連続投稿十三話目。呉編……の代わりにどうぞ。江賊編です。
船首に立ち、目を凝らす。気を眼球と神経、脳に通し、普段より遥かによく見えるようになった視界に映る二隻の船を見据える。
……あの船は、味方のものではない。旗は上がっていないし、そもそも私達の船とは形や材質がまるで違う。
だが、もう一隻……片方の船に追いかけられている船は、私達と契約を結んでいる船だ。次の時期まではまだ少し時間があるはずだが……どうも船に乗っている人数があまりにも多い。どこかの偉いさんに無理を言われたか、あるいは欲の皮でも張ったか……。
まあ、契約は契約だ。時間外に働くのだから、その分少し割高に支払ってもらうことにして、私は目に集めていた気を体内に引き戻す。
「姐御!準備できやしたぜ!」
じっと眺めていた船の正体に気付いたことがわかったらしい一人の部下が、私にそう報告をあげる。気配の目で見てみれば、その場にいる全員が戦支度を整えており、気力十分といった風情で甲板に並んでいた。
「……敵は一隻。追われている船には恐らくだが面倒事が乗っている。だが、契約は契約だ。救いに行くぞ」
『オォッス!』
「全速前進!」
号令に合わせて船は進む。聳え立つ煙突から黒い煙を吐き出し、風に逆らって進んでいく。
この船があるからこそ、我々は江賊としてやっていけているわけだ。
風の有無に関係無く水上を駆け、人が漕ぐより遥かに速く移動できる。積まれた火砲は敵の船体を易々と打ち砕き、魚雷と言うらしい爆発する筒は敵船を一撃で轟沈させることができる。
私達を取り込もうとする官軍は既におらず、この付近で私達以外に江賊をしようとする者も減った。この辺りで河を渡ろうとするものは私達に護衛料を払うことで私達が他の江賊や事故から守り、あるいは襲われた後に浮かんでいるのを拾い上げたりもする。一種の『用心棒』という仕事だな。
ヤクザな仕事と言われるかもしれないが、それも仕方の無いことだ。事実、まともな仕事だとはとても言えないからな。
それに、この仕事にはこの船と先代の頭がいなければ続かない。船を動かす最低の人数はこちらに任されているし、実際に動かしたり仕事をしたりと言うのも私達の役割となっているが……これらの物を動かすための『がそりん』や大砲の弾を用意するのも、傷付いた船を直すのも先代の頭領にしかできない仕事だ。先代は、それができたからこそ頭としてこの江賊団を作ったと言っても過言ではないらしいが……実際にはそうでなくとも付いてくる者は多かった筈だ。
この江賊団は、行き場の無くなった者達の最後の安らぎの場でもあるのだから。
ある程度、襲われている側の船に近付くと、向こうもこちらに気付いたらしく、必死になってこちらに近付いてこようとしている。
だが、どうやら面倒なことになっているのは間違いないらしい。
見覚えのない太った男が、あの船の船長に怒鳴り散らしているのが見える。あんなところに居ては凄まじく目立つと思うが……そんなこともわからないような馬鹿なのかもしれん。
……む、死んだか。『死神は逃げる者の背を好む』と言うが、真実だな。面白いように死んでいく。
しかし、あくまでも『好む』だけであるのは明らかだ。逃げる者を追わないで質より量を取ることもあれば、逆に量より質を取ることもある。そもそも逃げる時に狂乱してさえいなければ生き延びる確率も割と高い。確認をせず、わざわざ敵の用意したあからさまな逃げ道に走り込むから死にやすいのだ。
人間であるならば死ぬ時は死ぬ。だが、速めるも遅くするも本人次第。理性をもって戦い、殺し、生き抜き───自らが死ぬ時にその生が満足の行くものであればそれでいいだろう。
「弩、構え!」
兵が私の号令に合わせて弩を構える。普通の弓ならまず届かないが、この鋼鉄製の弩ならば話は別だ。まともな人間なら弦を引くのにかなり苦労するだろうが、我々はそんなものに苦労するような軟弱な鍛え方はしていない。一度弦を引き、矢をつがえて射撃体勢を整えるまでに必要な時間は僅か12秒。女子供でも専用の道具を使えば1.5倍程度で完了する。
矢をつがえた弩を構えるは三列横隊の一列目。二列目と三列目は移動のために構えてはいないが、直ぐ様前に詰めて構える準備ができている。
敵の弓が届かない距離から……否、弓どころか弩すらも届かないような距離は、こちらの兵に安心感を与える。一方的に狙う側であると言う安心感は狙撃の正確性を増し、無駄を極力省くことができる。
それを許すのはこの弩と、非常に厳しい常の訓練。そしてこの船に積まれた索敵機械と索敵要員十二名による目視の索敵によるもの。つまり、全て前頭領の功績と言える。
「一列目……放て!」
