IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第91話 亡霊(ファントム)の宴

─────何が起こった。

 

 

爆発から生き延びたエスツーは、額から垂れる血を拭いながら立ち上がる。普通の人間ならば即死であったが、ある種の強化手術の結果もあり、致命傷は免れた。

 

だが、問題は別にある。立ち上がったエイツは煙を払いながら、物影から姿を現す。爆発に巻き込まれなかったであろう女子生徒たちが頭を抱えながら震えている。涙を堪えながら、彼女たちはエスツーを見上げる。

 

 

「襲撃だ。急いでシェルターに避難しろ」

 

「は、はいっ!」

 

 

短く告げると、女子たちは慌てながらも避難活動を始める。生徒会役員たちが率先して避難活動を行っている為、エスツはこの場を彼女たちに任せることにした。

 

その代わりとして、イヤホンによる通信を繋げようと試みた。

 

 

「────織斑千冬! 織斑千冬! 此方、エイツー! 応答を求める!……………クソ!」

 

 

だが、結果は意味を為さない。どれだけ呼び掛けても、返答の一つも来ない。明らかに、人為的に計画されている。敵は、この時の為に用意周到に仕組んでいたのだろう。

 

 

生徒たちの避難に協力するべきか、そう考えていた直後、上空から飛来する影があった。複数の影は地面に着地すると、ゆっくりと動き出す。

 

 

「────無人機か」

 

 

二足歩行の無人兵器。恐らく、敵勢力の手駒だろうか。エイツは腰に嵌め込んでいたカオステクターにチップを装填し、幻想武装を身に纏う。

 

右腕をレーザーランスのように展開したエイツは静かに前に出る。無人機たちが向ける銃口から、生徒たちを庇うように。

 

 

「────子供たちに、手を出すな……ッ!」

 

 

◇◆◇

 

 

「な、なんだ………っ!?」

 

 

突然響いた爆発音に思わず足を止める一夏。ざわざわと騒ぎ始める観客たちであったが、ほぼ同時に避難警報が鳴り響く。それだけで、一夏は何が起きたのかを大まかに理解した。

 

────襲撃だ。何かが学園を襲っているのだ。

 

 

(アナグラムか!? でも、シルディ達が俺達以外の学生を巻き込むわけが─────)

 

 

そう考えていた一夏だが、ふと近くから声が聞こえた。あまりにも弱々しい、小さな声が。

 

 

「────た、たすけ……て」

 

(っ! 誰かが怪我してるのか!?)

 

 

慌てて駆け寄ると、一人の少女が爆発の影響で倒壊したであろうセットの残骸の中で倒れていた。身体にのし掛かるように倒壊した残骸に潰されそうになってる少女を見た瞬間、一夏の思考が一気に消えた。

 

 

「────来い!『白式』!」

 

 

叱責を受ける覚悟でIS『白式』の展開し、その身に纏う。両腕で残骸を掴み、軽々と持ち上げた。ISのパワーで何とか押し退けられたことに安堵しながら、少女に声をかける。

 

 

「大丈夫かっ!?」

 

「は、はい! ありがとう、ございます……!」

 

「気にしなくていい! ここは危険だ! 早く逃げてくれ!」

 

「はいっ!ありがとうございます! 本当に────」

 

 

何度も謝る少女に逃げるように促す一夏。頭を下げながら立ち去ろうとする少女に背中を向け、万が一現れるであろう襲撃者を意識する。だが、そんな一夏の耳に聞こえてくる声。

 

 

 

 

「─────本当に、甘いんだねぇ」

 

 

粘り付いたような悪意に満ちた少女の声に、背筋を冷たいものが過る。咄嗟に振り返った一夏に、凄まじい衝撃が二重になって炸裂した。

 

 

「ぐわあっ!?」

 

 

ISのシールドに防護されたとはいえ、直撃すれば装甲を容易く貫通する威力の砲撃だった。IS装備による攻撃と言った方が納得できる。

 

