アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】 作:三上テンセイ
拙い点多々あると思いますが、何卒よろしくお願いします
四期が楽しみです
1.転移
「そうだ、楽しかったんだ……」
ナザリック地下大墳墓。
その最奥にて、
恐ろしい威容の骸骨の眼窟に灯る赤い目が、今は儚げに揺れている。
隆盛を極めたDMMO-RPG『ユグドラシル』
十二年もの間続いたサービスも、あと五分もしない内に終了する。時間も、金も、青春も、鈴木悟の全てを費やしたこの掛け替えのない世界が終わってしまう。
側に控えている美女──NPCのアルベドは、デフォルトである微笑の表情のままにモモンガを見つめていた。
先程ちょっとした悪戯心でアルベドのビッチ設定を『モモンガを愛している』という一文に書き換えた彼だったが、結局何の慰みにもなりはしなかった。
「最後は結局俺一人か……」
そんな虚しい呟きが、虚空に消えていく。
『ちょっと勝手にアルベドの設定書き換えちゃダメですよー』と、仲間の誰かに叱ってもらいたかった。ユグドラシルの最後くらいギルメンの誰かと思い出話に花を咲かせたかった。
そんなささやかなモモンガの寂しい思いに気づく者は誰もいない。配下のNPC達を玉座の間に集めたはいいが、結局彼らは心を持たないデータでしかないのだから。彼はここで独り寂しくユグドラシルの終焉を待つばかりだった。
コンソールを開いて時刻を確認すると、日付変更まで残り一分を切っていた。
「あーあ、明日も仕事か……サービス終了見届けたらすぐ寝よ……」
楽しかった時間も、いつか終わりがやってくる。死の支配者は玉座に更に深く身を沈めて、残り三十秒のこの世界の終わりを気重に待ち続けた。
「え……?」
モモンガの頭上に、大量の疑問符が浮かび上がった。
ユグドラシルのサービス終了のまさにその瞬間まで自分は玉座に座っていた。そのはずだった。
「……」
思いがけず、絶句する。
気づけば森の中にいたのだから当たり前だ。
森。それ以上にもそれ以下にも例えようのない光景がモモンガの視界一杯に広がっていた。
青々と茂る森の木立の上には、穏やかな蒼穹が揺蕩っている。時折土と緑の香りのする風が頬を撫ぜ、陽だまりの暖かさがここがゲーム内ではなくリアルであるとモモンガに直感させた。
(いや……そんなことはあり得ない)
モモンガは否定の意味合いで首を横へ振る。彼の知る現実世界の自然は環境汚染がいくところまでいっており、特殊なマスクなしでは外に出られない程の地獄なのだから。
ここが現実世界──日本ということは、あり得ない。
(俺は……夢でも見ているのか?)
しかしここが電脳世界ではないことを決定づける理由も確かにある。
ここがユグドラシル──ひいてはフルダイブ型のMMOの世界であるならば、法律によって視覚と聴覚以外の五感に訴えられるようなものは規制されているからだ。しかしここは自然の鬱蒼とした青の香りもあれば、頬を滑る風の感触もある。
そして何よりこの森一帯に満ち溢れる命の息遣いが、本能的に現実であると訴えてくる。
「…………」
試しにその辺の草を千切って食んでみると、青臭い味が広がった。実験の結果に後悔したモモンガの顔が、顰めっ面へと変わる。何が悲しくて雑草なんか食わなきゃならないのか。
しかしこの実験は意義のあることだ。
その辺にある草は背景の一部のテクスチャなんかではなく、引っこ抜けば根もあるし噛んでみれば味もある。
……ここは仮想現実なんかじゃない。
確かな現実として、モモンガの前に広がっていた。
(まさか……え? 本当にそうなのか? ここが現実、だと……?)
