IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第88話 学園最強の生徒会長

日が経った後、SHRと一限目を使った上で、IS学園で全校集会が行われることになった。その内容は大方、今月にある学園祭についての話だろう。

 

 

(しっかし、これだけ女子が集まると………)

 

(─────喧しい。耳が痛くなる)

 

 

IS学園の生徒の大半、というか二名を除けば女子しかいない。清酒盛りの少女達に大人しくしろ、というのが無理なことだろう。そんな状況ではない一夏は若干引き気味であり、龍夜に至っては天井を仰ぎ、仮病にして休めば良かったと後悔しているくらいだ。

 

 

「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます」

 

 

生徒会役員の一人が静かに告げた途端に、一斉に静寂へと包まれた。引き潮のように、一瞬に消え去った静寂の中、一人の少女の声が響く。

 

 

「やあみんな、おはよう」

 

 

壇上に立ち挨拶した女子に一夏は見覚えがあった。昨日、ロッカールームに現れた少女。二年生のリボンから先輩だったのかと感心した一夏はふと隣にいる龍夜を見る。

 

────露骨に嫌な顔をしていた。嫌悪、とまではいかない。だが気に入らないと言いたげな表情に、流石の一夏も困惑を隠せない。

 

 

「────さてさて、今年は色々立て込んでてちゃんとした挨拶がまだだったわね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長、生徒会長よ。以後、よろしくね」

 

 

にっこりと笑う生徒会長。その笑みは優しく、何処か蠱惑的と思えるものまで感じさせる。実際に女子生徒の何人かは魅了されたのか、熱っぽいため息が漏れた。

 

 

「では、今月の一大イベントの学園祭だけど、今回は特別の限定ルールを導入するわ。その名も──────」

 

 

楯無が取り出した扇子を開いたと同時に小気味いい音が響いた。かと思えば、背後のディスプレイに写真がデカデカと映し出される。織斑一夏と蒼青龍夜、二名の男子生徒の写真が。

 

 

「え………」

 

「…………は?」

 

「名付けて────『各部対抗男子争奪戦』!!」

 

 

今度こそ、女子生徒全員の叫びがホールを揺るがした。一夏は事態を理解できずに呆然としており、全てを理解した龍夜は「………はぁぁぁ」と頭を抱えてしまった。

 

そんな二人は、自分達を見る全員の視線に対応する余裕などない。

 

 

「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし今回はそれではつまらないと思い────」

 

 

ざわめきを宥めた楯無は更に微笑み、扇子で一夏と龍夜の方を指し示した。

 

 

「織斑一夏、蒼青龍夜、この二名を一位の部活動に強制入部させましょう!」

 

 

今まで以上の爆音が響き渡った。

 

 

「うおおおおおおっ! やったぁあああ!!!」

 

「こうなったら!やるしかないわね! 全力で!!」

 

「それじゃあ早速、今日の放課後に作戦会議よ!!」

 

「目指すは一位! それ以外は有り得ない!!」

 

 

大興奮して活気に溢れる女子一同。最早付けられた激情の火は簡単に止められる訳もなく、既に100%乗り気で間違いはなかった。

 

 

「な、なんかヤバイことになってないか……? 龍夜?」

 

「…………頼む、何も言うな。俺だって理解したくない」

 

 

これから起こり得る未来を想定した一夏と龍夜は互いに嘆息するしかない。久し振りに、心の底から共感できる日が来ると同時に、お互いがいて良かったと本心から安堵した。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、授業が終わり、放課後の特別HR。学園祭の出し物としてクラスの催し物を決めるための和気あいあいとした談義が行われていた。あくまでも、女子達の中でだが。

 

 

「…………えーと」

 

「……………」

 

 

ふと、一夏が助けを求めるように龍夜を見る。当の本人は呑気に窓に視線を向け、現実逃避に勤しんでいた。少しでも事なかれ主義を貫くつもりらしい。

 

クラス代表として意見をまとめなければならない一夏は黒板に挙げられた案に目を通す。

 