だが、少女が持つのはIS装備とも言えない巨大な鉄の塊だった。装甲列車に搭載されている大型列車砲に類するであろう砲身を展開する武装。明らかに華奢な姿からして、持つことすら出来ない重量であるのは窺える。

 

 

「ダメだね、ダメダメ。どんな相手だろうと警戒しなきゃ、俺みたいな悪いヤツの不意打ちを受けるよ? キョーダイ」

 

「なんなんだ、お前は………!」

 

「うん? そうだ、この姿じゃ分からないかー。よし、解除」

 

 

楽しそうに口を開いた少女の姿が、ホログラムのように消えていく。ぶれた虚像から姿を現すのは、黒いカッパのようなコートを身に纏った青年と思われる人物。

 

 

「はいはーい! ハジメマシテ! 俺氏 エヌって言いまーす! 悪の組織の一人なのでーす!よろしくちゃん♪」

 

「っ!ふざけるな!!」

 

「いやー、ふざけてないのよ、これが。マジ中のマジ。ハイパーマジってヤツなのサ、キョーダイ」

 

 

軽薄そうに捲し立てるエヌ、まるでいつもの楯無を相手にしているように、飄々として掴み所がない。おちょくるような態度に苛立ちを覚えるが、一夏は思考を落ち着かせようとする。

 

 

「そういや、覚えてる? 第二回 モンド・グロッソの件。ま、忘れられないよねー」

 

「…………? 何が言いたい?」

 

「あの時、キョーダイを拉致ったのは俺たちのボスの命令でさ───俺たちは関係してなかったけど、俺の組織が関係したのは事実なんだよねぇ、これが」

 

「─────ッ」

 

 

瞬間、一夏の思考が一気に沸点を越える。一夏本人が気にする、過去の記憶。大会で優勝するはずだった姉の功績を奪い、父に救われたあの日の思い出。一夏にとって千冬と数季、姉と父を何より大切に思う記憶であり、本人としては忘れられない過去でもある。

 

それ故に、心の奥底で────自分を拐い、姉の優勝を叶わないものにした組織への怒りは、ないわけではなかった。

 

 

「そうかよ────だったら!あの時の借りを今返してやる!」

 

「アハハッ、やっぱりアマちゃんだね────こんな挑発に引っ掛かってさ!」

 

 

加速して距離を詰めようとする一夏。しかしエヌは笑いながら、巨大なキャノン砲を持ち上げ、砲撃を繰り出す。シールド越しに届く痛みに顔を歪めながら、一夏は接近していく。

 

 

「ヒューッ! やるじゃん、意外とやる気みたいで嬉しーぜぇ! キョーダイ!」

 

「さっきから馴れ馴れしいんだよ! 俺とお前は、兄弟なんかじゃねぇだろ!!」

 

「─────ヒヒッ、どうかな?」

 

 

戯言だと、一夏は聞き流して瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動。一瞬にしてメートル単位の距離を縮め、エヌの目の前へと迫る。キャノン砲による砲撃を続けようとした彼の武装を、『雪片弐型』で切り捨てた。

 

エヌは両断された武器を捨て、その場から飛び退く。一気に爆裂した武装から目を離し、フードの下から覗く口元を軽く緩めた。

 

 

「やるじゃん……………おっ、と」

 

 

ピシッ! と、切れ目の入ったフードが裂ける。どうやら雪片の切っ先がかすっていたらしい。綺麗に避けたフードが左右に落ち、エヌの素顔が露になった。

 

 

 

「──────え?」

 

 

思わず、目を疑う。立ち尽くした一夏は自身の手から『雪片弐型』が滑り落ちたことも頭にない。そんなこと、気にしている場合ではなかった。

 

所々に刺々しさを感じる艶のある黒髪。青紫色に輝く二つの眼。そして、何処か見覚えのある顔立ち。言葉を失った一夏は辛うじて、絞り出すように呟く。

 

 

 

 

「……………俺?」

 

 

異様なまでに、自分や千冬、数季に似ている青年。瓜二つとは言えずとも、兄弟と言えるほどの顔立ちである。エヌ、そう名乗っていた青年は絶句する一夏を見据え、クスリと笑う。

