第三アリーナ、そこを中心に集まった代表候補生一同。呼び出された、と言うべきか。集まった女子の一部、箒と鈴にシャルロットの三人が、一夏を見つめる。怪訝そうな眼差しで。
「説明しろ、一夏。どういうことだ?」
「いや、どうもこうも………」
少女達が険しい顔をするのも当然である。アリーナで待ち構えていたのは生徒会長の更識楯無。彼女が微笑みかけたことで、他の女子達は一気に不安そうな顔と共に疑心に満ちていたのだ。
────まさか、また何かしたのではないか、と。
「まぁ、そんな怒らなくても良いじゃない。 あ、そうそう。私はこれから一夏くんと龍夜くん、そして君達のコーチをするからよろしくね?」
「え、どういうこと?」
「いや、一夏は兎も角…………龍夜だと? 何故婿の話が今出てくる?」
「うーん、負けたら言いなりって形で勝負したからね」
「─────一夏ァ!」
「誤解だ!俺はしてないって!」
お前やりやがったな、と殺気立つ鈴に対し、一夏は必死に弁明を示す。それでも箒達は詳しく聞かせろと息巻いていたが、話を聞いていたラウラが感情的になるより前に、ある事実を理解した。
「待て、では…………負けたのか? 龍夜が?」
ハッ! と、全員がその事実に耳を疑う。龍夜は、代表候補生内でもトップクラスの実力者であり、正直の話で言えば自分達の中でも一番強い。そんな彼が負けた、ということに戸惑いを見せた全員の視線が─────片隅の壁に背中を預け、腕を組んでいる龍夜に向けられる。
疑惑に満ちた視線を受けた龍夜は短く嘆息し、すぐに口を開いた。
「────ああ、確かに完敗だ。言い訳のしようがない」
「ヤケにアッサリしてるのね、もうちょっと威勢の強い方が好きよ?」
「…………勝負の結果に一々文句を言う気はない。だが、勘違いするな」
────次は勝つ、と宣言して龍夜は重く口を閉ざす。不機嫌かつ素直でない龍夜の対応に、楯無は益々面白いと言わんばかりに緩む口を扇子で隠している。
「それじゃあキミ達のコーチをするけど、異論は無いよね?」
「異論?────大アリよ!」
話を戻そうとした所で、鈴が反発する。彼女の言い分は兎も角、本心としては「一夏の専属コーチ(ISに限定する)という立場を手放したくない」という思いがあったのだろう。
他の皆、箒もシャルロットも概ね鈴とは同じ意見なのだろう。唯一、セシリアとラウラは特段意見を口にするつもりはなかった。好意を寄せる龍夜が何も言わない以前に、龍夜より格上である─────尚、龍夜本人は断じて認めないだろうが─────楯無のコーチを受けるのも悪くはない、そう考えたのだろう。
「─────文句があるのなら、力で示せ」
そんな最中、一言告げる人物がいた。アリーナの片隅でずっと沈黙していた男────エイツは見向きもせず語る。
「仮にも代表候補生たる、国の代表を担う者ならば実力で黙らせればいい。世界で最も自由に振る舞えるのは、権力を持つ者と力を持つ者、強い者でなけらばならない」
かつてはテロリストの一員であり、現在は『首輪』を掛けられている状態とはいえ、理事長の飼い犬となったエイツ。彼の語る言葉は難しく、抽象的でありながら、ただ一つの結論を示しているものだった。
「勝利こそが、あらゆる意見を押し通す。敗北こそが、相手の反論を押し潰す。─────ならば、戦え。それこそが単純明快な答えだ」
それだけ言うと、エイツはアリーナの担当────問題行動の監視に徹する。つい最近学園に用務員として迎え入れられたばかりのエイツ、常に崩さない仏頂面と傲慢に見える口調から半ば避けられている雰囲気だったのだが…………、
「────あぱァーーっ!!!?」
「あーーーっ!? 火花ちゃんが事故った!エイちゃんさーん、火花ちゃんが事故りましたーーっ!!」
「…………あの馬鹿共め。仕事を増やしてくれる」
アリーナのシールドに撃墜して落下する女子と慌てて向かう同級生達。エイツは頭を抱え、破損した量産機の修理の手続きと説教を考えながら、女子生徒達の元へと歩いていく。
長い間の説教が始まる事だろう、と同情を隠さない一同。だが、お陰で話を戻すことが出来た。
