IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第86話 新たなる戦いの火種

「────目が覚めたか、友華」

 

「………千冬先生じゃないか。寝てるところを見せてすまなかったね」

 

 

静かな部屋の中で目覚めた友華はいつもの調子で語りながら、周囲を確認する。色というものが多くは存在しない、真っ白な部屋。家具は色々と用意されているが、その部屋には違和感しか感じなかった。

 

扉自体も厚いものに見える。鍵もない此方にはない。恐らく、反対側に配置されているのだろう。

 

 

「────成る程、そういうことか。まぁ、私の立場からしては当然だろうけど」

 

「分かっているのか、全てを」

 

「まぁね。一人だけとはいえ、テロリストに与してたんだ。加えてあの女を殺そうとした…………それでも拘留ものだろうしね」

 

 

肩を竦める友華は、達観したように笑う。何も気にしていない、少なくとも自分の立場を理解しているかのような口振りだ。

 

腕を組みながら、千冬は彼女が眠っていた間の記憶を語る。

 

 

「友華、お前は三日も眠っていた」

 

「…………そんなに寝てたのかぁ。その間にもう全部終わってたり?」

 

「ああ、九条アンナは国連の執行機関により移送され、その後多くの罪を公的に暴かれた。最初はヤツも反省せずにサクラ達のせいにしていたが、ヤツ自身の命令の証拠を見せられたら流石に諦めが付いたらしい。罪状としても無期懲役だろうな」

 

「────ふん、あの女が外に出れないことを喜ぶべきだろうね」

 

 

死刑を望む程薄情ではないが、正直言えば死んで欲しかった。だって彼女は命令した立場とはいえ、何十人もの子供を死に至らせたのだ。

 

だが、考えを改めれば、九条アンナのような小物が一生外部に出ることが無いのは吉報であった。外に出たあと、サクラ達が八つ当たりで襲われる可能性もあるからこそ。

 

 

「で、私は? 死刑か無期懲役、或いは一生檻の中かもね。少なくとも、それくらいが残当か」

 

「…………いいや、公的に言えばお前は無罪だ」

 

「─────はぁ?」

 

 

呑気に背中を預けた千冬の言葉に、友華は困惑するしかなかった。どう考えても無罪であるはずがない。そう言いたげな彼女に、千冬はその理由を語った。

 

 

「───先日、アナグラムのシルディから国連に対して通達が入った。…………お前を重罪で裁くことは許容しない、とな」

 

「…………」

 

「理由を聞けば────加賀宮士の遺書で頼まれたらしい。お前が責任を問われた際、何とか助けて欲しいと」

 

「……………何で」

 

「それだけではない。国連はお前を裁く場合、その事情も考慮しなければならないと。今回の件は日本という国家の歪み、それを容認した国連への影響が鑑みられる。子供達に愛される優しい教師が犠牲になった子供の為に、復讐しようとした────そういうことも含め、国連はそういうシナリオにしたのさ」

 

 

要するに、自分達の責任を追及される訳にはいかなかったのだ。彼女の立場を聞かされた者達、世間の大半は同情した。それ故に、彼女や『隔絶区域(コードレス・エリア)』の実態を見逃していた国連は表立って裁くことはせず、無罪にすることしかできなかったのだ。

 

だが、完全に無罪というわけにもいかない。その結果、理事長の意見もあってのことか、IS学園の地下に配備されたエリアの一つ、監獄の一つで拘留することになった。解放されるのは、恐らく数年近くだろう。

 

 

「…………それと、お前の生徒達が面会を求めているぞ。(ファン)を含めた、二組の生徒達全員がな」

 

「………」

 

「お前が良ければ会って話してやれ。自分のことを責めているのは理解するが、お前を慕う子供達がいることを忘れるな」

 

 

俯いて、沈黙を貫く彼女に千冬はそれ以上言うことはなかった。静かに机の上に何かを起き、部屋から出ていくのだった。

 

何分か、何時間か。彼女は長い時間、口を閉ざし続けていた。ふと立ち上がった友華は机に並べられた紙───封筒を目にする。

 

 

「─────手紙?」

 

 

封筒の中には、四枚の手紙が折り畳んで入れられていた。戸惑いながらベッドに腰を掛け、彼女はその手紙の一つを開く。

 

すると、見覚えのある文字が目に入った。

 

 

『霧山先生へ。

 

 