 

内容の殆どが、『織斑一夏と蒼青龍夜のホストクラブ』、『蒼青龍夜とツイスター』、『織斑一夏と王様ゲーム』、等である。最早、個人の欲望ばかりで話にならない。これを目の当たりにした龍夜はさっきも言った通り、現実逃避を始めたのだ。

 

クラス代表として、織斑一夏が下すべき判断は一つ。

 

 

「────取り敢えず、全部却下!!」

 

「えええええええ───っ!!」

 

 

断言した一夏に炸裂するのはブーイングの大合唱。一夏としてはブーイングをしたいのは此方だ、という意見を呑み込む。むしろこれが通ると本気で思っているのか。

 

 

「アホか! 誰が嬉しいんだよ、こんなの!」

 

「私達は嬉しい!間違いないね!」

 

「イケメン二人だし、出し物にしたら優勝確実よ! 間違いない!」

 

「実質IS学園のマスコットと言っても遜色ないし」

 

「───正直二人がメインならどうでもいいよ! 私たちも楽できるし、Win-Winじゃん!」

 

 

これはもうお手上げである。取り敢えず役に立たない龍夜とは別に助けを求めようと担任の方を見たら、いつの間にか姿を消していた。逃げやがった、と姉の事を思い浮かべた一夏は半ば直感で察する。

 

残っていた山田先生も、呑気に様子を見ている。多分ここで介入を求めても事態を余計なことにしかねない。何故だか分からないが、一夏はそう察知するしかなかった。

 

 

ふと、龍夜が立ち上がる。静かに嘆息する彼に気付き、クラスが静寂に包まれた。きっと何か助け船を出してくれる、そう信じた一夏はこの状況の打開を願う。

 

 

 

しかし、だ。一夏は忘れていた。蒼青龍夜がどういう人間か。

 

 

「────『織斑一夏と王様ゲーム』、『織斑一夏と甘々デート』………以下の案全てに俺は賛成だ」

 

「………………」

 

 

彼が挙げたのは全て一夏がメインになる案。織斑一夏は直後に思い出すと同時に理解した。蒼青龍夜はこういう面倒事を極力嫌う、何なら一夏や他人に押し付けようとすることが多い。

 

そっちがその気なら、と一夏は己の顔をひきつらせながらもチョークを手にする。

 

 

「それじゃあ、採用は『蒼青龍夜と添い寝』で」

 

「おう待て貴様」

 

 

黒板に挙げられた案の一つを採用しようと二重丸を書こうとする一夏の手を、急速に接近してきた龍夜が止めた。

 

 

「…………おいおい、随分と身勝手だな。クラス代表が勝手に決めていいのか?」

 

「勝手じゃないだろ? 俺を代表に選んだのは龍夜じゃないか。色々と面倒事押し付けたがってたみたいだし………事務的なことは俺がやるから、代わりは任せるぜ」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

二人は静かに笑い、手を離す。距離を開けた二人は互いに笑っているが、その目は鋭く据わっている。空気が張り詰めてきたかと思えば─────

 

 

 

 

「────お前を潰して! 俺がクラス代表を代行する!!」

 

「────やらせるかよっ!!」

 

 

男二人が互いに激突した。掴み合い、殴り合いの乱闘だ。何も知らずに見れば男同士の決闘として捉えられるが、喧嘩の内容が内容だ。

 

ここで担任の千冬がいれば簡単に鎮圧、もしくはこんな事も起きなかっただろう。────しかし面倒を嫌って離脱した為、彼女に期待することは出来ない。

 

 

肝心の副担任である真耶も、女子と共に観戦している。最初はあたふたしているようだったが、今に至っては「男の子ですねぇ」と感心していた。

 

 

だが、そんな喧嘩もすぐに終わらされた。

 

 

「止めないか! 二人とも!」

 

「アダッ!?」

 

「グぅッ!!」

 

 

