アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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【補足】
モモンの漆黒の鎧とグレートソード、カイトシールドは原作のモモンと同じ上位道具創造で作り出したものです。見た目は原作モモンに近しいですが、胸部が膨らんでいたり肩幅が狭かったりするので注意深く見る人であれば声を聞かずとも女性と判断できます。
また戦士職と魔法職のスーパーハイブリッドなのでこの状態でも全ての魔法が使用可能です。
神器級アイテムのヘルメス・トリスメギストスは価値が高すぎて揉め事に巻き込まれそうなのでグレードを落とした装備にしてます。



2.誤算

 

 

 

 

「やっちゃうか……贅沢!」

 

 

 雑踏に混じるモモンガは鎧の中で一人、誰にともなく宣誓した。囁くほどの声の宣誓は、弾んだ声だった。

 

 モモンガの所持金は多くない。しかしそれは決して少ないという意味ではない。人ひとりが暮らしていく分には少ないが、小旅行程度であれば十二分に楽しめる金額といったところか。

 

 カルネ村とガゼフから貰った金貨袋の重みを確認して、モモンガはそれを無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に放り込んだ。

 

 正直なところ、モモンガに金銭は必要ない。

 宿は拠点作成系のアイテムで事足りる上に、悪魔(サキュバス)だから食事と睡眠もそもそも不要。清浄の指輪もある為、風呂に入らずとも体は一番清潔な状態でいつも保たれている。

 

 だが、モモンガがこの世界に求めるのはあくまでも未知なる体験と食道楽だ。平穏に暮らすのは第一だが、心を豊かにする為に金は多少はいる。無駄遣いは極力避けるべきだろう。

 

 しかし多少贅沢したところで、モモンガにはそれを取り返すアテがあった。それは言うまでもなく、彼の体だ。

 

 このユグドラシル運営も真っ青な最強の肉体が資本なのだ。多少の贅沢をしたところで、庭の草を刈る程度の要領でドラゴンの百体や二百体軽く首を刎ねてきて報酬を貰えばいいだけだろう。そう高を括っているモモンガは、引き寄せられるようにある建物の前に立っていた。

 

 黄金の輝き亭。

 現地では言わずと知れたエ・ランテルの最高級の宿屋だ。歴史と気品を感じさせる外観と内装だけではなく、その格式高さとサービスの手厚さによって多くの富裕層から支持を得ている。また、魔法によって鮮度を保たれた食材を超一流の専属コックが調理するという一階部のレストランも大変に評判が良いらしい。

 

 モモンガがそこを訪れたのは偶然といえば偶然だし、必然といえば必然のことだった。何せ黄金の輝き亭はエ・ランテルでも最も気品ある──もとい目立つ建築物であるともいえ、更には大通りからすぐにアクセスできることから、普通に街を練り歩いていたら辿り着いて発見できるような宿なのだ。

 

 贅沢できそうな宿を探していたモモンガにとってこれは渡りに船だ。見てくれだけで最高級の宿だとは彼にも分かる。そして分かっているから、そこへ揚々と入っていく。冒険者デビューの贅沢のつもりだ。最初くらい景気よくいこうじゃないかと、短絡的に彼は思うわけだ。

 

 気が大きくなっているモモンガは、真紅の外套を揺らしながら受付(レセプション)まで足を運んでいく。彼の愛するナザリック程の内装ではないが、ふかふかの絨毯と天井から吊るされている煌びやかなシャンデリア群が贅沢観光気分を程よく煽ってくれる。高級ホテルのあの独特な空気感が、とてもよい。リアルではとても望めなかった贅沢気分に、モモンガはまたしてもご満悦だった。

 

 

「いらっしゃいませ。黄金の輝き亭へようこそ」

 

 

 身なりをぴちっと整えた受付嬢がしっとりと頭を下げる。モモンガの目を見張る様な装備を見ても動じないのは、やはりここがそういう格式高い場所だからだろう。街を歩いてると奇異な目に晒されることが多かったモモンガは、内心で少し感心した。

 

 受付嬢はにこやかな笑顔で面を上げると「ご宿泊でいらっしゃいますか?」と丁寧な物腰で聞いてくる。モモンガはうんと頷いた。とりあえず一泊分お願いできますかと問うと、受付嬢は少し困ったように返答した。

