「すみません、お待たせしました。」
「…大丈夫ですか?」
「ええ。」
戻って来たルナさんは、とてもスッキリした顔をしていました。
「…それじゃあ続きですね…と言っても、私は当時姉さんの存在にはまるで気付いていませんでしたし…初めの内は色々大変でしたけど…それでも、家の仕事に慣れてからは特別問題も無く…私はテレサさんに出会う日を迎えました。」
そこで私はまた口を挟んだ…
「…先程から話の腰を折ってばかりで本当に申し訳無いのですが…一つ、聞いても良いですか…?」
「どうぞ。」
「人間としての常識がほぼ全く無かったとの事ですし…当然、色々苦労するのは分かります…何より、握力や腕力だけでも普通の人とまるで違う訳ですから、普通なら本来、ちょっと教えて貰えば何の問題も無く出来る事が出来無かったんでしょうし…それでも、不思議には思うんです…本当に何も疑問とかは無かったんですか?……いや、その…食事の量が極端に少ないのはまだ飲み込めるかと思いますが…それでも、両親が普通にトイレに行ったりするのを何度か目撃したりした筈です…可笑しいとは…感じなかったんですか?」
「っ…アハハ…中々、ハッキリ言うんですね…」
「!…ごめんなさい…」
「あ、いえ…別に責めてる訳では無くて…どちらかと言うと、私に関わる人たちは皆…両親や姉さんも含めて私に気を使ってくれる方がほとんどなので…少し新鮮だなと思っただけで……でも、そうですね…こうして擬似的に、と言う事にはなりますが…人の身体を手に入れた今、改めて考えてみると確かに変だと思います…でも、正直当時はあまり疑問に思ってる余裕も無くて…可笑しな事が有ってもほぼ、気にしない様にしてました…」
「そうなんですか…あ、すみません…続きをお願いします…」
毎回こうやって疑問をぶつけていたら話が進みませんね…取り敢えず、余程気になる点が無い限りは突っ込むのはやめましょうか。
「はい…えっと…さっきも言った通り、あの日は普通に仕事をしてたんです…あの時は多分もう、日付けの変わる直前でしたかね…急に、視界が真っ白になったんです…何と言うか、突然暗闇の中ライトを浴びせられたかの様な……どれくらいそうだったのかは正直、良く分かりません…一瞬だったかも知れませんし、とても長い時間だったかも分かりません…でも気が付いたら…私は、その場に立ち尽くしていたんです…ついさっきまで確かに私は、最低限とは言え…明かりの点いた部屋の中で椅子に座って仕事をしていた筈なのに…」
「……」
「何が起きてるのか全く分かりませんでしたが、取り敢えず一旦落ち着く事にして…その、ここが何処なのか確認しようとあちこち歩き回ったんです…今思えば悪手では有りました。全く土地勘が無いのに夜の森の中を何の当ても無く彷徨っていたんですから…まぁ、結果的にテレサさんに出会えて何とかなったんですけど…」
「とは言え、こいつの言う通りやり方としては最悪では有ったな…あいつも本当にたまたま微かに同胞の妖気を感じ取れただけで、下手したら気付かずにスルーしていた可能性の方が高かったらしいからな…」
「…途中、背後からテレサさんに声を掛けられて初めて…自分が思ってた以上にとんでもない事に巻き込まれたのでは無いかと気付きました…その、テレサさんが日本語で声を掛けて来たので…以前、ウチに泊まった日本人旅行者から簡単にですが日本語を教わっていたものですから…」
「…つまり、自分が今…外国に居るのでは無いかと…?」
「ええ…とは言え、確証は持てませんでした…いえ、信じたくなかったのが正直な所ですね…今、自分が居るのが本当に外国だったら…私はこれからどうなるのかと考えてしまって…」
「途中で察したテレサが英語に切り替えてな…まぁ、前世の知識らしいが…向こうでの自分の事は全く覚えてないのに…何故そんな自然にスラスラ、普段ろくに使わない言葉が話せるのか甚だ疑問では有るがな…」
「それは…多分アーシアさんが居たからでは?」