ウガーッ! と憤慨した箒が何処からか取り出した竹刀を振るう。凄まじい剣捌きで放たれた剣戟は殴り合いを続けていた一夏と龍夜の脳天に炸裂する。スパァーーンッ! という音をした割には手加減されているらしい、男子二人は頭を抱えて悶えているだけで済んだ。

 

 

「大の男子が小さな理由で殴り合うとは! 情けないにも程があるぞ!」

 

「ほ、箒……………うん、そうだよな。悪かった」

 

「…………確かに、少し熱くなりすぎた。俺の方こそ、すまん」

 

 

竹刀を手に、ガーッ! と怒りを見せる箒に一夏と龍夜は冷静になり始めたようだ。互いに謝る二人を前に、ようやく箒は怒りを鎮火させ、席へと戻っていく。

 

頭を押さえながら立ち上がった龍夜は、ふと疑問を思い浮かべ、隣の一夏へと声をかける。

 

 

「………箒、前より変わったな。少し、真面目になったんじゃないか?」

 

「? 箒は前から真面目だろ?」

 

「まぁそうだが………」

 

 

言わんとすることが伝わっておらず、諦めたように力を抜く龍夜。肝心の一夏は疑問符を隠しきれず、困惑しながらもクラス代表としての仕事に戻る。

 

もっと普通な案を探そうと皆に聞いた、その時だった。

 

 

 

「────メイド喫茶はどうだ」

 

 

そう切り出したのは、量腕を組んだラウラであった。ざわめきが途絶え沈黙に包まれるクラス全体、一夏や箒は愚か、龍夜ですら彼女の口から出た言葉に唖然としている。

 

 

「客受けはいいだろう。それに、飲食店は料金から経費の回収も行える。学園祭では確か、外部からも招待されるのだろう? それならば休憩場としての需要も少なからずあるとは思うな」

 

「………だそうだけど、皆はどう思う?」

 

 

いやいや、と龍夜は肩を竦める。否定しようと考えた所で、悪くないのではないかと思い始めた。確かにこれならば自分達がメインとして扱われても、無理をしなくて済む。後は気楽な立ち位置を選ぼうかと画策していたのだが、

 

 

「私は皆が良ければ構わんが………」

 

「いいんじゃないかな、僕は賛成だよ。それじゃあ一夏と龍夜には執事か厨房を担当してもらえば────」

 

「────執事! 織斑君と蒼青君、執事がいい!」

 

「それでそれで!」

 

「わ、私も賛成しますわ! 皆様が良ければ、仕方がありませんからねっ!?」

 

 

───既に全員が乗り気であった。えぇ………と戸惑い気味であった龍夜以外に、クラス全体は納得の空気に包まれている。今更強気で反対する気もなく、龍夜も大人しく賛成を口にする。

 

 

こうして、一年一組の出し物はメイド喫茶改め、『ご奉仕喫茶』に決定した。

 

 

◇◆◇

 

 

「─────邪魔するぞ」

 

「…………」

 

 

放課後のHR後、整備室に立ち入った龍夜は既に作業を始めていた簪に挨拶をした。彼女は声を掛けられたこと驚いた反応をしながらも、静かに会釈する。

 

持ち込んだケースを開閉し、龍夜はその中に格納していた大型の武装を取り出した。近くに出したパソコンを装置と連携し、装置から伸びるコードやケーブルを武装へと繋げる。

 

 

「────連結時の固定が緩いな。機構自動改装、間接固定具G-5の固着率強化。システム再調整、連結型バッテリーの循環効率を45%上昇────」

 

 

カタカタと、キーボードを両手で叩く。画面に並ぶ膨大なシステムの構築式を分解し、問題のある部分を修正する。数時間も掛かる作業を龍夜は淡々と進め、残された問題を殆ど潰していく。

 

 

「────システムアップデート、承認………ようやく、完成だな」

 

 

タン、とエンターキーを打ち込んだ龍夜は深い呼吸を吐き出す。画面では『システムアップデート開始』という文字と共に、ロードが始められていた。後数分もすれば、龍夜が開発した武装は本当の意味で完成する。

