「重い……まだ自力で歩けないのか?」
「……すまん。」
「ハァ…取り敢えず今お前の抱えてるソレ……そう、布に包まれてるソレだ…寄越せ、私が持つ。」
一瞬躊躇した…本当にコイツにコレを渡しても大丈夫なのか…?
「テレサ、大丈夫だ…何とかなる…」
イレーネと逆隣…左側で私を支えてくれているミリアがそう言う…何を根拠に…確かに、今更イレーネを疑う理由など無い…それは頭では分かっている…ただ、怖い…正直、イレーネ程の相手だと…私が回復したとして、ミリアと二人で戦っても勝てるかどうか……何より、コレを渡したら…私に武器は無くなる…
「大丈夫だ、武器なら…有る。」
「……本当だな?」
「ああ。」
「分かった…イレーネ。」
「ああ……ミリア、一人でも大丈夫だな?」
「問題無い…ほら、頑張れ…もう少しで入り口だ…」
イレーネが剣を持って私から離れる…右の支えが急に消えた為に、そのまままるで地面に引かれる様に倒れ込みそうに…
「おい!…全く、しっかりしろ…」
「っ…すまん…」
ミリアが左腕を引いた事で何とか地面との直撃は免れた……くそっ…何故動けないんだ…
「…警戒して殺気飛ばした私も悪かったとは思うが、それでもこいつ可笑しいぞ?何でこんなに消耗してるんだ?ここに来る途中で戦闘でも有ったのか?」
「こいつの場合、色々背負い込む癖が有るみたいでな…まぁ、要するに心労が溜まってこうなってるんだろうな…」
「…成程、難儀な性格してるらしいな…」
「っ……」
私は喉まで出かかった否定の言葉を飲み込む…どうせ今更何言った所で…結局、他に原因は考えられんからな……ハァ…本当に弱いな、私の心は…
「サーゼクスには連絡してあるんだろう?なら、もう迎えも来てる筈だ…取り敢えず、もうちょっと頑張れ。」
「…すまんな、本当に…」
「ふぅ…ま、気にするな…と言っても無駄か…なら、貸しだと思えば良いさ…気が向いた時に返してくれたら良い。」
「……」
こいつに私から返せる物は何も無い…
「ちょ、ちょっと…どうしたのこいつ?」
「張り詰めていた糸が切れた、とでも言えば良いかな…」
「……ま、こいつなら有りそうね…」
「……」
オフィーリア…お前にそんな風に言われたくは無い…お前だって、私のストレスの原因の一つなんだぞ…
「…何か妙な空気になってしまったが、久しぶりだな…フローラ。」
「ええ…それで、この状況についてお聞きしたいのですが…」
「分かっている…ただ、先ずは落ち着ける場所に移動したい…その…確か、グレイフィア…だったか?」
「フフ…覚えてて頂けてるとは光栄ですわ。」
……見る限り、どうもグレイフィアの機嫌が悪い…まぁ、ミリアたちに(正確には、悪いのはヘレンとデネブの二人だが)サーゼクスが迷惑を掛けられた事を思えば…ミリアに対して隔意が有っても仕方が無い、か…
「…私に対して友好的になれないのは分かる…ただ、テレサが見ての通りの状況だ…早い所、転移をさせて貰えるとありがたいんだが…」
「……ええ、それは分かっています…ただ…」
「…何か有るのか?」
……私にはグレイフィアが何を言いたいのか分かる…口を開いた…
「…転移魔法陣で移動出来るのは魔力持ちのみ…私とミリア…それにオフィーリアは問題無いが、残り三人…ジーン、フローラ…そしてイレーネ…この三人が魔力持ちで無ければ最悪ここに置き去りにされる……そうだな?」
「ええ、そうよ…」
……私以外の奴も居るのにグレイフィアの敬語が消えた…どうやら機嫌が悪いのは疲れのせいも有った様だな…
「…とは言え、魔力持ち以外も飛ばせる魔法陣も有る筈だろう?」
「ハァ…簡単に言うけどね、どっちもやれって言われたら結構疲れるし…手間なんだけど?」
「分かっている…だが、それでも頼む…こいつらをそのまま…町中に出す訳には行かないだろう?」
戦士の格好そのままで、普通に剣を背負っているジーンとフローラ…そして、徹底して肌を見せない様にする為なのか…その身体に大量のベルトを巻いているイレーネ……まぁ、仮にコスプレイヤーと言い訳するにしても三人とも非常に怪しい…確実に、警察に目を付けられる…そもそも、大剣が既にアウトなのだ…もし捕まったら、三人ともしばらくは出られないだろうし…何より、こいつらの素性そのものが元々厄ネタで……うっ…考え事してたら頭痛が更に酷く…
「ハァ…頭を上げてちょうだい…ごめんなさいね、意地の悪い事言って…」
「良いさ、お前も疲れてるんだろう…?」
「……帰ったら自分の顔、鏡で確認してご覧なさい…今の貴女見てたら、口が裂けても疲れてるなんて言えないわよ…」
「そんなに、酷いのか?」
