アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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6.出勤

 

 

 

 

 

 

「モモン様、ご利用ありがとうございました!」

 

 

 ──……朝。黄金の輝き亭。

 

 チェックアウトを済ませたモモンガに対する受付嬢の対応は、朝だというのに無駄に溌剌としていた。笑顔が太陽の様に眩しい。なんというか、訪れた時より声と視線に熱が篭っている様な気もする。

 

 ちら、とモモンガが辺りにいる別の受付嬢を見やると、彼女らの背筋も必要以上に伸びた。

 

 どうやら昨夜の一件が効いているようだ。

 セクハラ男を撃退する女性は、いつの世も女性にとってのヒーローということらしい。そのヒーローの容姿が端麗なら、憧れも尚更だろう。受付嬢達がモモンガへ送る視線は、女子校の生徒達が校内の王子様系女子に対して送るようなあれだ。

 

 しかし今女性にモテたところでモモンガのモモンガは消失しているし、何より彼はこのアルベドの体を穢すようなこともしたくない。モモンガは受付嬢達の熱烈な視線を背中に浴びながら、なんだかなぁという思いに駆られながら黄金の輝き亭を出た。

 

 

「……さて、いい依頼が入ってればいいな」

 

 

 一つ伸びをして、首を鳴らす。

 昨日が入社式であれば、今日が初出勤日だ。

 正すネクタイも襟もないが、ちゃり、と冒険者プレートを指で弾き、モモンガは空を仰いだ。朝日を受けた漆黒の鎧が、鈍い光を照り返している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者組合所の扉を開く。

 

 昨日の話題の中心となった女戦士の登場に、屯していた冒険者達の視線が一斉にモモンガの下へ集まった。第三位階魔法を扱える謎の戦士ともなれば、その注目度は言わずもがなだ。

 

 

「……」

 

 

 モモンガはその視線の一切を相手とることなく、依頼が張り出されている掲示板へと進んでいく。ザッと目を通してみるが、日本語でも英語でもない異界語の張り紙など、モモンガに内容が分かるわけもない。

 

 しばらく腕を組んで悩むフリをして、モモンガは何も取ることなく受付へ進んでいく。受付には昨日対応してくれたイシュペンが座っていた。彼女はモモンガの姿を認めると僅かに硬直したが、直ぐに元の表情へと変わった。

 

 

「おはようございます。依頼を受けたいのですが、今あるものはあの掲示板のもので全てでしょうか?」

 

「全てというわけではありませんが、あちらにあるのが今日、今からでも受けられる依頼です」

 

「……そうですか。なら銅級(カッパー)で受けられる最も難しい依頼を見繕ってもらってもよろしいでしょうか。依頼期日は問わないので」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 

 イシュペンは頭を下げて、手元の書類をいくつか調べ始めた。

 待っている間手持ち無沙汰になったモモンガは、どこかでこの世界の文字を学ばなくては──と、思案したところで。

 

 

「もしよろしければ、私達の仕事を手伝いませんか?」

 

 

 横から、声を掛けられた。

 

 

「え?」

 

 

 そちらを見やると、四人組の冒険者チームがモモンガのことを見ていた。青年が二人。髭を蓄えた大男が一人。それから魔法詠唱者(マジックキャスター)らしき中性的な少年が一人。首からぶら下げられたプレートは銀級(シルバー)だ。見たところ若いチームではあるが、それなりの功績は残しているようだった。

 

 

「よければお話だけでもどうですか?」

 

 

 リーダーらしい金髪碧眼の青年が、そう尋ねてくる。謙虚で爽やかな物腰がモモンガには好印象だった。

 

 

「是非、お聞かせください」

 

「ありがとうございます。組合の二階に席がありますので、そちらで腰を落ち着けて説明しますね」

 

 

 モモンガがイシュペンを見やると、彼女は承知と言わんばかりに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガは四人に連れられ、二階席でまずは自己紹介を受けていた。

 

 四人組のチーム名を『漆黒の剣』というらしい。

 

 好青年の印象を与えるリーダーのペテル・モーク。調子の軽いレンジャーのルクルット・ボルブ。大きいドワーフという印象を抱かせる森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。

 

 そしてペテルから『チームの頭脳』『術師(スペルキャスター)』と称される魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャ。魔法適正というタレントを持っており、習熟に八年掛かる魔法を四年で済ませられるというものだそうだ。

 