 

 

「…………ねぇ」

 

「簪か、作業はいいのか?」

 

「………後で、するから………それより、何を造ったの?」

 

 

先程までパソコンを弄っていたはずの簪が興味ありげに此方を────というより、目の前に置かれた武装を見つめていた。

 

気になるのならば仕方ないと、龍夜は解説しようと考える。本心で言うと、少し自慢したくなったのだ。簪としても、こういうロマンは分かるはずだと、幾らかの期待があったからかもしれない。

 

 

「─────試作型可変機銃・正式。名を、『ライトニング・レイザー』」

 

「………可変………機銃?」

 

「一種類の銃器としてではなく、複数の銃器として機能を扱えるように開発した可変機構搭載型の大型機銃だ。今までは多くの問題があったが、ようやく形になった」

 

 

アップロードを終え、本当の意味で完成した『ライトニング・レイザー』─────大型機銃を持ち上げる。見た目は金属的なフォルムの目立つ、アサルトライフルのようなものだ。

 

龍夜は手にした『ライトニング・レイザー』の銃身に仕込まれた取っ手を展開し、押し込む。すると大型の機銃の銃身が二つに割れた。ガコン、と音を立てて分離する二つの物体は音を立てて装甲が組み代わり、いつの間にか二丁の小型拳銃へと変化する。

 

 

「────こんな風に、戦況によって銃の種類を変化できる。拳銃とマグナム、散弾銃、アサルトライフル、機関銃、狙撃銃────切り札として、超高火力のレーザーブラスターとしてもな」

 

「……………凄い」

 

 

見惚れたように感心する簪。自身の発明品に目を奪われる彼女の姿に、龍夜は異様に満足感に満ち溢れていた。自分ではなく、自分の造った物が評価されるのは実に気分がいい。優越感の余り、笑いが止まらない龍夜は人から見れば調子に乗っていた。

 

 

「………こんな小型なのに、一瞬で変形できるなんて………まさか、実弾じゃなくてエネルギーを利用してる……?」

 

「正解だ。…………やはり前々から感じていたが、良いセンスだな。俺もお前の開発しているIS、悪くないとは思うぞ?」

 

 

そう言う龍夜はふと、簪が操作していたパソコンを覗き込んでいた。気付いた途端、慌ててパソコンを閉じようとする簪を制し、龍夜は深く思案する。

 

 

「────打鉄に機動性を上乗せした機体か。それなら相性が良いのはミサイルだな。機動力を活かし、ミサイルによる弾幕…………後必要なのは強力な武装か────機体の方は何処まで完成してる?」

 

「………ううん、まだ………機体の調整も、終わってないから」

 

「そうか。まぁ、無理はするな。お前のISはお前に合わせた物だからな、自分に合わせて調整すればいい」

 

 

露骨に落ち込む簪に、龍夜は気にするなと言わんばかりに告げる。龍夜としては善意も優しさもある言葉だ。昔の自分なら「落ち込むなら勝手に落ち込んでいろ」ぐらいは言ってたかもしれない。我ながら酷いな、と呆れる龍夜だった。

 

早速実戦で試そうと、『ライトニング・レイザー』をケースの中に仕舞い、整備室から出ようとする。軽く挨拶をして簪と別れようとした所で、思い出したように龍夜は口を開く。

 

 

「そうそう、言い忘れていた」

 

「………?」

 

「────気負うなよ。お前はこの俺が、天才が認めた才覚を持ってる。その内、お前の姉だってギャフンと言わせられるさ。天才の俺が言うんだから、間違いはない」

 

 

それだけ言って、龍夜は反応も聞かずに整備室から出ていった。あくまでも言っただけの発言だから、深く捉えなくても問題はない。このアドバイスで彼女が前向きになればいい、と言う感じのものだ。

 

整備室を離れ、廊下を歩く龍夜。急いでアリーナにでも向かおうとした所、自分に声をかける女子生徒と遭遇した。

 

