IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第94話 拒絶、そして───

「─────早速だが、今回の騒動は外部勢力からの襲撃と判断されている」

 

 

理事長室に集められた一同の前で、千冬が淡々と事態の全貌を話す。彼女の近くで、いつも穏やかそうな時雨理事も何処か張り詰めた雰囲気を滲ませていた。笑顔なのには変わらないが、今ではそれが仮面のような空虚さを感じさせる。

 

短時間で纏め上げた資料を手に、千冬は理事長と一夏たちへの話す。

 

 

「襲撃者たちの殆どは無人兵器であった。大半は陸奥、長門、エスツーが相手をしていたらしい。…………お前たちが相手をした奴等とは別に、他二名のIS操縦者も居た。その二名は、学園に来賓として来ていたエレクトロニクス機社 社長を狙ったとの話だ」

 

話を聞いた所、社長であるアレックスが証言したらしい。襲撃したISの一つはアメリカが強奪された『アラクネ』であると、その操縦者はアメリカの人間であったことも、全て話してくれた。

 

千冬としては、アレックスの発言に嘘はないと確信している。昔の付き合いもあり、彼が回りくどい事をしですかようには見えない。恐らく、本格的に被害者の一人なのかも知れない。

 

 

「話を聞こう。お前たちの方では何があった?」

 

 

一夏たちは、素直に事の詳細を話した。アリーナでの襲撃、強襲してきた二機のIS それを操るエムという少女、エヌ────織斑ノエルと名乗った少年。

 

そして、後に姿を現したフェイスとの交戦。突然姿を消した彼との騒動の全てを聞き、千冬と理事長は静かに眼を伏せる。

 

 

「…………そうか。ご苦労だったな、お前たち」

「無理をさせてすまない、君たちが無事で何よりだよ」

 

 

二人の大人(一人はまだ少年だが)からの穏やかな言葉を、一夏たちは聞き入れた。ただ一人、彼等から距離を取った龍夜だけがマトモに反応をしなかった。強い苛立ちに顔を歪め、不機嫌という感情を誤魔化そうとしない。

 

 

「───お前達に話しておきたいことが、他にもある」

「…………何でしょうか?」

「学園のネットワークに、何らかのデータが残されていた。時間的にも、フェイスとやらのものだろうな」

 

 

そう言って、空中のホログラムに一つの画像が照らし出される。無数の記号やアルファベットの羅列。難解なその文に、誰もが疑問を示す。その意味を理解した、ただ一人を除いて。

 

 

「複雑な暗号で、解読には時間が掛かる。だが、何かを伝えようとしているものだと─────」

「…………舐めやがって」

 

 

突然の悪態に、千冬を含めて全員が驚く。ビキビキ、と激しい怒りに震える龍夜がそこにいた。本来であれば、説教されるはずなのだが、千冬すらも彼の放つ怒気を察知していたらしい。

 

千冬の視線、意味を問う眼差しを受け、龍夜は不愉快そうに吐き捨てる。そこまでの怒りを覚える、理由を。

 

 

「果たし状ですよ、これは」

「………なんだと?」

「…………指定の時刻まで、指定の場所に来い、と。ホントに舐められたもんだな、何処までヤツは俺の事を馬鹿にしてやがる」

 

 

不機嫌そうに、龍夜はホログラムを発生させる装置に近付く。千冬の制止すら無視し、取り出したチップをスマホに連結した装置に差し込んだ。そしてすぐに、チップを装置に戻す。恐らく、中のデータだけをコピーしたのだろう。

 

 

「…………暗号の方は解読してみます。ヤツが待ち構えているのなら、話が早い」

「────待て、蒼青。果たし状には、何と書いてあった?」

「……………」

「────答えろ。そこには何と書いてあるのか、そう聞いている」

「…………答える意味があるとでも?」

 

 

絶対零度のような詰問の声に、龍夜は物怖じしない。それどころか鋭い目付きで、千冬を睨み返す。地獄のように低温を通り越した空気の中で、割って入れる者は誰一人としていない。

 

そんな空気を打ち破るように、口を開く声があった。

 

 

『────龍夜くんに、向けたものなんだよ。この果たし状は』

 

 