 

 

「どうしたよ、キョーダイ。まるで生き別れの家族と出会ったみたいな顔しちゃってサ」

 

「なんだよ、お前………一体、何なんだ……?」

 

「初めまして、兄弟。俺の名前はノエル、織斑ノエル」

 

 

織斑ノエル、そう名乗った青年に困惑を隠しきれない一夏。自分と同じ名字で、何故自分とそんなに似ているのか、そんな疑問に答える間もなく、ノエルは懐から拳銃を取り出す。

 

 

「早速だけど、俺達兄妹の為に死んでくれるかな? 兄弟」

 

 

絶句する一夏に銃口を向け、一切の躊躇なく引き金を引いた。

 

 

◇◆◇

 

 

「────陸奥! 長門! エスツー!応答しろ!」

 

 

オペレーションルームにて、千冬は唐突に途絶えた通信に顔をしかめる。学園が襲撃された、それだけの事実を理解してその場から離れる。一刻も早く、避難に協力する為に。

 

すると、自動扉が開く。咄嗟に警戒した千冬だが、扉の向こうから出てきた教師の姿に警戒を緩める。

 

 

「おり、むら………せんせ、い」

 

「どうした、何があった?」

 

「逃げ、て────敵が、後ろに………」

 

 

背中に付けられた切り傷に眼を見開いた千冬は、息絶え絶えである教師を引き寄せる。次の瞬間、扉の隙間から姿を現した影が凄まじい勢いで千冬のいた場所を斬りつけてきた。

 

安静な場所に女教師を寝かせた千冬は、襲撃者へと応じる。大雑把な振り下ろしを回避した直後に手首を叩き、握っていた日本刀を落とさせる。

 

続け様に放ってきた斬撃を潜り抜け、日本刀を拾い上げる千冬。自身の手に馴染ませながら、正面から斬りかかる。襲撃者はコートの後ろに帯刀していたもう一本の日本刀を抜き放ち、二本の刃で千冬の一振を受け止めた。

 

 

刃と刃が拮抗する。多量の火花を撒き散らす中、険しい顔をする千冬を見据え、襲撃者────エスツーは嘲るように笑みを深めた。

 

 

 

 

「─────やぁ、兄弟」

 

「……………っ!」

 

 

咄嗟に反応した千冬はエスツーの顔を睨み、更に驚きに染まる。その瞬間、力が緩んだであろう千冬が押し返された。壁に叩きつけられる千冬に追撃を迫るエスツーであったが、逆に千冬は突貫し、体当たりでエスツーを校舎の外へと押し込む。

 

窓ガラスを破砕し、二人して校舎の外に落下する。だが、千冬もエスツーも、無音の着地を行った。二人は降り注ぐガラスの破片に見向きもせず、目の前の相手しか眼中になかった。

 

 

「────衰えたな。かつてのお前であれば、俺の攻撃を的確に返してきた。あの女を守らなければ、やりようはあったものを」

 

「………結構なことだ。少なくとも、お前に説教される謂れは無い」

 

「そうか? 少なくとも、お前を殺す理由はあるはずだが?」

 

 

改めて、千冬の鋭い目付きが揺らぐ。己の動揺を押し殺し、悟らせないように手首を掴み、力を込める千冬。彼女はエスツーを睨み、問い詰める。

 

 

「お前は、一体何を企んでいる………何故お前は、私の前に現れた?」

 

「今は、S.S.(エスツー)と名乗っている。俺がここにいる理由など、お前が良く分かっているはずだろう」

 

 

それだけの応酬に、千冬は口を閉ざした。恐らく、エスツーの言葉通り、全てを悟ったのだろう。そんな彼女の視線が、一瞬だけエスツーから逸れる。

 

その変化を、エスツーは見逃さなかった。

 

 

「余所見とは余裕だな────ああ、お前が連れていた弟の事か」

 

「…………っ!」

 

「心配しなくても歓迎されているぞ、俺達の弟妹に。あの二人のことだ、五体満足かは保証できんが」

 