 

 

「申し訳ございません。現在ロイヤルスイートしか空き室がない為……」

 

「構いません。その部屋で一泊お願いします」

 

 

 即答である。モモンガは全く構わないという雰囲気でそう言い放った。

 

 

(……ふふ、一人でロイヤルスイート。いいじゃないか。気分はまさにセレブだな)

 

 

 即答できる自分にモモンガは少し酔う。

 なぜならこんなこと、底辺ブラック企業所属の社蓄時代では到底無理なことだったからだ。この即答には受付嬢も一目置いたことだろう。彼女は先程以上に恭しく頭を下げた。

 

 

「かしこまりました。当黄金の輝き亭をご利用いただき誠にありがとうございます。つきましては料金前払い制となっておりますので──」

 

 

 

 

 

 ……え? 

 

 モモンガの目が、鎧の中で点になった。

 一泊一食付きの宿代。受付嬢が提示してきた額は、たったのそれだけで手持ちの金が全て吹き飛ぶ額だった。流石に嘘だろ? と彼は慄く。贅沢したいとはいえ、宿代を払った後に余った金で彼はエ・ランテルを満喫するつもりだったのだ。

 

 受付嬢は百点満点の笑顔で支払いを待っている。これ以上沈黙を続けていると周りの目が痛くなりそうだった。モモンガはせめてもの冷静な態度を取り繕うと、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)から金貨袋を取り出した。彼は鈴木悟。こういう時にノーと言えない日本人。彼はたった今、有り金の全てを受付嬢に渡してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 

 ベルガールに部屋を案内されたモモンガは一人になると、ロイヤルスイートでがっくりと膝を突いた。

 

 

「うわああああああああああああ…………」

 

 

 部屋がめちゃくちゃ広いとか、モダンな雰囲気が素敵だとか、ベッドが巨大すぎるとか、花瓶に差された絢爛な花のおかげで部屋が落ち着いた匂いだとか、そんな感想を抱く前にモモンガは頭を抱えた。

 

 

(流石に高級宿とはいえ、高級が過ぎるだろ……!)

 

 

 まさかエ・ランテル到着後に無一文になるとは思わなかった。何より新しい旅に浮かれていた自分が恥ずかしい。モモンガは上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)で創った鎧を解くと、叫びながら巨大なベッドに飛び込んだ。彼の体を受け止めるベッドはふかふかと柔らかく、お日様と洗剤の香りがする。部屋やベッドに対するポジティブな感情と、やっちまったというネガティブな感情が綯い交ぜになってモモンガの心は大荒れだった。

 

 ベッドの中へ細身を沈めながら、モモンガは深く溜息を吐いた。胸で存在感を発揮している巨大な双丘が、膨らんでは沈んでいく。天蓋の見事なレース生地を眺めながら、彼は再び大きく息を吐いた。

 

 

「あーやっちゃったな……今日は観光だけが目的でゆっくりするつもりだったけど、今日のうちに組合に寄って登録の方は済ませておくか? 金ないもんなぁ……うわぁ、俺の馬鹿馬鹿馬鹿! 一日で有り金全部溶かす馬鹿がいるかよ本当にもー……。ぷにっと萌えさんだったらもっと慎重に動いてたはずだろう……」

 

 

 ここに来るまでに見たあの露店通りとか、行きたかったけどなぁと一人ごちる。

 

 ……だが、まぁよろしい。やってしまったことは仕方がない。冒険者になって強いモンスターを狩りまくればすぐに金は取り返せるはずだ。モモンガはむんと起き上がると、再び漆黒の鎧を魔法で編み込んだ。善は急げ、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「できればこの組合で最も難しい依頼を受けたいのですが」

 

 

 胸元に光る(カッパー)のプレート。先程発行されたばかりで真新しさが目立っている。

 それを首からぶらさげるモモンガは縋る気持ちでそう申し出た。しかし受付嬢のイシュペン・ロンブルは困った様に眉を曲げるばかりだった。

 

 

「申し訳ありません。規則により、銅級の冒険者様は銅級の依頼しか受けることはできないのです」

 

「……私は見てのとおり本職は戦士ですが、第三位階魔法の使い手でもあります。商人の荷物運びなどで遊ばせておくには勿体ないとは思われませんか」

 

