アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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第二章 漆黒
1.到着


 

 

 

 

 ──リ・エスティーゼ王国、国王直轄領エ・ランテル。

 

 三重の城壁に守られたこの城塞都市は、王国にとって様々な機能を果たしている。まず何といっても食糧生産に優れていることは特記すべきだろう。近郊にアンデッドが発生するカッツェ平野があるものの、堅牢な城壁に街を囲われている為モンスターの被害も少なく、土地柄がいいこともあり比較的安全かつ安定的に作物を育てることができるのだ。また、高名なアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』を擁する王都に次いで優秀な冒険者達がこのエ・ランテルを拠点としていることも一役買っているだろう。

 

 そしてエ・ランテルは隣国のバハルス帝国とスレイン法国の領土に面している。そのおかげで交通量が多く、人、金、物資など、様々なものが大量に行き交っている為、リ・エスティーゼ王国でも随一の繁栄を極めている都市と言ってよいだろう。王国で商いをするなら、まずエ・ランテルは押さえておくべきだ。

 

 しかしながらバハルス帝国とは現在戦争中ということもあり、帝国と面したこの都市の検問所は平時以上に検問の目が厳しくなっていた。今朝も既に、開門から一時間も経過しているというのに、最初に形成されていた行列が消化できずにいる。長く待たされている商隊や旅人達からは既に多くの文句(クレーム)がきていた。

 

 検問所に配属された衛兵達は、今日も今日とて交通の検問に四苦八苦のてんやわんやだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の方、どうぞー」

 

 

 配属されたばかりの衛兵は気だるげに検問所にある別室への入室を促した。ここはちょっとした身元や荷物の確認をする為の部屋。つまり列の中で怪しい人間を見つけたら少し確認させていただきますよ、と荷物や身元を検める場所ということだ。

 

 眠い上にだるい上にキツイ。若衛兵は先程も尊大な態度の肥え太った商人に「無駄な時間を取らせるな」と必要以上に罵声を浴びせられたばかりだ。よくも朝からあれだけ人に怒鳴り散らせるなという感心と呆れに裏付けされた苛立ちを、まだ青い彼は隠すことができない。

 

 

「失礼致します」

 

 

 返ってきたのは女の美しい声で、若衛兵はハッとした。これは彼にとって嬉しい裏切りだった。脂ぎった中年男クレーマーか、見るからに浮浪者だろという怪しい男ばかりの応対が常なこの仕事にあって、若い女性に対応できるというだけで心のオアシスなのだ。先程の苛立ちもこの時ばかりは軽減された。

 

 

(可愛い人なら尚更ラッキーだが)

 

 

 老朽化した開き戸が悲鳴を上げて開かれる。

 

 さあ、どんな女の面なのか拝見させてもらおう──と、したところで彼は目を丸くした。この別室に控えている他の衛兵達も同様だった。入ってきた女は漆黒の全身鎧(フルプレート)に、巨大なカイトシールドと身の丈ほどもあるグレートソードを背に差していた。そのどれもが巧緻な彩飾を施されており、芸術としての価値が非常に高いように思える。しかしながら、その装備の意匠ひとつひとつの重厚な存在感が、見た目だけでないということを示していた。衛兵達の給金ではどうひっくり返っても手が出せない見事な武装だった。その装備に身を包むのに、どれだけの富と名声を築いたというのか底が知れない。そうでなければ、親の七光りだろう。

 

 まるで英雄譚から飛び出してきた様な風体の女戦士の登場に、部屋の空気が明らかに硬く変化していく。

 

 

「……エ……エ・ランテルへようこそ。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 

「モモンと申します」

 

「で、ではモモンさん。身元をお伺いしましても?」

 

「旅の者でして。各地を放浪しており、カルネ村を経由してここまでやってきました」

 

 

 女──モモンはそう言って、一枚の紙を取り出した。カルネ村の村長がしたためた推薦状だ。モモンの身元の保証を記した文が、そこには書かれている。衛兵はそれを受け取ってしげしげと読んだ後に、ちらりとモモンを見た。

 

 

「なるほど確かに。それでは念の為にお顔を拝見させていただいてもよろしいですか」

 

「…………」

 

 

 モモンと名乗る女は衛兵の言葉に、少し逡巡した様に動きを止めた。僅かな空白が両者の間に訪れる。……そしてモモンはおずおずと、遠慮がちにこう切り出した。

 

 

「……あの、やっぱり兜は脱がなきゃ駄目ですか?」

 

「え? ええ、まあ。規則ですので」

 

「…………………………分かりました」

 

 