 

弟妹? と、怪訝そうになった千冬はその意味をすぐに理解した。いつもの落ち着いた顔から余裕が消え去り、その場から離れようと走り出す。

 

だが、そんな千冬の前に淡々としたエスツーが踊り出る。

 

 

「悪いが通す訳にはいかん。時間までお前を足止めしろ、とあの方から言われている」

 

「そこを退け! エスツー!」

 

「力ずくで退かせてみろ、出来るものならな」

 

 

二つの刀が弾き合う。金属から生じる火花が合図となり、織斑千冬とエスツーは人間離れした剣戟を始めるのだった。恐らく、ISを装備していても介入不可能と言える程の、全てを超越した死闘を。

 

 

◇◆◇

 

 

「────早速だけど、俺達兄妹の為に死んでくれるな? 兄弟」

 

 

パァン!! と、囁くような声を遮るように銃声が響く。唖然と立ち尽くしていた一夏はその銃弾を受ける────より前に、突如姿を現したシャルロットが実体盾を展開する。

 

カァン!、と弾かれた銃弾。何か仕込んでいたのか、ノエルは「ざんねーん」と舌を出す。ようやく意識を取り戻した一夏の元に、戦闘の音を聞き付けた仲間たちがISを展開した状態で駆け寄ってきたのだ。

 

 

「大丈夫!? 一夏!」

 

「あ、あぁ…………悪い、シャル。気ぃ抜けてた」

 

「馬鹿者!襲撃されているのであれば、早く連絡すればいいものを!一人で突っ込むのは愚策だろう!?」

 

 

心配そうに駆け寄るシャルロットと箒に感謝と謝罪を口にする。さっきまでの事実が衝撃的過ぎて、呆然としてしまった。しっかりしなければ、と顔を叩く一夏を尻目に、鈴が襲撃者の方に顔を向ける。

 

 

「さぁ、見せて貰おうじゃない。私達の楽しみにしてたイベントの邪魔したヤツの面を──────え?」

 

 

そして、認識した途端に眼を疑った。少なくとも、それは鈴だけではなく、その場にいた全員も同じであったらしい。

 

 

「………一夏と、織斑先生に………似ている?」

 

「馬鹿な…………教官は、自分の家族は二人だけと、父親と弟だけと言っていたはずだ。…………だが、あの顔、無関係とは………」

 

「────少なくとも、生き別れの兄弟の話は聞いたことはないな」

 

 

明らかに戸惑うセシリアとラウラ、険しい顔付きで睨んでいる龍夜もその事実を噛み締めている。彼等がそう判断するほど、異様に似ているのだ。ノエルと名乗った青年が、一夏や千冬と。アレで血が繋がってないとは思えない、と断言してしまうほどに。

 

 

「エヘヘ、誰かと思えばブロじゃーん! あの時以来だよねん?」

 

「…………まさか、エヌか?」

 

「ピンポーン! 大正解! エヌってコードネームは、俺の本来の名前! 織斑ノエルの頭文字から取ったものでしたー!! パチパチパチパチィ!」

 

「…………このウザさ。間違いない、ヤツだな」

 

「何の基準で判断してるんだよ……」

 

「────盛り上がってるとこ悪いけど、失礼していいかしら」

 

 

声は舞台のセットの上から聞こえた。城のセットの上に立っていた楯無、彼女は静かに微笑みながら降り立つ。だが、その眼は笑っていない。真剣に細められた両眼はノエルを見据えている。

 

 

「この学園の生徒たちの長、更識楯無よ。折角の学園祭を邪魔してくれた君たちに、お仕置きをしないとね」

 

「………へー、俺達に? 是非ともやってみて欲しいね、俺や妹を黙らせられるのはボスだけだから、さ」

 

「────随分と余裕だな。此方はIS操縦者八人、対して貴様は一人。…………死にたくなければ、降参する以外あるまい」

 

「降参─────アハッ、冗談も大概にしなよ。もう勝った気でいるの、カナ?」

 

 