 

「あ、りゅーやんだ~。良いところに~」

 

「………本音か? 悪いな、今の俺は用事がある。後で頼む──────何故掴んでいる?」

 

 

眠気を誘ってくるような、呑気な少女 布仏本音に軽く挨拶をし、通り過ぎようとする。しかしおっとりとした彼女は何故か龍夜の右腕の裾を掴んでいた。それも、がっしりと。

 

 

「いやね~、りゅーやんを連れてきてってぇ~、お姉ちゃんから頼まれててさ~」

 

「………姉?」

 

 

嫌な予感がする。

そう感じた龍夜は頭の中の情報を整理し、ある可能性に行き着く。その可能性を確定するため、少しずつ質問をすることにした。

 

 

「確か、お前の姉って生徒会役員だったな?」

 

「おぉ~、良く知ってるぅ~。まさかぁ~、お姉ちゃん狙ってたり~?」

 

「─────お前まさか、生徒会長の命令とかで俺を連行する気か?」

 

「ん~、正解だね~………」

 

 

この瞬間にして、数秒。即座にこの場から逃げ出そうと走り出す龍夜、しかし逃走は叶わず。本音に裾を掴まれていたことを忘れた疾走だった為、彼女に引っ張られた龍夜はその場で横転することになった。

 

 

「う、うが………ッ」

 

「うへ~、りゅーやん走ると危ないよ~? 気を付けないとね~」

 

(こ、コイツ───何て力だ!? 俺が引き剥がせないだと!?)

 

 

ズルズルと本音に引き摺られていく龍夜はその事実に愕然とする。大の男を少女が片手で引き摺って歩けることは、ハッキリ言って異常だ。そういえば、前もそうだった。学生生活初期、本音には捕まった時は離れることが出来なかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「─────それで、俺は生徒会室に連行されてきた訳だ」

 

「…………えぇ?」

 

 

生徒会室に招かれた経緯を語る龍夜に、会長である楯無に連れてこられた一夏は半ば困惑半ば呆れている様子だった。二人は互いの顔を見合わせ、テーブルの上に頭を乗せている本音を見ながら、話し合う。

 

 

「いや、でも………のほほんさんがお前を連れて来たって、何かの冗談じゃないのか?」

 

「─────いいや、間違いない。そこだけは断言する。というかお前、俺の話疑ってたのか」

 

 

でもさ、流石に………と納得できない様子の一夏から目を離し、龍夜は本音の近くの座席に腰を掛ける楯無と彼女の隣に立つ眼鏡の女子に顔を向ける。

 

 

「…………それで? 俺達に何の用だ。 生徒会長 更識楯無、その従者の布仏虚………さん」

 

「あら、私にはさんって付けてくれないの?」

 

「………人の心に土足で踏み込むような人に、敬意を示す気はない」

 

「んー、手厳しい♪」

 

 

バッサリと吐き捨て、机の上の紅茶を一飲みする龍夜。明らかに冷徹を通り越した辛辣な対応を受けても尚、笑みを崩さない楯無。彼女の様子を尻目に、龍夜は苛立たしそうに舌打ちを噛み殺す。

 

 

「本題に入って貰おう。俺達に何の用だと、そう聞いている」

 

「そうね、一応最初から説明するわ。一夏くんと龍夜くんが部活動に入らないことで色々と苦情が寄せられてるの。今後のことも考えて、生徒会はキミ達をどこかに入部させないと不味いことになっちゃったのよ」

 

「それで学園祭の投票決戦ですか………」

 

「…………ふん、迷惑もいいところだ」

 

 

言い過ぎじゃないか、と一夏も流石に言えなかった。彼からしても面倒に違いなかったからだ。ただでさえISの訓練────陸奥からの特訓で手一杯な今、部活動までしたら疲労で死ぬかもしれない。

 

 

「その代わりにわ学園祭の間まで私が特別に鍛えてあげるわ。キミ達二人とも、ISと生身の両方ね」

 