号令と共に弩から矢が放たれ、即座に二列目と三列目が前に出て一列目は後ろに下がる。一列目となった二列目が構えると同時に三列目に回った一列目が弩の弦を引く。12秒で完了する準備を終わらせる間に、既に二列目と三列目は射撃を終わらせて同じように後ろに回って次の矢をつがえようとしている。
だが、どうやらそれは必要なかったらしい。既に敵の殆どが身体のどこかから矢を生やし、甲板に倒れ臥している。
偵察係に確認するが、少なくとも敵船に動くものはいないようだ。中に入っている者まではわからないが、その辺りは我々の仕事。気配を読み、不意の襲撃者や隠れた賊の行動を察知して対応する。戦闘部隊の一員であれば、そのくらいのことはできなければならない。できなければ死ぬだけだ。
だが、どうやら今回はあまりそういったことは必要ないらしい。感じる気配はどれも微弱。狩猟をする肉食獣が気配を圧し殺すような物もなく、気配を消しすぎて完全に空白となっている場所もなく、また自然の中に溶け込ませている時のような染みも見付からない。索敵の重要性はよくわかっているからな。
───虎は、怖い。
……さて、それではそろそろ戦利品の徴収とと時期外手当ての請求に行くとしようか。今回は矢の値段と命の値段、時間外労給分を請求するとして……まあ、そこまで高価でなくとも構わないだろう。一応これでも良心的な値でやっているわけだし、普段より多少割高に……と言うことで。
「それでいいんですかい?」
「構わん。金などどうせほとんど使わんのだ。着る物にも食う物にも住む場所にも不足せず、国に対して税らしい税など一切払っておらんし、放置しておけば溜まるばかり。どうせなら物納の方がまだ使い道があると言うものだ。
……それとも、あれか? 岸に降りた時に女に会いに行く金でも必要か?」
「姉御、勘弁してくだせえよ。嘘でもかーちゃんに聞かれたら耳が千切れるまで引き回されちまいます」
「そうなったとしてもまた生やしてもらえるだろうさ。腕と同じように」
「……それこそ勘弁してくだせえよ」
私は副長とそんなことを話しながら船を近付けさせていく。副長は賊の船を見聞し、敵が居ればその場で殺し、敵でない者が居れば殺して敵だったことにするか引き込んでしまうかのどちらか。大半は敵であるので殺してしまえばどうとでもなるのだが、時に中々の掘り出しモノが居たりするので連れ帰ってしまうこともある。
まあ、資材は少ないよりは多い方がいいのはわかりきっているだろう。人材も……余程の屑でもなければ拾う価値はある。
無能ならば無能なりに使い道もあれば伸ばすこともできる。力がなくとも細かい作業はできるし、知識がなくとも体を動かすことはできる。そして、本当にどちらも無いと言うなら鍛えて力や知識をつければいい。それだけの話だ。
努力をして、身に付かなければ違う形で努力をする。他人の努力の方法が自分には合わないと言うことはままあることだ。自分に合う方法を極めに極めて突き抜けてしまえば、それも立派な才能だ。
我々の持論は『才能はある程度後付けが利く』。脳筋の理論だが、実際に間違っているわけではないから質が悪い……と、誰かに言われたこともあったな。
こうして押し掛け用心棒のような事ができているのはあくまで運がいいからだ。努力と運の二つがあれば、世の中大抵のことはできてしまう。
「と言うわけで、運がなかった運び屋の船長。いくら払う?」
「……確か、最初の頃に『時期契約』と『回数契約』がございましたな? 一回契約分の三倍を支払いたいと思います」
「話が早くて結構だ」
「こう言ったことに金をけちると、失う物の方があまりに多くなってしまいますからな」
商人が視線を向けるのは、脳天を矢に射抜かれて倒れ伏している男。どうやらこれが時期外れの船出をすることになった元凶らしいが……恐らくそれなりの高官だろうな。賊の矢で殺されてしまった以上、私の関知するところではないが。
「ふむ、それでお得意様はこれからどうする? 五月蝿いが手を出せない客は消えたようだが」
「仕事は仕事、契約は契約ですから、こちらの方を荷物と一緒にお運びしますよ。偶然落としてしまう可能性もありますが」
にやにやと笑う商人は、恐らく『偶然』死体を落とし、賊の襲撃があったことを報告するだろう。なかなかに腹黒いことだが、この国になんの愛着もない私にとってはこの国の高官が何人死のうとどうでもいいことだ。
「……では、一回分の料金も貰ったことだし、対岸まで護衛しよう。賊の船はいつも通りこちらが貰うぞ」
「どうぞどうぞ。そういう契約ですからね」
契約の通り、私達は江賊の船を引いて進む。そんなことができるのもこの船ならではの事だが……わざわざ言うようなことでもあるまい。
私達は進む。怪我人もなく、矢の消費もほぼ無いと言う最良に近い状態だ。きっと先代頭領もお喜びになるだろう。