アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】 作:三上テンセイ
漆黒の剣とンフィー合流は原作と展開が変わらないので駆け足で展開させていただいてます
「では私はンフィーレアさんの依頼を受け、手が足りないので『漆黒の剣』の皆さまを雇い、警護の任務に同行願う……ということでよろしいですね」
取り纏まった話を『漆黒の剣』とンフィーレアに確認すると、彼らは深く頷いた。
ンフィーレアからの指名依頼は、カルネ村近くの森にある薬草採取の警護というものだった。なぜ新人冒険者のモモンを指名したのかというと、昨日店で見たモモンの姿を見てこの人であればということで指名したということらしい。まあ
しかしモモンガは個としては最強であっても、弱者を警護するという繊細な場面に於いては聊か不安が残る。ということで
今回の依頼を達成しても結局モモンガの取り分は全くないが、銀級冒険者の仕事ぶりを見たり、話を聞けたりするのでそれほどメリットがないわけではない。彼には目先の小銭よりも投資先を考えられる程度の余裕はあるのだ。先に依頼をしてくれた『漆黒の剣』を蔑ろにするわけでもないし、モモンガは我ながら妙案だと自画自賛した。
そうして『漆黒の剣』とモモンガ、そこにンフィーレアを交えた一団は、正午の鐘がなる前にさっさとエ・ランテルから旅立っていく。一先ず目指すのはカルネ村だ。
──モモンガ達がエ・ランテルを出立して数刻後。
冒険者組合長のプルトン・アインザックは、執務室で雑務を片づけながらある人物の来訪を待っていた。机に並ぶ書類の束は厚く、それだけで彼の仕事量が察せられるようだった。
しかしここで消化できる仕事など、彼の業務の一端に過ぎない。アインザックは冒険者組合の長として多忙な日々を送っていた。
(……謎の女戦士、モモンか)
そんな彼が……というよりも、エ・ランテルの冒険者組合に連なる人間であれば気になるトピックが一つある。
それは、昨日
アインザックはモモンの姿をまだその目で確かめていない。昨日も今日も、奇しくも組合をモモンと入れ替わる様にして訪れてしまっているからだ。自分とモモンの間の悪さに舌打ちしたい感情を覚えながら、彼は羽根ペンを机に転がした。
(今モモンと一緒に行動しているのは『漆黒の剣』……彼らほど慣らしている冒険者であれば、モモンが『本物』か『贋作』かの見分けはつくだろう)
正直アインザックにとってもモモンのカタログスペックは俄には信じ難い。何十年と数多の冒険者の隆盛をその目で見てきた彼が信じ難いというのだ。それが如何程のことなのかは、想像に難くない。
「エ・ランテルに生まれる新たな英雄か、それとも見てくれだけのペテン師か……」
グレートソードを片手で振り回せる魔法詠唱者。若しくは第三位階魔法を行使できる重戦士。どちらでも構わないが、仮に本当にそうだとしたら、近い将来ここエ・ランテルで新たなアダマンタイト級冒険者の誕生を目の当たりにできるかもしれない。
どちらにせよ『漆黒の剣』の報告待ちだ。
これだけ注目度が高い話題であれば、何もせずとも彼らの話は噂となって耳に入ってくるだろう。モモンがハリボテか本物かが気になっているのはアインザックだけではない。帰還した『漆黒の剣』を根掘り葉掘り聞きたい人間は数多くいる。
「ふー……」
アインザックが思考を止め、再び羽根ペンを取ろうとしたところで、執務室のドアをノックする者が現れた。恐らく予想通りの人物だろう。壁に掛かった時計を見やれば、予定時刻五分前だ。
「やぁアインザック」
「久しぶりだなラケシル。元気そうで何よりだ」
執務室に入ってきた人物と顔を合わせると、彼らは互いに相好を崩した。
訪れたのはエ・ランテルの魔術師組合長を務めるテオ・ラケシルだった。筋肉質なアインザックと違い、ローブに身を包む彼の線は細い。
アインザックとラケシルは元冒険者チームの仲間という旧来の友人でありながら、違う畑の組合長を務めているという今なお切磋琢磨できる仲だ。
彼らはガッチリと握手を交わすと、来客用のテーブルに向かい合って着いた。組合の長として、かつて命を預けあった仲間として、そして気が置けない親友として、アインザックとラケシルは微笑みを交わした。
紅茶を出されたラケシルは、部屋の有り様を見ながら細く息を吐いた。
「相変わらず忙しそうだな」
「まあな。しかし多忙さで言えば魔術師組合も変わらないだろう」
「ああ、こっちはこっちで色々と面倒なこともあるからな」
「その老けた顔を見ればある程度は察することができるよ。それで火急の相談ということらしいが、どうしたんだ」
「久しぶりだというのに早速本題とは、アインザックらしいな」
ラケシルは苦笑を交え、出されたカップに口をつけた。紅茶の豊かな香りが、男臭い彼らの間にそよぐ。対するアインザックも笑いながら、肩をすくめた。
「あの机の上の紙の束を見てみろ。私だって雑談に花を咲かせたいところだ」
「ああそうだろうとも。すまないな。時は金なりと言ったものだからな。……だが本題に移る前に、一つ聞きたいことがあるんだ」
「なんだラケシル。言っておくが、珍しいマジックアイテムは入ってきてないぞ」
「ああ、いやそれは……まあ普通に残念だが、今はそれはいい。私が聞きたいのは、昨日ここで冒険者になったというモモンという女性についてだ」
冒険者モモン。
魔術師組合長のラケシルにまでその名が及んでいたことに、アインザックは目を丸くした。
「おいおい、お前もかラケシル」
「お前も?」
「組合は今やその冒険者モモンの話題で持ちきりだ。漆黒の
「なに?
