アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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3.淑女

 

 

 

 

 

(金はないけど入ってみるか。エンリのこと好いてそうな少年も気になるし。変な男だったらパパ許しませんからね、とか言っちゃったりして……あれ? 今だと俺ってママか?)

 

 

 

 モモンガは至極どうでもいいことを考えながらバレアレ薬品店の戸を開いた。ドアベルの涼しげな音を鳴らし、年季の入った木床を踏みしめる。すぐに見渡せる程度の手狭な店内には所狭しと薬瓶が陳列されており、薬品店独特の香りがモモンガの鼻腔を撫ぜた。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

 控えめな少年の声。

 ドアベルの音に慌てたように、奥から店番らしき少年がやってきた。細く、少し頼りなさそうな印象だ。

 

 

「どうも」

 

 

 モモンガがそう返して会釈すると、少年は少し驚いたように目を丸くした。(いか)めしい鎧の中身が女性だとは思わなかったのだろう。モモンガは頭鎧(ヘルム)の中で、出歯亀根性丸出しで目を細めた。

 

 

(……この子が例のンフィーレアっぽいな。エンリが言ってたとおり、少し大人しい感じだ。第二位階魔法の使い手、天才錬金薬師か……)

 

 

 エンリの話の通りなら、ンフィーレアという存在は現地では相当に特別な存在だ。何より驚くべきは『あらゆるマジックアイテムを発動制限を無視して使用可能』という生まれながらの異能(タレント)持ちということだ。この世界に眠っている最秘宝の性能次第では、ステータスモンスターのモモンガを唯一脅かしかねない存在と言っても過言ではないだろう。

 

 まあ別に、この世界にモモンガ以上の強敵が現れたところで彼に敵対する理由がないから警戒レベルを引き上げる必要も特にない。街中でボクサーや力士を見ても身構える必要がないのと同じだ。

 

 

 

「本日は何かお求めですか?」

 

 

 存外、爽やかな声だ。

 長く垂れる前髪から覗く目は端正であり、ンフィーレアという少年はパッと見以上に器量が良かった。モモンガはンフィーレアの問いに浅く頷いた。

 

 

「ええ、ポーションをと思ってここへ来たのですが……財布を忘れたことに今気がつきましてね。冷やかしになって申し訳ないです」

 

「そうですか……ポーションならこちらの棚になります。どうぞ見ていってください」

 

「ありがとうございます」

 

 

財布を忘れたというのは当然嘘だ。いい大人が銅貨一枚も持ってないとは流石に恥ずかしくて言えない。ポーション棚に連れられたモモンガは、棚に並ぶ薬瓶を見て違和感を覚えた。

 

 

(……妙だな。ポーションなのに青い……?)

 

 

 彼の知るポーションは血の様な赤色だ。

 しかしここに並ぶものはどれもこれも深い青色。その差異にモモンガは戸惑った。

 

 

「少し取って見ても?」

 

「どうぞ」

 

 

 モモンガは礼儀正しく整列している薬瓶の中の一本を取って、中身の青い液体を揺らした。道具上位鑑定(オール・アブレイザル・マジックアイテム)をこっそり掛けると、モモンガが所持しているユグドラシル産の赤いポーションよりもかなり効果が薄いことが判明した。

 

 これは安物のポーションなのか、それとも……。モモンガは素直にンフィーレアに疑問を投げかけた。

 

 

「ここにあるポーションは青いものばかりですが、赤色のポーションはないのですか?」

 

「赤色……? いえ、ポーションは一般的に青色でして、赤色のポーションというのは見たことがありませんね」

 

「……そうですか」

 

 

 モモンガは静かにそう返して、薬瓶を陳列棚に戻した。

 

 

(……ユグドラシル製の下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)はこの世界ではまだ未開発のものか、もしくは作成不可能の代物と思った方がいいか。ユグドラシル金貨同様、人に見せびらかしても得はなさそうだ)

 

 

 ユグドラシル金貨と違いこちらは現地の人間にも価値がわかる分、取り扱いに注意しておいたほうがいいだろう。赤いポーションの製造方法を巡って多くの人間の血が流れることなど、モモンガにも容易に想像できる。

 

 モモンガは思考の海から引き上がると、ンフィーレアに向き直った。

 

 

「見せて頂いてありがとうございました。良い仕事をされてますね。ポーションが必要になったら是非こちらに立ち寄らせていただこうと思います」

 

「あ、ありがとうございます! 是非、ポーションはバレアレ薬品店で!」

 

「それでは失礼致します」

 

 

 モモンガはそう言って軽く頭を下げると、バレアレ薬品店を後にした。その威風堂々とした背中たるや、まさか一文無しの素寒貧とはンフィーレアも思うまい。

 

 

 

 

 

 ……それから程なくしてモモンガと入れ替わるように、バレアレ薬品店の店主にしてンフィーレアの祖母──リイジー・バレアレが店の戸を開いて帰ってきた。

 

 

「おばあちゃんお帰り。遅かったね」

 

「はいよ。薬師組合の連中は話だけが長くて困っちまうよ。何か変わったことはあったかい?」

 

 

 リイジーは腰を叩きながら店の奥のベンチに腰掛けた。疲弊した顔に刻まれる皺が増えてきたなと、ンフィーレアは少しばかり寂しい気持ちを抱く。

 

 

