うちには、ちょいと変わった死神がいる。
20年だか知らないが、俺が産まれた頃から飼われている猫だ。影が歩いているんじゃないかと思うほどの黒さで、暗闇から薄緑の瞳だけがこちらを見ているのに何度驚いたことか。無愛想で人に触れられるのを嫌がる、変わった猫だった。
歳を取ってからは殆ど寝て過ごすようになったが、俺はある法則性を見つけてしまった。
奴は、間もなく死ぬ人間が居ると体を擦り付けた後に一声だけ鳴くのだ。虫の知らせならぬ猫の知らせだ。
きっかけは数年前になる。確か、正月に親父の実家で親戚中が集まった時だった。やれ就職だの、やれ結婚だの。下世話な奴らの溜まり場で、俺は適当に相槌を打ちながらうんざりしていた。
無駄に広い屋敷の大広間には、10人程度が集まっている。俺の正面に座っているのは、大変ふくよかな伯母だ。
「それでね、うちの子ったら親に負担を掛けたくないからって引っ越しの費用やらも学生時代のバイト代から出すんですって。私達からしたら、有名企業に就職してくれただけでも親孝行なのにね」
「はぁ、そうですね」
よく回る口だ。二重顎を揺らしながら笑うその様は、俺たちを見下している事を隠そうともしていない。せっかく用意された見た目と味は一級品のおせちも、これでは台無しだった。
「凄いですね。うちの子は勉強が苦手だから......今度教えてもらったらどう?」
「部活もあるし、何より向こうに迷惑だろ」
「あら、ワタルなら大丈夫よ」
どれだけ皮肉を言われても薄笑いを浮かべる母も、仕事だと嘯いて俺たちを生贄にした父も、ぺちゃくちゃ人の噂に興じる親戚共も、俺は全員大嫌いだった。
そんな中、例の猫は突然伯母に媚を売り始めた。目を疑う様な光景だったから、よーく記憶に残ってる。そして、アレは4日後にポックリ逝った。
次はお袋の番だった。お袋は癌が発覚していつ死んでもおかしくない状態ではあったが、例の行動をされた1週間後に死んだ。3人目は、妙に馴れ馴れしい来客のおっさんだったか。
他にも何人か居て、あの猫に不思議な力があるのは間違いなかった。
友人から聞き齧った話だが、黒猫は不幸の象徴らしい。有名なポーの作品でも、男が黒猫を殺した結果、巡り巡って男にその所業が跳ね返ってきたとか。
まぁ、少し気味が悪い。死ぬから鳴いてるんじゃなくて、鳴いたから死んでるかもしれないんだぜ?
それでも一緒に育ったし、多少の愛着はある。可愛げのない猫とはいえ、物言わぬ動物の方が幾らかマシだ。
定職が決まればさっさとこの家を出て行ってやるのに。
そんな訳で彼女を家に呼びたくなかったが、駄々をこねられて仕方なく寄ることになった。
俺が街でナンパして、なんとなく付き合い始めた女。顔は上物だが、気遣いの出来ない少しハズレだった彼女。だが、今まで付き合った中では一番続いている方だった。
隣でわざとらしく微笑む彼女に溜め息が漏れそうになる。無理やり笑っているのが丸わかりだ。回数の減った夜の行為に、素っ気ないラインの会話。他にも思い当たる節はたくさんあった。徐々に冷め始めた関係には気づいていたが、自分から別れを切り出すことはできなかった。
つまらない日常に舌打ちをしたくなる。何もかもが上手くいかない。
全てを壊してしまいたいという漠然とした衝動は、明確な形を持たずに燻っていた。だが俺には、実際に行動に移すなんていう度胸はない。それが分かっているからこそ、余計に腹が立って、むしゃくしゃする。
親父が帰宅する前には帰らせよう、そう決意して自室に入った時だ。何処からやって来たのか、ぬらりと影のように猫は現れた。あっと声を上げる間もなく、奴は彼女に近づく。
追い払おうとは一切思わなかった。ただ俺は、近づいてくる猫を見つめていた。もしかしたら、家に入った時から期待していたのかもしれない。自分の代わりに天誅をくだしてくれる死神に、俺は、救われたかった。
「にゃー にゃー」
猫は白く濁った瞳で彼女を見上げた。
猫は2回鳴いた。ゆっくりと体を絡ませた後に鳴いた。
そこで、俺は彼女の裏切りを知ったのだ。
3日後、男は拘置所で彼女たちが死んだことを聞いた。
猫は、今も、彼の前に居る。
『みゃあ』