龍夜のスマホの中に居る人工知能、電子妖精 ラミリアだ。彼女が千冬へと、この場に居る皆に全てを明かした。その声は何時ものような天真爛漫さもなく、必死さを漂わせている。

 

本当か、と問い詰める皆の視線に龍夜は口を閉ざす。ひきつった口を噛み締め、次に口にしたのは取り繕う為の、否定の言葉だった。

 

 

「………違う、そんなことはない。嘘を言うな」

『違わないもん! だって、龍夜くんのことを言ってるんだよ! 家族の仇を討ちに来いって、書いてあるから!』

「……………ラミリア、頼む。黙ってくれ」

『黙らない!だって、龍夜くんは一人で行くつもりでしょ!? 先生に止められるって分かってるから! 皆に邪魔されたくないから、一人でアイツに挑むつもりなんでしょ!? 死ぬかもしれないって、分かってるのに─────!!』

「────黙れと言ってるんだッ!!」

 

 

爆発するような怒声に、ラミリアは口を閉ざした。その顔は涙を堪え、必死に震えている。画面に移る彼女の目を見て、龍夜は「…………くそっ」と、吐き捨てるしかなかった。

 

それだけで、ラミリアの言ったことが全て事実であることは明白だ。舌打ちを吐き捨て、龍夜はその場から離れようとする。

 

 

「何処へ行く、蒼青」

「────ヤツを殺しに行く。これは俺個人の問題です、止めないでいただきたい」

「残念だが、承伏しかねる。私はお前の担任であり、お前はIS学園の生徒だ。生徒であるお前を危険に晒すことは出来ない。悪いが、抵抗するなら力ずくで制圧するぞ」

 

 

呼び止める千冬の言葉に、嘘偽りはない。その気になれば全力で龍夜を無力化することが出来るのだろう。龍夜とて、正面から反抗するつもりはない。織斑千冬に勝てると思うほど、自惚れる気はない。

 

 

「今更、バカ正直に逆らう気はない。だが此方としても考えがある」

 

 

溜め息と共に、龍夜は足元に置いていたバッグからファイルを取り出す。ファイルから抜き取った書類を、理事長の机へと叩き付けた。

 

 

「っ!? これは───」

「………君は、そこまで………」

 

 

千冬と時雨の二人が、言葉を失う程の物。気になった一夏たちも何とか覗こうとするが、目の当たりにした者はすぐにも硬直してしまった。一つの文字が、彼等の意識を大きく揺るがしたのだ。

 

─────『退学届』という、一文字を。

 

 

「────俺がIS学園から退学すれば、全てカタが付く。だから、これにサインをしろ」

 

 

一気に、空気が凍り付いた。本気で言っているのか、と一夏たちの視線が龍夜に向けられる。しかし、彼は見向きもしない。意図的に、眼を逸らしているようにも見える。

 

嘘だと否定して欲しかった。だが、無言のまま平然と立ち尽くす龍夜に、徐々に事実だと理解させられた。

 

 

「………本気で言ってるのか」

「本気も何も、大マジだ。アンタ達が俺を守るのは生徒だから、だろ。 なら自分から生徒を辞めるって俺の意思は無視できない、何よりこれなら学園の立場も揺るがない。お前らは面子を保てる、散々面倒を起こす問題児を追い払える────Win-Winな話だ」

 

 

淡々と語る龍夜は、千冬の顔を見ようともしない。彼女の顔は、それ程までに動揺に揺れていた。それでも、引き留めようと言葉を探しているのだろう。口を閉ざし、噤んでいた千冬に代わって、理事長が答えた。

 

 

「────良いだろう。それが君の覚悟なら、僕らに止める権利はない」

 

「っ! 理事長!!」

 

「………IS学園は外部からの干渉を許さない。だが、それはあくまでも外部の話。生徒本人の意向を、拒否することは出来ない。僕たちIS学園にも、自主退学の余地は残されているからね」

 

 

ここまで来て引き下がる気はない。龍夜から放たれる無言の圧力から全てを受け止めたであろう理事長は諦念したように笑うしかなかった。悔しそうに押し黙る千冬の前で、時雨は自分の名前をサインする。その横に、判子を押そうとしたところで、龍夜の眼を見据えた。

 

 