 返答は長い沈黙の後だった。歯切れの悪い態度だ。

 その反応に衛兵達は目だけを動かし、サインを送り合う。こうやって検閲に対して渋る相手は大抵“ワケあり”だ。素顔や荷物を見せろといって碌なことになった試しがない。それにこれだけ豪華な装備で身を固めているのだ。警戒して然るべきだろう。モモンの背後を取る衛兵達は、悟られぬ様にそろりと槍に手を伸ばした。

 

 モモンは渋々……本当に渋々と言った様子で、兜に手を掛けた。そして、ゆっくりと兜を脱いでみせる。

 

 

「おぉ……」

 

 

 衛兵達は一様に、腑抜けた声を出していた。しかもそのことに彼ら自身気づいていない。心より出た感嘆とは、無自覚のうちに出るものらしい。

 

 兜を脱いで晒されたモモンの顔は、美しかった。いや、美しすぎた。もはや美しいという言葉以外の適当な表現が彼らには見当たらない。一流の吟遊詩人(バード)であったなら幾億の美辞麗句を並べてこの美しさを表現したのだろうが、生半な例えではむしろ陳腐に成り下がるだろう。花より可憐で、宝石より輝き、極上の娼婦よりも妖艶で、籠の中の姫よりも清らかで、神話の中の天使の様に尊い。

 

 腰ほどまで流れる濡羽色の黒髪。初雪を思わせるきめ細かい無垢な白肌。控えめな肉感の唇は淡い桜色を湛えており、目鼻立ちはまさに黄金比で象られている。優しく垂れる目に収まる瞳はエメラルドを想起させる“翡翠の色”をしており、今は不安そうに揺れていた。

 

 

(すっげ……)

 

 

 静まり返る部屋に、誰かが喉を鳴らす音が嫌に大きく聞こえた。それほどの衝撃だった。これほどの美しい淑女は、世界広しといえどそうはいない……いや、いないと断言してもそれに異を唱える者はいないだろう。

 

 

「あ、あの……」

 

 

 美女(モモン)が少し困った様に声を掛けると、衛兵達はハッと我に返った。どれくらいの時間呆けてたのか、彼らには自覚がない。そして納得する。なるほどこの容姿であれば素顔を晒すのを渋るわけだと。価値ある宝石の塊を見せる様なものだ。素顔を見せることで様々なトラブルに巻き込まれることがあるのだろうと、容易に察することができた。彼らは咳払いだの襟を正すだので各々に自らを取り繕うと、立ったままのモモンに着席を促した。

 

 

「し、失礼しました。どうぞお掛けください。エ・ランテルには観光に?」

 

 

 先程まで剣呑としてた衛兵達の態度はすっかり軟化している。兜の中身が想像以上の美女であるということが一番の要因であるが、不安そうに……或いは困ったようにしているモモンへの配慮だ。

 

 

(そりゃあこんな可憐な女性が密室で、武装したむさい男達に囲まれてたら不安になるよな……)

 

 

 自分達より余程立派な武装をしているということはすっかり頭の外だ。衛兵達はすっかりデレデレになっている。モモンもまた軟化した態度の衛兵にホッとしたようだった。彼女の顔からもまた、固さが取り消えていく。可愛い。

 

 

「観光の目的もなくはないのですが、実はエ・ランテルで冒険者の登録をしようと思いまして」

 

「……あ、貴女が?」

 

「何かいけなかったでしょうか?」

 

「いえいえ! ……し、しかし貴女のような可憐な女性が冒険者というのは……」

 

「これでも私、腕が立つんですよ?」

 

 

 モモンはそう言って微笑むと、力こぶをつくる仕草をしてみせた。しかしそうは言われても、装備は確かに立派だがどう見繕っても戦場よりも夜会や舞踏会が余程似合う女性には違和感ある台詞だ。世間知らずなのだろうか、と衛兵達は思う。有名モンスター筆頭のゴブリンに敗北した女冒険者の末路を知っていれば、そう易々と冒険者になりたいと女性は思い至らないのだから。若衛兵は、老婆心でモモンに語り掛ける。

 

 

「……いやしかしやはり危険な仕事ではありますし、貴女であれば何も冒険者稼業なんてせずとも他にも色々と──」

 

 

 立ち入った話をしようとしたところで、先輩らしい衛兵が大きく咳払いをする。これ以上踏み込んだ話は守衛としては御法度だ。エ・ランテルへの活動目的は聞いても、そこにあれやこれやと言う必要など全くない。それが何であれ、だ。

 

 

「──申し訳ありません。観光と冒険者登録が目的のモモンさんですね。怪しい物も特に持っていなさそうなので、大丈夫です。お気をつけて」

 

「そうですか……よかった」

 

 

 モモンはホッと胸を撫でおろしていた。

 彼女の微笑んだ美しい顔に、衛兵達はやはり心奪われてしまう。冒険者登録予定の女戦士を相手にしているというよりは、他国の慈悲深き王女を相手にしているような気にさえなった。それほどにモモンの薄い笑みというのは魅力的で、蠱惑的で、尊い。