モモンガは狼狽しながらも自身でも驚くほどの速度で、彼を取り巻いている状況への理解が進んでいた。まるで凡人の頭脳の演算能力が天才のそれとすげ替えられたかのように。
しかし何よりもモモンガの興味を引く現実が一つ存在している。
(これ……アルベドの体だよな……)
自分の体を確認するように下を見れば、自分の足元が確認できなかった。豊かに実った乳房が圧倒的な存在感を放っているからだ。ノースリーブのドレスから露出した肩も見てみれば初雪にも白磁にも例えられる程に穢れを知らぬ白さを誇っており、オペラグローブをつけた細指のシルエットは最早至高の芸術だった。見覚えのある純白のドレスはまさにアルベドが玉座の間で纏っていたそれであり、自分の肉体が彼女のものであると結論づけるには十分過ぎるほどの証拠材料だった。
カラクリなどひとつも理解できない。
しかし自分の肉体が、アルベドになっている。
鈴木悟のものでもなく、モモンガのものでもない。至高の四十一人の一人、タブラ・スマラグディナが創造したナザリック地下大墳墓守護者統括たるアルベドのものになっているのだ。
それは紛れもない事実。
そしてその体のまま、現実世界ではないどこかの『リアル』に転移してきている。
(一体どうなってるんだよ……)
全くもってわけが分からない。
モモンガは許容量を超えるトンデモ現実にガックリと肩を落とすと、近くの切り株に腰掛けた。
分からないことはまだまだ多い。
しかしこの体がユグドラシル産のものであるならば、まず確認しなければならないことがある。
様々な確認。それから状況の整理。
最後に行動指針を決めるべきだろう。
かつての仲間たる知将……ぷにっと萌えさんならきっとそうするだろうから。
「まずは現状把握から、だな」
ここが現実で、
しかしその理解とは別に、ユグドラシル的感覚も存在しているのは確かだ。
コンソールこそ開けないが、自身の内側に意識のベクトルを向ければ分かる。インベントリ内の所持アイテム。取得している職業・種族レベルの内訳。使用可能なスキル、魔法……そしてそれに関連するリキャストタイム。自らに流れるMPの総量。
(分かる……分かるぞ)
モモンガは様々なデータを確認しながら、少なくない高揚を得ていた。
だって、仮想現実は結局仮想現実。ユグドラシルでどれだけ強い魔王を演じても、どれだけ強力なスキルを習得しても、現実では何の役にも立たない。
だが今は違う。
あの強い自分が、虚構ではなく現実となっている。社会的にも肉体的にも弱者でうだつの上がらない鈴木悟ではもうない。
モモンガはスーパーマンになった。
いや、最早それ以上の話だ。
そしてモモンガは、自らのステータスの明らかな異常を見過ごすことができなかった。
(うわ、え……? どうなってんのこれ。バグってるってレベルじゃないぞ)
モモンガは自分の内に意識を向けながら、分かりやすく困惑した。
……強い。
強すぎるのだ。
ステータスが、取得しているスキル構成が、とんでもないことになっている。
総合レベルにして200。
そう……これはモモンガとアルベドの種族・職業レベルをそのまま足し算にしたステータスなのだ。そしてその両方で取得したスキルや魔法も当然の様に扱うことができる。
HPと防御に特化した鉄壁の近接職が、死霊系に完全特化した魔法攻撃を繰り出してくることを想像してみて欲しい。
最早チートなんて言葉さえ陳腐に思えるほどのインチキステータスだ。強さを表すレーダーチャートが、全て最大値を取った綺麗で大きな六角形になっているようなものだろう。
こんなの、PvPで負けようがない。
明らかなバグか不正であり、こんなステータスでマップを歩いてたら運営に即刻BANされることだろう。
あのアインズ・ウール・ゴウンが誇るワールドチャンピオン……たっち・みーですら相手にならない。
「こんなのせこすぎるだろう……」
美しい声で呟くモモンガは、しかしその言葉とは裏腹に興奮していた。全能感とは、まさにこういうことなのだろうから。
しかし代わりに失った物もある。
それは、モモンガがナザリックに溜め込んでいた大量の課金アイテムだ。
結局今の手持ちはモモンガとアルベドの保有していたアイテムボックス内の物しかなかった。霊廟の奥にある二十と呼ばれるワールドアイテムも、宝物殿に溜め込んだ大量のユグドラシル金貨もここにはない。
ガックリと肩を落とすモモンガだが、彼の保有するワールドアイテム……通称『モモンガ玉』と何故かアルベドが持たされていた『
(なんで『
モモンガは左胸に手を当て心臓の鼓動を確かめると、金色に閃く瞳に確かな覚悟の色を宿した。