何? と全員が顔を歪める中、ノエルは自身の身体を覆うコートを脱ぎ捨てた。内側に着込まれた専用スーツを体に遠し、ノエルはその手を首────に嵌められたチョーカーへと添える。

 

その違和感に誰もが眼を剥く。本来ならば、この世界の常識であれば絶対に有り得ないこと。だが、例外である二人がこの場にいる。だからこそ、口に出して再認識することが出来た。

 

 

「まさか、お前もISを使えるのか────っ!?」

 

「ISは女の子だけの専売特許じゃないぜ───なんちって」

 

 

チョーカーを押し込んだ途端、真ん中に組み込まれた赤い結晶が輝きを増す。黒いフレームが内側から破裂し、周囲に飛び散る。黒い破片が膨張し、トゲのように伸びた漆黒の金属が、ノエルの姿を包み込んでいく。

 

 

 

黒い闇の中から重々しい歩みと共に、漆黒の機体が姿を現す。逆間接の脚で床を踏み付け、全身に刺々しい突起や鋭利な部分を展開している装甲。腰部から伸びる極太のワイヤークロー。右手には大型のランス形状のブレード、左腕は異様に肥大化したような剛腕。

 

禍々しさを剥き出しにしたその機体を目の当たりにした一同。息を飲む少女たちを他所に、楯無だけは静かに両目を細める。

 

 

「…………『クローチェア・オスキュラス』、貴方だったのね」

 

 

数ヵ月前に、強奪された新型。楯無の完成させた専用機『霧纏いの淑女』のデータを参考させた、攻守一体の強襲機。だが、楯無が嘗て見たデータとその造形は明らかに違っている。彼等に強奪され、改造されたことは明白だった。

 

 

「言っとくが、俺と相棒は強いぜ? 妹が来る前に終わっちゃうかも、ネ?」

 

 

カラカラと笑うノエル。舐められていると、怒りを覚える一同。だが、龍夜と楯無だけはその立ち振舞いから感じられる殺気に感付いていた。

 

そして、不意に身体を揺らした『クローチェア・オスキュラス』が飛び出す。獲物に食らい付くように、一夏たちへと牙を剥いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

同時刻、IS学園の外から客を出迎える来賓室の扉が吹き飛んだ。鋼鉄のドアを砕いて姿を現したのは、八つの装甲脚を展開した茶髪の女性────オータムであった。

 

 

「…………チッ、やっぱここにもいねぇか」

 

 

真っ暗な部屋の中で、オータムは不機嫌そうに舌打ちを漏らす。ハイパーセンサーも人間の生命反応を感知していない。ISによる戦闘も始まっているからか、エネルギー反応を感知してしまうのがうざったい。

 

彼女が探しているのは、今学園に来訪しているであろうエレクトロニクス機社社長 アレックス・エレクトロニクス。少なからず因縁があるオータムはアレックスを捕まえようと息巻いていたが、ここまで出会えないと怒りの方が募ってくる。

 

さっさと後にしよう、そう思っていた直後。声だけが響いた。

 

 

【─────待っていたぞ、オータム】

 

「────ッ!」

 

 

真っ暗な部屋から響く声に、オータムは咄嗟に反応する。それはアリーナでの映像を受け取る大型モニターから送られているものだった。大画面に映し出されたのは、オータムも覚えがある男の姿。

 

 

「ハッ! 会いたかったぜぇ………! アレックス社長よぉ!」

 

【久し振りだな、オータム。いや、元ユニオン部隊のオータムと呼ぶべきか?】

 

 

かつて、オータムはアレックスの部下に当たる立場にあった。エレクトロニクス機社が結成した武装部隊 ユニオンの隊員であった彼女はアレックスや隊長に反発しながらも、生活していた。

 

だが、ある事件を境に、オータムは離反した。共に行動していた仲間を撃ち、輸送されていた第二世代のIS『アラクネ』を奪い、テロリストへと与した。

 

アレックスとしても、エレクトロニクス機社としても、容認しがたい裏切り者であった。

 

 

