連続投稿十六話目。恋姫はこれでおしまいです。
全身を暖めた後、影と戦闘訓練を行う。自らの想像力によって作り出された影は、私の師匠を象っている。
だが、師匠は私の想像だけで完璧に作り上げられるような小さな存在ではない。私の想像だけで作り上げられた師匠は私の想像を越えることは絶対に無いが、実際の師匠は私の想像を悠々と越えていく。
だから、この師匠は私にとって戦いやすい。私に認識できる限りの師匠の動きや行動を再現させ、そして私と戦うだけなのだから。
拳を握って構えれば、師匠も同じように構えを取る。しかしその直後に私は宙に浮き、喉に手刀を宛がわれていた。
これも想像のうち。だが、想像できるからと言ってそれに確実に対処できると言う訳ではない。あまりに速く、あまりに強い。これでこそ私の師匠であると胸を張って言うことができる。
二本目。影は話すことはないけれど、それでも私自身であることは間違いない。私が気になったところをしっかりと指摘し、そして少しずつ修正してくれる。
私の想像でありながら私に触れることができるのは、大周天のちょっとした応用で想像で作った影に気を与え、薄く実体を持たせることができるためだ。
当たり前だが出力は大したことがなく、力は弱い。本人と比べれば文字通りに天地の如く差があるだろうし、速さも私が想像できる程度だし、技術も私が知る範囲に収まってしまう。
だがそれはつまり、私でも使える技術であると言うことを示している。
認識を出力し、技術を盗んで繰り返し、師匠の影と何度でも拳を合わせる。時に皮膚が裂け、青あざが全身にできたりもするが、土気と水気で回復力を上げ、火気と土気を使って治った部分をより強靭に。切れた皮膚は土気を基礎にして木気で補強。土気は地下であるここにはいくらでもあるので使いやすい。
三本、四本、五本……その程度ではもう疲れることはないが、回数が百に届くようになれば流石に疲労する。気を練り、溜めすぎたことで全身に充血が起こり、全身の傷跡がくっきりと浮かび上がっている。私が見ることはできないが、恐らく眼にも充血が起こって真っ赤になっているだろう。
この眼のことは火眼金睛……と習ったが、火の眼にて敵を睨んで敵の火気を抑え込めば、狂乱や意気を挫くことができるらしい。私も一応賊を相手にやってみせたこともあったが、死兵や強者を相手にしては効果が薄い。まだまだ修練が足りない証だろう。精進せねば。
何度も師匠の影と打ち合い、何度も何度も倒れ伏す。倒れたところで影は容赦することなく追撃をしてくるのでそれをかわすために身体を捻り、蹴りを打ち込みながら立ち上がる。
しかしそれも読まれ、立ち上がった次の瞬間に重心を崩され転がされ、頭を砕かれ殺された。
……影の拳は痛みを与え、軽いものならば現実に傷すら再現する。だがしかし、骨折や脱臼、腱断裂や死亡などの重篤な状態は再現されない。ただ、私に『殺された』という自覚を与えるだけに止まる。
殺され過ぎると恐怖を失う。恐怖という感情は優れた測定器となりうる以上、薄まるのはともかくとして無くなるのはよろしくない。そのため私は一度殺されたその日は基礎鍛練に徹するようにしている。
気脈を広げ、筋骨の密度と強度をあげ、全身の質を上げていく。
皮膚を硬化することで鎧や手甲も無しに刀剣を弾き、肉を柔軟にすることで打撃の衝撃を流す。関節や靭帯を柔軟にすれば無理な動きで身体を痛めることも減り、骨を頑強にすればあらゆる攻撃に対する基礎が強くなる。やり過ぎることはよくないが、やり過ぎにならない範囲でこの身をひたすら虐め抜くことは必要だ。
……別に私に被虐趣味があるわけではない。確かに私の全身は普段は目立たないが傷だらけだし、痛みにもかなり強い自覚はあるが、だからと言って痛いのが好きだと言うわけではないのだ。
気を周囲から取り込み、身体を癒す。完全に癒し終えたら再び痛め付け、筋骨をより強靭に作り変えていく。
昔から繰り返しているこの行為のお陰で、今では気を全く使わずに熊くらいなら殺せるようになった。普通の武将は気による強化を無意識あるいは意識的に行った上でやっているそうだが、気を使わない純粋な身体能力に限定すれば私はこの世界でも有数だと言う自信がある。何しろ、気で強化をしている真桜や沙和を相手に素の力で腕相撲をしても勝てるからな。
……その話をしたら二人には凄まじく呆れた視線を向けられたがな。私はこれでも乙女なのだからそんな視線を向けられては傷付いてしまう。
ちなみにそんな視線を向けられた後は模擬戦だ。二対一で、武器を使った物だが……少なくとも私は負けたことはない。師匠が居る時ならば一対一を三回やった後に三対一をひたすら繰り返すのだが……その時は逆に勝てたためしがない。いったい師匠はどこまで強いのか……。
まあとにかく、真桜と沙和を巻き込んだ模擬戦が終われば後は自由時間だ。全力で休み、肉と骨に溜まった疲労を抜き、食物から取り入れた気や養分を使ってより強靭に作り替えていく。
無論、本当に休むことだけを全力でやるわけにはいかないので篭を編んだり筵を編んだり草鞋を編んだりしながらだ。草鞋や篭に使う木材から気を毟り取る訳にはいかないので多少注意する必要はあるが、それでも修行にはなるので悪くはない。
そして夜になれば、軽く食事をしてから地下に降り、服をすべて脱いで全裸になる。そのまま世界と一体化し、気を全身から吸収しつつ拡散させ、少しずつ私が自身を保つことのできる量を増やしていく。
師匠がいる場合はこの時に師匠の気とも混じり合うこともできるのだが、残念なことに今現在師匠がどこで何をしているのかを知る術はない。全力で広範囲の気と同調すればわかるかもしれないが、以前それをして本当に死にそうになったことがある身としてはやりたくはないし、やろうとも思わない。まだ死にたくはないのだ。
……まずは、私の中に一つの太極を描く。
陰と陽。私が女であるがゆえにこの身は陰気を多く宿すが、等量にできないわけではない。日中に陽光から多量の陽気を取り込めば、私の中にある陰と陽の量を整えることも十分に可能だ。
そうして作り上げられた太極を包み込むように五行印を作り上げ、表の木行、裏の木行、表の土行、裏の土行、表の水行、裏の水行、表の火行、裏の火行、表の金行、裏の金行と克する順に並べて描いていく。
後は昼にやったように、ただただ体内でそれを増幅していくのみ。気脈が押し広げられ、気を生む穴を緩ませていく。錆び付かせるのももったいないと言うことで師匠に言われたこの作業だが、普通はこの閉じている六つの穴を開く度にやり方によっては死ぬほどの苦痛を味わうと聞いているし、実際に一つ力任せに開いてしまった時には師匠に止めてもらっていなければ狂ってしまうほどの苦痛を味わった。今ではその穴は開いて気を産み出してはいるが、本当に辛かったことを覚えている。
……人間の気を生む穴は七つ。私が開いた穴は二つ。より強くなりたいならばあと五つの穴を開く必要があるが……これは修行によってゆっくりと開いていけば痛みを感じることもなく開けるらしいので、できる限り急いで修行を進めている。
強くはなりたい。そのためならばある程度までの痛みも許容しよう。
だが、あれは無理だ。耐えると言うことが可能な領域にない。
……ちなみに師匠は内側からだけでなく、外側からも錆を落としてうまくやったら普通にできたと言っていた。私も精進せねば。