劉備が賛嬢ちゃんの所から独立するらしい。賛嬢ちゃんのお陰で名声も中々の物になったようだし、そろそろ雌伏の時間は終わりでいいだろうと言うちみっこ軍師二人の言葉もあったからだそうだ。
そこで劉備達は賛嬢ちゃんの治める幽州で自分達に付いてきてくれる義勇軍を募集することにして、それでその許可を賛嬢ちゃんに求めに来たそうだ。
そんな訳で劉備の話を聞いた賛嬢ちゃんは、困ったような笑顔を浮かべて自分の頬をカリカリと指先で引っ掻くのを繰り返していた。
「……まあ、桃香の目的を考えるとせめて国くらいは持たないと話にならないわけだしなぁ……」
でもなぁ……このご時世に働き盛りを何百……最悪何千と取られるのはなぁ……と呟く賛嬢ちゃんは、じっくりと答えを探しているようだった。
確かに、ここでもしも劉備のお願いを聞いてやったとして、賛嬢ちゃんに特なんてほとんど無い。あったとしても、来年以降の税収を考えれば損得のバランスが損に大きく傾くことは間違いないだろう。
……だけど賛嬢ちゃんは甘々だから、もしかしたらOK出しちゃうかもしれないんだよな。
「……いくつか条件がある」
……ほら、言った。
賛嬢ちゃんの言った条件は、俺からすればかなり妥当な物しかなかった。
例えば、どういう目的で義勇軍を集めるのかを民に伝えて、それに納得したものだけつれて行く……つまり強制はしないことや、賛嬢ちゃんの民を連れて行くんだから確りした行軍計画を賛嬢ちゃんに提出すること等。ちなみにその計画が駄目だと思ったら容赦無く内容を民に曝してどこが駄目だったのかをぶちまけるとかそういったことを、無理を聞く側であるからという理由で決定させた。
……まあ、劉備には優秀な軍師もついてるし、無茶苦茶なことはしないだろうとは賛嬢ちゃんの談。本当に、そうならいいんだけどねぇ?
で、結果としては……賛嬢ちゃんの領民で劉備の呼び掛けに答えた奴は極々僅かな人数だけで、後は食い詰めて賛嬢ちゃんの領地に流れてきた流民ばかりとなった。
確かに劉備も『天の御使い』とやらも人間として魅力的であるのかもしれないが、賛嬢ちゃんの治める幽州において、賛嬢ちゃんの人気は絶対的と言っても過言ではないほどに高い。
そんな中で義勇軍を集めようとしたのがそもそも失敗だったのだろうが……まあ、俺には関係無いし、いいか。
劉備が出ていってくれるお陰で必要以上に入ってきていた流民も居なくなってくれるし、食い詰め者が少なくなってくれれば無駄に賊に堕ちるような奴は少なくなることは確かだし。
……ただ、劉備は最後にとてつもない爆弾を地雷と一緒に置いていってくれやがったけどさ。
side 公孫賛
桃香の頼みを聞いて、私の領地から義勇軍を立ち上げる許可をやった。
食料や武器なんかのことも、まだどこかにコネがあるわけでもない桃香じゃあ揃えるのが難しいだろうと思って、二千人分の武器と、二千人が三ヶ月間飢えずに済む程の食料をやった。このくらいなら今の幽州には余裕がある。
これからどうすればいいかという相談を桃香の軍師から受けたから、私なりに考えた内容を答えてやった。
武力ばかりを誇っていた関羽と張飛に、ある程度の陣形や軍を率いての戦い方の基礎を叩き込んでやった。
二人の軍師に、政務の現場の空気を教えてやった。
桃香に、支配者の心得を若干だが教えてやった。
私なりに友人のことを考えて、友人の夢への道のりを手伝えるだけ手伝ってやったつもりだ。
…………だから、と言う訳じゃないけどな?
「白金さん。私達と一緒に来て、夢を叶えるのを手伝ってくれませんか?」
………………『それ』は、お前が桃香でも……真名を交換した仲であっても許さない。
「桃香」
「? なに? 白蓮ちゃ」
振り向いた直後の桃香の服の首元を掴んで、床に叩きつける。轟音が響いて外から陽戦隊の数名が駆け付けて来ようとしたが、この場に居る一夏と私と桃香以外の全ての人間の認識を無理矢理に書き変えて、この状況が普通の、なんら気にするところの無い光景だと思わせる。
それが成功しているのは、北郷が一瞬驚いた顔をした直後に普通の表情に戻ったことからもわかる。
「げほっ!げほげほ……ぱ……白蓮、ちゃん……?」
「……なあ、桃香」
腰から剣を引き抜き、桃香の眼前に突き付ける。桃香は驚愕と、僅かな恐怖の入り混じった目で私と目を合わせ……次の瞬間に顔から血の気を完全に失せさせた。
「……お前、私から一夏まで奪っていくのかよ?」
桃香の首を掴む左手に力を込めると、ギシギシと首の骨が軋む音が指先から伝わってくる。桃香は北郷に助けを求める視線を送っているが、北郷から見ればこうなっているのは普通の状態であるため、苦笑をしながら軽く片手を上げて苦笑いをしている。
……このまま桃香を殺してしまっても、北郷も張飛も関羽も軍師の二人も、桃香に付いていくと言った兵達も、恐らく何の疑問も抱かず桃香が死んだことを普通に受け止めることだろう。
……それが普通で地味な私にできる、非常に異常な事なんだから。
他人に普通を押し付けて、自分の行為を覆い隠して、私は私にできる方法で私の民に平穏な生活を与えてやりたいんだ。
……いや、違うな。本当はそんなことはどうでもいい。一夏と一緒にいつまでも過ごせれば、せめて私が死ぬまでの間、一夏と一緒に平和な日々を送れれば……私はそれだけで満足なんだ。
だから。
「私から一夏を奪うんなら………………殺すぞ?」
桃香の首の軋みが大きくなって、いつの間にか指先じゃなくて耳でも聞き取れるほどになった。
そして───ゴギンッ!という致命的な音が桃香の首から私の部屋の中に響き渡り、私の手首を握っていた桃香の手から力が抜けた。