積もる話はありますが、先生の御心中お察しします。貴女は誰よりも、私達のことを考えて下さって、苦心していました。だからこそ、貴女の行いを咎める権利は、私にはありません。─────きっと、すぐには会えないでしょう。ですが、また御逢いできたら、その時は私達の先生として多くのことを教えて下さい。

 

 

サクラ・レナーテより』

 

 

ふと、喉が震える。自分の教え子の一人、サクラからの手紙だ。読む資格はないと思いながらも、彼女は静かに内容に目を通した。

 

サクラ・レナーテ。ナツハと共に子供達を導いてきた年長者の一人だ。いつも穏やかで聡明な子だと、よく覚えている。サクラにも迷惑を掛けてしまった、そんな後悔と共に彼女は次の手紙を手に取る。

 

 

『霧山センセへ。

 

 

まず言うけど────悪かったです。自分、何もかも出来る大人みたいに考えてました。自分らがちゃんとすれば、今度こそ皆を守れるって、思ってたんです。けど、士の心中も先生の心中も、何一つ分かっとりませんでした。

 

やけど!センセもやり過ぎってもんすよ! センセが死ぬと思って、サクラのヤツ泣きじゃくってたんっすからね!? 帰ってきたら、サクラのヤツを甘やかしてやってくださいよ!?自分はその後でいいんで!!!

 

 

センセの教え子 フユキ・スイゲツより』

 

 

耳が痛い事実だった。フユキも本来であれば、能天気で自由気ままに過ごしていたはずだ。年長者として責任感を持ち、大人らしくなったのだろう。嬉しいと思う反面、自分の無能さが実感させられた。

 

今度会うことがあれば、必ず謝らなければ。そう決意を改め、三枚目の手紙を読み始める。

 

 

『霧山先生へ。

 

 

お久し振り、先生。俺、全部聞きました────士にぃのことも、先生のこと、全部。あの、俺………先生が生きてて、良かった。だから、また、あいたいです。

 

 

クロガネ・モミジ』

 

 

眼が、霞んで見えた。涙脆くなってしまった、と彼女は目頭を拭う。あの子、モミジはまだ子供だったはずだ。なのに、自分の身体を改造してまで戦うことを選んだ。

 

姉を失い、そしてまた義理の兄も失った。なのにあの子は、悲しむこともせず、自分のことを案じてくれたのだ。情けなくて、仕方がなかった。

 

 

そして、四枚目の手紙────遺書と綴られたそれを眼にした途端、友華は呼吸すら忘れ、内容を改めるのだった。

 

 

『先生へ。

 

 

────こうして遺書を、先生に遺します。俺は、きっと満足には死ねません。先生も皆も、きっと悲しむでしょう。けど、俺は止まれません。俺はあの日、シルディの勧誘を受けたあの日から、アイツの夢を、理想の手伝いをしたいから─────俺は、死ぬまで戦い続けます。シルディの言う、真の平和の為に、仲間達の、サクラやフユキ、モミジ達の居場所を守るために。

 

不甲斐ない教え子で、申し訳無い。先生は俺の夢を、『偉くなって皆を幸せにするって夢』を後押ししてくれたのに、最後の最後まで、俺は先生に恩を返せませんでした。

 

シルディには、先生を助けて欲しいと頼みました。アイツはきっとそれを受けてくれる。俺達のリーダーで、俺が支えると誓ったアナグラムの希望だから。

 

 

…………だから、先生は教師を続けてください。俺達のように、子供達を導いてください。多くの子供達に手を伸ばして、多くの幸せを与えてください─────それが、今の俺の願いであり、俺の夢なんです、

 

 

────最後まで読んでくれてありがとうございます、先生。どうか、御幸せに。

 

 

士より』

 

 

「──────ぅ、っ」

 

 

その手紙を前に、友華は大粒の涙を溢した。手紙を握り潰す程の力が入ってしまい、クシャクシャになった紙が涙で濡れてしまうことも考えられない。

 

後悔しかない。自分が感情に任せ暴走した結果がこれだ。無力な自分に嫌悪し、彼等の意思を肩代わりした気で復讐を為そうとしていた。あの子達が、復讐なんて望むことがないと、言われたのにも関わらず。

 

 

「ごめん………ごめん、つかさ。わたし、何も………知らずに、つかさの思いも、知らずに………………わたしはっ」

 

 

一人の教師、霧山友華は己の歩むべき道を再認識した。自身がどれだけ罪深い身だとしても、教え子達の願いに応えるために。

 

 

