連続投稿十五話目です。なお、拳帝編と江賊編は同期しています。
毎日、日が上る少し前に瞼を開く。同じ体勢でいたせいで固まってしまった身体中の筋肉を解し、服を着る。
厳しい修行のために無数についてしまった全身の傷は、興奮していない状態ならば全くわからない。だが、戦闘などによって全身の気血の巡りがよくなってしまうと滲み出るように浮き上がってきてしまう。以前、傷のせいで子供を怖がらせてしまって以来、私は手足を全て隠せるような長い袖、長い丈の服しか着ないようにしている。
しかし、それは眠る時には非常に邪魔になるため、私は寝る時は下着すら着けていない完全な裸となっている。襲われそうになったことは今まで一度もないし、私を襲って無傷で居られるような存在は私は父上くらいしか知らない。そして父上ならば色々な意味で安心できる。故に問題ない。
柔軟を終わらせて服を着れば、次にするのは水を汲みに行くことだ。鍛練の一環として、私の身長より大きな鉄瓶(父上は『すてんれす鋼』と言っていた。錆びにくいらしい)を両腕に乗せて川に向かう。昔はもっと小さいものを使っていたのだが、今となってはこのくらい大きなものでなければ鍛練にならないのだから仕方無い。
二つの瓶に水を入れている間、私はその場で水と同化する。
流れ水からは水気を、森からは木気を、土から土気を、鉄瓶からは金気を取り込み、練り上げていく。火気が無い分は、ほんの僅かにある熱を火気の種として吸収し、少しずつ木気をくべて大きくしていく。足りなくなった分の木気はまた周囲から取り込み、これで五つの気が揃う。この五つの気を持つ自分を区分けして、五つの気を循環させながら増幅させ続ける。そして制御の限界となった気を区分けした外に流し出し、そこで外から取り込んだ外気と混ぜ合わせて世界と繋がる。
こうすれば、大周天をしながらも自らの意思を見失わずに済む。しかも、常にギリギリの気の制御を行っているから修行にもなるし、身体も気脈も強くなる。
私は父上に習った方法を使い、自分に扱いやすいように修正を加えている。そのせいで気を使った術は殆どが使えなくなったが、気そのものをそのまま扱う術は非常に上手くなった。身体能力の強化や、純粋な物理的な力の強化などがそれにあたる。
そうでもなければ、自分の体重よりも重い物を殴り飛ばして自分が吹き飛ばないわけがない。足の裏などから地面に伝わる摩擦力や反発力などをできる限りしっかりと地面に伝えることで、殴った時に拳から自分の身体に伝わる力を相殺する。これでようやくまともに何かを殴り飛ばせるようになったわけだ。
作用反作用の法則により、どう頑張っても自分の拳が出した威力は自分自身に返ってくる。だからこそ普段は自分の拳が壊れないように身体は勝手に加減をし、壊れないで出せる力をより大きくするために身体や気を鍛えるのだ。
そうして必要な気力を自然から吸収し終わる頃には、巨大な瓶も水で一杯になっている。この二つを一日で使いきるには、料理や洗濯だけでなくお風呂にまで使う必要がある。村の他の家に分けてしまえば早いのだけれど、気脈を活性化することで活力を増した私の身体は新陳代謝が激しくなり、多くの汗をかいてしまうのだ。そのためお風呂には毎日入りたい。片方の瓶はそのための水だと言っても過言ではない。
勿論、お風呂に使った水はその後に畑に撒く。からからになってしまった部分に僅かな湿り気を与えるだけでも植物は育っていくものだ。
我が家には鉄瓶が四つあり、一日で二つ分を消費するが、風呂に使った分は次の日の畑に撒く水となるため残してある。つまり、二つだけでは回せないのだ。最低で三つ必要だが、予備としてもう一つを揃えてあるらしい。
水が並々と注がれた瓶を来た時と同じように両手に乗せ、気で固定して駆ける。空ならばともかく水が満載されていては重量の均衡がとれずに落としてしまうかもしれないので、この固定は必要不可欠だ。
……この技術を応用すると、城壁や断崖絶壁に足を張り付けて垂直の壁を縦横無尽に走ることもできるし、軽功と併用すれば水上を走ることだってできるようになる。日常に使うようなものじゃないの~、等と言われることもあるが、日常だろうがなんだろうが使えるものは使っていかねば錆び付いて行くばかりだ。
