賛嬢ちゃんがここからいなくなるらしい。そんな話を聞いているんだが、賛嬢ちゃんは俺についてきてほしいと願った。
自分はこれから州牧になるから、それなりのことができるようになる。仕事を頼む訳じゃないし、行動を制限したりもしないから、お願いだから私のそばにいてほしい……だそうだ。
特に断る理由もないし、むしろ望むところだったのでいいよと返すと、賛嬢ちゃんは嬉しそうににっこりと笑顔になった。
……隔日で話を聞いたりお茶をしたりしただけなんだが、いったいどうしてこんな風に懐かれたのか……不思議だ。
そんな不思議体験は置いといて、俺はそうして喜びにうち震えている賛嬢ちゃんから真名と言うものを預かった。
俺は真名ってものがどんな物かわからなかったから素直に聞いてみたんだが、どうやらこの世界では真名ってのは自分の魂の有り様を表す大切な物で、そう簡単には呼ばせることはないらしい。
もし勝手に呼んだらその場で首を刈り飛ばされても文句は言えないんだとか。
……まあ、グダグダ言った所で覚えられないんだけどな。四音だから。
で、その事を正直に言って自分の姉の名前を覚えるのにも五年かけたことを言ったら、若干悲しそうな顔で俺が賛嬢ちゃんのことを賛嬢ちゃんと呼び続けることを了承してくれた。
ついでに俺も偽名ではなく本名(織斑一夏の方)を名乗り返して、隠していた理由を『明らかに怪しい奴が明らかにこの大陸の名前と異質な名前を名乗ったら怪しまれると思ったから、まずは俺自身を見てもらってから信頼できそうだったら名乗ろうと思った』と誤魔化した。
…………ら、泣かれた。ガン泣きされた。聞き取りにくい賛嬢ちゃんの言葉を聞いてみると、俺に信頼されていたのが嬉しかったとか。子供っぽいと言うか素直と言うか不憫と言うか……涙もろいやつだ。
でも、いい奴ではある。なんと言うか随分と人間臭くて、個人的には気に入った。
そう言うわけで、俺は暫く過ごしたこの場所を離れ、賛嬢ちゃんについていくことになった。
行く先は幽州。まあ、賛嬢ちゃんに着いていけばそれなりに楽しくありながらも波瀾万丈ではない平和な暮らしが待っているような気がするし、文句は無い。
仕事もそんなに無く、賛嬢ちゃんの愚痴を聞いたり相談を受けたりとそう言ったものに限られるようだし。
そこまでの厚待遇なら、殆ど文句はない。睡眠時間も保証してくれるらしいし、いい『主』を得たもんだと言っておく。
…………形だけの主であり、実質ただの友人付き合いなんだが。
……それじゃあ行こうか、賛嬢ちゃん。
「ああ。ありがとうな、一夏」
「構わん構わん」
そう言いながら賛嬢ちゃんは馬に、俺はバギブソンに跨がって走り始めた。
side 公孫賛
とある日に私塾の近くの森の中で出会った奴、私と同い年くらいの少年は不思議な雰囲気を持っていた。
警戒心に溢れていた私をいつの間にか落ち着かせ、そしていつの間にか名を交わしあって愚痴すら聞いてもらうようになっていて、私塾に帰ってからその事に自分で驚いた。
それからもまた私はあいつに会いに行き、そして愚痴を言ったり他愛もない話をしたりしていた。
そしてそれから暫くして。その日も私が愚痴を言っていたら、白金は私にこう言った。
『力が欲しいなら、なんとかできないこともない』
桃香という王の器を毎日間近で見せつけられ、力を欲するようになっていた私は一も二もなくその話に飛び付いた。
そこで引いておけば今のようなことにはならなかったのかもしれないが、例え今の私が過去に戻れたとしても、私はきっと同じ道を歩いただろう。
そして私は地獄の特訓を受けた。身体的には何も起きていないと言う話だったし、実際何も起きていなかったが……妙な兜を被らされた私は、気が付いたら白金から座学を受けていた。
今までの私塾で受けた座学とはまるで違うそれは、私の中の常識を根本から組み替え、そしてその中にするりと入り込んでその存在を確立させてしまった。
その非常識な常識によって、私は確かに色々な意味で強くなった。
しかし、それと同時に私の中ではなにかがおかしくなっていくのがわかった。
初めはそれに気付かなかった。初めて気付いたのは、先生に私がどこか変わったと言われた時のことだった。
それからと言うもの、私は自分が少しずつ今までの自分とは異質ななにかに変わっていくのを感じ取っていった。
日に日に作り替えられていく自分に恐怖する日もあったが、自覚した数日後にふと思い直した。
私は今までの自分が嫌で、白金の手をとった。そして私はその願い通りに力を得て、変わった。
ならば、今の私を私自身が恐怖し、そして拒絶する意味などあるだろうか。
いや、無い。
こうして天恵を得た私は、無意味に怯えることを辞めた。そして同時に、こうして変化していく事を受け入れ、今までとは逆に感謝することにした。
私が少しの間疎遠になっていた白金の所に行くと、白金はいつもと同じようにそこでのんびりしていた。
私が異常になったことで、私は私塾の中で少し浮いた存在になってしまった。
けれど白金は、そんな私を当然のように受け入れてくれた。桃香ですら私の事を訝しげな目で見ることがあると言うのに、白金だけは私の事をいつもの通りに名前で呼んでくれた。
そんなこともあって私は白金を……一夏を連れて幽州へと行くことにした。
一夏の仕事は殆ど無いが、ただ一夏がそこに居てくれるだけで勇気がわいてくる。
一夏さえいれば百人力だ。私には一夏が必要だ。
その力でなく、知識でなく、一夏本人が私には必要なんだ。
…………だから、私から一夏を奪おうとするものは許さない。
例え相手が神でも皇帝でも天の御使いだろうが、絶対に。
……ああ、私と同じように独占じゃなく一緒にいたいと言うだけなら歓迎だ。恋人ででも愛人でも親友でもなんでもな。