◇◆◇

 

 

学園の保健室。

十二時を迎える頃に、二人の怪我人は解放されることになった。先の戦いと火傷と軽傷を負った龍夜と鈴の二人だった。

 

 

「はぁー、やっと動けるわ。憂さ晴らしに一夏に勝負でも吹っ掛けようかしら」

 

「…………その前に、休んだ分の遅れを取り戻す必要があるな」

 

 

右腕を軽く回す鈴の言い分に付け足すように口を開く龍夜。う、と露骨に嫌そうな顔をする彼女の気持ちは分からんでもない。

 

夏休みが終わったばかりとはいえ、三日間も保健室で安静にしなければならなかったのだ。その分の授業の内容も頭に入れておかなければならないかもしれない。

 

二人して職員室にいる千冬に怪我の完治の報告をし、彼女から昼休みついでに昼食を取ってこいと言われる。因みに三日の遅れに関しては「怪我したのは自業自得だから、織斑や他のクラスメイトにノートでも借りろ」との事だ。相変わらず優しさが欠片もない、涙の出る御言葉だ。

 

 

そうして昼食の為に食堂に行くと、仲間達が出迎えてくれた。

 

 

「───龍夜! 鈴! もう怪我は大丈夫なのか!?」

 

「…………まぁな。火傷と打撲だけだから軽く済んだ訳だ。最も、俺達の火傷は酷い方だったらしいがな」

 

 

軽く答え、手にした昼食────大盛りの牛丼を食べ始める龍夜。隣に座るセシリアは心配そうにソワソワしていたが、同じく隣で食事をしていたラウラはふと気になったように視線を向けてきていた。

 

 

「…………あれ程の火傷がもう治ったのか。やはり並々ではないな、ナノマシンによる治療は」

 

「……………そうだな」

 

「……………うん、そうよね」

 

「? どうしたんだ、二人とも。凄い元気がないぞ?」

 

 

途端に遠い目をして視線を反らす二人。彼等の様子に全てを察したラウラが口を閉ざすが、何も知らない一夏達は困惑するしかない。そこでようやく、龍夜が重い口を開いた。

 

 

「俺達二人の治療の為に使用されたのが、治療用ナノマシンというヤツだ。細胞の再生を活性化させる効力がある、だからこそ俺達は三日で完治した訳だが…………」

 

「………? 何か問題でもあるのか?」

 

「─────死ぬ程痛い」

 

 

キッパリと言い切る龍夜の顔は本気だった。冷徹かつクールである龍夜が漏らす泣き言のような言葉に、流石の一同も聞き返すしかなかった。

 

 

「ほ、本当に………?」

 

「打った直後は何もないんだが…………三十分もしたら激痛が押し寄せてくる。あの痛みは、流石に笑えない」

 

「………ホンットに、何であんなに痛いのよ。痛すぎて泣きかけたくらい、もうアレは懲り懲りだわ」

 

 

二人して激痛を味わった時を思い出したのか、青ざめている。基本的に弱みを見せようとしない龍夜と鈴の怯える様に、信じざるを得なかった。

 

 

「そ、そんなに痛いのか………あんまり怪我しないように気を付けないとな」

 

「────安心しろ。一番ナノマシンのお世話になるのはお前だからな、一夏」

 

「いや何でだよっ!?」

 

「…………考えるよりも先に行動に出るお前の事だ。怪我なんてしょっちゅうだろ。お前『福音』の時のこと忘れたのか?」

 

「……………うっ」

 

 

咄嗟に密漁船を守るために動いたり、近くにいた箒を庇ったことで意識不明になった男なんだから気を付けろ、と龍夜が言外に示すと、一夏は反論の余地すらなかった。最も、それらの行動を咎めているつもりはない。他人を守るために自分が前に出るタイプだから理解しておけと言いたいのだ。

 

 

「それよりもさ、私とてはアンタが怪我したことが驚きだわ」

 

「…………俺が?」

 

「だって、普通に強いし、容赦ないしね。正直アンタが怪我するとか、油断でもしなきゃ有り得ないし────先生のことで躊躇でもしたのかと思ったわよ」

 

「………………そうかもな」

 

 

冗談のように口にした鈴の言葉に、深く考えた龍夜は素直に肯定した。それには全員が、口を開いた鈴本人も驚きを隠せなかったらしい。

 

唖然とする仲間達の視線を受けながら、龍夜は当時の心境を振り返るのだった。

 

 