「この判子を押した時点で、君はIS学園の生徒ではなくなる。君はただ一人の一般人であり、この学園に立ち入る資格もない………君がどうなろうと、僕たちに手出しも干渉は出来ないだろう。──────復讐を果たしたとしても、君はここに戻れないんだ。それでも、良いのかい?」

 

「…………覚悟の上だ。今更躊躇うつもりもない」

 

「そうか………残念だよ」

 

 

静かに、本当に残念だと呟き、時雨理事長は判子を押した。止めることなど、誰にも出来なかった。静寂の中で理事長は退学届を手にし、両目を伏せる。

 

 

「承認した────たった今から、君はIS学園を退学した。もう僕らに君を止める理由はない」

 

「────数ヶ月の間、世話になった。俺のことは好きに忘れてくれ」

 

 

千冬と時雨、二人に向けて深く頭を下げる龍夜。そんな彼の言葉に、二人は何も返さない。それでも充分だった。そのまま立ち去ろうとする龍夜を、一夏は呼び止めた。

 

 

「────龍夜!」

 

「……………」

 

 

扉に掛けた手を下げ、龍夜は振り返る。そこに、全員が並んでいた。一夏も箒も、セシリアも鈴も、シャルロットもラウラも、そして楯無も。そんな彼等に、龍夜は一瞬だけ言葉に迷いながらも─────口にするべき、無機質な言葉を告げる。

 

 

「そういうことだ。俺は今から暗号の解読を始める。ここから離れてな」

 

「本気で、本気で言ってるのかよ!? 本当にお前は、それで良いのか!?」

 

「…………最初からこの為に、俺は学園に来たんだ。目的を果たせないなら、ここにいる意味はない」

 

 

だからこそ、あの退学届を入学した時から書いていたのだ。この日の為、この時の為、ヤツを追う為────自分に絡み付くであろうしがらみから解き放たれる為に。

 

蒼青龍夜は、一度も目標を違えたことはない。自分はあの時から、変わってなどいない。フェイスへの復讐の為に、蒼青龍夜はここまで来たのだ。その意思は、今になってもぶれることはあり得ない。

 

 

「────死ぬわよ、龍夜くん」

 

「……………はぁ?」

 

「フェイスは、貴方が勝てるような相手じゃない。ほぼ間違いなく、貴方も死ぬわ。勝てたとしても、恐らくは相討ち。貴方は絶対に、フェイスを倒して生きて帰れる保証はない。…………ほぼ間違いなく、貴方が殺されて終わるわよ」

 

 

冷徹に、それも容赦なく告げる楯無。いつも不機嫌になるであろう龍夜は顔を歪め────笑い始めた。抑え込んでいた衝動を吐き出すように、大声で笑い出す。その様に、楯無は真顔のまま「…………何が可笑しいの」と詰め寄った。

 

そんな彼女に、龍夜は呆れ果てたように吐き捨てる。

 

 

「呆れたもんだ。生徒会長ともあろう者が、なんて情けない。この俺が、今更自分が心配で引き下がるとでも思ったか?」

 

「…………っ」

 

「良くて相討ち?────上等だ。ヤツを殺せるなら、俺は何だってする。元より、これ以上生きる理由なんてない。それこそ、この命を捨ててソレが果たせるなら、安いものだ」

 

 

本気で言ってるのか、と絶句してしまう。そうまでする程に、命を捨て去る程に、蒼青龍夜の憎悪は強く深いものなのかと。

 

彼は最早、自分を何とも見ていない。天才と自負し、自信満々に振る舞っていた彼にとって、自分の命は復讐よりも軽く、大事にするものではないのだ。

 

その瞬間、その言葉を聞いた一夏の頭が────爆発した。

 

 

 

「お前────それだけは駄目だろ!!」

 

 

思わず、掴みかかる。怒りに駆られた一夏は胸ぐらを掴んだまま、龍夜を壁に叩き付けた。あまりにも直情的に、衝動に従った、感情的な行動だ。一夏がそこまで怒りを覚えたのも、理由があった。

 

自分が死のうと関係ない、何なら望んで死んでやる。そんな言葉を、堂々と口にしたのだ。自分達の前で────彼に好意を向けているセシリアやラウラに向かって。

 

 