「────用務員のおじ様も仰ってることだし、一回模擬戦でもしようかしら?」
「─────ええ、ええ! 望むところよ! 箒、シャルロット! 手ぇ貸してくれるわよね!?」
私達も!? と眼を見張る箒とシャルロットを無理矢理引き込み、三対一の勝負が始まる。最も、その結果は見え透いたものだが、と龍夜は心の中で呟くのだった。
────結論として、三人は完敗だった。三人での連携も即座に対応され、各個撃破された…………言い訳も弁明のしようもない、大敗北であった。
こうして、更識楯無による代表候補生一同のコーチングが始まった。
◇◆◇
「…………武器の方は完成した。後は機体の方も本格的に改良するか………」
数日後。授業も終わり、放課後のやることも終わらせた龍夜は自室に帰ろうとしていた。ブツブツと一人で思案していると、ポケットに入れたスマホが震動し始める。
『────わーい! ご主人様、ただいま!』
「ラミリアか。相変わらず元気だな、今日も遊んできたのか?」
『まぁね! 今日はね、シャルちゃんや皆と女子会して来たんだよ! 皆で恋バナとかしたり…………すっっごい楽しかったよ!!』
「────そうか、良かったな」
優しく、元気一杯なラミリアと話す龍夜。元々、家族と一緒になる機会が少なくなった時に開発した彼女は、他人を信用できずにいた龍夜が唯一信用した────家族にも等しい存在だ。
それ故に、龍夜はラミリアが楽しく過ごせていることに文句はなかった。IS学園も女子達も心が広く、電子の存在であるラミリアを受け入れてくれている。
理事長に頼んだお陰で、ラミリアはIS学園のネット回線内部で自由に行動できる。流石に、学園の機密とされる部分への立ち入りは禁止されているが、女子達と共に行動するには十分であった。
「………お前も随分人と触れ合うようになって変わったみたいだな。満足そうで何よりだ」
『?ご主人様も変わってきたよ?』
「…………ん? そうか?」
『だって、最近は一人の時間の方が少ないもん! 皆と一緒にいるのが多いと思うよ! ラミリア的にもね!』
ラミリアからの指摘に、龍夜は怪訝そうになる。確かに最近、何かと一夏達と話したり一緒になることが多い。無意識だろうか、自分自身でもその事に気付かなかった。言われたことでようやく、客観的に自分を見た結果、確かに入学した時より明らかに変わったきたことを理解したのだ。
────確かに、変わったな。昔の俺なら、他人と馴れ合うことを無駄と言い切ったはずなのに。
合理性を優先し、自分の事だけを考えていたあの時の自分。しかし、今の自分は他人と過ごし、他人の事を考える今の日常を不満に思うことはなくなっている。それどころか、自分から他人への干渉をすることが多くなっているのだ。
「…………そうだな。だが、思ったより悪くない」
満足そうに、無意識に笑う。己の心境に気付くことなく、龍夜は自室の前へと辿り着く。扉を開けて、何時もの作業をしようとした─────彼の目の前に、予想に反した景色が映る。
「─────あら、お帰りなさい。ア・ナ・タ♪」
「……………………、は?」
『あー、わーお………』
開けた先に待っていたのは、生徒会長 更識楯無。何故彼女が自分の部屋にいるのか、そんな疑問が浮かぶ余裕もなかった。目の前に立つ彼女は、エプロンだけに身を包んだ────そう、エプロン以外の衣服を着てない状態。俗に言う裸エプロンの姿であった。
半ば反発していた先輩の痴態に、龍夜の思考が完結しない。純粋に、脳が事実の認識を拒否し、多数のエラーを発生させている。成り上がりを目指していた相手であり、思うところはあれど実力だけは高く評価している相手だからこそ、何よりだ。
ふと、スマホの中にいるラミリアはその光景に顔を赤くしていた。顔を手で覆いながらも、指の隙間から覗こうとする彼女からは興味津々という思いを隠せてないらしい。
「────お風呂にします? ご飯にします? それとも、わ・た・し?」
────パタン。
無言で扉を閉め、龍夜は肺に溜め込んだ空気を吐き出した。考えた後に、悟ったような顔で呟く。
「………今、俺は夢を見ているらしい」
『夢じゃないよー、ご主人様』