 

(常に経験値獲得二倍キャンペーンって何それすごい)

 

 

 ンフィーレアのタレントも勿論破格の性能だが、単純に魔法詠唱者として生きるならこれ以上ないタレントだろう。モモンガは単純にニニャの持つタレントの凄まじさに驚いた。

 

 ……そして『漆黒の剣』の視線はやがてモモンガの下へ集まった。次は自分の番、ということだ。

 

 

「……改めまして、私はモモンと申します。先日この地に流れ着いたばかりの流浪の戦士です。それで、私に手伝って欲しい仕事とは何なのでしょうか」

 

「よろしくお願いしますモモンさん。それで仕事というのはですね──」

 

 

 代表してリーダーのペテルが説明をしてくれた。

 

 何でも別に組合から依頼された仕事というわけではなく、エ・ランテル周辺のモンスターを狩るのが目的らしい。組合が仕留めたモンスターに応じて報奨金を出してくれるので、今回はそれが狙いということだ。

 

 クエスト受注ではなく、マップ上のモンスターを狩ってドロップアイテムで金策するようなものかとモモンガは納得した。しかしまあ冒険者らしいとは言えない稼ぎ方ではあるが──

 

「糊口を凌ぐ必要な仕事である!」

 

 ──と、ダイン。

 

「だけど俺達のメシの種にはなる。周囲の人間は危険が減る。損をする人間は誰もいないって寸法さ」

 

 ──と、ルクルット。

 

 

「そういうわけでここから南下した森の周囲を探索することになります。どうでしょう、私達に協力してもらえますか?」

 

 

 締めるペテルの問いに、モモンガは快く頷いた。何より仕事の糸口がない彼にとってこれは渡りに船だ。銀級のプレートを下げる先輩冒険者の話も聞けることだし、断る理由がない。

 

 

「ええ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 モモンガの快諾に『漆黒の剣』は顔を合わせて喜色を表した。そしてモモンガはついでにと、一つ言葉を続ける。

 

 

「それなら……共に仕事を行うのですし、私の顔を見せておきましょう」

 

 

 モモンガはそう言って、頭鎧(ヘルム)に手を掛けた。

 

 彼は徒に顔を晒していくつもりは毛頭ないが、共に仕事をこなした『漆黒の剣』に『モモンの中身は人間の女性』だと触れ回ってもらえれば、この街の人間に異形種の容疑を掛けられるリスクも減るだろう。彼らに素顔を見せるのは、そういった狙いからだ。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 頭鎧を脱いで一息つくモモンガの素顔を見た『漆黒の剣』の面々は、見るからに凍りついた。時が止まったといえばいいのか。

 

 正直彼らはモモンの素顔について、期待の様なものはしていなかった。綺麗な女声だとは思っていたが、重装備の女戦士といえば『蒼の薔薇』のガガーランを筆頭に、男性ホルモン溢れる雄々しい容姿と相場は決まっているのだ。巨大なカイトシールドとグレートソードを背に差す女戦士ともなればその例の極地だろう。

 

 中身はどうせ、岩の様な顔だろう……そう思っていた。

 

 しかし晒されたモモンの素顔は『美』そのものと言ってよいものだった。粗野な冒険者組合ではなく宮殿の深窓に在るべき容姿であり、その身は重鎧でなくコルセットとドレスに包まれているべき儚さだ。

 

 溢れるような睫毛に影を落とされた翡翠の双眸が『漆黒の剣』を見渡すと、彼らは一様に身を固くした。

 

 ダインの糸目が見開かれ、ニニャとペテルが赤面し──そしてルクルットが勢いよく立ち上がった。

 

 

「俺と結婚を前提にお付き合いしてください!」

 

 

 直角に腰を折り、ルクルットはモモンガに手を差し向ける。『漆黒の剣』の残された三人は、ルクルットの奇行にポカンと口を開けていた。

 

 ……暫しの静寂。

 モモンガは咳払いを一つすると、抱えていた頭鎧を被り直した。

 

 

「……こういうことですので、普段は鎧で姿を隠してるんです。いらないトラブルに巻き込まれることが多いので」

 

「な、なるほど……」

 

 

 下げられたルクルットの後頭部を指差しながら言うモモンガの言葉に、彼らは酷く納得した。これだけ分かりやすいサンプルを目の前で見せられたのだ。

 