「……それが聞いてよ。物凄い高価そうな鎧で身を固めた女の人がきてさ、銅級(カッパー)のプレートをつけた冒険者だったんだけど、どこかの国の英雄かと思ったよ」

 

「銅級? どうせ冒険者の英雄譚に憧れて組合に登録してきた見た目だけのボンボンさね。余程世間知らずの女なんだろう。そういうのは見た目から入りがちだからね」

 

「それはどうか分からないけど……あの人、妙なことを言ってたんだよね。それが少し気になって」

 

「妙なこと?」

 

「この店にはなんで赤いポーションがないんですかって……」

 

「赤ァ? はん、ポーションの色を知らないなんてやっぱりただの──はて。赤……赤色……? そんなものは……いや、待っとくれよ……? ま、まさか……いやそんな……」

 

「お、おばあちゃん?」

 

 

 それからぶつぶつぶつぶつと何かを呟きだしたリイジーの目が、突然クワと見開かれた。ぎょろりと剥かれた目から目玉がころりと落ちそうな程で、見ていたンフィーレアの産毛が逆立つ。そして彼女は、鬼気迫る表情でずんずんと愛孫の下へ歩み寄った。

 

 

「その鎧の女の話、詳しく聞かせとくれッ!!!」

 

 

 老婆とは思えぬ程の力で両肩を掴まれ、ンフィーレアは並々ならない事態を予期し、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガはそうしてエ・ランテルの街並みをぐるりと練り歩いた。もちろん金がないので何もできていない。

 

 気がつくと空は橙に焼けており、一日の暮れを示していた。結果としてこの日は、特に収穫がない空っぽの一日だった。

 

 

(……帰るか)

 

 

 空虚な気持ちにさえなる。金がなくて困るとは思っていなかった。

 しかし彼にはまだ楽しいイベントがまだ一つ残っていた。大枚を叩き、全てのイベントをスキップして得たたった一つの楽しいイベントが。

 

 

「おかえりなさいませモモン様」

 

 

 黄金の輝き亭に戻ると、フロントの受付嬢がやはり恭しく頭を垂れた。彼女は品のある笑顔で、モモンガへ言葉を掛けてくる。

 

 

「ディナーの時間ですが、ご予約された予定時間が十分後となっておりますが変更ございませんでしょうか」

 

 

 ディナー。

 

 モモンガは鎧の中でにんまりと笑った。『夜ごはん』なんてものじゃない、超高級宿で頂く『ディナー』だ。これこそが本日最大のイベントなのだ。彼は平静を装って、受付嬢に首肯した。彼女は鎧の着脱の時間を心配してくれたのだろうが、魔法を解けば勝手に脱げるのだ。この世界で鎧の早着替えでモモンガの右に出る者はいないだろう。

 

 レストランの利用者に鎧の中身を晒すという心配もあるが、検閲場の様に見た目を魔法で誤魔化せばいけるだろう。万が一の時のために、一応の対策は施してある。心配はあるが、心配はいらない。モモンガはうきうきで自分の部屋へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄金の輝き亭は国内外問わず様々な富豪が集まる宿である。

 その中にあるレストランは王侯貴族や大商人達から高い評価を得ていることで有名であり、生半な身分の人間では到底来ることが叶わないだろう。

 

 何が言いたいかというと、格式と敷居が非常に高い場所なのだ。

 要求される額は勿論、ドレスコードも必要とされる為、ここを利用する客は一定以上の水準が必要とされる。テーブルに着いたところで草臥れた衣装だったり清潔感のない体をしていれば、周りの人間から白い目で見られることは必至。また、そういう目というのは言葉遣いや端々に感じられる教養というものにも光らせてあるものだ。

 

 身分が高く、潤沢な資金を持っており、教養があり、誰に見せても恥ずかしくないドレスコードができる者が集まる黄金の輝き亭のレストラン。誰もが気品溢れ、自らの身分を誇示する様な見事な衣装を身に纏っている中にあって──。

 

 

「……おぉ……」

 

 

 比肩できる者など想像もつかない程に美しい淑女が一人、高いヒールを鳴らしてテーブルに着いた。彼女が過ぎた後に、甘くて高貴な匂いが香る。その淑女を目にした全ての者が感嘆を漏らしていた。女性でさえ、悩まし気な深い溜息を零している。淑女は椅子を引いてくれた給仕の男に慈しみを帯びた微笑を見せ、艶やかな声でありがとうと伝えていた。あの声と吐息で耳朶を揺らされれば、男ならどんな要求にさえ首を縦に振ってしまうだろう。それほどに美しい声をしている。

 

 嫋やかな黒髪。翡翠色の瞳。薄い桜色の唇。縫い目のない天衣の様な純白のドレスにグラマラスな身を包み、淑女は毅然とした態度で席に着いている。

 

 ここは、黄金の輝き亭。

 この国で最も尊い身分の人間が集まる場所の一つ。貴族だって、大商会の会長だっている。それらに連れられ、煌びやかに自らを飾り立てている淑女達もだ。

 

 しかしその中にあって、この謎の淑女は目に映る全てのものを嘲る様な隔絶された美を誇っている。全ての者は手を止め、食事や談笑の時間を忘れ、ただこの美しい淑女の存在に釘付けにされていた。

 

 謎の淑女(モモンガ)は、その暴力的ともいえる容姿だけでその場の空気を完全に支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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