「────それなら、お願いします」

 

「────断る」

 

 

直後、一夏と龍夜はほぼ同時に答えた。最も二人が口にした内容は全く正反対のものであったが。

 

 

「? 龍夜は、頼まないのか?」

 

「…………俺としては意外だな。お前が素直に従うとは、俺と同じ意見だと思っていたぞ」

 

 

龍夜としては、一夏も自分と同じ答えを言うと思っていたらしい。その予想が外れたことに少々驚いていた龍夜に、一夏は自身の思いの丈を語った。

 

 

「ほら、俺もまだまだだからな。代表候補生の中でも、下から数えたくらいの強さだし…………今の俺には、我が儘言ってられる余裕なんてないんだ。皆を守れる程、強くなりたいんだ、俺は」

 

「………………そうか」

 

 

今までの戦いが、一夏の認識を変えたのだろう。命を失う可能性のある実戦を経験してきた結果、一夏は自分が肝心な時に何も出来ないことを理解していた。強さ以前の問題であったとしても、何も出来ない自分の無力さに嫌気が差しているのだろう。

 

それ故の、決意の表明。今度こそ皆を守るために強くなるという織斑一夏の心からの覚悟が感じ取れていた。

 

 

「ふぅーん、思ったよりも成長してるじゃない。…………じゃあ龍夜くんも賛成って訳ね?」

 

「────断ると言ったはずだ、二度も言わせるな。大体、アンタに鍛えられる理由などない」

 

「理由ならあるわ────キミ達が弱いから」

 

 

それを聞いた瞬間、龍夜を中心として空気が変化した。ガン! と強い音を立ててカップをテーブルの上に置いた龍夜は、不機嫌を隠さずに立ち上がる。

 

 

「────随分と上から目線だな。俺達が弱いと、アンタに決められる謂れはない」

 

「お、おい! 龍夜!」

 

「うん、でも弱いのに変わりはしないわ。今はまだ何とか出来てるけど、ずっと続かないでしょうね。ちょっとでもマシになるように、私が鍛えてあげようって話」

 

「────説教のつもりか? 生憎だが、赤の他人に舐められるのは、大嫌いだ」

 

 

苛立たしさを隠さずに、龍夜は悪態を吐き捨てる。半ば感情的な自分を落ち着かせながら、低い声で告げた。

 

 

「そこまで言うなら力を示せよ、生徒会長様。俺はそう簡単にアンタに従うつもりはない」

 

「───決まりね♪」

 

 

にこりと笑う生徒会長の顔は、待っていたと言わんばかりの感情が込められている。…………あーあ、と端から見ていた一夏は全てを理解する。龍夜は嵌められたのだ、最初から勝負事にするのが、彼女の策略だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「────勝負と言ったが、まさか柔道か?」

 

「あら?もしかして苦手だったり?」

 

「───まさか」

 

 

対面する龍夜と楯無。誰一人としていない畳道場で白胴着に紺袴、俗に言う道着へと着替え、向かい合っていた。

 

 

「だが、少し驚いた。どうせならISの戦闘でもやるのかと考えていたが………」

 

「んー、IS相手だと少し厳しいからねぇ。私でも素直に勝てるか厳しいのよね、正直に言うと」

 

「…………」

 

 

誤魔化すのかと思ったが、素直に白状した楯無に返す言葉がなくなる。だが同時に自信が出てくる。ISでの戦闘ならば互角かそれに近しい状態。客観的に学園最強に追随できる強さならば、自身の目的にも近付ける。

 

 

「さて、勝負の方法だけど。私を床に倒せたらキミの勝ち、 私の勝ちは、キミに敗けを認めさせたら、それでどう?」

 

「…………生身なら、俺に勝てるとでも?」

 

「まぁね、間違いなく勝つから」

 

「舐めやがって………!」

 

 

険しい顔で睨みながら、素手で構える。柔道の構えに似たそれは、龍夜なりの我流であった。そもそも、彼としてはこういうものは得意とは言えない。

 