「───知ってるさ。お願いだから現実逃避をさせてくれ」
だが、もしかしたら夢かもしれない。万に一つもない可能性に、今だけは縋るしかない。今まで一度したこともない神頼みをしながら、龍夜は扉を開ける。
「お帰り。 私にします? 私にします? それとも、わ・た・し?」
「────■■■■、■■■(モザイク処理完了)」
「もう! 女の子の前で汚い言葉使わないの!」
本心から出た罵詈雑言を注意される龍夜、此方として注意されるべきは目の前の相手と思うのだが。変わらない現実に絶望し、救いの手を伸ばさぬ神への怨み言を吐きながら、龍夜は裸エプロンの楯無を睨む、ことしか出来ない。
「そうそう。私、今日からここに住もうと思ってね」
「────チェンジで」
「残念だけど無理よ。会長権限だから」
なんて勝手な、と思う。開いた扇子に『強権』という文字を見せる楯無に、龍夜は本日一番深い溜め息を漏らす。そして頭をかきむしった龍夜は楯無の横を通り過ぎ、部屋の中へと入っていく。
「…………あれ? 嫌がらないの?」
「言って現状が変わるならな。………今俺の部屋にスペースは無いんでな。少し整理するから、待っておけよ。生徒会長様」
「反応が少なくて残念────けど、思ったより強情じゃないのね。少し変わった?」
「好きに言っておけ」
淡々と自室の、ばら蒔いた部品や器具の片付けをする。次第にゴミの山と呼べる程積み重なっていた部屋は、数分の内に綺麗に整理された。部品を纏めた段ボールを隅に寄せ、龍夜は自身のベッドの上に腰掛ける。
「それで? わざわざ俺の元まで来て何の用だ?」
「…………何の用って?」
「────わざわざ俺に干渉したのは、何が目的だと言っている」
既に意図は読んでいた。楯無が何らかの目的があって自分と相部屋にしたことは。本心では納得できないことだが、彼女がそうまでする理由があるのだろう。
最初は微笑んでいた楯無も誤魔化すことなく、素直に理由を語った。
「そうねぇ。少しだけ、話したかった訳よ。キミと」
「………また説教か? 何度もまぁ、飽きないことだ」
「そのつもりだったけど…………必要なさそうね」
あ? と露骨に顔をしかめる龍夜。どういう意味だと問い掛ける視線に楯無は口を開き、話し始めた。
「昔のキミは、復讐の事ばかりで他人を受け入れようとしてなかった。いや、復讐の事しか頭に無かったと言うべきかしら?」
「…………」
「でも、今のキミは違う。自暴自棄になって復讐に身を費やそうとしていたあの時とは違う。仲間と心を合わせて、今を生きようとしてる────今のキミは、前よりも強く見えるわ。一体何があったのかな?」
やはり、彼女から見ても自分は変わったらしい。自分で客観的に見るよりも、他人からの意見の方が説得力がある。その上で、龍夜はある一つの事実を口にした。
「────勘違いするな。俺は復讐を諦めたつもりはない」
「………」
「父さんと母さんを殺した『フェイス』、ヤツを殺してこそ俺は自分の使命を果たしたことになる。その為ならば、俺は命だって賭ける」
あの日の決意を忘れたつもりはない。あの日の覚悟を捨てたつもりはない。たとえ誰に何と言われようと、龍夜は自分の復讐を貫き通す。そこだけは、絶対に揺るがない。
─────だが、ただ一つ。思うことがある。
「────その復讐の果ての未来を考えるのも悪くない。そう思っただけだ」
復讐を終えた後の生活に、彼等との日常に愛着が沸いたわけだ。だからこそ、復讐だけではない生き方をしても良いのではないか、と考えた。
「ふぅーん…………お姉さん安心しちゃった。キミの事はおおよそ心配なさそうね」
「やることは終わっただろ? じゃあ帰れ、俺の自由時間の邪魔をするな」
「えー、無理♪」
知ってた、と嘆息する龍夜。諦めたようにベッドに寝転がる彼を他所に、ベッドに投げられたスマホの内から
『会長さん!会長さん! その姿は話に聞く裸エプロンですね!? ホントに裸エプロンなんですか!?』
「………おいラミリア、何故お前がそんなことを知っている。何処から知った? 俺はそんなことを教えた覚えはないぞ」
「そうねぇ………実は違うのよ。下に水着してるし、完全に裸って訳じゃないの」