『私美人すぎるので素顔隠してます』なんて台詞、どう捉えても鼻にかかるものだが、正直あれだけのものを見せられて納得いかない者はいないだろう。何よりモモンガの言葉の端々には謙虚さが見受けられ、驕りの様なものは一切感じられない。この容姿だけで国を傾かせられることすらあり得るというのは、今見た彼らにとっても想像に難くなかった。

 

 

「し、しかし驚きました。まさかこんな見事な鎧の戦士が、こんなにお綺麗な人だったとは……」

 

「驚きである!」

 

 

 ペテルとダインに賛辞されるモモンガは、鎧の中で決して悪くない気分で笑んだ。

 この体は仲間が心血を注いで創り出した至高の造形なのだ。綺麗なのは当たり前。しかしアインズ・ウール・ゴウンの一端を褒められるのは決して悪い気分にはならない。しかし彼はそんな態度をおくびにも出さなかった。容姿に自信をもつ人間が鼻持ちならないことを、凡人の鈴木悟はよく知っているからだ。

 

 

「……モモンさんは、もしかして貴族の方なのでしょうか」

 

 

 そう聞いたのはニニャだ。

 なんというか、言葉の裏に何か棘の様な、小さくささくれだったものがあるように感じるのは気のせいだろうか。

 

 モモンガが首を振って違いますと否定すると、先程まで感じた剣呑とした気配がニニャから霧散したように思えた。

 

 

「すみません。ニニャは事情があって貴族が嫌いなんですよ」

 

「いえいえ。私もこの国の貴族と言えば……あまり良い印象は持っておりませんから」

 

 

 思い出されるのはフィリップの顔だ。

 絵に描いたような馬鹿貴族の愚かさが脳裏に蘇り、モモンガは内心げんなりする思いだった。貴族全員がそうだとは限らないだろうが、仮にリ・エスティーゼ王国の貴族がフィリップだらけだったらガゼフも相当苦労するだろうと、彼は同情せずにはいられない。

 

 そしてモモンガの言葉を受け取ったニニャはやはり、表情が明るくなった様な気がする。貴族です、もしくは貴族が好きですと言ったルートを選ばなくて良かったと、モモンガは内心で胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 ──それから顔合わせと雑談もそこそこに、モモンガと『漆黒の剣』は出発の為に席を立った。

 

 お互い用意はできている。となればいつまでも話しているのは時間の無駄だ。歩合制の仕事なら尚更時間を浪費するべきではないだろう。ちなみに直角の姿勢のままずっと返事を待っていたルクルットを置いていこうとしたら突っ込まれた。

 

 モモンガは階段を降りながら異世界初の仕事に思いを馳せ、少しだけワクワクしていた。仮ではあるがパーティを組み、モンスター討伐に出掛けるなんてちょっと冒険者っぽいことをしてるじゃないかとテンションが浮ついてるのだ。

 

 

(ようやく冒険者としての初仕事かぁ。ペテルさん達はゴブリンやオーガ狙いらしいけど、運よくドラゴンと鉢合わせたりできないものかな……いやいや、小さなことからコツコツと!)

 

 

 金は必要だが、そうは言っても急ぐ旅でもない。女性一人分の腹を満たせる食費さえ稼げれば今はそれでいいのだ。無理にアダマンタイト級を目指す必要もなし。モモンガの必要な金銭を思えば金級(ゴールド)程度の地位でも事足りるだろう。彼は冒険者稼業もゆっくりと道程を楽しむ、という思考に昨夜シフトしたのだ。

 

 

「モモンさん」

 

 

 小さな握り拳を作って『がんばるぞい!』していたモモンガに、思い掛けず声が掛かる。イシュペンが、受付から出てきて彼を訪ねてきたのだ。何事かと思えば──

 

 

「ご指名の依頼が入っております」

 

 

 ──まさかの指名依頼。

 

 モモンガはペテルと顔を見合わせた後、イシュペンに向き直った。

 

 

「指名の依頼? どなたからでしょうか」

 

「ンフィーレア・バレアレさんです」

 

 

 依頼者の名に『漆黒の剣』が騒ついた。

 ンフィーレアはエ・ランテルでは相当に名の通った薬師であるとエンリが言っていたからそういう反応なのだろう。まあ、あれだけのタレントを持っているなら当然か。

 

 

「どうも」

 

 

 イシュペンの影から出てきた少年は、やはり昨日バレアレ薬品店で見た少年と同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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