────あくまでも、得意とは言えないだけだが。

 

 

「その余裕、負けた時の言い訳にするなよ」

 

「しないわよ」

 

 

表情に張り付いた涼しげな笑みを崩してやる、と心の中で決意して龍夜は動く。何一つ構えようとしない楯無へと近付き、彼女の腕を取る。

 

そのまま投げ落とそうとして────龍夜は自身の浅はかさを理解させられる。

 

 

「─────ッ!?」

 

 

気付いた時には、龍夜の方が宙に舞っていた。そのまま畳に叩きつけようと楯無の手首を圧迫し、拘束から逃れる。僅かに力が緩んだ瞬間を狙い、落下する身体を捻りながら、畳の上に着地した。

 

 

「あら、残念。決まったと思ったんだけど」

 

「…………」

 

 

膝を付いた龍夜は冷や汗を滲ませる。感情的に動いていた部分が一気に冷やされていく。舐めていたのは自分ということを理解させられる。学園最強がISに頼ったものではないと、実感を以て確信した。

 

 

「……………」

 

「来ないの?────なら、此方からいくよ」

 

 

その瞬間、楯無の姿が消える。自身の視界外に移動した彼女による攻撃が、龍夜を襲う。

 

 

 

 

 

 

「─────惜しいわね。これだけやってまだ倒せないなんて」

 

「………クソッタレ……ッ!」

 

 

あらゆる手法、技術で挑みかかる楯無。マーシャルアーツやカポエラ、中国拳法。あらゆる戦闘技術を多用しながらも、彼女の動きは完全に読み切れない。

 

横転させられることはないが、龍夜も疲れが溜まってきている。色んな技術に翻弄され、攻撃に出る暇もないのだ。だが、これでいい。─────欲しかったものは、これで得られた。

 

 

「…………生徒会長、更識楯無。認めよう、アンタは強い」

 

「あら、もう降参?」

 

「アンタに勝つのに、加減は不要だと判断した。今から俺は、殺す気でやる────死なないように気を付けるんだな」

 

 

軽口で返そうとした楯無は、異様な構えを取る龍夜に目を見張る。とても構えとは言えぬ、無気力に満ちた姿勢。しかし両眼から覗く眼光は鋭く、楯無の存在だけを捕捉している。

 

そして、龍夜が動く。

 

 

「─────え」

 

 

その動きに、楯無の顔から笑みが消えた。目の前まで迫る龍夜は楯無を見据えたまま、拳を振り上げる。その手首を掴もうと手を伸ばした楯無────だが彼女は即座に感じた違和感に従い、真横へと飛び退いた。

 

 

バァン!! と、空気が破裂する。そんな爆音の正体は、龍夜が腕を振るった音だ。自身を掴もうとした楯無を吹き飛ばそうとする一撃。空振ったその動きに、楯無は息を呑む。

 

 

「────!」

 

 

身体を軽く捻り、姿勢を崩した龍夜が突貫してくる。さっきと同じように両腕を構え、砲弾のように身を任せて迫り来る。そんな彼から距離を離す楯無は、自分の居た場所の畳が破壊されたのを見る。

 

 

「…………何をしようとも無駄だ。アンタの動きは読んでいる」

 

 

畳を素手でぶち抜いた龍夜は頭を軽く回し、前へと踏み込む。楯無の身体に叩き込む、と言うより手刀による突きを放つ。

 

それを咄嗟に回避し、返しの蹴りを放つ楯無。しかし龍夜はそれを見ることなく、脚から力を抜き、自身の身体を深く下げる。蹴り技を潜り抜けた龍夜、彼は無防備になった楯無に蹴りを叩き込む。

 

何とか腕による防御を為した楯無は、そのまま近接戦に持ち込む。打撃、掌低、足払い、あらゆる技を重ね合わせても、龍夜はそれをいなし、逆にカウンターを叩き込んでくる。

 

 

「読んでいる! そう言ったはずだ、更識楯無!」

 