 

 

「モモンさん、ようこそエ・ランテルへ。よい滞在になりますよう心よりお祈りしております」

 

 

 彼が淀みなくそう言えたのは、守衛としての務めを果たそうと思うささやかな責任感とプライドがあったればこそだ。微笑まれ、内心激しくドギマギしているのは表には決して出さない。

 

 

「皆さま方、お手を煩わせました。ありがとうございました」

 

 

 モモンはそう言って席を立つと、ぺこりと頭を下げて退室した。ひとつ前に応対した肥満商人の尊大な態度とは比較にもならないくらい謙虚で優雅な振る舞いに、彼らは心が温かくなった。心の清らさと見目の麗しさは比例するのだと思ってしまうほどだ。

 

 

「……」

 

 

 モモンが退室して、しばらく静寂が流れる。

 衛兵達はギギギと油の差してない人形の様に首を回すと、一斉に静寂を切り裂いた。口々に語るのは、やはりモモンについてだ。

 

 

「おい見たか!」

「ああ、俺は見たぜ。本物の天使ってやつを」

「モモンさん……かぁ……」

「可憐だ……」

「おい、冒険者だってよ」

「本当はやんごとない身分のご令嬢じゃないのか?」

「確かにあの気品ある風格はただの平民にはあり得ないな」

「遠い地の王族か、貴族か……可能性はあるな」

「冒険者になるっていうのも、戯れか?」

「ていうかあんなデカい盾と剣振り回せるのだろうか」

「きっと軽量化の魔法が掛けられた武器なんだろう」

「残り香が……まだ部屋の中すげぇ良い匂いしてる」

「お前変態かよ……いや、すごくわかるが」

「目が合っただけで惚れちまった……」

「お前嫁さんが……いやあれは仕方ねぇよ」

「登録が本当だとしたら、冒険者組合ちょっと荒れるぞ」

「……あの容姿じゃあな」

「冒険者の糞野郎共の目にモモンさんが汚されちまう」

「その為のあの鎧なんだろ」

「顔見られるの相当渋ってたしな」

「待てよ。一人で冒険者やるって普通は無理だよな」

「つまり今モモンさんにチーム組もうと言えば……」

「辞表出してくるわ」

「一時の恋で身を滅ぼすなアホ」

「モモンさんと一緒のチームになれるかどうかなんだ。やってみる価値はありますぜ」

 

 

 わいのわいのと、衛兵達は仕事も忘れて話し込んでいた。その後に部屋を通された商人に怒鳴り散らされたのは言うまでもなく、自分達が悪いとはいえ、美しく謙虚なモモンと青筋を立てた小汚い商人の落差に彼らはげんなりした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「城塞都市エ・ランテルか……」

 

 

 モモン──モモンガはそうしてエ・ランテルの地を踏んだ。

 

 検問は一番の懸念点だったが、何とか乗り越えられた。

 一応角と瞳は魔法を掛けて隠蔽している。翼はこうして鎧を纏っていればバレることはない。……とはいえ、これを看破できる魔法詠唱者(マジックキャスター)生まれながらの異能(タレント)を持った人間がいたら即刻アウトだった為、彼は実はずっと背中に大量の冷や汗をかいていた。

 

 しかし門を潜って仕舞えばこちらのものだ。

 モモンガは一つ伸びをすると、眼前に映る光景に胸を高鳴らせた。

 

 目の前に広がるのは異世界情緒溢れる街並み。そしてその地に根づく人達の生活、息遣い。馬車がモモンガの側を横切る。鎧に身を包んだ者達が屯している。商人が見たこともない果実を露店で売っている。それらが形作る街の人波、喧騒。

 

 モモンは兜の下で爛々と目を輝かせた。そう……これは誰の為でもない、自分だけの、彼だけの、何に気を遣うこともない未知の冒険の始まり。

 

 物語の一頁目をめくったとき、或いは新品の精密機器を買ったとき、或いは……初めてユグドラシルのワールドを踏んだとき。あの時の高揚が、彼の中で甦る。

 

 

「冒険者登録もしたいが、まずは宿の確保から……だな!」

 

 

 言っててなんというか、ファンタジー小説っぽい! と、モモンガは内心ご満悦だった。カルネ村の日々も良かったが、せっかく異世界にきたのならこうでなくては。

 

 彼にとって重荷になるようなものはこの世界にはない。この身ひとつでどこへでも行ける。どこに行っても咎められない。世界征服をする必要も、魑魅魍魎を束ねる至高の支配者と偽る必要もない。

 

 この世界にきてから一週間。モモンガはなんだかんだこの世界での生活を満喫しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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