「ええ…と言うか、無理に笑わなくても良いわ……その、普通に不気味だし…」
「そんなに、か…」
「おい、無理して喋るな…余計に体力を消耗するぞ?」
「分かったよ…」
そこまで言われては仕方無い…
「ふぅ…で、グレイフィア…先ずは全員纏めてこいつの住んでるマンション近くまで転移してみてくれないか?仮にそれでこいつらが転移出来無かったら、迎えに行けば良いだろう?」
「…私はタクシーじゃないんだけどね…まぁ、良いわ…ちょっと待ってて…」
グレイフィアがその場を離れる…
「ふぅ…ややこしい説明だったとは思うが、聞いていた通りだ…この後、全員でとある場所に移動する…」
「転移、とか言ってたな…そんな事が本当に可能なのか?」
イレーネが訝しげに聞いて来る…まぁ、言葉の意味は分かったんだろうが、それでも理解は出来無いだろうな…ただ、私も仕組みを具体的に説明出来る訳じゃないし…仮に聞かれてもそう言う物、としか言い様が無いんだがな…
「可能だ…最も、最初の転移ではお前ら三人は移動出来無い可能性が有る…だから置き去りにされても慌てず、ここで静かに待っててくれ…さっきの女が迎えに来るからな。」
「私たちは何もしなくて良いのか?」
「そうだ、ジーン…ただ待っていれば良い…結局注意する事は一つ、二度目になるが…仮に置き去りにされても、絶対にその場を動かないでくれ…それと、具体的な説明は後でするが…この場で大事な事を先に伝えておく…ここは…お前たちが元居たのとは違う、完全な異世界だ…私たちの常識は、一切通用しないと思って欲しい…」
「異世界…そんな事が…」
「フローラ、無理に受け入れろは言わない…ただ、今この場では疑問は飲み込んで欲しい…」
「分かりました…後で説明してくれるんですよね?」
「お前の疑問を完全に払拭出来るかは分からないが、説明はする…安心してくれ…」
「ミリア…」
「何だ、イレーネ?」
「安心、と言ったな…?だが、お前はさっきこう言った…ここは私たちの常識の通用しない異世界だと。」
「そうだ。」
「ならば聞こう…何処に安心出来る要素が有る?この世界が私たちに牙を剥く事が無いと…どうして言える?そこを先にきっちり説明してくれなければ…到底納得など出来無いぞ?」
イレーネの言葉は最もだ…自分たちの常識が非常識となる世界だと言うなら…それは何気無しにやった行動が、一歩間違えばルールに反した行いになると言う事…ルールを侵している以上、この世界そのものが敵となる可能性が有ると言う事だ……そして、世界と敵対すれば普通一個人に勝ち目など無い…ただ、何を間違えたのかも分からないまま理不尽に死ぬのだ…そんな結果を飲み込める訳など無い…
「……その質問の答えとして、この場で出せる適切な物は無い「だったら」落ち着いてくれ…適切では無いかも知れんが、解答は有る…私たちだ。」
「どういう意味でしょう?」
「フローラ…私たちは三人は今全員、まるで人間の様に生きる事が出来ている…この世界には妖魔が居ない…この世界の人間たちは、誰一人半人半妖の戦士で有る私たちの事を知らないんだ…だから、お前たちは人間に対する守り人として…そして、狩人としての役割から完全に解放される…!全く制限が無いとは言えないが、それでも確かに自由を得られるんだ…!どうだ!?これ以上の安心、安全など有るか?私たちに、それ以上が必要だと言うのか!?」
語るミリアからかなりの熱量を感じる……ああ、そうか…お前はこの世界が好きになったんだな…不思議だ…私は元はこの世界に似た世界で生きていたせいなのか、今…とても嬉しいと感じている…
「本当にそんな事が可能…いや、待て…戦士としての役割を取り上げられて…それで私たちにどうやって生きろと言うんだ?」
「心配するなジーン…普通に労働すれば良いだけだ、ただ戦う必要が無いだけなのさ…この世界ではな、私たちの様な者は引く手数多なんだ…」
ミリアの言ってる事は正しい…不景気と言われて久しいが、それでも肉体労働はまだまだ多くが人手不足なのだ…そして…人間と違い、何なら数日間飲まず食わずでも動き続けられる私たちは何処に行っても重宝される…仕事には事欠かない…そして、人より食べないのだから金に困る方が難しくなる…自分の力で、生きて行く事が出来る……まぁ、不老不死で有る事など無視出来無い問題は有るが…それでもしばらくは人として生きられる…元々、こいつらは人間だったのだ…また、人として生きられると言う誘惑に抗える訳が無い…
「準備が出来ました、こちらに…」