 

 遠くで耳を傍立てていた冒険者達が、わかりやすくどよめいた。元よりモモンガの見事な全身鎧(フルプレート)に怪訝な目を向け、品定めしていた彼らだったが今聞いた台詞が本当なら聞き逃すことはできない。第三位階の魔法を行使できる戦士など、それこそ英雄級だ。しかも冒険者の中では相当に珍しい女性ということも驚きに拍車をかける。イシュペンも目を丸くしたが、しかし首を振って事務的に対応する。

 

 

「すみませんが、規則ですので」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 規則ですので、と言われたら取り付く島もない。

 モモンガは内心で頭を抱えた。銅級冒険者の仕事は日当で銅貨何枚といったところだろう。すぐに無駄使いした資金を回収してやるぜと息を巻いていたが、アテが外れてしまった。

 

 

「……申し訳ありません。それでは明日また出直してきます」

 

 

 その言葉は、やはりどこか気落ちしているように感じる。

 

 

(いやまぁ、普通に考えたらそうだよな……新人が何言ってんだって話だし。ああ、俺って本当に間抜けだな……)

 

 

 モモンガは外面では毅然とし、内心ではぐったりと肩を落として組合を後にした。彼が去った後の冒険者組合はやはり喧噪に包まれた。話題はもちろん、第三位階魔法を扱えるという女戦士モモンのことだ。頭鎧(ヘルム)の中の素顔、戦士と魔法詠唱者(マジックキャスター)としての技量、アダマンタイト級冒険者でも手が出るか分からない装備の価値など……話すネタには事欠かない。その後に組合所を訪れる冒険者達を次々と巻き込み、その日は謎の女戦士モモンの話題で持ち切りだった。

 

 

「今日はなんだか騒がしいな……?」

 

 

 その後何も知らない冒険者組合長のアインザックが組合に戻ってくると、事の経緯の詳細をイシュペンに全て聞かされることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガは気晴らしと思索目的でトボトボとエ・ランテルの街中を練り歩いていた。道中食欲をそそる料理の香りが何度も彼を誘惑したが、無論彼は一文無し。指を咥え、肩を落とし、その場を去るのみだ。

 

 

(どうするかなぁ……まぁ銅からコツコツ頑張るしかないか? 大金稼いで美味しいお土産買って帰るっていうネムへの約束を果たすのは少し遅れそうだな……)

 

 

 罪悪感から、心の中でモモンガはネムに頭を下げた。彼がカルネ村を離れてエ・ランテルに行くといったとき、ネムは顔を梅干しのようにしわくちゃにして泣いた。今生の別れになると思っていたそうだ。慌てて弁明したが、結局寂しいことには変わらない。モモンガは出立当日まで散々ネムに渋られ、泣かれていたのだ。定期的にカルネ村に帰ることを約束してなんとかモモンガの手を離れてくれたが、ネムはモモンガの背中が豆粒ほどになって見えなくなるまで、村の出口で見送ってくれた。あの時の辛そうな顔は、今でも鮮明に思い出せる。

 

 

(子供のお土産といったらやっぱり甘いお菓子とかがいいのかな……)

 

 

 ぼんやりと考えながら歩いていると、モモンガは毛色の変わった区画にでたことを自覚する。なんというか、匂いが変わった。この独特の匂いは、彼の記憶の中で最も近いのは薬品だった。モモンガはいつの間にか大通りを離れ、薬師組合がある薬師の区画へとやってきていたらしい。そこかしこの店や工房から、滋養のありそうな薬草の匂いがほんのりと香ってくる。

 

 そしてモモンガは薬師といえばでひとつ思い出した。

 

 

(そういえばエンリの友達がここらへんで仕事をやっているとかなんとか)

 

 

 話を聞く限りエンリに好意を寄せてそうな薬師の少年のことを思い出した。エンリはエ・ランテルでポーションを買い求めるなら是非彼の店でとよくカルネ村でお勧めしてくれていたのだ。エンリはその少年の好意に全く気がついてなさそうだったのが残酷だったが。

 

 

 

(確か名前は……ンフィーレア・バレ……バレ……)

 

 

 

 バレアレ薬品店。

 記憶を辿るモモンガに回答するように、その店の看板が彼の目に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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