side 公孫賛
やっぱり桃香も連合に参加するらしく、私の陣から桃香と関羽と張飛、そしてちびっこ軍師を表す旗を見付けた。
多分北郷も来てるんだろうけど、正直割とどうでもいい。あんまり覚えてないしな。
確かにあいつの発想は目を見張るものがあったし、頭も悪くないのもわかった。
しかし、私はあいつを欲しいとは思わない。あいつは劇薬だ。触れれば必ず何かしらの変化を起こしてしまうだろう。
私は現状を気に入っている。面倒臭くもやりがいのある州牧の仕事もそうだし、一夏との遠くも近くもないこの関係も、漸く私のそれなりに大切な物の中に入ってきた幽州の民のこともそうだ。それを変えようとは思わない。
……一夏との関係はもうちょっと進んでくれてもいいけどな?
そんなわけで桃香を連れて麗羽の居る天幕にまで来た訳なんだが、やっぱり麗羽達はまだ大将を決めるための茶番を続けているようだった。
そして私が入ってきたのを見た麗羽は、いつも通りの高笑いで私を出迎えた。
「おーっほっほっほっほ!遅かったですわね白蓮さん!」
「ああ、済まないな麗羽。来た時に挨拶はしようと思ったんだが生憎寝ててな」
麗羽の言葉に、私は淡々と返す。実際には挨拶の話じゃなくてここに来る時間のことだとわかってはいるんだが、正直に言ってあまりまともに返す気は無い。
あんまり構いすぎると面倒だし、構わなさすぎてもまた面倒な奴だからな。このくらいが丁度いいんだよ。
「それで、どの辺りまで進んだんだ? もう大将はとっくに決まってて作戦も当然決まってて、それで当たり前に誰がどうするかも決まっているんだろ?」
「…………おーっほっほっほ!」
麗羽の高笑いが意味もなく響くが、その中にはかなりの焦りが含まれているように聞き取れる。
少し麗羽を注視してみれば、化粧をしていない首の辺りから冷や汗が大量に流れているのが見てとれた。
「……まさか、決まってないのか?」
「これほど名誉な軍を率いるには、まず相応の家格と敵を優雅に華麗に殲滅できる素晴らしい能力、そして天に愛されているかのような美しさと、誰しもが嘆息を漏らす可憐さを兼ね備えた人物こそが、この連合軍を率いるにふさわしいと言う結論に達したところですわ」
「つまり私が居なくなる前とは太陽の傾きと面子と人数以外は変わってないんだな?」
……はぁ……ほんっと、麗羽はなに考えてこんな茶番をやってんだろうな? 馬鹿と天才の考えることは普通な私には理解できないよ。
「……つまり、家格がそこそこ高くて有能で美しければ誰がやってもいいんだな?」
「もちろんですわよ。まあ、この連合軍の中でそれに当てはまるものがどれだけいるかはわかりませんが、優秀な白蓮さんでしたら誰がふさわしいのかわかるのではなくて? おーっほっほっほっほ!」
……めんどくせえなぁ……こいつと友義を結んだのはちょっと失敗だったかもしれない。
まあ、それでもこいつは離れてるとこから見てるだけなら楽しいんだけどな。あくまでも、自分に害が及ばないほど離れている場所から、一方的に見ているだけなら……の話だけど。
「……じゃあ曹孟徳でいいだろ。家格はそこそこだけど十分名門だし、美人だし、何よりこの場では五指に確実に入るだけの有能さを持ってるしな。駄目なら孫策か袁術でもいいぞ」
「……は?」
ん? 私は何か変なことを言ったか? 麗羽の言ったことをしっかりと吟味して案を出したつもりなんだが。
だが、なぜか曹操は驚愕の視線を私に向けている。曹操だったら麗羽の性格も理解しているだろうし、すぐにわかると思ったんだが……買いかぶりだったか?
まあ、わからないならわからせてやるだけだ。
「……白蓮さん? どうしてそこに私の名前がありませんの?」
そんな私に、麗羽がイライラとした声をかける。どうやらかなり気分を害したようだが、んなこと私の知ったこっちゃない。
「お前は心優しい女だ。今回のように遠く離れた地の民であっても、苦しんでいると言う話をきけば直ぐ様兵を起こすほどに」
「ええ、私は心優しいのですわ!おーっほっほっほっほ!」
高らかに笑う麗羽に向けて、私は言葉を続ける。
「そんな心優しく優秀なお前が立候補しないと言うことは、なにか考えがあるはずだ。それも、この大切な状況で、何日と言う時間を使ってでも実現させなくてはならない重要な物が。まさかこんな一刻を争う状況で優秀なお前が『他人から推薦されたい』何て理由で引き延ばしてるなんて思えないしな。そうだろ?」
「………………もちろんですわ!」
いつもだったら今の空白はなんだと聞いてやるところなんだが、今回は聞かないでおく。
だが、周りの本気で呆れたような視線には気付けよといってやりたい。言わないけど。
「つまりお前には立候補しないだけの理由があって、しかし今まででは足りないものがあったから今の今まで引き延ばしていた。そんな重大な理由があって立候補しないでいる麗羽を私が推薦できるわけがないだろう? 才能に溢れた天才の考えることは普通で地味な私にはわからない。そんな私にできることは、天才の行動を妨げないようにするだけさ。……まさか、民のことも考えず自分の欲を満たすためだけにこんなに軍義を引き延ばしていたなんて宦官でもしないような愚かなことを頭のいい麗羽がしているとは思えないしな。そうなんだろ?」
にっこりと信頼の笑顔を向けてやると、麗羽は冷や汗を滝のように流しながらひきつったような笑顔を浮かべた。
「お……おーっほっほっほっほ!流石は白蓮さんですわね!」
「天才の麗羽に比べれば霞むさ。比べなくても適当に埋もれていくだろうけど」
……さて、と。
「それで、麗羽。お前はこの連合の総大将には誰が相応しいと思うんだ? 麗羽は立候補できない理由があるらしいから除外して、その上で家格と能力と美貌を兼ね備えてる奴なんてさっき私が言った三人くらいしかいないと思うぞ?」
……なんて言っても、麗羽は袁術のことは好きではなかったはずだし、孫策はその好きではない袁術配下。そして曹操は麗羽が一方的にとはいえ若干の敵愾心を持っている相手だ。誰を選ぶのかは麗羽次第だが、いったい誰を選ぶのかは私にはわからない。
なにしろ私は普通で地味な女だからな。天才の考えることがわからないのも、大馬鹿者の考えることもわからないことも当然だ。
勿論、未来のことなんてわかるはずが───
「……では、白蓮さん。貴女がやりなさい」
…………………………。
…………………………?
……………………なに?
「え……えぇっ!!?」
私の後ろで桃香が驚愕の声を上げていたが、一番驚いていたのはきっと私だろう。
「あー……正直、身に余りそうなんだが……」
「白蓮さん。期待していますわよ?」
麗羽のその笑顔には、どうやら断ることができそうな雰囲気など欠片もないようだ。
…………はぁ……。