「後で聞いたら、アーシアはあの時はもうほぼ日本語しか使わなくなって結構経つとの事だったからな…そもそも、アーシアはイタリア人との事だし…何より、基本日本に居る以上…あいつも外国の言葉を使う事はほぼ無かった筈だ…そう考えると、この世界に来る前のあいつは普通に日本で生活してた奴とは考えにくい…案外、外国語が必須な仕事をしていたか…あるいは…」
「?…あるいは?」
「実は、日本人じゃなかったのかも知れないな…」
「…まぁ、英語はまだしも…趣味の範囲でならイタリア語を習得してる日本人は珍しいですよね…」
頭は良いと言われますが、それでも修得言語に関しては母国語の日本語以外は英語が限界なのが日本人だと聞きますね……あ。
「すまん、脱線したな…ルナ。」
「いえ、大丈夫ですよ…私もテレサさんの事は気になりますし…えっとそれで、その後は英語で自分の置かれてる状況をテレサさんにハッキリ告げられまして…さすがにパニックに陥りました…それで、その…その後の事は私もあんまり覚えてなくて…気が付いたら、朝を迎えてました…」
「ま、それでもこいつは何とか自分の素性をテレサに伝える事は出来た様だ……多分な。」
「…当時のルナさんの記憶が曖昧なので、ガラテアさんもその時の事は良く分からないと…?」
「私もこいつの記憶してない事は分からんからな…それでも、次の日からの記憶は有ったからな…私も戸惑ったが…何故かルナの奴が何の脈絡も無くいきなり外国に来ていて、本当に右も左も分からない中…取り敢えずそこで出会ったテレサを名乗る女に助けられ、今はそいつの家に居る…と言う状況は目覚めた時、事実として飲み込む事は出来た。」
「とにかく、その日から異国の地での生活が始まったと…」
「ええ…その、テレサさんは元より黒歌さんにセラフォルーさん…それから朱乃さん、クレアちゃんにアーシアさん…こうして名を上げていくと本当にキリが無いですね…とにかく皆さん、色々戸惑う私に本当に良くしてくれました…」
「…すっかり忘れてましたが、当時ルナさんは目が見えなかったんですよね…」
「ええまぁ…それでも元がそうだったせいなのか、向こうでは視力が無い面で苦労したのは本当に最初の内だけでした…まぁ、両親や…時折やって来る信者の方たちが気を使ってくれたのも有ると思いますけど…」
「ちなみにルナが見えない以上、私も記憶の中のそれを"景色"として見る事は当然出来ん……私自身は、幸いある程度は見えてるんだがな…」
「え…見えるんですか?」
「私が普段こうして目を閉じてるのは、今更視力をあまり必要として無いからだ。こっちでは必死になって正体を隠す必要も無いし、さすがに不便だから潰した目は治した…まぁ、私は防御型とは言え時間はそれなりに掛かったし…今も完全に見えるとは言い難いがな…」
そう言ってガラテアさんが開いた瞼の下には、確かに私たち特有のあの目が…しばらくしてガラテアさんが目を閉じた所でまた疑問を…
「すみませんルナさん、また一つ…良いですか…?」
「ええ、構いませんよ。」
「…ガラテアさんは見えてるのに、ルナさんは当時…本当に全く見えなかったんですか?」
「…ええ、瞼を開けていても全く…」
「不思議な話では有るがな、多重人格の奴には良く有る話らしい…まぁ、何をやっても見えないと言うルナの強い思い込みが…勝手に視界を潰していたのかも知れんな…」
「成程…」
「…ルナ。」
「はい、何でしょうか?」
「…そこからの話は正直もう蛇足の方が多いだろ?端折って良いんじゃないか?」
「あー…確かにそうですね、じゃあフローラさん…この後は一気に飛ばして、私たちが分離した日の事から話しますか?…他に何か、気になる事が有れば答えますけど…」
「そうですね…あ、そう言えば…私たちがこの世界に来た日の事なんですけど…」
「はい。」
「…実を言うと、一つ気になる事が有りまして…あの山はテレサさんたちの住んでる場所や、職場で有る学園からもかなり離れています…どう考えても、妖気の感知範囲から遠いんです…でも、テレサさんたちは私たちが来たのが察知出来ていた…」
「成程…確かにあの距離は普通の戦士じゃ分からないな…つまり、先に気が付いたのは…私かルナじゃないかとお前は思ってるんだな?」
「はい…」