「お前がアイツを憎いのは分かる! その気持ちは理解できるさ!! けど、それだけは、そんなこと言うのは駄目だろ! 俺や箒、鈴もシャルも、楯無さんも千冬姉も理事長も、セシリアもラウラも! 皆お前のことを心配してるんだぞ!? なのに、どうしてそんな捨て鉢になれるんだよ!?」

 

「……………俺に、復讐を諦めろとでも言うのか?」

 

「違う! もっと他にあるだろ!そんな無茶しなくても! 俺達だっているんだ、もっと自分を大切にしろよ! 俺達にも、頼ってくれよ!!」

 

 

本心から言葉。一夏にとって龍夜は大切な仲間であり、数少ない友人であった。だからこそ怒りと憎しみに囚われている龍夜を止めたいと言うのも、本心だった。

 

ただ、悲しいかな────蒼青龍夜の心には、届かなかった。

 

 

「────はッ、自分を大事にしろ? 俺達がいる? 本当に、おめでたいんだな」

 

 

侮蔑するように吐き捨てる龍夜に、一夏は「何だと!?」と食いかかる。詰められた龍夜は自嘲するように笑い、項垂れた。

 

俯いた彼は、両手を見下ろしながら語り始める。

 

 

「昔の俺は何も理解してなかった。けど、今になって分かる─────俺は、俺の家族が大好きだった。家族が笑っていられるのなら、俺は何も求めなかったくらいに」

 

「………龍夜」

 

「けど、父さんと母さんは殺された。義兄さんと百合姉さんは俺を置いて復讐して、殺された。そして、零姉さんは失明し、心も殺された。皆、誰かに殺されたんだ」

 

 

家族への愛があったからこそ、憎悪へと膨れ上がったのだ。自分の才能を認識し、認めない相手を凡愚と見下す龍夜にとって、家族とは唯一無二の存在だったのだろう。

 

一夏だってそうだ。自分の父と、姉は大切な家族だ。だからこそ龍夜のことは理解できると信じていた。だが、龍夜はそう思ってなかった。

 

 

「一夏。お前、気持ちは分かるって言ったな。じゃあ教えてくれよ。どんな気分だったと思う?」

 

「えっ」

 

「何処か遠くで家族が誰かに殺されたと知った時、その家族が最期まで自分の子供の心配をしていたと知った時。二人の遺体も国連に奪われ、遺骨の無い棺の前で葬式をした時。家族を殺した相手が今も平然と生きていると理解した時、どんな気持ちだったか、お前に分かるか?」

 

 

呪詛のような、濁りきった声。その声に、一夏は答えられない。だって、そうだ。一夏はそんな経験をしたことはない、そんな体験をしたことのない彼には、答えられるはずがない。

 

震えたその手は、一夏の方に伸びる。上げられた顔から見える、怨嗟を灯した眼光。呼吸すら出来なくなった一夏に、激情を宿した龍夜が叫んだ。

 

 

「分からないよな? 分かるはずがないよな─────何も失ってないお前に!俺の気持ちなんて分かる訳ないだろうがッ!!」

 

 

 

龍夜の手が一夏の胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げる。男子とは言えど、それ相応の重さのはずだが、龍夜は軽々と持ち上げていた。胸元を圧迫され、一夏は言葉が出ない………それどころか、息すら儘ならない。

 

突然の行為に、箒が飛び出そうとする。それを制したのは鈴音だった。本来ならばいち早く怒るはずの彼女ですら、この状況に割って入ることすらしない。いや、出来ないのだろう。

 

 

「言えよ! 言ってみろよ! どんな気持ちだ!? 分かるんだろ!? 実の親が殺されて、その事をニュースや新聞で取り上げようとマスコミに詰められて、家族の死をネタにされるのがどんな気持ちか! 家族が自分の前から次々と消えていくのが、どれだけ辛いか! 大切な姉が、他人の八つ当たりで傷つけられて、心を壊された時の絶望がどんなに深いか! 教えてくれよ! 分かるって言ったよなぁ! お前!!」

 

 

答えられない一夏に、龍夜の思考が冷静になっていく。次第に力が緩み、まるで放り投げるように一夏から手を離す。吹き飛ばされ咳き込む一夏を見下ろし、龍夜はどうでも良さそうに吐き捨てる。