グレイフィアが戻って来た…説明は途中だったが、問題は無いだろう…こいつらはもう落ちている…私たちを疑う事など無い……ま、元々ミリアは嘘は吐いてないがな…それでも今ミリアが話したのは、あくまでこの世界の一側面に過ぎん…何も世界そのものが無条件でこいつらの味方になる訳じゃない…ルールが守れないなら、異邦人だろうがなんだろうが…所詮この世界にこいつらの居場所など無い。排斥されるだけだ……例え、元居た世界に戻る方法が無くてもだ…郷に入っては郷に従え、と言う事だ…三人が戸惑いつつもグレイフィアの方に向かうのを確認しつつ…私は小声でこう言った…
『素晴らしい演説だったな…詐欺師の素質が有るんじゃないか?』
『…人聞きの悪い事を言うな…別に嘘は言ってないだろう?』
『そうだな…"嘘は"一言も言ってないな…』
……ただ、説明が足りてないだけだ…まぁ、これから先…きっとあいつらは騙されたとも思わないんだろうがな…何故なら、あいつらには元々悪意が無いから…普通に振舞っても、ルールを侵してしまう事も先ず無い…極端な話…寧ろあいつらより先にこの世界に来たオフィーリア、そして…ヘレンとデネブの方がまだ危うい…私は、いつも怯えている…いつか、あいつらが本当に取り返しの付かない事をやらかすのでは無いかと…
『…今、あいつらの事を考えてるな?』
『……さぁな。』
『何回言わせる気だ?言っただろう?一人で気負うな、と…』
『ふん…なら、お前も背負ってくれるのか?』
『ああ。』
『…期待して良いんだな?』
『もちろんだ。』
『そうか…なら、これからは大いにお前に頼るとしよう……当然、撤回しないよな?』
『くどいな、二言は無いさ…』
……スっと、身体に掛かる重みが一つ消えた様な気がした…そうだな、これからどうなろうと…きっと何とかなる…
『ミリア…』
『今度は何だ?』
『その…友として、これから宜しく頼む。』
……気取ってはみたが、そう言えば…既に一度、ミリアの事をそう呼んだ事が有る様な気もする…まぁ、ハッキリ覚えてないと言う事は…まだ私も本気では無かったんだろうがな…
『……今更過ぎないか?』
『ん?』
『随分前から…私はお前の事をそう思っていたんだがな…』
……そうだったのか。
『それは光栄だな…』
『ん?何がだ?』
私は憧れていた…クレイモアと言う半人半妖の戦士たちに…その為、いつも線を引いてしまっていた…テレーズにすら、だ…
『ナンバーの無い、正式なクレイモアでは無い私を…お前程の奴が友人だと思っていてくれた事が…素直に嬉しいと言ってるんだ…』
『そうか…では、私からも友人として一つ言わせてくれ…』
『何だ?』
『一々自分を卑下するな、もっと胸を張れ…お前だって、戦士だろ?』
ああ…悪くない…ただ…
『いや…戦士の姿か、これが?』
『分かってるならもう少しちゃんとしろ…休める時にきちんと休むのも、戦士としての心構えの一つだぞ?』
『ふぅ…分かったよ、精進するさ…』
今は何も無いから良い…だが、有事の際に動けなかったらそれで終わりだ…そうなれば、私に戦士の資格など無い……さて、やる事は多い…ただ、私を支えてくれて…そして私自身も、支えてやりたくなる友人が横に居てくれれば…きっと何もかも大丈夫だ…私は今、そう確信している…
『……あ。』
『何だ…まだ何か有るのか?』
『すっかり忘れていたが、さっきジーンに何を頼んだんだ?』
『…ああ、アレか…要は、お前に対して私がやった事と同じだな…オフィーリアの監視を頼んだ……最も、お前と理由は違うがな…』
『……成程な、確かにジーンなら…オフィーリアを止められるかも知れん…』
あいつ程、戦士としての姿を体現出来る奴を私は他に知らん…それこそ、命を賭けてでもオフィーリアを止めようとするだろうな…
『まぁ、本気で戦う事になれば負けるのはジーンかも知れないが…関係無いな。』
『そうだな…問題は、無いだろうな…』
オフィーリアは…結局ただ相手をおちょくりたいだけなのだ…自分の命が危うくなるなら、それ以上はやらない…昔ならともかく、今ではそうなのだ…だから…ジーンが例えオフィーリアに勝てなくても止める事は出来る…それは分かる…だが…
『お前、そこまでジーンに説明したのか?』
『いや…ただオフィーリアが問題起こさない様に監視しろと言っただけさ。』
生真面目で律儀なあいつなら、命を捨てる覚悟で役目を全うしようとする…そこまで分かっていたのに、それしか言わなかったと…
『やはり、お前は詐欺師に向いてるな…』
『ふむ…敢えて言わせて貰うが、お前には出来無いやり方だろう?』
『……』
『結局、どちらも死なないのは確実なんだ…なら、それで良いんじゃないか?』
『……そうかもな。』