される。
「…………正気じゃないな。トチ狂ってるみたいだが、これもオブリビオンの影響か?」
一瞬で龍夜は士の身に起きた異変の正体を予測する。肉体の変化だけではなく、精神にも作用する物らしい。憎い相手が目の前にいるとはいえ、一応共闘関係にあった人間ごと焼き殺そうとするのは、正気とは思えない。
「────全員、気を引き締めろ」
だからこそ、龍夜は皆に呼び掛ける。未だ状況を飲み込みきれてない一夏や箒に、淡々と事実を告げる。冷静に、冷酷に、とある可能性を秘めた内容を。
「俺達はこれから、加賀宮士を無力化する。ヤツは前回の戦いよりも明らかに強くなっている。場合によっては、どんな手を使ってでも止めなければならない」
────言外に、殺すことも視野に入れろ、と告げる龍夜の言葉に、一夏と箒が息を呑んだ。たったそれだけで戦意を整えるセシリア達にアイコンタクトを取り、龍夜はそのまま前へと踏み込む。
火蓋を切る言葉もなく、龍夜は先手を切った。相手が相手なら、卑怯とも呼ばれかねない、不意打ち上等の先制。盾に身を隠したまま突撃した彼は、僅かに盾をずらしながら銀剣を前へと突き出す。
サラマンダーはその一撃を即座に回避した。身体を下げて刺突をギリギリ避けた火竜に、龍夜は追撃として何度か斬りかかる。熱を帯びた装甲に一太刀浴びせられた直後、サラマンダーはその反撃と言わんばかり『──コォォオオオッ』と鳴くと、全身を振り回して暴れ始めた。
野生の猛獣のように、手足を大きく振るい、辺りを破壊していくサラマンダー。龍夜はその猛攻を避けながら、剣を鞘に仕舞い、自作した改造銃の弾丸を浴びせる。
ガガガガガッッ!!! と、サブマシンガンとして機能により、大量の小型弾丸がサラマンダーの装甲を叩く。炎の蜥蜴には通じてる様子もない。舌打ちを吐き捨てる間に龍夜は改造銃────多機能改造銃のカバーをずらし、銃の形状を一瞬で変化させる。そのまま銃身を一段伸ばした改造銃の銃口を向け、サラマンダーの胴体に散弾を叩き込んだ。
『────ゴォッ!!?』
ドンッ!! と、炸裂する散弾の威力に、サラマンダーはようやく声を漏らした。好機と認識した龍夜は何発も散弾を撃ち込んでいく。押し出されていくサラマンダーも怒りを覚えたのか身を捩り、一気に両腕を広げた。
瞬間、サラマンダーの全身から放たれる熱気が辺り一帯に殺到する。シールドに保護されても尚、感じ取れる灼熱の感覚。バキバキと、サラマンダーの背中が膨れ上がり、弾けた装甲の内側から────オレンジ色の腕が複数、伸びてきた。
かつてヴァルサキス事変で交戦した際に、シャルロットが見たという隠し腕。その存在は把握していた。だが─────
(明らかに、数が増えている。────まさか、これもオブリビオンの力。ヤツの幻想武装は、今も進化を続けているというのか?)
ならば、尚更時間は掛けてられない。そう考え、次の行動に切り替えようとした龍夜の前で、炎の触手が唸った。サラマンダーの複数の腕から伸びた灼熱の触手。それはムチのようにしなり、周囲全てを切り裂きながら振るわれる。
『────ゴ ガ ァ ァ ァ ア ア ア ア ア ア ッ ! ! ! !』
前言撤回。最早、猛獣どころではない。これでは動く災害だ。全身を纏う熱気により触れることも叶わず、あらゆる物質も切り裂く程の炎の刃を振り回すその姿は、創作で見られる怪獣に匹敵するだろう。
粘り着いた殺意。憎悪の怒号。アレに、憎い敵を判別できるようには見えない。自分の目の前にいる者全てが敵にしか認識できないはずだ。
止むを得ない、と龍夜が片手を上げる。暴れながら此方に突撃しようとするサラマンダーの姿から目を離すことなく、告げた。
「─────今だ。投げろ」
上空から飛来する複数の物体。サラマンダーはその物体を認識した瞬間、躊躇わず高熱の触手で切断する。それが間違いだとは、正気ではない火竜にはどう足掻いても分からぬ話だった。
直後に、物体の中身────透明の液体がサラマンダーの全身に降り注ぐ。反応するよりも先に、全身に液体を浴びてしまう。当初は無視しようとしていたサラマンダーであったが、すぐに自身に起きた不調に気付く。
『────アが、ッ…………ガがッ!?』
周囲全てを焼き尽くす程の熱を放っていた火竜は、見る影もなく弱り果てていた。厳密には、灰色の金属の装甲から熱気が放出されることはなく、ただ蒸気だけが噴き出しているのだ。
物体、貯水タンクを投げたラウラは納得したように片眼を細める。
「やはりな。アレだけの熱量を持つのだ。急激な冷却を受ければ、発熱することも出来ないようだな」
それこそが、サラマンダーに隠された弱点。水による冷却、正しくは熱を完全に冷ます程の量の水を浴びせることだ。それによりサラマンダーの表面金属、発熱を行う機関が急速な冷却により一時的にショートしてしまう。それにより、サラマンダーは一定の時間、発熱及び排熱も出来ない状態へと成る。
『グ、ググ、ガガガガガガッッッ!!!』
それでも、己の力を封じられても尚、サラマンダーは、加賀宮士は止まらない。無理矢理にでも立ち上がり、内側に溜め込んだ熱を炎として放出しようとする。だが、それだけの隙を─────織斑一夏は逃さなかった。
起き上がった巨体に、青白い刃が炸裂する。『零落白夜』を発動した斬撃。対象のエネルギーを消滅させるその能力は、幻想武装を構成するエネルギーすらも完全に消し去る。
『────ガ、ガガガガガガ────ッッ!!?』
青いプラズマを放ちながら、サラマンダーの身体が爆発した。幻想武装のエネルギーの消滅により、行き場のなくなった虹色の光が虚空へと消える。爆発の中から、幻想武装を失った加賀宮士が意識を失ったように崩れ落ちた。
「…………終わった、のか?」
「ああ、加賀宮士の意識はない。アイツを何とか無力化することが出来た、みたいだ」
ホッ、と安堵する一夏と龍夜。ラウラやシャルロットが気絶した士を保護しようと駆け寄る。その様子を尻目に今後のことを考えようとしていた龍夜だったが、周りを見渡す箒の疑問の声を耳にした。
「待て。士のカオステクターは何処だ?」
声を聞いた瞬間、龍夜は急いで周囲を確認する。爆発により何処かに飛んだ、ようには見えない。周りにその痕跡らしきものもない。理解した瞬間、龍夜は叫んだ。
「────全員、離れろ!!」
しかし、間に合わなかった。ただ一人、近くにいた鈴音だけは士の身に起きた異変に気付き、瞬時加速によりその場からいち早く離脱できた。
咄嗟に離れようとしたセシリア、シャルロット、ラウラが、士を起点とした強い熱波に襲われる。吹き飛ばされた彼女たちを心配する一夏や龍夜だったが、ふと士が立ち上がる。
カオステクターを肉体と同化させながら、彼は口を開き、叫んだ。
「─────ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ ッ ! ! ! !」
地面すら溶かす熱の中で、加賀宮士は再起する。全身に虹色の光、オブリビオンの力に侵食されながら。己の命を薪にくべ、更なる炎に身を纏うのだった。