 

 

「これは俺の生き方、俺の命だ。勝手だろ、自分の命の使い方を、自分で決めて何が悪い」

 

「………っ、お前…………!」

 

「───家族を失っても、同じことが言えるか見物だな」

 

 

言われて、一夏は口ごもった。何も言えず項垂れる彼から目を離し去ろうとする龍夜だが、すぐに歩みを止めた。彼はスマホの中で、必死に呼び止めるラミリアを見る。

 

 

「………お前も、俺の邪魔をするか。ラミリア」

 

『邪魔なんかじゃない!助けたいんだよ! 龍夜くんを死なせたくないから! だって、私の家族だから!』

 

「─────そうか」

 

 

僅かな沈黙の後に、龍夜はスマホを操作した。短い動作に戸惑うラミリアだが、彼女の姿は龍夜の端末から消える。ふと、電子音に気付いたシャルロットがスマホを取り出すと、ラミリアはそこに移動させられていた。

 

本人も戸惑いを隠せない。だが、すぐに龍夜のスマホから弾かれことを理解する。

 

 

「………シャル、ラミリアを任せた。その子と一緒にいてやってくれ。友である、お前に託す」

 

「龍夜………っ」

 

『嘘、ウソ、ウソ! 止めて!止めて! 一緒に連れてってよ! お願い!お願いだから!─────マスター!!』

 

 

後ろからの声に、龍夜は反応しない。する訳にはいかない。『復讐』という選択をした以上、彼等と同じ道は歩けない。彼等が自分を、蒼青龍夜を止めようとすると分かっているから。

 

その上で、今生の別れになると覚悟し、龍夜は最後の言葉を残した。

 

 

「────じゃあな。お前らと出会えて、楽しかった。けど、もう俺の邪魔をするな。俺も、お前らの邪魔はしない。二度と」

 

 

そうして、龍夜は扉から出ていった。もう二度と戻ることはない。深く下げた瞳を開いた時には、胸の中に渦巻いた感情はない。フェイスへの憎悪に染まった瞳で、世界を見据えるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「────あいつ、あんなこと言うなんてね」

 

 

沈黙の最中、肩を竦めて鈴が一言漏らす。軽口という割には、複雑そうな表情であった。何も言えない、明らかに落ち込みを通り越した空気の最中、項垂れていた一夏が縋るように千冬へと声をかける。

 

 

「………千冬姉、アイツを助けには………」

 

「────それは無理だ、織斑くん」

 

 

バッサリと、時雨が一夏の言葉を斬って捨てた。常時のような笑顔ではなく、学園の理事長としての真剣な顔立ちである。

 

 

「彼は最早、IS学園とは無関係の人間となった。この退学届がある以上、君たちが彼を連れ戻すことは出来ない。出来たとしても、暴行や誘拐という行為になる。僕たちIS学園でも、無関係な一般人に干渉は出来ないのさ」

 

「…………龍夜を、見捨てろって言うんですか」

 

「それが彼の望みだ。たとえ今の君たちが連れ戻しにいっても、拒絶されるのが関の山だと思うし。懸命だろう」

 

 

あまりにも無慈悲で、あまりにも冷酷な判断だった。悔しそうに口を噛み締める一夏だが、いつものように食い下がることもない。そんな子供たちを見渡した時雨は、静かに告げた。

 

 

「────君たちも少し休みなさい。色々と問題が立て続けに起きてるからね、整理する時間が必要だろう」

 

 

皆、意見することはなかった。理事長の部屋から出た後、各々は即時解散することになる。彼等の心に、深い影を残しながら。

 

 

 

◇◆◇

 

 

そして、人のいない学園の庭園。僅かなエリアに設立されたそのエリアのベンチで、一夏は力なく座っていた。自身の掌と、待機状態の白式を見下ろす。

 

 

「…………何してんだろうな、俺」

 

 

強い無力感が、一夏の身体に押し掛かる。いつもの自分ならば、何とか奮い立っていただろうが、今はそんな気力すらない。

 

 

 

「皆を守るって、決めたはずなのに…………友達一人も、守れやしないなんて」

 

 

あの時、誓ったはずだ。

この手で、その力で、皆を守ってみせると。仲間を、大切な人を、何より─────越えたいと、並びたいと願った青年(友達)を。

 