 

そう告げ、龍夜は自身の身体を回し、死角から放った肘を楯無の脇腹へと打つ。僅かに顔を歪め、仰け反る楯無。明らかな困惑を思わせる彼女に、龍夜は口を開いた。

 

 

「────何故対応されているのか、そう思ったな?」

 

「………」

 

「俺は天才だ、子供の頃からどんな凡愚よりも優れていた。学力だけではなく、体力や力に至ってもな。どれだけ難しい格闘技だろうと、一度でも見れば完璧に記憶し、それをマスターできる。─────56種類、お前が勝負で使った技は全て覚え、そしてマスターしている」

 

 

冗談ではない、楯無はきっとそう思っているだろう。伊達に無意味にボコられていた訳ではない。それだけではない、技を覚える過程で龍夜は楯無の動きのパターンを計算していた。

 

だからこそ、おおよその動きと位置、呼吸などのあらゆる要素で彼女が放つ技を予想することが出来る。

 

 

「初見の技で不意を突けるなら、突いてみろ。一度でも仕損じれば、俺はその技すらも記憶する─────アンタに他の切り札がなければ、詰みだな」

 

 

宣言し、龍夜は楯無へと迫る。彼女の放つ技の多くをいなしながら、彼女の扱ったものと同じ掌低を叩き込む。よろけた彼女に目掛け、龍夜は渾身の蹴り技を放った。全力を込められた脚が楯無の身体に吸い込まれる──────次の瞬間。

 

 

 

楯無はその蹴りを受けた。しかし、効いている様子はない。それは蹴りを放った龍夜自身も理解できていた。

 

 

(外した?………いや、違う! アイツ、直前で避けたのか!?)

 

 

脳内で加速する思考により、反応が遅れた。楯無による無音の急接近を許し、彼女の伸ばした手が喉に触れる。直後、二本の指が喉の奥に刺さった。

 

 

「────ッ!?」

 

(呼吸が────クソッ! 何処を突かれた!?)

 

 

一気に焦りが意識を埋め尽くす。その合間に楯無は、喉を抑える龍夜の胸に掌低を数発打ち込む。ガハッ、と呻く龍夜が数十発の攻撃を受け、トドメの回し蹴りを叩き込まれた所で、意識が途絶えた。

 

 

「─────はっ!? ヤバッ!」

 

 

緊張の余り、手加減を忘れて全力で攻撃していた楯無。慌てて倒れた龍夜に駆け寄るが、幸い怪我や骨折はなかった。白目を剥いて気絶しているのだが、まぁそこは問題ないだろう。

 

 

「………久し振りに本気を出しちゃった。でも、そうしなきゃ負けてたかも」

 

 

楯無が最後に、滅多に見せない奥義の一つを使わなければ、龍夜の不意は突けなかった。何より恐ろしいのは、あそこで倒さなければ龍夜はその技すらも記憶していたことだ。

 

 

「子供の頃から天才って話は知ってたけど…………まさかここまでとはね」

 

 

そこで楯無は身に纏っていた道着が破損していることに気付いた。龍夜の蹴りをギリギリ避け損なったらしい。裂かれた道着の下、下着と柔肌だけの部分────僅かに露出した胸元に小さな傷が出来ていた。

 

 

「やっぱり強いわね。下手したら私や千冬さんに追い付くくらい。だけど、今はまだまだ。感情的になりやすいのが玉に瑕って感じかしら。─────ま、そこはちゃんと鍛えて上げないと」

 

 

道着を着直して、楯無は意識のない龍夜に告げる。

 

 

「それはそうとして、お姉さんを傷物にした責任は取って貰おうかしら♪」

 

 

意識のないはずの龍夜は、微かに身震いをするのだった。

 

 




一夏と箒は原作より少し心境が変化してますね。二人とも師匠(陸奥と長門)にボコボコにしごかれたのが要因ですが。

龍夜が前と様子が違うのは、本人的には無意識です。無意識なんですよ、これが。
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