【あの時のことは忘れないさ。お前の裏切りにより、オレも大いに苦労させられた。アラクネも強奪し、仲間を殺したお前のせいで、どれだけの被害を被ったことか】

 

「お詫びと言ってなんだが──────テメェの首で我慢してやるよ」

 

【相変わらず、過激だな。だからこそ、理解しかねる】

 

 

反骨精神をむき出しにするオータムが裏切った理由、それだけがアレックスの疑問であった。

 

 

【お前は野蛮で粗暴だが、他人に尻尾を振るような人間ではない。ましてや、奴のような存在には特にな。────ああ、もしかしてだが。惚れた相手でもいたか?】

 

「……………」

 

【ああ、納得だ。お前のような狂犬が、尻を振るのも理解できる。さぞ、良い飼い主なのだろうな】

 

「────テメェ」

 

 

だが、あくまでもそれだけ。アレックスにとっては事実を確認しただけに過ぎない。それが正解か不正解でも、答えを知らなくても関係ない。

 

どのみち、結果は決まりきっているのだから。

 

 

「お望み通り、ブチ殺してやるよ。ズタズタに引き裂いてな」

 

【…………それは無理だ。なんせお前はここで死ぬからな】

 

 

アレックスの言葉の直後、ナニかが天井をぶち破って落ちてきた。咄嗟に飛び退いたオータムは、瓦礫から姿を現した赤色のナニかに眼を細める。

 

 

全身を装甲に包み込んだ、異様な機兵。それは片腕に展開した巨大なライフルを持ち上げ、オータムへと向ける。銃口、というよりも砲口を向けられたオータムの耳に、アレックスの声だけが響く。

 

 

【紹介しよう。彼はレッド、我が友────そして、エレクトロニクスの切り札になる存在だ】

 

「………切り札、だと?」

 

【お前は踏み台だ、彼が強くなるための経験値に過ぎない。レッドの覚醒のため、使い潰されるがいい】

 

 

それっきりで、アレックスの声は途切れた。レッドと呼ばれたソレは背中に展開した十本ものカプセルを回転しながら内側へと押し込む。その瞬間、胸に埋め込まれたコアらしき部位が勢い良く稼働し始め、ライフルへとエネルギーを供給する。

 

何か来る、攻撃よりも先に回避を優先したオータムに、だだ純粋なエネルギーの塊、破壊の嵐が殺到した。

 

 

 

 

 

 

「─────クソッ! なんだ、なんだテメェは!!」

 

『─────』

 

 

来賓室から離れ、無人のアリーナへと逃げ込むオータムにエネルギーの奔流が迫る。壁は愚か、緊急時に展開されたアリーナのバリアーすら貫通するほどの破壊力。それなのに、充填も異様に速く、たった数秒もあれば、次の砲撃を行っていた。

 

だが、それ以上に。オータムからすれば解せない事実があった。

 

 

(コイツ───! いつまで撃ち続けてやがる!? 知ってんだぞ! これだけのエネルギー、使い続けてエネルギー切れにならないはずがねぇ! なのに、何でピンピンしてんだ!?)

 

既にレッドは十発も砲撃を繰り返している。オータムの見立てであれば、既にエネルギーの消耗を気にして攻撃の手を緩めても可笑しくはない。なのに、レッドの追撃からはそんな気配が感じられないのだ。

 

 

────オータムは知らない。レッド、彼の纏う新兵器 U.S試作型零号 『アサルト・キラー』の存在を。アレックスがISを越える兵器として産み出した、究極の破壊兵器の力を。

 

 

『アサルト・キラー』の兵器としての強みは、コアとして組み込まれた『ヴォルガニック・ゼノリアクター』にある。

 

 

理論上であれば、戦艦や大都市のエネルギー問題すら解決できる小型化された炉心。それの真価は、無制限に増幅し続ける無限のエネルギーだ。たとえどれだけエネルギーを消耗しようと、数秒も経てば失ったエネルギーの倍以上が増幅されていく。

 

故に、『アサルト・キラー』にエネルギー切れの心配はない。どれだけ時間が経とうとも、彼が力を使い尽くすことなど有り得ない話なのだ。

 

