「くぁっ…」
眠い…
「はしたないにゃ…あんたはもう母親なんだから、もう少ししゃんとするにゃ…」
「ハァ…うるさいな…大体、私の子はお前が抱き抱えてるじゃないか…私の事など、全く気にしてない。」
「だからって「黒歌お姉ちゃん、痛いよ」あ、ごめんにゃ…これで良いにゃ?」
「うん。」
……我が子は産まれてからたった半年で、見た目は大体人間で言う5~6歳くらい…最も、精神年齢と知能面は恐らく既にそれ以上…全く、将来有望だよ…どう育てれば良いのか、検討も付かんがな…アザゼルの見立てでは、何れ成長スピードも人間とそう変わらんレベルまで落ちるだろうとの事だが…一体いつになる事やら…このままだと、普通の教育機関には到底通わせられない…それ以外にも問題は有る…あの子はその身に宿る、とても子供とは思えないレベルの妖力を既にある程度コントロール出来ている上、総量は少ないらしいが魔力まで持っている…そして、私たちの操る剣技に対しての興味も尽きない…
これからの成長が非常に楽しみでは有るが、不安も大きい…全く、前途多難だな…
「親馬鹿…ここに極まれり、ね…」
「ん?もしかして口に出てたか?」
「多分…ほとんど全部、ね…」
「…そうは言うが…お前だって、あの子がこれからどうなって行くのか楽しみだろ?と言うか、そもそもお前の子でも有るんだぞ?」
「私は不安の方が大きいわよ…大体、やっぱり私に母親なんて…」
……産まれる前まで、方々に自分と私の子だと自慢しまくってた癖にいざ産まれるとこの体たらく…まぁ、今思えば確かにあいつの言う通り、パートナーをこいつに選んだのは間違いだったのかも分からん…最も…
「それでも、あの子はお前の血を引いてる…その事実は変わらん……それとも、納得出来無いか?」
「そんな事は、無いけど…でも、あの子とどう接したら良いのか…私、分からないのよ…」
「大丈夫だ、私にだって分からん「もっとしっかりするにゃ!」…って言われてもな、大体…何故かそいつはお前に一番懐いてるくらいだしな…」
「それは…私にもにゃんでか分からにゃいけど「あ、私多分分かるよ☆」セラフォルー…?」
「猫って…確か昔から母性本能強いって言うし、この子にもそれが分かるんじゃない?」
そう言ってセラフォルーがあの子の頭を撫でる……そうか、そう言えば黒歌は元々化け猫だったな…小猫と違って、頭の猫耳以外猫を示す兆候がまるで無いから忘れそうになる…
「ん?テレーズ、にゃに見てるにゃ?」
さすがに一瞬悩んだが、結局私はコイツに対する印象をそのまま口に出した…
「いや…相変わらず、何とも猫らしくない奴だと思ってな…」
「え"…わっ、私って猫に見えないにゃ!?」
……そんなに驚くか?仙術使いの上、元々化け猫と言う事も有って普段から人間の姿してるから…ハッキリ言って余計に猫に見えないんだが、自覚無かったのか?
まぁ、それを今更言っても仕方無いし…この狼狽え様を見るに、そこを指摘してもさすがに少し可哀想にも思えるから…別の理由を口に出す…
「お前は基本、パートナーで有るあいつにベッタベタだからな…猫って言うのは確か、元々警戒心の強い動物で…人にはほとんど懐かないんじゃなかったか?」
……あ。言ってから思った…この理由だと、ベクトルは違ってもあいつは元より、クレアにも懐いてる小猫も猫の定義からは外れるのか…
「私…」
……結局と言うか、それともやはりと言うべきなのか…小猫にも飛び火した様だ…ふむ、もうちょっと考えて発言すべきだったか…
「そっ、それだけにゃら私…猫じゃないって事にはにゃら「お前、随分前から猫の姿には戻ってないだろ?普段は、ほとんど人間と変わらんぞ?」うぅ…」
反論して来るものだから、指摘した手前…つい、少しムキになって…黙ってるつもりだった事まで口から出てしまう…
「だっ、大丈夫だよ!?黒歌お姉ちゃんも小猫お姉ちゃんも…ちゃんと猫だよ!?」
クレア、そんなに慌てて否定したら…お前も実はそう思ってないと言ってる様にしか見えんぞ…ふむ、こうもあからさまに落ち込む二人を見てるとさすがに罪悪感も湧くな…とは言え、どうフォローすれば良いのか…
「えっと…結局どっちでも良いんじゃない?」
そう思ってると我が子が突然そんな言葉を口に出す…いや、それは最早トドメだろ…続けて何かを言おうとするから遮ろうとすれば…
「黒歌お姉ちゃんは黒歌お姉ちゃんだし、小猫お姉ちゃんは小猫お姉ちゃん…猫かどうかとか、別に良いんじゃない?」
……何故か、二人の纏う暗い雰囲気が霧散したのを感じた…