『────ホントだ! 水着だ! ご主人様っ!エプロンの下に水着があるよーっ!』
見ろと言うのか、と半ば絶望した龍夜はふて寝に徹する。自分の平穏が今後あの飄々とした先輩に乱されることに諦念し、龍夜は心から現実逃避するのだった。
◇◆◇
夜光の中でも一番輝く、超高層スイートホテルの最上階。豪華な飾りで装飾された部屋で、二人の女性がソファに腰を掛けていた。
腰まで伸ばした茶髪に、スーツ姿の女性 オータム。対面するは金色の長髪にドレス姿の美女 スコール。高級そうなソファに乱暴に座るオータムは、ふと思い出したように首を傾けた。
「…………なぁ、スコール」
「なに? オータム」
顔を向け微笑むスコールに、オータムはあぁ………と顔をしかめながら呟いた。
「────『ディーガ』、『クレイド』、『グラハム』は何処だ?」
「さぁね、私も知らないわ。あの三人ならもう来てると思うし、今回の任務には参加しないみたいね」
「………ってことは、あのガキが一緒かよ。エヌは兎も角、アイツは気に入らねぇ」
不快感を隠さないオータム。余程イラつきを隠せないのか、態度を変えようともしない彼女に、スコールはフッと息を吐き出す。無理に仲良くしろ、と言うつもりはない。だが、仲間である少女とオータムの相性はすこぶる悪い。兄のように、もう少し人付き合いが良ければ良いのだが…………とスコールは何度か思案したことを頭に浮かべる。
ふと、部屋の扉が開け放たれた。部屋に立ち入った何者かの姿を確かめる間も無く、空気を一変させる声が響く。
「おいーっす! 姐さん! オータム! 元気にしてたー!?」
「久し振りね、エヌ。こうして会うのも三ヵ月振りかしら」
「そうっすよ! いやー、やっぱり姐さんは綺麗だなぁ。 通信よりも直の方が美しく見えますよ!」
「────あら? 世辞? 褒めても何も出ないわよ?」
エヘヘ、とフードを深く被った黒髪の少年が笑う。純粋、そういった雰囲気を感じさせる少年 エヌに、スコールは親のように優しく応える。
「おい、エヌ。私には言わねぇのか?」
「んー? オータムは綺麗ってより、クールって感じだしー。クールビューティーって言うべきだなぁって、思うワケだよ」
「…………相変わらず変な喋り方だが、そういうトコは嫌いじゃねぇ。あのガキも少しは見習って欲しいぜ」
「いやぁねぇ? そこが妹の可愛いとこだし────」
そんな風に会話していると、不意に扉が開いた。エヌの時とは違う、強引に叩きつけるような粗雑さを感じる。先程まで愉快そうに話していたオータムも部屋に入ってきた人物、一人の少女を見るや否や舌打ちを隠さない。
周りを突き放すような鋭さを隠さない少女に、スコールが声をかけた。
「お疲れ様、エム────新型の調子はどう?」
「…………慣れてきた。雑魚相手で不満だがな」
「なら良いのだけれど。仮にも新型なんだから、乱暴に使わないでちょうだい」
スコール相手に態度を変えようとしない少女 エム。食いかかろうとするオータムを制するスコール。二人を視認したエムは、部屋にいると思っていた人物がいないことに気付き、僅かに眉を上げる。
「分かっている。………それよりエヌは────」
「────やっほぉーーーいっ!!会いたかったよぉ!!」
次の瞬間、物影に潜んでいた少年 エヌが背後からエムに抱き付いた。後ろから腕を回し、ハグするように抱き締める少年に、エムの反応はない。それどころか、呆れているような感じまで見られる。
「いやー!ホントに会いたかったよー!エム!あー、名前で呼びたいなー!けど今は我慢するか! それにしても、まだまだ可愛いね!流石は俺の妹! あー、ずっと抱き締めてたい!」
「…………エヌ」
「スーッ、ハーッ!……………エヌ、シャワー浴びてないでしょ? 血の臭いが濃いよ? 女の子なんだから、ちゃんと気を付けないとね! あ、なんかちょっと大きくなったんじゃない? 特にむ─────ブヘッ!?」
直後、エムの振り上げた拳がエヌを吹き飛ばした。殴られると同時にベッドに叩きつけられるエヌ。大層豪華なベッドの上で跳ねたエヌを尻目に、エムは溜め息と共に一言。
「────鬱陶しいぞ」