「───俺はあの時、サラマンダーを撃破することだけを考えてた。だが、刃を振るった直後、あの人の事を考えた結果、一瞬だけ迷ったんだ。…………俺の一撃が、あの人を死なせるかもしれない、と」

 

「…………」

 

「無意識だったな、アレは。昔の俺ならば、きっとあそこで躊躇することはなかった。ずっと自問していたが、ようやく理解できた」

 

 

今まで感じてきた違和感。かつての自分と照らし合わせた結果、認識することが出来た事実。それを龍夜は呆れたように呟くのだった。

 

 

「────俺は少し、変わったらしいな」

 

 

◇◆◇

 

 

真夜中。鮮やかな建物の光によって映し出される町並み。カラフルな輝きが広がるその光景は、夜中にしか見ることの出来ない鮮やかさを醸し出していた。

 

 

「───美しい夜景ですわね」

 

 

クスリ、と笑いながら一人の女性がそう告げる。高層ビル、高級レストランのような雰囲気のその場所には多くの机や座席が配置されるが、使用されているのは一つのしかない。

 

朱く染まるワインの入ったグラスを揺らしながら、紫のドレスを着こなす金髪の女性は対面に居座る男へと語りかける。

 

 

「誰も思いはしないでしょう。この街や夜景も含めて、人工敵に作られた大規模都市の一つであることは…………ねぇ、倉持氏」

 

「…………ああ、そうだとも。だが、そんなものは然して重要ではない」

 

 

黒いスーツを身に待とう男 倉持徹(くらもちとおる)はステーキを切り分けながら、淡々と語る。この場にいる二人が認知している事実、このビルを含め────周囲の街には誰もいない。これら全てがとある目的の為に、ほぼ完璧に寄せられた巨大無人の都市の一つなのだ。

 

そして、この無人都市には更なる秘密が隠されている。

 

 

「この都市の本来の価値、それは外部と隔絶することが出来るシールドバリアにある。外部との通信やモニターすら許されない────そしてここでは、ISを使用しても国や他勢力に察知されることはない」

 

「───何故なら、この都市はISの実戦訓練の為に『クインス・コーポレーション』に開発されたものだから、でしょう?」

 

「その通り。だからこそ、必要不可欠なのだ。私の掲げる、『計画』の為にもな」

 

 

クインス・コーポレーションが開発したこの都市を、倉持徹────倉持技研が手にすることが出来たのは、密かに手に入れたクインス・コーポレーションの汚職の証拠があったからだ。

 

社長を失い、会社としての立場が揺らぎかけた彼等に対する要求はアッサリと通った。汚職の証拠と引き換えに、この都市の利権を手にすることが出来たのだ。────クインスに裏切られた傭兵団に支払った依頼料は馬鹿にならなかったが、倉持徹にとっては安いものだった。

 

 

「この都市を手に入れられたのも努力の賜物────最も、君達の力がなければ叶わなかったことだがな。ミューゼル氏」

 

「先行投資、というものですわ。私達も貴方の研究に興味がありますので」

 

「───それも『フェイス』による指示か? 亡国機業(ファントム・タスク) 実動部隊 モノクロームアバターのリーダー、スコール・ミューゼル」

 

 

そう言われ、亡国機業のメンバーである女性 スコールは笑みを深める。今回の騒動、クインス社の失墜はこれが理由であった。クインス社の所有する無人都市を手に入れようとした倉持徹、彼は亡国機業と取引をし、クインス社を失墜させたのだ。

 

隔絶区域(コードレス・エリア)』の一件は、倉持徹にとっては見逃せない事だった。クインス社を倒産に追い込み、その資産を奪う口実の隠し簑にも、実に都合が良かった。

 

 

今回の事件で、得をしたのはIS学園でもなければ、自治権を獲得した『隔絶区域(コードレス・エリア)』でもない。忌まわしく思っていたクインス社を倒産に追い込み、彼等の資産を奪った倉持技研の所長 倉持徹だったのだ。

 

 

 

「アメリカでも有数とされる一族、ミューゼル家の人間。百年も前に、突然反映した血族の代表者。私としても気になるが、『計画』の邪魔をするのならば排除せねばならん」

 

「その計画とは、貴方が尽力している『新世代』の開発。男性が使用することを前提とした最強のISですわね?」

 

「…………国連の奴等か。私には細心の注意を払えと言っておきながら」

 

 

