終末幻想の風見幽香   作:鼠日十二

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マスカレード・ライオット

 

 見渡す限り一面の瓦礫の上を、日傘をさして歩いてゆく。ときおりポケットに手を突っ込んで、とある植物の種をばら撒いて……ふと、幽香は呟いた。

 

「これ、生存者いるのかしら」

 

 幽香の肩からひょっこり顔を出した手のひらサイズの鬼少女が、「うーん」と唸った。

 

「ここ、大ナマズの縄張りだからなぁ。幽香でもナマズが地震を起こすって話くらいは聞いたことあるでしょ?」

「ああ、これってその被害なのね? そうなると……開けた場所にいた人間はまだ生きているかもしれないわね」

 

 とはいえ、視界を占めるのは瓦礫の山脈ばかり。幽香は再び歩を進めた。

 

 

 数日前、突然全世界の都市上空に発生した「隙間」。そこから漏れ出たのは縦横無尽に跳ね回る巨大な唐傘だったり、あるいは見た者の精神に致命的なダメージを想起させる目玉だったり──。どのような形であれ人間を殺すことに特化したそれらの化け物によって、地球上の人口はすでに20%を切っていた。

 

「暇ね」

「……変なこと考えてないよね?」

「いいえ、そんなことはないわ。ただ、大ナマズってことは地中にいるんでしょうから、木を植えてちょっかいをかければ釣れるんじゃないかしら」

「やめて。幽香はともかく、今の私は消えかねないんだから!」

 

 幽香はそっぽを向いて、ふとポケットに手を突っ込んだ。

 

「何を──」

「交雑『タンポポ×葛』」

 

 握りしめられた掌がほどかれると、そこからいくつもの綿毛が風に流れていった。尽きることなく飛んでいく種子を眺めて、幽香はため息を漏らす。

 

「最初からこうすればよかったわね。わざわざ歩いて種をまくよりよっぽど効率的だわ」

「ええ……思いつかなかったの?」

「私の能力、知識が無いと使いにくいのよね」

 

 やがて最後の綿毛が掌から飛び立つのを見届けて、再び幽香は歩き出した。

 

 

 

 

▽風見幽香▽

 

 

 

 

「げ」

 

 思わず変な声が出た。結局姿を見せなかった大ナマズの縄張りを通り抜けて向こう、珍しくしっかりした街並みが遠くに見えたので行ってみたのだが。淀んだ妖気、渦巻く負の感情をひしひしと感じる。萃香も思わず顔を顰めるほどだ。

 

「うひー、気持ち悪い」

 

 私はといえば、地面がアスファルトで舗装されているのが気に入らない。閉じた日傘の先で地面をコツコツ叩いていると、アスファルトにひびが入った。

 

「案外脆いものね」

「私が言えたもんじゃないけど、幽香ってたいがい馬鹿力だよね」

「そうね、制御が難しいの。肩に虫が止まっていると、うっかり潰してしまうかもしれないわ」

「ごめんって」

 

 軽口をたたきながら足を踏み入れる。止まった信号、割れたガラス、倒れた電柱に放棄された乗用車……。血痕はあれど、この町は随分と保存状態が良い。にもかかわらず人の姿が見えないのは、おそらく現れた化け物の特性によるものだろう。

 

「可能性としては精神干渉系かしら。不安を煽ってパラノイア、同士討ちとか」

「あー……パッと思いつくだけでもサトリ、橋姫、幽霊楽団もいたか。ま、今はまず探検じゃない?」

 

 基本的に後手に回らざるを得ない私たちにとって、相手の情報は金より価値がある。まずは縄張りの『ルール』、『法則』の理解から始めよう。

 

 私は時折綿毛を撒きながら、廃墟の街を進んでいった。

 

「あ、幽香? 酒屋があるよ」

「貴女、そういうときだけ目が良くなるのね」

「眼を(さかずき)のように、ってね。勇儀のだったら文句ないんだけどなぁ」

 

 どうせ無人だし、貨幣経済なんてとっくのとうに崩壊している。数本拝借しても問題はないだろう、そう思って自動ではなくなったドアを引いて、薄暗い店内を覗き込んだ。

 

