アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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10.混戦

 

 

 スレイン法国を筆頭に挙げられる王国、帝国、聖王国などの人類種国家の群は、実際は大陸の端にいる極小さな勢力に過ぎない。大陸中央部では人間種より肉体能力に勝る亜人種の六大国家が覇権争いを続けており、一般的にこの世界の人間は餌か、良くて奴隷の扱いを受けているのが常だ。

 

 人間は弱い。

 他種族に比べれば肉体能力も劣っており、寿命も短い。長い歴史を見ても人類はどの種族にも虐げられており、滅びの一途を辿るのみだった。しかしそんな絶望の人類を救ったのが、六百年前にこの世界に現れ、スレイン法国を建国した六大神だ。

 

 六大神は多くの人類種に希望を残し、この世を去った。亜人や異形に対抗できる大いなる秘宝の数々を遺して。

 

 それ以来、神の意志を継いだスレイン法国は六百年もの間人類の生存圏を牽引してきた。見守り、施し、導いてきた。亜人や異形は今なお、肥え太った人類種国家を食らおうと涎を垂らしている。六百年、人類は法国のおかげでギリギリの均衡を保ち、絶滅を免れてきた。

 

 スレイン法国が人間以外の種を憎み、排除の思想が根深いのはそういう歴史的な背景と、今なお続くギリギリな状況が原因なのだ。

 

 話は変わり、リ・エスティーゼ王国という周辺国家にも土地にも恵まれた豊かな国がある。スレイン法国も二百年前の当時建国を手助け、人類種の国の中で安全で肥沃な土地を持つ王国に、勇者達が現れるのを期待していた。

 

 ……しかしそうはならなかった。

 国の豊かさは次第に堕落を招き、勇者は育つことなく、犯罪組織と薬物が蔓延る有様となった。国力は落ち続け、貴族派閥と王派閥で醜い争いを繰り返し、彼らは衰退から破滅の文字へと国の未来が代わり始めていることに気づいてもいない。

 

 そうしてスレイン法国は堕落したリ・エスティーゼ王国を見限り、活気あるバハルス帝国に併呑してもらおうと動き始めている。ガゼフ・ストロノーフ抹殺の任務は、その第一歩の足掛かりに過ぎない。

 

 

「ガゼフ・ストロノーフ……王国の無為な延命に寄与する癌、か」

 

 

 ニグン・グリッド・ルーインは、暮れはじめる穏やかな平原で、誰に聴こえるともなく呟いた。特徴のない顔と、無機質な印象の男だ。彼は四十四名もの部下を引き連れて、カルネ村を睨んでいる。

 

 スレイン法国が誇る特殊工作部隊、六色聖典が一つの陽光聖典。亜人殲滅を得意とする彼らの今日の使命は、ガゼフ・ストロノーフを抹殺すること。

 

「各員傾聴! 獲物は檻に入った。汝らの信仰を神に捧げよ」

 

 ニグンの無機質な瞳に、無慈悲な光が宿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橙に染まる平原にて、ぶつかる二つの勢力。

 

 王国最強と名高いガゼフ・ストロノーフ率いる王国戦士団。そしてガゼフ抹殺の任務をスレイン法国より与えられた、ニグン・グリッド・ルーイン率いる陽光聖典。

 

 戦局は、混戦を極めた。

 

 

「武技・六光連斬!!!!」

 

 

 王国最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフが吠えた。両の手にしかと握りしめるのは、粗野な彼には似つかわしくない程に美しい長剣だ。透き通る剣身に、青白い炎の波動が淀みなく行き渡っている。彼は木の幹ほどに筋肉を蓄えた腕でそれを上段に構え……一閃。

 

 上段から振り下ろされたブルークリスタルメタルの長剣が焔の軌跡を空に残すと、彼に迫りくる六体もの天使を一挙に両断せしめた。ガゼフの掌に返ってくる感触は軽い。天使の肉体をバターの様に切り崩せる宝剣の威力に彼自身驚きながら、再び吠える。

 

 

「武技・即応反射ァ!!!」

 

