ひじょーに気持ち悪い表現が含まれている可能性があります。
その日はたまたま非番で、俺は昼過ぎまで惰眠を貪っていた。休日の過ごし方としては褒められたものではないが、だからこその贅沢感がある。 ……よな? わかるだろ?
しかし、心地よいうたた寝はスマホから鳴り響くアラートによって中断された。そう、アラート。アラームではなくアラートだ。聞いた人間の危機感を想起させる不快な音程のあれだ。
職業柄そういった警報に敏感な俺は、すわ事件かと飛び起きてスマホの通知欄を上に下にとスクロールし、目に飛び込んできた文をそっくりそのまま読み上げた。
「『本日正午、全国の都市上空より出現した巨大敵性生命体により、首都及び各地の大都市の機能が壊滅――』」
……?
「……あ? きょだいてきせいせいめいたい?」
何度読んでも、文字が目を滑り落ちる。脳が理解を拒む。これでもお巡りさんだ、公僕だ、無茶な指令だって飲み込むほどの対応力を持っていると自負していた。けれど、
「特撮じゃねーんだぞ……!? 新手のドッキリか? 嫌がらせ!?」
寝起きで判断力が鈍っているのか、やけに不安になって窓に駆け寄りカーテンを開く。俺の住んでる部屋はこのマンションの中でも高い方だから、見晴らしが良い。
眼前に開けた外の世界を見て、思わず変な声が漏れた。
「……んだよ、これ」
空が裂けていた。文字通り、抜けるような青空を無惨にも切り裂いて、黒々とした底の無い空間が顔をのぞかせている。その
そうして何分立ったのか、突然に目が
数瞬ののち、上空の裂け目からぬるりと何かが落ちてきた。重力法則を無視するようなスローさでやってきたそれは、初めは一つだったのが、二つ、四つ、八つ……やがて数えるのも馬鹿らしい数で列挙してやってくる。
……それは、仮面だった。裂け目の奥で笑っていた目と同じ、弧状の切れ込みが笑顔のように3つ入った仮面。
子供の頃やったゲームに出てきた自動追尾する仮面を思い出して、ひどく恐怖を覚えた。アレが人間と接触したらどうなるのか――無事では済まないことだけは確信が持てた。
「……そうだ。うちの交番はどうなった?」
同僚、上司に連絡してみるも返信がない。もしかしたら、民衆がこぞって近くの交番に連絡したせいで対応に追われているのかも知れなかった。
「あっ」
そうこうしているうちに、窓の外では仮面が人々を追い立てていた。たまたま真下を歩いていた社会人や散歩中の老人が慌てて走り出す。
けれど――仮面に体力の限界という概念はないようだった。老人が息を切らし、子どもがつまづいて転ぶ。
「あ……おい待て、待てよ……」
仮面は足の遅い老人や子供の顔に張り付くと、まず初めに
みちっ。ぎちぎち、ぐりん!
聞こえてもいない効果音が耳にこびりつく。眼下の風景はもはや地獄だった。不自然に捻れた首と、仮面の隙間から漏れる血。
脊椎を致命的に傷つけられた人体はガクガクと痙攣し、にも関わらずひとりでに歩き始める。それはまるで、不器用な操り人形のような有様だった。
「止めろ、止めろ! くそッ、人がそんな簡単に死んでいいわけねえだろうが――」
俺が、俺らが守ってきた街だ。クソ暑い日もクソ寒い日もチャリ漕ぎ回してパトロールして、どれだけ暴言吐かれても交通違反を取り締まってきたんだ。小さな積み重ねの上に成り立った、平和な街だったんだ。
こんな一瞬で崩れていいような積み重ねじゃなかったってのに。
窓に額を押し付けて、すっかり変わり果てた外の地景色を睨む。燃えるような俺の心に冷や水をかけたのは、コン、コンという小さな音だった。
窓の端に、つるりとしたものが見えた。白くて滑らかなそれには、三日月のような切れ込みが3つ入っている。
俺は咄嗟にカーテンを閉じた。心臓がかつてないほど鳴り、額からどっと汗が吹き出ていた。
脳裏には無抵抗で自殺させられた人々の姿が何度も何度もリフレインしていた。
こわい。
怖い。恐い。
行き場を無くした感情がどんどん膨らんでいき、終いには破裂して、俺は逃げるように布団に潜り込んだ。夢であれ夢であれと唱えながら。
ブレーカーが落ちるように、俺の意識はふつりと切れた。
▽
俺が過度の恐怖で失神して、それから目覚めた時には、ほとんど全ては手遅れだった。
恐る恐る――これを決意するだけで2時間ほど要した――僅かに開けたカーテンの向こうに仮面はおらず、窓から見下ろす外の世界は驚くほど静かだった。
まるで、自分以外の全員が死んでしまったのではないかと思えるほどに。
「……そうだ、ニュースっ」
テレビをつけると、アナウンサーが原稿を読み上げていた。右上には小さくテロップで、録画したものをループ再生していますと表示されている。
『――政府は現在臨時対策室を設置し、各都道府県に出現した異常敵性生命体の対策に着手しました――』
『東京湾に出現した超巨大生物は足踏みだけで津波を引き起こし――』
『利根川全域の水質から基準値を大幅に超える放射線量が確認され――キャハッ――ギャハハッ』
突然画面にノイズが走り、それから暗い部屋に仮面を被った集団が映し出された。どいつもこいつも身を捩って笑うようなそぶりを見せている。
俺はその中に、先ほどのアナウンサーと同じ服装のやつを見つけた。鮮やかだったネクタイが、血で黒ずんでいた。
『ギャハハ――ゲハッ――ぺぎっ』
身を、捩って。
そいつらがどんな末路を辿ったのか見る前に、俺はテレビを消した。
暗くなった画面に映し出された自分の顔はひどいもので……それでも、笑顔じゃないだけマシな気がした。
遅筆で有名な私ですが、感想が来たので更新します。