切り分けたステーキの肉片を頬張りながら、倉持徹は自身に資金提供や援助を行う国連への呆れや不満を隠さない。機密を徹底しておきながら、この体たらく。世界の秩序を第一とする国連も落ちぶれたものだ、と溜め息を漏らす。

 

 

「私個人としても、その計画には関心がありますから。そこでもう一つ、取引をしません?」

 

「………取引、か」

 

「────『時結晶(タイム・クリスタル)』さえあれば、ISコアを開発できるでしょう? 私達が所有する十個の『時結晶(タイム・クリスタル)』を差し上げますわ」

 

 

ISコアは現在、造り出すことが不可能とされているオーパーツ。その技術を知る篠ノ之束が身を隠している今、ISコアの開発は現時点で国連すら行き詰まっている事態なのだ。

 

 

「完成したコアの五つは勿論お返しいただければ、その代わりに残りのコアは差し上げましょう。お好きのものを選んで下さるかしら?」

 

「…………ミューゼル氏。確かにISコアは価値のあるものだ。しかし、それはISコアとして完成したものであり、時結晶自体は珍しいが他の企業も欲しがる代物ではない。それこそ、ISコアの開発技術があれば話は別だが────」

 

「あら、既に把握しているでしょう? 始まりのIS 白騎士の開発に携わった一人であり、現体制の崩壊を望む貴方の協力者から」

 

「……………」

 

 

事実である。倉持徹は極秘裏に、ISコアの開発技術を獲得している。その人物は篠ノ之束ではない、彼女と同じ八神博士の弟子であり、同じくIS開発に協力した少年『ザック』────その名を棄て、暗躍している男 アレックス・エレクトロニクス。

 

『現時点の体制、システムの破壊』、その一点で理解し合えたアレックス・エレクトロニクスと倉持徹は協力関係を結んだ。倉持徹は日本で得た土地をエレクトロニクス機社に提供し、アレックスはISコアの技術を倉持徹に引き渡した。

 

 

この事実は誰とも共有していない。だが、スコールは全てを理解している。いや、察知したのは彼女を利用する『亡国機業』の王、フェイスだろうか。

 

 

どちらにしても関係ない。自身に差し出された手を前に、倉持徹は深い溜め息を漏らした。

 

 

 

「────私は女が嫌いだ」

 

「ええ、存じておりますわ」

 

「身勝手で高慢、女性が優れていると言いながら結局はその女性すらも理不尽に扱う。何より私は、奴等に幸せを奪われた。─────家族を死に追いやったこの世界の在り方を、私は誰よりも嫌悪し、憎んでいる。だからこそ、私は『計画』を国連に提示したのだ」

 

「…………重々承知ですわ。貴方の心境、察するものばかりでしょう」

 

 

倉持徹は、大の女嫌いだ。

ISという力を使える、女性だけを絶対とし、それだけで威張り散らし、平然と見下す者達。今の世界を女尊男卑の世界へと変え、その情勢に甘い汁を吸って満足している連中。それこそが倉持徹の嫌悪対象であり、いずれは滅ぼすべき存在なのだ。

 

 

 

「────だからこそ、私は君を買っている。スコール」

 

 

先に言った通り、倉持徹は全ての女性を嫌っているわけではない。現に倉持技研のメンバーの大半は女性であり、彼が白式の開発を一任した副所長もれっきとした女性である。

 

彼が嫌悪する者は、女性であることに固執し、他人を見下し、傲慢になる者であり────差別も身勝手なこともしない女性を露骨に忌み嫌うことはない。相応の実力のある者も、誰だあろうと重宝する。それが、倉持徹の揺るがぬポリシーであった。

 

 

「差別主義者でもなければ、片方を優遇する訳でもない。全てにフラット、平等に評価する。時には人助けも厭わない、正しく雨のように気ままな性格─────立場に固執する愚かな女どもとは違う、明確な強さを感じる。だからこそ、君は信用に値する…………私の勘が、そう言っている」

 

 

それ故に、彼はスコールという女性には感心していた。第三次世界大戦が終わり、女尊男卑の当初から、差別すらせず、自身を貫き通した彼女には、興味感心以上に、信頼があった。

 

 

「─────交渉に応じよう。だが、開発したコアを君達に送るのは『計画』の直前、それで構わないかな?」

 

「是非ともそうしていただければ。私としても計画の進行を、『新型』の実力を見てみたいですから。………出来ることなら、席を用意していただいても?」

 