私の数少ない友人にも分かりやすく説明すると、『からくりを造るのを暫く休んでからふとまた作ろうとすると思った通りに指が動かなくなる』ようなものだと。もう一人には『お洒落をするなら最先端のそれを追い続けて行かねば、流れによってで来た道を全て理解しなければ確りとしたお洒落はできなくなってしまう。流行を追うも造るも自由だが、お洒落を一日休むとその分遅れてしまうだろう?』と説明したらわかってくれたようで、私の修行に何かを言うことはなくなった。
ただ、私にお洒落をさせようとふりふりひらひらの沢山ついた服を押し付けてくるのは本当にやめてもらいたい。私はお洒落にはあまり興味がないし、似合うと言われてもあまり嬉しくはない。まずは父上の背に届くようになりたいのだ。
……難しいことは理解している。しかし、絶対に諦めることだけはしたくない。それはきっと、ここまで私を育ててくれた父上の意思を無駄にしてしまう事だと思うから。
鍛練ついでに水を運び終えたら次は朝食。とりあえず言うことは……豆は美味い、と言うことだ。
大豆と山菜の水煮と玄米。そして水。これが私の普段の朝食。質素と言うなかれ、これが中々に美味いのだ。
身体を動かすのに必要な栄養の殆どが入っている朝食に、日によっては川で取った魚や山道の行き帰りで出会った獣のうち、私を襲ってきたものを逆に狩って食らうこともある。気を使えば食事らしい食事を取らずとも数ヵ月程度は活動できるが、身体を作り上げるにはやはり食事が必要だ。特に豆は良い。色々な意味で万能食材だと私は思う。
昼食の下拵えとして、今のうちに時間がかかるものだけ作って放置。後は火を通すだけと言う状態にして、そして仕事に出掛ける。
仕事と言っても基本的には農作業で、後は修行したり竹で籠を作ったりするのみ。田畑を耕す際に大周天からの気を地中に流し込めばある程度土を操ることができるし、竹籠を作る際に気を上手く流し込んでやれば恒久的な強化ができる。失敗しても土が動かなかったり普通の竹籠と変わらない強度になるだけだから問題はない。
昼食を取り、仕事が終われば後は自分の時間。基本的に私はこの時間を使って修行をする。家に入り、地下にある食糧庫の更に下の部屋に入る。そこは師匠の作った修行部屋で、地下だと言うのに風が流れ、火が焚かれ、水が流れている。この場ならば周囲から気を等量ずつ取り込むのに支障がない。他の所では取り込みすぎると気の均衡が崩れて自然が壊れてしまうから、本気で修行ができないのだ。
服を脱いで全裸になる。どうせここに入ってくる者などいないし、いたとしても師匠か真桜か沙和の誰か。今さら恥ずかしがるような相手でもない。
座禅を組み、呼吸と共に気を取り込む。口や鼻からだけでなく、皮膚からもゆっくりと取り込んでいく。
取り込んだ気を練り上げ、周囲に流す量は減らして私自身の気脈に詰め込んでいく。内側から身体がゆっくりと膨らんでいくような感覚と共に、私の身体が熱くなる。
人間の身体には木火土金水の五種の力が常に宿っている。しかし、これらは全てが等量にあるわけではなく、当然偏りがある。
人間ならばまず間違いなく血に宿る水気が最も強くて量が多い。次点で肉に宿る土気、骨に宿る金気、全身を動かすことに必要な火気、身体の表面や毛髪に宿る木気の順に少なくなっていく。
そこに周囲から取り込んだ気を混ぜ込むことでわざと体内の気の均衡を崩し、気脈や内蔵を鍛えることができる。
また、火気が増えれば全身の血の巡りが良くなり、身体が発熱する。汗をかき、全身の皮膚に傷跡が浮かび上がる。総身の筋に負担をかけることで筋力を上げ、体勢を変えながら気を練り続けることで関節を柔らかにする。筋を強靭にするには土気を、反射を鋭くするには火気を、体力を上げるには水気を、骨を頑丈にするには金気を、皮膚を強くするのに木気を使い、自らの身体を作り替えていく。
より強く。より迅く。より堅く。いつか理想に届く日を目指して。