 

 時間を巻き戻したように、ガゼフの崩れた姿勢が攻撃前の構えに隙なく戻る。鷹のような目が、鋭く戦局を睨んだ。追撃の天使は、四体。

 

 

「流水、加速ッ!!!!」

 

 

 跳躍したガゼフの体が、独楽の様に鋭く回転した。武技を絡めた苛烈な一撃は、彼の周りに飛び込んだ四体の天使を容易く切断する。

 

 戦闘不能となって光の粒子に還る天使を見送り、ガゼフは肩で息をしながら口角を上げる。一騎当千の戦士長の活躍に、彼の部下達も大いに沸きたった。

 

 

 相対するスレイン法国特殊工作部隊陽光聖典。その隊長であるニグンは、苦虫を噛み潰したような顔で舌を打つ。

 

 

「見事だ、ガゼフ・ストロノーフ。これほどの武技を使いこなすとは……」

 

 

 しかしそれだけだ……とは続かない。

 ここまで召喚した天使達は悉くガゼフに切り伏せられている。有利相性を盾に、天使の数で圧迫する手筈だったが、それがどうにも上手くいかない。ニグンの額を、汗が伝う。

 

 

(どうなっているのだ……十分な装備は持ち出せないと報告が上がっているはず)

 

 

 ニグンの目が、ガゼフが操る長剣を睨む。

 あれはどう見ても剃刀の刃(レイザーエッジ)に比肩する宝剣だ。しかもよりによって、対天使が分かっていたかの様に負属性の炎が魔法付与(エンチャント)されている。そんな都合よく的確な属性の魔法武器を持ち出されてはニグンからしたら堪ったものじゃない。

 

 

(まさか我々の行動を読んで……? いやそんなことはあるはずがない)

 

 

 首を横へ振ってその可能性を否定する。

 法国の動きが気取られるようなことは一切してないし、何よりあのガゼフがこの時の為に剃刀の刃(レイザーエッジ)に匹敵する宝剣を隠し持っておくという器用なことができるはずもない。

 

 ニグンは舌を打った。

 今もなお、多くの天使がガゼフとあの宝剣に屠られている。四十四名いた隊員も既に三十名程度に数を減らしてしまっていた。

 

 

 

「全天使でストロノーフに一斉攻撃を仕掛ける! 他の雑魚に構うな! 好きにさせておいてもどうとでもなる! 奴のスタミナは有限だ! 急いで取り掛かれ!」

 

 

 ニグンの号令が鋭く飛ぶ。

 統率された陽光聖典の動きは早い。部隊として練度の高い彼らは、一斉にガゼフを取り囲む様な陣形に変異し、天使達をけしかける。

 

 全方位から突進してくる天使達の姿にガゼフは歯を食いしばると、宝剣を振りかぶって咆哮した。

 

 

「う、るあああああああああああああッ!!!」

 

 

 四方八方から殺到してくる天使達を斬って斬って斬りまくる。まさに鬼神が如き剣技と気迫に、ニグンの喉が鳴る。敵ながらに称賛を送りたい程だ。

 

 斬っては切り返し、叩き伏せては切り返し。ガゼフのスタミナと集中力が保つか、陽光聖典達のMPが保つか、勝負は苛烈な持久戦の様相を呈した。

 

 ……しかし、戦場に於いてはたった一度のほつれが命取りになる。三方の天使を斬り伏せた矢先、死角からの一撃にガゼフは対応できなかった。

 

 

「ぐ、うぅっ……っるあぁぁあ!!!!」

 

 

 背に突き立てられた刃の痛みに耐え、斬り伏せる。しかしまた別の方向から剣を突き立てられた。それに対応する。その繰り返し。

 

 ガゼフはとうとう、地に伏した。

 出血が激しい。致命傷は避けられているが、全身の至る所を斬られ、突かれた。彼は朦朧とし始める目で、ニグンを睨んだ。

 

 対するニグンは、額の汗を拭いながら笑んでいた。勝利を確信した時の笑みだ。

 

 

「こちらも想定以上の被害を受けたが、トドメだガゼフ・ストロノーフ」

 

 

 言いながら、部下達に視線を配る。

 

 

「油断するな。数体で確実に仕留めるのだ」

 

 

 ゆらり、と。

 天使達が、陽光聖典が、死に体のガゼフとの距離を詰めていく。

 

 ガゼフの脳裏に浮かぶのは、死のイメージ。

 今まで感じたことがない死神の気配。“死”は、既に彼の耳に息が触れるまで近くにやってきている。

 

 

(俺は、俺は……ッ!!!!)