だが、友はそれを望んではいなかった。必死に差し伸べた手は、強い拒絶と共に振り払われた。彼は、仲間など必要としていなかったのだ。彼には、復讐だけが全てだから。

 

 

「…………俺は結局、何も分かってなかったんだな」

 

 

龍夜の過去を知った時、両親を殺されたと聞いた時は酷く憤った。そして、同情し、彼のことを支えたい、そう思っていた。それが浅はかであったと、今になって理解する。

 

蒼青龍夜の憎悪は、何よりも深かった。全てを切り捨てでも、己の命すら使いきってでも復讐を目指す程に、彼にとって家族は絶対の存在だったのだ。

 

 

────じゃあ教えてくれよ、どんな気分だったと思う?

 

 

あの時の言葉が、ずっと木霊する。気持ちは分かる、そう言った言葉に嘘はなかった。どれだけ辛いのか、どれだけ憎いのか、理解できると思ってたことに。

 

だが、ああ言われてようやく自分が何も分かってなかったことを理解した。分かるはずもない、織斑一夏は蒼青龍夜のように家族を失っているわけではない────理解など、出来るはずもないのだから。

 

 

守ることも助けることも、一夏としては躊躇はなかった。だがそれは、仲間であることが────信頼されていることが前提だ。仲間ではないという強い拒絶を受け、どうすれば良いのか分からずにいた。

 

 

─────故に、織斑一夏には助けに向かうという決断が出来なかった。初めて他人からあそこまで拒絶されたこともあり、怖かったのだ。またあんな眼で見られることが、手を振り払われることが。

 

そんな自分に、嫌悪を隠せない。どうしようもない程自分勝手な自分に、呆れるしかない。かと言って、どうしようもない以上、一夏はこの場で自己嫌悪に浸ることしか出来なかった。

 

 

そんな最中、険しい声が響いた。

 

 

「────何をしている」

 

「………?」

 

「ここで何座っている、と聞いている」

 

 

前を向くと────真っ白な鎧が、そこにあった。ただ、純白というわけではない。その鎧には白以外に赤色や銀色などの装甲が目立っている。自然と白騎士…………白式に似てると思ったのは、気のせいだろうか。

 

思わず、一夏は幻だと受け止めた。ここに知らないヤツがいるはずもない。恐らく、自分の罪悪感とやらが見せる幻影だろう。そうやって俯く一夏は、幻影に答えることにした。

 

 

「何をしてる、か。何したいんだろうな、俺は」

 

「………ふざけているのか?」

 

「俺ってさ、ガキだったんだ。皆を守れるって、友達を助けられるって、本気で思ってた。けど、俺に何か守れたのか?」

 

 

ヴァルサキスの脳として利用された人工知能 ミハイルは、友達の前で死ぬことになった。親友の海里暁は、自分の知らない場所で殺された。そして、蒼青龍夜を助けるどころか、拒絶される始末だ。

 

今の自分に、友達一人を助けに行って────その手を取って貰えるのか、そんな疑問が一夏の心を縛っていた。

 

そんな彼の思いを知り、幻と思われるモノは────、

 

 

 

「……………それで? それが諦める理由なのか?」

 

 

強い感情を秘めて、アッサリと告げた。何だと、と視線を向ける一夏に、幻影は嗤う。軽蔑を隠さず────心から、嘲笑う。

 

 

「相手に拒絶された、だから諦めた。その結果、そいつが死んだ。けど、仕方なかった………だって、助けを振り払われたから、拒絶されたから─────お前はそうやって諦める自分を正当化する訳だ。何ともまぁ、ガキの考えることだ」

 

「じゃあっ!! 一体どうすればいいんだよ!?」

 

 

あまりにも辛辣な言葉に、思わず言い返す。多くの戦いの結果、何も守れてない自分の力すら信じられなくなっていた一夏。だから、今の自分に助けられるのか、とすら考えてしまう。

 

 

「───知ってるヤツの話をしよう」

 

 

深い静寂を経てようやく、口を開く。幻影は懐かしむように語り始める。

 

 

「ソイツは誰よりも正義感が強く、誰よりも情に厚く、誰よりもバカだった。ソイツは皆を守る為に戦い、それを貫き通して死んだ─────たった一人の息子を、置き去りにしてまでな」

