side 董卓
「……それで、この戦争を終わらせるにはどうすればいいんですか」
大声にならないように気を付けながら、私は黒さんに問いかける。私にとって一番大切なことは、できるだけ多くの人達を助けてあげること。その為に私にできることがあるなら、どんなことだってしたい。
今だって、洛陽の人達は怖い思いをしている。いつ攻めてくるかわからない連合軍に怯えながら、それでも気丈に振る舞ってくれている。
そんな私の思いを知ってか知らずか、黒さんはとても真剣な表情を浮かべる。それこそ、最近の詠ちゃんのように鬼気迫るほどに。
ずい、と更に私に近寄った黒さんの真剣な目が私の目の前に来る。お互いの吐息が頬にかかるほど近寄った黒さんは、囁くように言う。
「董卓よ。これを聞いたらもう戻れん。……死ぬ覚悟はあるか?」
死ぬ覚悟、と聞かれて、きっとこの人もそれだけの覚悟を持ってここに来ているのだと知らされた。
こんな時間に、こんな見たこともない人が私の寝室まで来るのには、いったいどれだけの危険を冒したのだろう。恋さんや見回りの兵に見つからないように移動し、この部屋に私が居ることを調べるのに、どれだけの労力を費やしたのだろう。
そしてその上で、断られるかもしれないのに武器を使うこともなく話し合いで納めようとしているこの人は、いったいどれだけ優しいのだろう。
それだけの危険を冒してまでこの場に来る勇と、民を思う仁の心。そしてできるだけ多くの命を……敵の命さえもできる限り奪わないで済むようにする優しさと。これだけの物を見せつけられて今更自分の命一つを失うこと怯えるだなんて、私はいったいどれだけ情けないんだろう。
私は意思を固める。ゆっくりと目を閉じて、そしてまたゆっくりと開く。
目の前の黒さんの視線と私の視線が絡み合い……黒さんは優しい笑顔で笑った。
「わかった、それじゃあ説明するぞ。聞きたいことがあるなら夜が明ける前に頼むよ、董卓」
「……月(ユエ)、です」
「……ん?」
私の事を董卓と呼び続ける黒さんに、私は言う。
「私の真名は、月です」
きょとんとした表情を浮かべていた黒さんは、しばらくしてばつの悪そうな表情をしながら離れていった。
それからなにかを悩むように窓の外に一瞬だけ視線を向け、それから大きくため息をついた。
「……公孫賛、だ」
ぽつり、と呟いた言葉に私は首を傾げる。
そんな私にもう一度、黒さんは言った。
「私の本名だよ。で、真名は白蓮な」
そう言って黒さん……白蓮さんはまたため息をひとつついて、私に視線を向けた。
「断られることも考えて偽名で名乗ったんだが、まさか当然のように信じてもらって真名まで許されるとは思ってなかったよ。あー……月」
とくん、と、私の心の臓が大きく跳ねる。ただ黒さん……白蓮さんに真名を呼んでもらっただけなのに、いったい私はどうしちゃったんだろう?
「……まあ、その話は今はおいておこう。今大切なのは、これから戦争をできるだけ早く、被害を少なく終わらせるためにどうするか……だ」
「はい」
少し前までの呆れたような空気が鳴りを潜め、真剣な空気が三度張りつめる。私と白蓮さんは私の寝台に座り、ゆっくりと話を進めていく。
その始まりの一言は、白蓮さんの口から放たれた。
「簡単だ。董卓が死ねば、この戦は終わらざるを得ない」
白蓮さんは何かを密かに抱え込んでいる詠ちゃんを彷彿とさせる笑顔を浮かべながら、私に向けてそう言った。
side 劉備
私達が汜水関に到着した時、袁紹さん達は未だに軍義を続けていた。
それも董卓軍と戦うための軍義ではなくて、大将を決めるためだけの軍義とも言えないようなものをもう何日も。
こんなことをしている間にも洛陽の皆は苦しんでいるかもしれないし、そうじゃ無くてもたくさんの糧食を使ってここに居るんだから、無駄な時間を使う余裕なんて無いはずなのに……。
「……桃香様、抑えてください。桃香様が出ていけば、恐らく袁紹さんに厄介なことを押し付けられます。私達の兵力では董卓軍には……」
「でも、今も苦しんでる人がいるんだよ!?」
「ここで桃香様になにかがあれば、桃香様の治める平原はどうなるとお思いですか!」
「そうだぞ桃香。少し落ち着け」
「でも!」
「落ち着け」
べちーんっ!と額に衝撃が走り、ちかちかと目の前に光が飛ぶ。いつの間にかすぐ近くにいた白蓮ちゃんにでこぴんをされたみたいで……正直、凄く痛い。
「ぱ、白蓮ちゃん!?」
「白蓮さん!? いつの間に!?」
「おいおい、私が居るところに歩いてきたのはそっちだろ? いつの間にと言われたら、お前達がこっちに来る少し前からさ」
そう言って笑う白蓮ちゃんは、少し呆れたような、そして何かを諦めたような、そんな不思議な笑顔を浮かべていた。
私がどうしてそんな笑顔を浮かべているかを聞くより早く、白蓮ちゃんは私に背を向けてしまう。
「まあ、どっちにしろ来たんだったら袁紹と袁術の二人に挨拶に行きな。袁紹の所に行ったのに袁術の所に行ってないと拗ねるからな」
すたすたと歩いていく白蓮ちゃんは、数歩あるいた所で一度止まって私に振り向く。
「袁紹も袁術も軍義の途中だ。案内してやるから付いてきな」
「う……うん!」
すたすたと再び歩き出す白蓮ちゃんについて、私は歩き出す。
一緒に朱里ちゃんも歩いてくるけど……って、あれ?
「一応、友人のよしみで言っといてやるけど、袁紹にお前が言ってやろうとしてるようなことを言ったら、被害はお前の大事な民草に行くからな? 全部を守りたいんだったら、もうちょっと考えて動け。私もここからは助けられないことも増えるからな」
「白蓮ちゃん……」
無言で歩き続ける白蓮ちゃんは、なんだかとても疲れているように見えた。
「……ほら、着いたぞ」
白蓮ちゃんに言われて顔を上げた私の目に入ってきたのは、とても大きな天幕だった。
「幽州の公孫伯珪だ。入るぞ」
「あ、えと……平原の劉玄徳です」
「公孫伯珪様と、劉玄徳様ですね。確認して参りますので、少々この場でお待ちください」
天幕の入り口に立っていた金色の鎧を着た兵士さんは、すぐに天幕の中に入っていった。
「……桃香。これから会う袁紹は曹操が動く気の無い今、間違い無くこの連合の最大勢力だ。やるんだったら覚悟を決めろよ」
「……!うん!」
白蓮ちゃんの言葉に頷いた直後にさっきの兵士さんが戻ってきて、入っていいと言ってくれた。
武器を預けてから天幕を潜ると……
「おーっほっほっほっほ!遅かったですわね白蓮さん!」
「ああ、済まないな麗羽。来た時に挨拶はしようと思ったんだが生憎寝ててな」
……なんだか凄い人がいた。