 

「────ッ!調子に乗ってんじゃねぇぞ!ガキが!!」

 

 

逃げから一転、全ての装甲脚を攻撃に切り替える。両手のカタールを握り締め、装甲脚の射撃を続けながらレッドへと近付いていく。近付きさえすれば、恐れるに足らず。奇っ怪な蜘蛛のような動きで距離を詰めていくアラクネに、レッドは砲撃の手を止めた。

 

 

『─────』

 

 

代わりに、ライフルから莫大なエネルギーを放射し続ける。レッドはライフルの掴む手を変えると、ライフルをまるでブレードのように勢い良く振るった。

 

後に起こることを予想したオータムは全身の寒気に従い、回避に全力を尽くす。ガガガガガガガガッ!! と、壁や天井を切り裂く極太レーザーの刃に、蜘蛛の子を散らすように逃れるオータム。彼女の直感は正しかった、ISのシールドに過信していれば、一撃で絶対防御が発動していた。

 

 

「クソみたいな攻撃しやがって! だが、隙だらけだっ!!」

 

 

笑みを浮かべたオータムはカタールを仕舞い、両手で何かを弄っていた。真っ白な糸を指で編み込み、それをレッドへと放つ。

 

ライフルを向け、消し飛ばそうとしたレッドであったが、クモの糸のようなものを全身に受ける。粘着性があるらしく、それはレッドの身体を捕らえ、身動きを封じる。声を発することなく、レッドは地に落下するのだった。

 

 

「───貰ったぜ………散々舐めた真似しやがって、ブッ殺す前になぶってやる…………!」

 

『─────』

 

「ナニ、黙ってやがる………とっとと喋ってみろよ、命乞いでもなんでも、聞いてやるからよぉ」

 

 

身動きできないレッドを痛め付けようと、装甲脚を構えるオータム。だが、油断した。完全に動けないとオータムは慢心してしまったのだ。

 

 

ガシャン!! と、レッドの背中から、腕が生えた。複数の間接を有するその腕は、オータムの腹を抉るように叩き込まれた。

 

 

「あガッ!?────て、テメェ………!?」

 

 

吹き飛ばされて、何とか立ち上がったオータムは信じられないものを目の当たりにする。クモの糸に捕らわれたはずのレッドの、『アサルト・キラー』が泥のように崩れ、別の形へと変形していた。

 

ドスドスドス! と、肉体を引き裂くように、無数の装甲腕が展開していく。液体のような形から再構築された装甲がレッドを包み込み、完全な変化を終える。

 

 

クモのように八本の装甲脚を有する『アラクネ』に対し、変形した『アサルト・キラー』の装甲腕は十本。人間のような姿から一転、アラクネよりも異形と化したその姿に、オータムは気負されていた。

 

 

『────お前は』

 

「………あ?」

 

『お前は、何故ISを使う。何故ISで、人を傷付けようとする』

 

 

レッドが、初めて言葉を発した。だがその声は震えている。心の内に煮え滾る、強い怒りによって。その怒りを感じ取ったオータムに、レッドは言葉を続ける。

 

 

『────オレは、お前たちを許さない』

 

「…………っ」

 

『他人を簡単に傷付けようとするお前たちのような人間を。オレから全てを奪ったISを。今度はオレが、お前たちの全てを壊してやる』

 

 

強い呪詛に応えるように、アサルト・キラーが動き出す。

 

 

◇◆◇

 

 

「─────素晴らしい。流石だな、レッド。オレの見込んだ通りだ」

 

 

状況をモニタリングしていたアレックスは座席に腰掛けて、満足そうに頷く。あくまでも、オータムとレッドの戦いは実験に過ぎない。レッドの性能を、彼の実力を高めるための

 

『アサルト・キラー』は、戦いによって成長する機能を有する。相手の特徴や武装、能力を受ければ、『アサルト・キラー』はそれに適応する。適応してしまえばアサルト・キラーは進化と変形を同時に行う。レッド本人の戦意が途絶えるまで、アサルト・キラーは負けることはない。敵と戦えば戦うほど、より強く進化していくのだから。

