side out
五千の戦車は三列横隊となって戦場を進んで行く。炎の壁に囲まれ、戦車の群に追いたてられる連合軍の兵の心境はいかほどのものだろうか。
兵士も将も逃げ惑い、あるものは勇敢に戦車に向かっていって無惨に轢殺され、あるものは一か八か炎の壁を抜けようと突入して五千百度の炎に身を焼かれて死ぬ。
連合軍の兵士は狂乱状態であったが、それも仕方無いことだろう。たった一台で十人以上の将と一万を遥かに越える兵を殺し尽くした鋼鉄の魔獣が、五千もの数を揃えて自分達を殺しに来ているのだから。
そして更に、連合軍を包囲する炎の壁の中から、一つの影が姿を表した。
それは連合軍の中で最も後方に居た曹操軍の更に後方に現れ、炎を纏う大戦斧にて曹操の誇る精兵を切り捨て、焼き殺していく。
炎を纏いながらも火傷一つ負うこと無く連合軍の兵を殺していくその姿はまるで鬼のようだったが、現状ではただひたすら逃げ回るばかり。曹操ですらこの有り様なのだから、他の諸侯軍では最早壊乱状態と言って遜色無い。
「……やれやれ、この程度の実力で我らに戦争を仕掛けて来るとは……思い上がりも甚だしいな」
そう呟きながら華雄の姿をしたそれは、正面から飛来した矢を避けること無く額で受けた。
通常ならば致命傷は免れないその攻撃に周囲に居た兵はにわかに沸き立つが、額に突き立った矢が突如発火した途端に鎮静化した。
華雄の姿をしたそれは、つい今しがた射抜かれた筈の無傷の額をとんとんと指先で叩きながら矢の飛んできた方向に視線を向ける。
そこには驚愕の表情を浮かべた夏候淵と、同じく驚愕した表情の許緒がそれを見詰めていた。
それは何でもないような無表情を浮かべながら、金剛爆斧の先端に炎を纏わせて振るう。その軌跡に合わせて飛ぶ炎の刃は、切り捨てた兵を瞬く間に発火させる。
「……化物め」
「誉め言葉だ」
夏候淵の呟いた言葉にそれは平然と切り返す。自在に炎を操って兵を殺していくその姿は、正に鬼と言うに相応しい。
「……貴様がこの炎を?」
「ああ、それで間違っていない」
「ならば、貴様を殺せばこの壁は消えるか?」
「さて、どうだろうな。試してみるか? もしかしたら消せるかもしれんし、消えんかもしれんが……」
ヴォンッ!とそれが戦斧を振るうと、振るった先に外まで繋がる道が一瞬だけ開き、そしてゆっくりと再び閉じて行く。
「私に力を認められれば、もしかしたら通して貰えるかもしれんぞ?」
不適に笑うそれに向けて、夏候淵は再び矢をつがえた弓を向ける。
その後ろから許緒が現れ、夏候淵と共に武器を構える。
そして次に楽進、李典、于禁と続き、片腕を失いながらも戦場に立つことを願った夏候惇が夏候淵の前に立つ。
最後にその場に現れたのは、曹操軍の頂点である曹操その人。夏候淵は一瞬驚いたように気配をぶれさせたが、すぐに納得して平静状態にまで意識を回復させた。
ヴォン、と鈍い風切音を立てながら、それは戦斧を右手一本で大きく上に振り上げる。
「では、役者も揃ったことだし、始めるとするか」
そしてそれは、振り上げる百倍以上の速度で戦斧を大地に叩き付けた。
轟音が響き渡り、たった一撃で大きく皹割れた大地から炎が吹き上がる。その炎でまた多くの人間が焼き消され、人の燃える臭いが戦場を満たす。
「……なんだ、終わりか」
それの前に存在するのは、ほんの数秒前まで人間だった炭の塊と、炭になっても止まることの無い炎によって焼き尽くされた灰の山だけ。つまらなさげに鼻を鳴らしたそれの姿に、その場に居た生き残りの兵士達は、恐怖と絶望と憎悪を込めてそれを呼ぶ。
それはあまりにも圧倒的過ぎたが故に仲間の兵からすら呼ばれ、そしてこの大陸に広く伝わっていく事となる。
曰く、【戦場の鬼】。
曰く、【煉獄の鬼神】。
曰く、【業火の戦鬼】
すなわち、【華雄】、と。
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戦車の群は連合軍を蹂躙する。矢は全て装甲に跳ね返され、槍を突き立てようとしても傷一つつけること無くへし折れる。
前回やったように履帯に剣を差し込もうとしても隣の戦車に踏み潰されて何もできずに轢殺される。
初めの砲撃で現状唯一戦車に対抗できた孫策を喪い、連合軍はもはや溶岩流に飲まれる蟻の群のごとく無力な存在となり果てていた。
牙城旗は打ち捨てられ、誰もが戦車の列から逃げ惑う。
将も兵も関係無く、誰もがこの場から逃げることに必死になっていた。
そんな中に、一つの影が踞っていた。
炎に包まれ、戦車に追いたてられている兵達とは別に、二つの人型を抱えた人影がそこに一つ。涙も慟哭も枯れ果てて、虚ろな瞳に何も映さなくなったその影は、名を関羽と言った。
両腕に抱えられた二つの影は、片方は腹に大穴が空いている桃色の髪をした少女。既にあまりにも多くの血を流しすぎてしまったその少女……劉備は、二度と覚めることの無い眠りへと落ちてしまっている。