 

 

 走馬灯というのか。

 ガゼフの脳を、血液を、細胞を、様々な記憶が駆け巡る。

 

 王国に住まう護るべき民達の笑顔。ここまでよく付いてきてくれた誇るべき部下達との日々。自分を拾ってくれた、仕えるべき王の姿。

 

 そして──宝剣を授けてくれた、アルベドの美しい微笑み。

 

 

「…………ッ!!!」

 

 

 瞬間、消えかけていた命の灯火が、一気に噴き上がる。

 

 

「な、め……る、なぁぁぁぁぁあ!!!!!」

 

 

 吐血し、ドボドボと腹から血を流しながらも、ガゼフは吠え、立ち上がる。その瞳には、生きるという覚悟が閃光のように瞬いていた。

 

 

「俺は王国戦士長! この国を愛し、守護する者! 王国を穢す貴様らに、負けるわけにいくかァ!!!」

 

 

 剣を構え、自分を奮い立たせる様に叫ぶ。

 そんな彼を見るニグンは、まるで憐れなものでも見るかの様に、冷ややかだった。

 

 

「そんな夢物語を語るからこそ、お前はここで死ぬのだ。ガゼフ・ストロノーフ……その体で何ができる」

 

 

 ガゼフを小馬鹿にする様に、口角が上がっていく。

 

 

「お前を殺した後、村人達も殺す。無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに、苦痛なく殺してやる」

 

 

 ニグンは、とうとう笑っていた。

 何もできない体に鞭打ち、それでも立ち上がろうとするガゼフを嘲るように。

 

 しかしその言葉を受けたガゼフは、緊迫した表情を俄かに解き、喉を鳴らして笑った。その挙動に、ニグンは気に入らないといいたげに眉を顰めた。

 

 

「……何が可笑しい」

 

「愚かなことだ。あの村には、俺より強い御仁がいるぞ」

 

「ハッタリか? ……天使達よ、ストロノーフを殺せ」

 

 

 ニグンはガゼフの言葉を一笑に付した。

 そしてもう、興味もなくなった。彼は部下達に、ガゼフ抹殺の最後の命を下した。

 

 

「くっ……!」

 

 

 天使達が動き出す。ガゼフは鉛のような体を動かそうとして──

 

 

 

 

『戦士長様。あなたはよく頑張りました。そろそろ、私と交代です』

 

 

 

 

 ──彼の意識の奥に、美しい声が囁いた。

 

 それと同時に、景色が一瞬にして変わる。

 夕暮れの平原ではなく、どこかの屋内……倉庫だろうか。見れば、カルネ村の住人達が、身を寄せ合っている。

 

 

「こ……ここは……?」

 

 

 目を白黒させるガゼフに、村長が答えた。

 

 

「ここは村の倉庫です。アルベド様が魔法で防御を張られています」

 

「……アルベド殿は?」

 

 

 兵達も、ここに転移させられたようだ。負傷した者も、そうでない者も、皆倉庫の中でキョトンとしている。

 

 

「それが、戦士長様と入れ替わるように……姿がかき消えまして……」

 

「…………」

 

 

 思い出したように、ガゼフはアルベドから貰った木彫りの人形を取り出した。するとその直後、木彫りの人形は戦闘不能となった天使と同じように、光の粒子となってかき消えていく。

 

 

「そう、か……」

 

 

 何もなくなった掌を見つめながら、ガゼフはその場に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……初めまして、スレイン法国の皆さん」

 

 

 陽光聖典の前に、悪魔が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

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