「構わない。ただし、君一人だけだ。恋人や後輩は、残念ながら難しいがね」

 

 

そう告げ、立ち上がった二人の男女は握手に応じる。穏やかなポーカーフェイスを浮かべ、互いに言葉を交わすのだった。

 

 

「────それじゃあ、また会いましょう。倉持氏」

 

「────ああ、此方こそ。良好な関係を築けることを期待しよう。ミューゼル氏」

 

 

御馳走様です、と悠々と歩いていくスコールが見えなくなってから、倉持徹は席に着く。口元に着いたソースを丁寧に拭き取り、前に置かれていたワインをグラスへと注ぐ。

 

グラスを口元に近付けた瞬間、彼しかいない空間に一つの声が響き渡る。

 

 

 

「─────お父様」

 

 

入口に立つ、一人の少女。紺色の長髪を長く整え、気品のある雰囲気を滲ませる優美な少女。しかし、その顔は人形のような冷たさを感じさせ、クールというよりも大人しいといったものに見られた。

 

 

「美怜か。コアの方は?」

 

「先程、受け取りを確認しました。そちら全てを研究機関、『叡冠至宝《クラウン・ジュエル》』の方々に送り届けました」

 

「…………ご苦労、書類をここに」

 

 

彼女に目を向けることなく、そう指示する倉持徹。少女 美怜は意を決したように歩み寄り、手にしていた資料を机の上に添える。

 

資料を手放した後、美怜は気になったようにふと口を開く。

 

 

「…………お父様、本当によろしいのですか?」

 

「何がだ?」

 

「あの女の人と、亡国機業と取引をするなんて…………下手したら、お父様が利用されている可能性もあります。不用意に信用する訳には─────」

 

 

 

「──────私が何時、意見を求めた?」

 

 

瞬間、倉持徹は細めた眼で見据える。冷徹を通り越したその眼差しに、美怜は呼吸すら忘れてしまう。直後にハッとした彼女は唇を噛み、即座に引き下がる。

 

 

「───っ、ごめんなさい! お父様!」

 

「…………悪かった、強く言い過ぎた。だが、謝るな。私は別に怒ってはない」

 

 

額に手をやり、そう言う徹だが、美怜は怯える様子を押し殺しているようだった。半ば何か言いたげな倉持徹だったが、諦めたように話を戻した。

 

 

「確かに、お前の懸念することは理解している。だが、我々は新たなるコアを求める必要がある。その為に、亡国機業(ファントム・タスク)との取引は必要不可欠だ」

 

「ですが、コアならば国連が提供してくれるのでは………」

 

「────使いまわしでは、駄目だ。私達が造る『新型』、更なる第四世代は従来のISを超越するものでなければならない。そこいらの企業が開発した第二世代、第三世代のものとは違う─────完全なるオリジナルを」

 

 

その為であれば、テロリストとも手を組もう。そう宣言する倉持徹の覚悟、決意は相応のものだ。

 

 

「………美怜。新型、『ディアボロス』との適合率は?」

 

「…………ある程度、順調です。まだ、完全に慣れてはいませんが────それでも、頑張りますので………!」

 

「────身体の調子も考慮しなさい。お前もまだ、ISへの抵抗がまだ改善されていないだろう」

 

「……………はい、お父様」

 

 

俯いたまま、美怜は「………失礼します」と小さな声で扉から出ていく。複雑そうな表情だった倉持徹は自身の中で渦巻く思いを呑み込み、ふと資料を手にする。

 

 

「────『戦城』と『陰楼』はあと数ヵ月もすれば完成、『極天』はまだデータが必要…………『滅星崩龍』は半分、か。まぁいい、時間も資源もまだある。三機のパイロットも、『計画』に賛同している訳だからな」

 

 

資料のデータを見通していると、ふと彼の手が止まる。それは本来、彼の専門ではないとあるISの経過報告、戦闘データの書類であった。

 

 

「────白式、か」

 

 

レポートのような文章と共に載せられた写真、白式の戦闘を記録する光景。ISを纏う織斑一夏というより、彼の纏う機体を見据え、倉持徹は────不機嫌そうに顔を歪める。

 

 

「─────旧式の、失敗作風情が」

 

 

忌々しいと言わんばかりに、資料を放り棄てる倉持徹。その彼の顔には、ドスの効いた低い声には、白式に対する強い侮蔑、嫌悪────激しい怒りが滲んでいた。

 




次章予告。


学園祭編、次回から開幕となります!
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