「エ、ヘヘ………久々の再会で興奮しちゃった。ゴメンねー、エム」
何事も無いように起き上がるエヌは、ヘラヘラと笑いながらエムの元へと駆け寄る。馴れ馴れしく抱き締めようとするエヌを押し退けながら、エムはスコールを見る。
「……………私達が集められた理由はなんだ? スコール。四人もいるんだ、ただの仕事ではないだろう」
「おいエム。テメェなんだ、その口の効き方は」
「良いわよ、オータム。今回は私が指揮する訳じゃないんだから」
その言葉の意味を問おうとした、瞬間だった。
「──────全員、揃ったようだな」
ふと、部屋の空気が一気に重くなる。ホテルの窓ガラスがいつの間にか開き、外から流れ込んだ風がカーテンを吹き上げた。その揺らぎの一時、一瞬にして黒い影が窓際に立ち尽くしていた。
漆黒の機体。赤紫の光。禍々しく、不気味な姿。フルフェイスバイザーに刻まれた隙間から覗く眼球のようなモノアイ。名を、『ゼノス・バルハード』。八神博士が開発したゼノスシリーズの一号機、プロトタイプとされるモノ。
それを操る男 フェイスは人形のように直立不動で、窓際に居座っていた。
「…………フェイス」
「フェイス様、今回の作戦はなにかしら?」
「─────一週間後、IS学園の学園祭を襲撃する」
その場の全員が一気に気を引き締める。言葉の意味、それがどれだけ危険で世界への敵対行為となるのかを理解しておきながら、フェイスは淡々と言葉を紡ぐ。
「時間は十五分。その間にお前達には暴れて貰う。勿論、相手を選んでは貰うが。開始の合図は此方で示す、それを期に暴れろ。理事長の私兵、強化人間の相手は無人機に対応させる」
冷徹なまでの命令。それに反意を持つ者はいない。────ただ一人、あることを望むエムを除いて。
「ならば、私達の相手は────!」
「…………許可する。リミット内であれば、ヤツを殺すことを許そう。だが、あくまでもリミット内。それがお前達の働きによる功績だ」
フェイスから承諾を受けたエムは俯きながら、狂喜の笑みを隠さない。彼女を抱き抱えるエヌも、同じようにニヤニヤと微笑んでいた。
その二人を尻目に、スコールはフェイスへとある疑問を投げ掛ける。
「織斑千冬はどうします? 仮にも世界最強、無闇に放置できる相手ではないでしょう。 無人機でも相手にはならないはず」
「そちらの対処は決めてある─────エスツー、お前に任せるが、構わないな?」
フェイスはそう言い、誰もいない部屋の角に向かって言葉を投げ掛ける。光の射さない影から、ロングコートの男が姿を現した。指に嵌めるような小さな刃を回しながら、エスツーは静かに応える。
「………ああ、心得ている。織斑千冬の相手は俺が引き受けよう。────ヤツを殺せるのは、俺だけだからな」
「────オータム、スコール。お前達には別に仕事を与えたい。学園内に在中するであろう、アレックス・エレクトロニクスを強襲しろ」
フェイスはふと、スコールとオータムの二人にそう告げる。顔色を変えないスコールとは反面、オータムは驚きながらも徐々に嬉しそうに口元を緩めていく。
「奴は我々の望むモノ、『鍵』を手にしている。我々の計画に於いても、重要なピースの一つだ。機会は幾らでもあるが、手に入れるに越したことはない」
「…………『鍵』さえ手に入りゃ、殺しても良いんだな?」
「殺せるのなら、な」
息巻くオータムであったが、フェイスは興味すら向けていない。期待どころか、無関心に等しいそれにオータムは不満を覚えることはない。
フェイスがそういう存在だということは、この場にいる全員が何より理解しているからだ。
「────始めに言っておく。これはサブプランであり、私のプランを補強する数多の要素の一つに過ぎない。失敗しようと、修正は可能だ。その上で、改めて理解しろ」
「お前達は、亡霊だ。人の世から拒絶され、妄執に生きる無法者。闇の中で生きられぬ、死した生者。そんなお前達に価値を与えたのはこの私、この組織だ。
努忘れるな、たとえお前達であろうと有象無象の亡霊に過ぎない。代わりは幾らでも用意できると。私の期待を、損なうな」
深い闇の内側で、亡霊達の結社が動き出そうとしていた。