もう一人は右膝から下を失って関羽に運ばれていたが、背負われていたために偶然戦車の砲弾の余波をまともに食らい、弾けた石に脳天を撃ち抜かれて頭の原型すら止めていない小さな少女。
二つの亡骸を抱き締めながら、関羽は何故このようなことになったのかを考えていた。
武を振るう理由を劉備に預けた関羽に、もう武を振るう力は残っていない。何よりも大切だった仲間達を失った関羽に、立ち上がれるような気力は残らない。
ぶつぶつと虚ろな目で呟き続ける関羽は、ふと何もいない周囲を見渡す。どろどろに溶けた二股の槍と砕けた飾りの多い剣が目に入ったが、関羽にはなんの感慨も持たせることはなかった。
再び顔を正面に向けた関羽は、両腕に抱えていた二つの死体を抱き締めたまま思う。
こんなことはあり得ない。きっと何かの間違いだ。そうでなければあの優しい私の義姉が、主君が。劉備玄徳がこんな所で死ぬはずが無いではないか、と。
ぶつぶつと呟き続ける関羽は、抱き締めていた二つの亡骸の頭を自分の膝に乗せる。義姉と義妹はこうして関羽の膝を枕に眠ることが好きだった。少し前……そう、まだ三人の姉妹を除いて仲間はおらず、三人だけで賊を倒したりしていた頃は、よくこうして膝枕を強請られたものだと、関羽は膝の上の二つの頭を撫でた。
張飛の頭を撫でた時に手が真っ赤に染まるが、虚ろな目をした関羽は何事もないかのようにその頭を撫で続けている。
そんな関羽に、キュラキュラと軋むような耳障りな音を立てながら戦車が迫る。しかし関羽は二つの亡骸の頭を撫でたまま動こうとしない。
速度制限を外した戦車が関羽と亡骸に向けて走る。そして関羽は────
「愛紗ちゃん?」
声に呼ばれて目を開くと、そこには死んだ筈の義姉が不思議そうな顔で自分を見詰めていた。
「愛紗ちゃんってば、お寝坊さんだね? もうお昼だよ?」
「あ……え……?」
混乱している関羽に、新たな人影が現れて声をかける。
「にゃははは、愛紗がやっと起きたのだ。……でも、まだちょっと寝てるみたい」
「そうだね鈴々ちゃん。変な夢でも見てたのかな?」
「ゆ……め…………?」
ポツリと呟いた関羽は、劉備と張飛の言った夢と言う言葉をそのまま受け入れた。軽くなった身体に気力が戻り、そして自分が今、三人で義姉妹の誓いを結んだ桃園に居ることに漸く気付いた。
「ほら、愛紗ちゃん、行こう? 大陸のみんなを笑顔にするために!」
関羽の前でしゃがんでいた劉備が立ち上がり、笑顔で桃園の外へと歩いていく。
「ぐずぐずしてたらおいてっちゃうのだ~」
その隣を、丈八蛇矛を両肩に担いだ張飛が歩く。二人はとても楽しそうに笑いながら振り返り、座ったままの関羽に手を差し出す。
「ほら、行こう?」
「愛紗も一緒なのだ」
「……はい!」
関羽は立ち上がり、傍らに立て掛けていた青龍偃月刀を掴んで劉備と張飛の元へ走り出す。
桃園の出口に近付くにつれて逆光が強くなり、二人の姿が際立っていく。
これから、辛いこともあるだろう。苦しいこともあるだろう。しかし私達三人が揃ってさえいれば、きっとどんな苦難の道も乗り越えられると子供のように信じながら、関羽はひたすらに走り行く。
そして三つの影は並び立ち、白い光の中へと消えていく。
その顔には三者三様の笑みが貼り付けられ、希望に満ち溢れていた。
「あは……あは……あははははははははははははははははは………………」
───ぐしゃり、と、満面の笑顔を浮かべたまま、迫り来る戦車に轢き殺された。その場に残るは三人分には僅かに足りない挽肉のみ。
劉備玄徳、張飛翼徳、関羽雲長の三人の英雄は、最期はいつの日か望んだ通り、同年同月同日に、同じ戦場で一つになって死んでいった。
もう、戦場に立つ人間はいない。全ての人間は粉々になるか焼き殺され、その生涯を終えることとなった。
side 織斑 一夏
キョロキョロと周囲を見渡し、戦車と炎以外に動く物が無いことを確認する。
……よし、大丈夫だな。
戦車を操る兵士達(洗脳済み)に命令を出し、すぐに汜水関に兵を引かせる。
それからずっと使いっぱなしだったブレイズ・オブ・グローリーを少しずつ集束させて中にある死体を全て焼き払う。このまま放っておいたら病気が広まるかもしれないし、そっちの方がいいと思うし。
……さてと。帰って寝るかね。
俺は金剛爆斧を肩に担ぎ直し、のんびりと焦土の上を歩いて汜水関へと戻るのだった。
この後、煉獄の鬼神なんて呼ばれて嫁の貰い手が居なくなった華雄や、汜水関の城壁に腰掛けて敵兵が蹂躙されていく景色を肴に優雅に酒を飲んでいたという噂が流れて兵から怯えられるようになった張遼、あの戦車の群れを実際に使用する作戦を立てていた(と思われている)賈駆と陳宮の鬼畜外道っぷりが大陸中に広がったり、それらを全て知っていながらやらせた董卓の悪魔っぷりが噂になり、そう言ううわさが立ったのはお前の所為だと一夏を追いまわして〆る……っていう終わりを作るはずだったんですが、外道過ぎるので却下されたのがこのお話です。皆様どうやら物足りなかったようなので…………。