「そうですよね、私は…私ですよね。」
「私は私…そうね、そうかも…」
何やら納得する二人を見ながら思う…結局お前らのアイデンティティは未だ否定されたままなんだが、それで良いのかお前ら…そして…我が子に改めて視線を向けて、浮かべてる表情を見て…続けて思う。
……今の発言は…単に二人が落ち込んでる姿を見るのが、面倒臭かっただけなのだと…この弄れ方、紛れも無く私の子だな…こんな事で実感を持ちたくなかったよ…
そして…連中の横に居て、一連のやり取りを見ていたサーゼクスとグレイフィアが苦笑を浮かべているのを見るに多分、その辺りの事情には気付いているな…何も言わないのは、二人の優しさか…
俗に、"可愛いは正義"なんて言葉が有ると言うが…子供にあっさり言いくめられるこいつらは、本当に単純な連中だと思う……そして…澄ました顔をしている銀髪銀眼をした我が子を見ながら、もう一つ思い出した言葉が有る…
即ち、"可愛いは作れる "と言う言葉だ…コイツは、自分の容姿をどう使えば効果的なのか良く分かっているらし、い…っ…
「……」
自分に向けられた視線に気付いたのか、こちらに顔を向けたあの子が浮かべている笑顔を見て戦慄する…アレは、普通の子供の出来る表情では無い…と言うかこの笑顔…まさか、うっかり失言をした私のフォローをしてやったとでも言うつもりなのか…?
「っ…」
いつの間にか私と同じく、あの子の方を見ていたオフィーリアが息を飲むのが分かった…気付けばあの子はもう正面を向いている…もう笑顔は浮かべていない…一瞬幻覚だったのかと思ったが、違う。アレは…間違い無く現実だった…
「ホント、我が子ながら…不気味な子よね…やっぱりどう接したら良いのか、分からないわ…」
オフィーリアのその言葉を聞きながら思い出す……笑いが込み上げそうになった…何だ、安心したよ…
「まぁ…その言葉には一応同意するが、不気味…は、聞き捨てならないな…やはり、あの子は可愛い我が子だよ。」
「?…何よ急に…アンタだって、さっきそう思ったんでしょ?」
「ま、そうだがな…」
教えてるやる必要は無いか…あの子のあの顔は、お前にそっくりだったよ…
「あ…」
「ん?どうしたにゃ?」
「サーゼクスおじさん…」
「っ…おじ…お兄さんで、お願い出来るかな?」
いや、サーゼクス…初めて会った時もそう言われただろ?何で改めてショック受けてるんだお前は…大体、お前の年齢なら最早おじいさんのレベルなんだから…一々そんな事でダメージ受けるんじゃない。
「…サーゼクスお兄ちゃん、もう始まってるよ。」
「う"っ…」
……先と同じく、サーゼクスが胸の辺りを押さえてその場に膝を着く…今度はお兄ちゃん言われて昇天仕掛ける、か…だから…前回もやっただろ、その下りは…と言うか、お前はあの笑顔が見えないのか…仮にも現役の魔王が一々ガキに手玉に取られてるんじゃない…
「ふぅ…その、始まってるとはどう言う事かな?」
「だから…テレサお姉ちゃんとデネブお姉ちゃん、もう戦ってる…」
……ゾッとした…あいつらが戦う事になってる山中から、今私たちが居る屋敷まで相当離れている筈だが…
「適当に言ってる…って、感じじゃないわね…」
「ああ、間違い無くあの子は今、二人の妖力がぶつかり合ってるのが分かったんだろうな…サーゼクス、早く映せ。」
「…いや、まだ開始の合図は出してないんだが…」
「戦士同士…それも模擬戦と言えど、私たちが戦う時に本来合図など必要とせん…今回の場合、恐らく…二人とも始めから試合として戦う気が無いと言う意思表示だろうな…」
そもそもアザゼル曰く、二人は相当ギリギリの状態らしいからな…わざわざ合図など待っていられない、と言う事か…
「むっ…アザゼル?……分かった。」
携帯を取り出し、アザゼルと会話をしていたサーゼクスが機械を操作する…目の前のモニターに何か映し出される…
「…ちょっ、ちょっと…本当にもう戦ってるにゃ…」
モニターに映っているのは、見慣れない装備を身に付けたあいつと、デネブがお互いの剣をぶつけ合う姿…
「…ねぇ、テレーズ?」
「何だ?」
「アンタ今…二人の妖気、感じ取れる?」
「……いや、分からん…」
妖気感知能力はガラテア以上、と言った所か…と言うか、この場合他に比較出来る対象が居ないだけで…実際は普通に、ガラテアを遥かに超えているんだがな…
「お前たちの子供は規格外だな…」
今まで黙っていたミリアがそう口を開く…口調だけならからかってる奴のそれと思うが、実際は声が震えている…
「ふぅ…ホントにな…」