 

「………何が、言いたいんだよ」

 

「────救いようのないバカで親失格だが、俺はそこだけは評価してる。他人を助ける為に命を張るようなヤツだが、最後まで曲げなかったあの人のそういうとこは────否定はしないし、そこだけは信じられる」

 

 

顔を覆う鎧で見えなかったが、その相手とは複雑な相手なのだろう。嫌いと言わんばかりの言葉に籠められていたのは、それとは正反対の感情であるからこそ。

 

本当に幻影か? と思わず疑問を覚えた一夏。そんな彼に、幻影なる鎧はハッキリと、言わんとすることを口にした。

 

 

「─────だからこそ、俺は自分を曲げるつもりはない。どれだけ苦難の道となろうと、俺は自分の決意した望みを叶える。その望みを果たすまで、俺は止まることもないし、逃げることも有り得はしない。それこそが、力を求め、与えられた力を受け入れた者の責任だからだ」

 

「…………あ、」

 

 

そこで、一夏は思わず息を呑む。思い出すのは、初めてISに触れたあの日と、初めて白式で戦った時のこと。

 

一夏は望んで、自分の意思で触ったはずだ。そして、自分の意思で白式を受け入れ、自分の意思で刃を手にした。その時点で、織斑一夏の原点はそこにあったのだ。

 

────大切な皆を自分の手で守る、とそう誓ったのだ。その掌にある力、手首に嵌められた待機状態の白式。それらの重さを、改めて感じる─────かつて自分が決意した、覚悟の重さも。

 

 

「お前だってそうだろ、織斑一夏。何のために学園に来た。何のために白式を受け入れた─────何のために、強さを求めた」

 

「俺は…………っ」

 

「なのに何故立ち止まっている。怖いからか?助けられないことが! 恐ろしいのか? また拒絶されることが!────俺の知る織斑一夏は! そんな腑抜けではなかったはずだ! お前自身が、誓ったはずだ! 何があっても、あらゆる理不尽から皆を守ると! その為に戦ってきたんじゃないのか!? それともアレは────お前にとっては格好つける為の出任せだったのか!?」

 

「そんなワケ、ねぇだろっ!!」

 

 

立ち上がった一夏は、大声で否定する。さっきまでの自暴自棄とは違う、自分自身を取り戻した男の言葉であった。

 

幻影は感心すら訳でもなく、鼻を鳴らす。立ち直らせた一夏のことを当然だと言わんばかりに見据えながら────ふと、指差した。

 

 

学園の向こうに見える、海を。深く、輝かしい蒼に満ちた地平線。そちらを指差したまま、幻影は厳しく告げる。

 

 

「…………なら戦え。どれだけ辛い道になろうとも、お前に止まる選択肢はない。自分自身の選んだ道だろ、途中で諦めるなんて、俺は認めない」

 

「…………ああ」

 

「───死ぬまで誰かの為に戦え。お前自身が選んだ道だ。今更止めることなど許さない。許される訳がない。たとえ未来に待つのが絶望であっても、抗い続けろ────青臭い理想でも、最後まで抗うこと止めなければ、必ず叶う。お前自身が、信じる限りな」

 

 

蒼い海を見据えた一夏は、勿論だと答えた。もう二度と、迷わない。揺らいだままではいられない。景気付けに頬を叩き、強い痛みを感じ取る─────これで、充分だ。

 

 

ふと、隣を見た。そこにいるはずの姿はなく、完全に消え去っていた。やはり、幻影だったのだろう。それでも、感謝は言いたい。あの幻影の叱咤が無ければ、織斑一夏は織斑一夏ではなくなっていた。

 

 

「─────一夏」

 

 

振り返ると、そこには箒が立っていた。恐らく自分の様子を見に来てくれたのだろうか。表情に残る不安は、一夏の顔を目にしたことで消え去った。

 

 

「………心配になって声をかけに来たが、大丈夫だったみたいだな」

 

「ああ、俺の方は大丈夫さ…………ところで、どうしてここに?」

 

「───お前と、考えていることは同じだ」

 

 

ふと、箒の後ろに鈴たちがいることに気付いた。此方を待っているように並ぶ皆の姿に一瞬だけ戸惑うが、あくまでも一瞬だけだ。

 