「……」

「……」

 

 視線が合う。萃香が無言で霞となった。曰く、『密度を操る程度の能力』──自らの密度を薄めることで、萃香は部屋全体に霧散した。言わずもがな索敵のためだ。慎重さはどこにおいても必須である。とくに化物は平然と初見殺ししてくるので。

 

 やがて、萃香が肩に戻って来た。

 

「なにもいないや。どうしちゃったんだろうね、ここにいた人間は」

「どうもこうも、死んだ以外にあるのかしら」

「さあ? 一か所に集まってるだけかもしれないよ」

 

 萃香は肩から飛び降りて、あれやこれやと酒瓶を物色し始めた。私は飲まない。以前萃香の晩酌に付き合わされたことがあるが、アレは酷かった。私はどうも酔うと自制心が効かなくなるらしい。起きたらあたり一面ジャングルだった、と言えば私の気持ちが伝わるだろうか。

 

 もう少し時間がかかりそうなので、私は萃香に断って店の外に出た。室内もいいが、やはり日の当たる屋外の方が好きだ。

 

 気まぐれに取り出した花の種の精霊とおしゃべりしていると、ふと後ろで物音がした。

 

「萃香、終わったのかしら――」

 

 違った。反射的に、飛びかかってきていたそいつを蹴り飛ばす。バキッ、ベキッと骨が砕ける音が鳴った。

 

「……マンホールから湧いて出たのね。道理で姿が見えないはずだわ」

 

 それは仮面を被った人間だった。蹴った感触からして強化されているわけではなさそうだ。操り人形と言ったところか。笑顔を模した弧状の切れ込みの奥に、光の消えた瞳が見えた。

 

「……」

 

 ナイフやら金属バットやら、古典的な……あるいは家庭的な凶器を片手に仮面人間がにじり寄ってくる。私は声を張り上げた。

 

「萃香! さっさと逃げるわよ」

「えーっ!? まだどれ持ってくか決めてないのに」

「いいから戻ってきなさい!」

 

 ポケットに手を入れて、花の種を握りしめる。

 

「交雑『ホウセンカ×ヤドリギ』」

 

 地面に落とせばあっという間に根を張ったその植物は、あたり一面に勢いよく種子を撒き散らした。まるで爆竹のような音を立てて飛んでいく種子は、仮面人間に当たった瞬間に発芽する。

 

「……!」

 

 声にならない叫びをあげて、仮面人間どもがくずおれた。能力は解釈次第。私のヤドリギは対象の生命力を吸い上げて発芽する特別製だ。

 

 いつのまにか肩に戻っていた萃香が顔を顰めた。

 

「うわ、どっから出てきたのこいつら」

「下水道」

「……ああ、あのひどい匂いのする地下通路みたいなやつね」

 

 他の仮面人間が出て来る前にさっさと逃げ出す。とにかく視線を振り切ることが大事だ。この街に何人住んでいたがわからないが、あのまま呑気に相手していたら後続を呼ばれるのは間違いない。

 

「幽香、あいつらが地下にいるなら私たちは上に逃げるべきだ」

「そうね」

 

 周囲を確認し、一番高さのありそうなマンションに進路を変えた。ついでにポケットから種を取り出しておく。

 

「交雑『葛×蔦』」

 

 まともに登るなんて面倒だ。外壁からショートカットをさせてもらおう。

 

「揺れるからしっかり捕まってなさい」

「もう捕まってるよ!」

 

 マンションの壁面に種子を投げつける。葛という植物は環境問題になるほど成長速度と繁殖力が高い。私の能力でブーストしてやれば、一瞬で壁を覆い尽くした。

 

 軽く引っ張って強度を確認する。これならいけそうだ。私は壁面に手をかけ、勢いよく体を引き上げた。ロッククライミングの要領で、複雑に絡み合った蔦や葛を足場に進んでいけば、屋上まではあっという間だった。

 

「なんだぁ!?」

「きゃあっ!」

 

 とはいえ、流石に悲鳴の歓待を受けるとは思わなかったが。

 

「……生存者、いたのね」

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