とは言え、私もそう口に出すのがやっとだ…素質が有ると感じてはいたが…まさか、ここまでとは思っていなかった…自然と、改めて我が子の将来について思いを馳せて行く…
「…本当に、どうしてやれば良いんだろうな…」
この世界は…あの子には文字通り狭過ぎるだろうな…せめて…せめて生を受けたのが私たちの居たあの世界なら、また違ったのかも知れないが…
「テレーズさん?」
「……ん?」
フローラが声を掛けて来たので、思考を打ち切った…
「自分の子供の事を危惧するのは分かりますけど、先ずは試合を見ませんか?あの子も、夢中になって見てる事ですし…」
その言葉に改めて、あの子に視線を向ける…目は画面から全く逸らされない…その真剣な表情は、まるで二人の戦いを僅かも見逃すまいとするかの様…
「まぁ、何とかなるんじゃないか?」
「何が言いたいんだ、ヘレン?」
「アンタとオフィーリアの子なんだ…元々変に能力が高くたって別に不思議じゃないだろ?それでも、あいつがその強い力を無駄に奮ったりせず…押さえ付けてるのは…アンタだって、見てたら分かるだろ?」
「……確かにな。」
それが既に出来てしまってる事がそもそも問題では有るんだがな…それに、恐らく…あの子の力はまだ上がる…
「私も見てて分かります…あの子は、きっととても優しい子だと…」
「……」
優しい、か…本当に優しいならこんな戦いを…あの無表情の中に隠し切れない高揚感を滲ませながら、目に焼き付けたりしないと思うがな…
……やがて、無限に続くかと思われた二人の剣戟の応酬が終わった…二人が後ろに下がる。
「…今の所、互角且つ…お互い無傷って所かしらね…」
「…まぁ、結果的にはそうなって「ううん…違う」ん?」
またあの子が口を開く…
「何が違うにゃ?」
「えっと…最後二人が離れたのは、お互いの攻撃を食らったからだよ。」
……いや、私も見えなかったんだが…正直、モニター越しだと全部は分からん…
「テレサお姉ちゃんがデネブお姉ちゃんのお腹への蹴り…デネブお姉ちゃんが右の拳でテレサお姉ちゃんの顔を殴ってるよ。」
「…成程。」
確かに画面には腹を押さえるデネブと口から血を流すあいつの姿が…?何か地面に吐き出したな…
「マリア、今あいつが吐き出したのは何か分かるか?」
今度は私からあの子に声を掛ける…二人の姿は、山中に配置した使い魔の持ったカメラを通してこの場のモニターに映し出されている…この映像越しだと、あいつの吐いた物が何か、良く見えない…画面にハッキリ映って無い以上、本来ならあの子にも分からない筈だが…
「うん、多分…歯が欠けてる。」
……多分、と言う割にほとんど確信を持って言っているのが分かる…
「あ…」
「今度はどうした?」
「テレサお姉ちゃん、全部の歯を出してない…」
「?…つまり、欠けたのは一本じゃないのか?」
「うん、多分…最初は全部吐き出そうとしたけど、武器にする為にやめたんじゃないかな…あ、ほら…」
次に、映し出されたのはあいつとの距離を詰めようと前に出たデネブの顔にあいつが口から何かを吐き出す姿…確かに、あの子には大体見えているらしい…そして…欠けた歯を口の中に留めておいて、更に武器にすると言う発想…既にあの子の中で、ある程度戦闘理念が出来上がってる様だ…なら、もう一つ質問するか…
「さっき、あの二人は互角だったな?それは何故か分かるか?」
「何故って、それは…二人は今、剣の実力が同じだから「ううん、違う」え?」
あの子が黒歌の発言を遮る…まぁ、そう思うのが普通なんだがな…
「多分、本当だったらデネブお姉ちゃんの方が強い…デネブお姉ちゃんが下手になったから、テレサお姉ちゃんが追い付けてるの。」
「…それは間違い無いと思うぞ?アタシから見ても、確かにデネブの剣の腕は落ちてる…」
……本当に、末恐ろしい子だよ…ただ、やはり将来は楽しみとも思える…
「あいつ、その内俺に預けてみねぇか?」
横からそう声が聞こえて、私はそちらに顔を向ける…
「…アザゼル、いつ屋敷に戻って来たんだ?」
「さっきな…お前とオフィーリアのガキ、中々面白いじゃねぇか…正直まさか、ここまでの逸材とは思わなかった…ちょっと、育ててみたくなったぜ…で、どうだ?」
「……考えておこう。」
指導者としてのコイツの能力は、その辺素人の私から見ても申し分無い…ただ、何となくコイツに任せると脳筋になりそうな気がしてならない…あの子は一応女の子なんだがな。まぁ、それでも私やオフィーリアが修行付けるより…遥かにマシな気はするが。