 

 

「────お楽しみの最中ですけど、宜しいかしら?」

 

 

ふと、アレックスはタブレットから眼を離す。入り口の扉は開け放たれており、そこに一人のスーツ姿の美女が立っていた。彼女の姿、その顔をアレックスは知っている。

 

 

「─────『亡国機業(ファントム・タスク)』のスコールか。生憎、オレはお前に用はない」

 

「貴方には無くとも、私にはあるのよ? ────『鍵』を、貰おうかしら」

 

「…………やはり、それが目的か」

 

 

タブレットを仕舞ったアレックスの顔が一気に険しくなる。それは絶対に触れてはいけないタブーであった。アレックスが他人に譲ることも話すことも絶対に有り得ない、聖域を開く『鍵』。

 

 

「失せろ、賊。世界樹は先生の墓標だ、博士の領域だ。貴様らのような賤しき者に、踏み込む資格などない」

 

「そういうワケにはいかないのよね。フェイス様のご意志なのだから」

 

「…………ますます渡せなくなった────そして、貴様を生かす道理も消えた」

 

 

静かに、アレックスが隣のケースに触れる。中に格納されていた五つの球体。何らかのボールらしきそれを、足元へとぶちまけた。

 

 

「────起動せよ、ウロボロス・ゼクター01」

 

 

瞬間、球体から赤黒い液体が噴出された。無制限にあふれでるそれは球体を包み込んで、ヒトの形を為していく。ナノマシンで構成された液体は装甲を作り出し、その身に纏う。

 

少しした後に、五体のヒト型の機械が起き上がる。胸に展開したコアを妖しく輝かせる無機質な兵器に、スコールは感心したように笑みを深める。

 

 

「新兵器ね。面白いものを使っているようで」

 

「────我等の大願を阻む邪魔者だ、殺せ」

 

 

部屋から出ていく直前、アレックスはそう告げる。彼の言葉を認識した五体の兵器─────ウロボロス・ゼクター01が、スコールを敵として捕捉する。

 

 

「仕方ないわね────遊んであげるわ」

 

 

受け入れるかのように両腕を広げ、微笑むスコール。瞬間、彼女の全身を炎と黄金の装甲が包み込む。その場に現れたのは、金色に身を染めたスコール専用のIS 『ゴールデン・ドーン』であった。

 

 

迫り来る五体のウロボロス・ゼクター01 が、スコールの放った業火に焼かれる。超高熱の炎に曝されたゼクター01たちが沈黙するのを確認したスコールは、つまらなさそうに興味を消す。

 

 

「まぁ、ISでもなければこの程度ね。期待するだけ無駄だった────では、なかったかしら」

 

 

言いながら、スコールは自身の考えを訂正した。炎に焼かれていたはずのゼクター01が起き上がる。熱により熔かされていた装甲が、火が消えると共に元に戻っていた。

 

 

「何かタネがあるみたい───ま、確かめてみれば良いわね」

 

 

スコールは圧縮された超高熱火球を放つ。接触後、炸裂した業火に焼かれるゼクター01であったが、今度は全く効いているように見えない。それどころか、平然と腕を銃に変形させ、攻撃に転じる。

 

 

「…………ああ、そういうこと」

 

(相手の攻撃に適応するのね。装甲を耐熱性のあるものに変化させる───確かに、ISを相手に出来る新兵器かもしれないわ)

 

 

ゼクター01の特性を完全に理解するスコール。中々面白い仕様だと、満足したように笑う。きっとそこいらの学生が相手なら、完封するに容易いだろう。

 

 

「─────それでも、所詮は量産型。どれだけ適応しようと、私の『ゴールデン・ドーン』の炎には耐えられない」

 

 

余裕、圧倒的な自信を見せ、スコールは灼熱の火球を生み出す。炎の中で揺れ動くゼクター01たち向けて放たれた業火は、炸裂と同時に爆炎となって辺りを焼き尽くした。

 

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