一話完結ショートショート   作:天ノ狐

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過激な表現が含まれます。ただ少年が少女を殺害する話でオチはありません


絞殺

それはちょっとした興味だったのだろう。

 

少年の目の前には、『恋人』と呼ぶ少女がいた。親しげな男女が二人っきりで海岸にいる。傍から見れば、彼らはありきたりなカップルだった。

少年に背を向けている彼女は、楽しそうに来週の予定を話している。二人でショッピングモールに行こうだとかいう言葉を、少年はぼんやりと聞き流していた。

 

目の前の光景は、まるで絵画のようだったから。

 

夕日に照らされた艶やかな黒髪は、絹糸のように光り輝く。海風にあおられた髪を梳く手先は、細くて可憐だ。時折覗く陶器のような真っ白なうなじは、一種の神聖さを醸し出していた。

 

彼女は間違いなく綺麗だった。

少年には勿体ないほどの美しさだった。

 

少年は眩しそうに目を細める。他の男には見せたくないほどに、彼女は可憐ながら妖艶であった。相反しそうな概念は、強烈に少年の劣情を誘った。

 

「......靴紐ほどけてる」

 

ポツリと指摘した少年の目の前で少女はしゃがみこんだ。女性特有の華奢な体つきは、ひどく脆く見えた。

 

だから、それはきっと仕方のないことだったのだろう。

 

シーズン外れの人通りのない海岸沿い。

今にも地平線へ隠れそうな夕日。

無防備な彼女の後ろ姿。

靴紐が解けていたという偶然。

 

少年は唾を飲み込んだ。それでも、喉の奥にへばりついたドロドロとした感情は離れなかった。

自然な足取りで少女に近づくと、初めからそうであったかのように、彼女の首は少年の手にぴたりと納まる。そうして、そのまま少女を押し倒した。

 

実際に行動に移してみると、なんともあっけないものだった。バランスを崩した少女は、まともに受け身を取れずに地面へと激突した。驚きと痛みに甲高い悲鳴をあげる。

少年の意識はぼんやりと映画を見ているような感覚だったが、そこでやっと現実とリンクした。自分のしでかした、或いはしでかそうとしていることが、重く手にのしかかる。

 

少年は背中に跨る形で馬乗りになっていた。じわりとアスファルトの熱気が伝わってくると同時に、彼女の適度な柔らかさを持つ腰と服越しに触れ合う。ベッドの上でもないのに、少年は彼女の温かさに触れていた。

下からは絶え間なく、恐怖に濡れた声が繰り返されていた。少年の手が首に食い込む度に少女の喉元が震えるのだ。

喘鳴が少年の鼓膜と指先を震わせる。音とは振動であるなど当たり前の事実だが、少年にとっては、それが体感出来る不思議な触感がたまらなく新鮮だった。

 

少女の手足は面白いほどに暴れ狂った。左と右が、まるで違う意志を持った生き物のようだ。殺虫剤をかけた虫の断末魔にも似ている。

そんな中、偶然にも少年のシャツを掴めた彼女は、勢いよく引っ張ってきた。普段では考えられない力ではあったが、元は非力な女の子である。たかが知れた力は、少年の視点を僅かに低くするに留まった。

 

少年の眼前には豊かな黒髪があった。今日の為に丁寧に整えたであろう髪からは、甘くて心地よい匂いがする。少年は我慢できずに、一房口に咥えた。そのまま彼女の匂いを浴びたくて、顔を髪の中にうずめる。見た目通りの細やかな食感は少年を満足させるに十分だった。

一方の彼女は、不気味な感触に怯えているのか、必死に頭を動かそうとしている。しかし、首を固定されているせいでまともに抵抗ができない。嫌だと子供のように泣き叫ぶ彼女が、たまらなく愛おしかった。

 

僅かな逡巡はとうに消え失せていた。

 

「こら、引っ張らないで」

 

自然と、少年は甘えた声を出していた。馬乗りの体勢から彼女に覆いかぶさるような形になる。

彼女の細い首には既に圧迫痕が付いていた。

少年の証が彼女には残っている。それと同時に、彼女の美しさは少年によって徐々に壊れているのだ。それを自覚した途端、背徳感と興奮が少年の背筋を這いずり回わる。一文字に結ばれた唇から、荒い息が断続的に零れた。

 

少年は首元へ丁寧に力を入れていく。

 

「ひっ......ゔ......や、めぇ」

 

次第に彼女の抵抗はゆっくりと力を失っていった。それと反比例するかのように、少年の見る世界は輝いていく。

 

「ほら、綺麗だろう?」

 

沈みゆく太陽が二人を照らしていた。波に乱反射する光が少年の瞼を刺す。今にも消えそうな夕日は、少女の惨状を世界へと見せつける唯一の照明だった。

彼女にも見せてあげたくなった少年は、一度首から手を離して、頭を持ち上げる。

 

「ねぇ......綺麗だよね?」

 

返事は咳き込みだった。

ヒューヒューという荒い息を繰り返しながら少女は空気を貪る。その姿にいじらしさを覚えつつも、少年は自分も夕日も見ないその態度が面白くなかった。反射的に、首を掴んでむりやり夕日へと顔を向けさせる。仰け反る形となった彼女の気道はますます狭くなった。

少年の手を、涙とも涎とも判別できない液体が伝う。それは、彼女の抵抗によって出来た引っかき傷の出血と混じり合い、少年の服を朱に染めた。

 

これは紛れもない、少年の”初体験”であった。

 

痙攣しだす彼女の躰を無視して、少年は力を込め続けていた。既に彼女は声を出せない。口の開閉すら満足に行えず、ただのがらんどうとして涎を出すだけの機構に成り果てている。

 

少女の終わりは、始まりと同様に呆気ないものだった。一言も発さないまま、ダラリと脱力しただけである。支えている頭が急に重くなったのに気づいた少年は、直感的に死を理解した。

 

周囲を波の音だけが支配する。少年は自分の吐く息が妙に大きく聞こえた。達成感とも後悔とも言えない胸の高鳴りに体が火照る。その熱が冷めぬまま、少年は少女をひっくり返すと、自身のしでかした罪を直視した。

 

首元に刻まれているのは、紫に変色しつつある手形だ。擦り傷まみれの手足は乱雑に投げ出されている。おまけに美しく整っていた顔には、多くの裂傷が刻まれていた。特に唇は、噛んだのか石で切ったのか、大きく出血していた。砂利で汚れているのも気にならないほどに、彼女の口元は熟れた林檎のように赤くて瑞々しそうだった。だらんと垂れている舌は、まだ血色が良い。

 

少年は彼女の舌を巻き込みながら、そっと口づけをした。普段とは違う生温い体温であったが、少年にとっては最も情熱的な口づけだった。

口いっぱいに鉄臭さとほのかな甘みが広がる。そのままゆっくりと舌で唇をなぞっていくと、一際血の濃い箇所を発見した。まだ固まりだしていない傷口を丹念に舐めとる。彼女の生命の源はあまりにも甘美だった。

 

彼女から生命の残滓が消えるまで、少年は少女を食い潰した。夕日は既に沈み、新月が昇っている。街灯もない道路で二人を見つけられる者はいない。

 

少年の楽園は一夜限りで未だ続いていた。

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