「…結論から言おう、正解だ…ちなみに気が付いたのは私だ…」
「その時の事を詳しく聞いても?…と言うか、あの時は昼間だった筈なので夜にしか出て来れない筈のガラテアさんが気付いて、と言う状況がそもそも可笑しい気がするんですが…」
「ま、そうだな…話すのは別に問題無い…ただ、あの時の事は私自身未だに分からない事が有るが…それでも構わないか?」
「ええ…ガラテアさんの分かっている範囲の事を話してください。」
「ま、良いがな…しかし、あの時はお前も相当戸惑っただろうに…当時の事をやけにハッキリ覚えてるんだな?」
「逆に印象が強かったもので…尤も、それでも疑問を感じたのは結構後になってからですが…」
「…ふぅ…ルナ、身体の方は大丈夫か?」
「…そんなに心配しなくても、今の所特に問題は有りません。」
「…本当か?」
「大丈夫ですよ。」
「その、休憩を取っても構いませんよ?」
作られた身体とは言え、ルナさんは人間ですからね…先程から喋り通しですし、もう日付けも変わってますしね…
「本当に「いや、少し休憩にしよう」もう…」
「焦るな…何せ、私たちが向こうに戻ってからもまだ色々有るんだからな…」
「それこそ、ほぼ端折る事になると思いますけど…」
「良いから休め、な?」
「…ハァ…分かりました、それなら少し仮眠を取らせて貰います…すみません、フローラさん…」
「いえ、こちらは時間は十分に有りますから…」
寧ろ、時間を取らせてるこっちが申し訳無いですね…何より、疲れが出て来たのか先程からルナさんの顔色があまり良く有りません…折れてくれて、助かりました…
「…一時間経ったら起こしてくださいね?」
「ああ…良いからさっさと寝ろ。」
「はい……では、おやすみなさい…」
「ああ、おやすみ。」
「おやすみなさい、ルナさん…」
ルナさんはそのままベッドに横にな……え?
「寝たな…やれやれ…」
「…いや、いくら何でも早過ぎませんか?」
目を閉じているので、ガラテアさんがルナさんの顔の前で手を振っても反応が無いのはまだ分かりますが…頬を指でつついても身動ぎ一つしないなんて…
「さっき言ったろう?今回、かなり無理矢理なスケジュール組んでこっちに来てるからな…そろそろ限界だろうと思っていたんだ…」
「悪い事しちゃいましたかね…」
「気にするな、私もルナも…どうせ、いつかはお前たちの中の誰かに聞かれるかも知れんと思っていたからな。」
「そうなんですか?」
「テレーズやオフィーリアにイレーネ…それからデネブは何とも言えんが、お前やミリアにヘレン…そして、ジーン…この内の誰かは、いずれ…私たちに話を聞くに来るんじゃないかと思っていたさ…」
「全部、テレサさんの為…」
「全く…本当に罪な奴だよ…他人の事は毎回行き過ぎなくらい気にする癖に、自分に対する心配とかは分かってても全部スルーするからな、あいつは…」
「改めてすみません…時間を割いて頂いて…」
「言っただろう?気にするな…私たちは気に留めていても出来る事は少ないからな…こんな話が役に立つならいくらでも協力してやるさ…あのバカを、いざって時に止められる奴は一人でも多い方が良い。」
「貴女も相当気に掛けているんですね…」
「あいつは間違い無く私にとって恩人で、何より…これでも私は友人のつもりだからな…悩んでいるなら、どうにか助けてやりたいと思うさ……あいつは、相談の一つもしないがな。全く、本当に度し難い…」
「……貴女も、やっぱりイラついてたりします?」
「そりゃあな…ま、その辺伝えるのは基本…お前に任せるよ。私たちは、近くに居られないしな…」
自分の事は完全に棚に上げて、その癖他人は助けるだけ助けてその後は放置…本当、同性じゃなかったら間違い無く好きになって……あれ?
「どうした?」
「……いえ、何でも…その、一つ気付いた事が有っただけです…」
「…良く分からんが、何やら吹っ切れた顔をしているな…」
「ええ、まぁ…今はとても…清々しい気分ですよ。」
そうですよね…別に、良いですよね…同性でも。好きになったのなら性別なんて、結局…些細な問題ですよね…覚悟してくださいね、テレサさん…絶対、もう逃がしませんから。