 

「連れ戻しに行くぞ、私達の仲間を」

 

「─────おうッ!」

 

 

少年少女たちは誓う。彼を助けに行くと、己自身の心に、魂に誓って。

 

 

◇◆◇

 

 

「───理事長っ!!」

 

「やぁ、君達。休むように言ったんだが、もう良いのかな?」

 

 

部屋に踏み込んだ一夏達を、時雨理事長は何時もの笑顔で迎え入れた。千冬はその近くでコーヒーを淹れていたようだ。理事長に頼まれたのだろうが、千冬がそんなことをするとは彼女をよく知る者達からすれば衝撃だ。…………いくら家事をしないタイプと言えど、立場上の上司を動かすわけにはいかないだろうし、当然なのだが。

 

そんな理事長に、一夏は息を呑み────頭を下げた。他の皆も、同じように深く腰を折る。驚く千冬の視線を受けながら、一夏達は頼み込む。

 

 

「お願いです!理事長! 龍夜を助けに行く許可を下さい!」

 

「…………お前達」

 

「─────はぁ、君達は学ばないね。僕が言ったことを忘れたのかい?」

 

 

冷静に、冷えきった声で時雨は告げる。両手を組んだまま目を細める彼の視線は、絶対零度に等しい。少なくとも、一夏達は心臓が撃ち抜かれたような感覚に襲われる。

 

トントン、と時雨は手元に置かれた書類を指差しながら語る。

 

 

「彼は自分の意思で退学することを選んだ。その意思は僕にもどうにも出来ない────この退学届がその証明さ。これがある以上、君達の行動を容認できない。理解して欲しいね」

 

 

威圧感を放ちながら諭す時雨に、一夏は退かずに向き合う。自分の話を素直に聞こうとしない生徒達に、時雨ははぁと溜め息を吐き捨てる。淡々と、彼等を睨みながら千冬に呼び掛けた。

 

 

「話は終わりだ…………そうだ、織斑先生。少し喉が渇いた。そこのコーヒーを入れてくれないかい?」

 

「……………ええ」

 

 

静かに答えた千冬は、淹れたばかりのコーヒーを机の上に添える。カップの取っ手を掴み、口に含んだ時雨は────思わず吹き出した。唐突すぎることにビクッ! と震えた一夏達だったが、ふと誰かが声を上げる。

 

 

彼等の視線は──────零れたコーヒーで濡れた退学届に集中していた。

 

 

「ちょっとぉ!砂糖入れてよぉ織斑先生! すごい苦いじゃないかぁ!」

 

「それは失礼…………それよりも理事長、盛大にぶちまけましたね」

 

「ん?─────おわっ!? あー、あー、あー! 何て事だー、退学届にコーヒーがぶちまけられちゃったなー!これじゃあ公的にも使えないなー、これはー」

 

 

あははは、と困ったように笑う時雨。しかしその動きは精錬されたものであり、即座にコーヒーをぶちまけた退学届を処分していく。

 

状況がよく分からない少年少女達に、時雨はさっきまでも怒気を静めて振り返る。穏やかな微笑みを浮かべて、彼は肩を竦めた。

 

 

「…………という訳でね、この退学届が使えない以上、彼の退学は一時取り消しということになる。この話に関しては彼本人から聞くか、本人に書いて貰う以外無くなったよ」

 

「り、理事長っ!」

 

「────私が許可する、連れて帰って来なさい。面倒事は僕たちが対処するからね」

 

 

ありがとうございますッ! と心からの喜びを抑え切れない声が響く。一夏達の覚悟を理解し、背中を押すことを選んだ時雨と千冬は微笑みを崩さない。

 

もう迷わない。今度こそ、助けて見せる────織斑一夏は静かに、何よりも強く誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

「─────助けに行くのは賛成なんですけど」

 

 

ふと、盛り上がった空気に水を差すように楯無が割り込む。彼女としては、ある事を考えての意見であった。この空気に流され、誰もが頭から抜けていた────重要な事実。

 

 

「そもそも、彼が何処に向かっているのか分からないんじゃないですか? 暗号も解けないし、どうやって探すんです?」

 

「……………………あっ」

 

 

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