「モモンの言葉通りならな。実力はまだ計りかねてるが……なんだラケシル、逆に知らなかったのか? 彼女の名を口に出してきた時点で知っているものだと思っていたぞ」
アインザックの疑問は当然だ。
逆にそれを知らないのになぜモモンの名を知っているんだと聞きたい。その質問を解消するように、ラケシルは彼の知るモモンのことについて語り出した。
「実は昨夜、組合の関係でちょっとした接待もあって黄金の輝き亭で食事をしていたんだ」
「はあ、羽振りのいいことだな。最後にあそこで食事したのはいつだったか……。で? その黄金の輝き亭とモモンがどう関係するというんだ?」
「いたんだよ。そのモモン殿が」
「なんだって……?」
アインザックの眉が思わず形を変える。
黄金の輝き亭は一介の銅級冒険者が行ける程敷居の低い場所ではない。意外な結びつきに、彼の疑問が膨れ上がる。
「なぜ彼女が黄金の輝き亭に?」
「まあ待て。逆に聞くが、アインザックはモモン殿についてどこまで知っている」
「どこまでって……さっき言ったことが全てだ。英雄然とした鎧を纏った女戦士だとしか……」
「なら、鎧の中身は知っていないのだな」
「そうか……レストランで見たということは、ラケシルはモモンの鎧の中身を知っているのか。どんな容姿をしていたんだ?」
モモンの素顔は確かに気になるところではある。冒険者組合の連中も、兜に覆われたモモンの素顔は誰も見ていない。山男のような風貌という噂が主流だが、アインザックは真実を知る旧友の口からその評価を聞きたい。
対するラケシルは、一言こう零す。
「……すごいぞ、彼女は」
何か、しみじみとした物言いだった。
漠然とすごいと言われても、何を形容してすごいと言ったのかがアインザックには分からない。それほど筋肉が発達した見た目なのだろうか。はたまた鬼の様に鬼気迫る形相をしているのか。
アインザックはやきもきしながら次の言葉を促した。
「ラケシル、すごいだけじゃ伝わらないぞ。何がすごかったんだって?」
「存在そのものがだよ。あそこにいた全ての者が、彼女の存在感に圧倒されていたと言っても過言ではない」
「ああ、クソ。要領を得ないな。もっと具体的な言葉をくれ」
ラケシルも勿体ぶるつもりはない。
モモンという存在をどう表現しようか、彼も決めあぐねているのだ。どう取り繕った言葉を並べても、彼が見たモモンの存在の輝きには及ばないと分かっているからだ。
ラケシルは紅茶で舌を湿らせると、率直な感想をアインザックに伝えることにした。
「──美しいんだよ。とにかく容姿がとびきり優れている。想像できるか? あの黄金の輝き亭で食事を摂っていた全員が、顎を外して彼女の美貌に目を奪われていたんだ」
そっちか──と、アインザックは予想外の回答に目を丸くした。それは予想していなかった。
巨大な武器を振り回し、高位な魔法を扱えて、見目も麗しい英雄然とした格好の美女。いくら何でも、出来の悪い創作英雄譚の登場人物だ。
……だが、前例はある。
かのアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュースは第五位階に位置する蘇生魔法を行使できる神官戦士。貴族たるアインドラ家の貴い血を引き、その身分に違わぬ美しい容姿を持っている。
天が二物も三物も与えたような存在だ。齢十九にして英雄級の実力を持つ彼女は、ゆくゆくは人類史に名を刻む程の大英雄になることだろう。
話は戻るが、ラキュースという前例がある以上、美しすぎる戦士の存在というのは否定できない。
しかし美醜観念というのは個々の趣味によって大きく差異が出るというもの。Aにとっての美女がBにとっても美女とは限らない。
(だが、目の肥えた黄金の輝き亭の人間全員が驚愕するほどの美貌か……)
どれほどの容姿なのだと、アインザックの男としての知的好奇心が騒ぐ。彼は少し前のめりになって、ラケシルに質問を投げた。
「モモンの見た目について詳しく聞きたい」
「輝くような黒髪と、絹のような白肌の淑やかな女性だ。年齢は二十代中頃だろう。こんな歯の浮くような台詞を言いたくはないのだが、モモン殿の容姿を端的に表すなら女神か天使という言葉が必ず出てくるだろうな」
「……女神ねぇ」
「おいおいアインザックそんな目で見ないでくれ。百聞は一見にしかずだ。君も彼女を見れば必ず納得するだろう」
「それほどの美貌か」
「それほどの美貌だ」
きっぱりと言い放つラケシルを前にしては反論の余地もない。アインザックはモモンをラナー、ラキュースと同程度の容姿ということで想定した。実際には更にその上をいく人外の美なのだが、それを想定しろと言う方が酷だ。
ラケシルはあの時自分が目にした光景を蘇らせるように、目を細くした。
「容姿もそうだが更に驚くべきは、モモン殿から溢れる気品だ。言葉遣いも物腰も柔らかで、所作の一つ一つに淑女としての立ち振る舞いが感ぜられるんだよ」
「……つまり平民ではないと?」
「あの場にいた者でモモン殿を平民と思った者がいたなら、それは間違いなく大馬鹿だ。彼女が着用していたドレスも、王族ですら袖を通すのを躊躇われるほどに価値のあるものだと推測できたからな」
「なんと……」
ラケシルの口から飛び出てくる言葉はアインザックの想定を遥かに超えるものばかりだ。しかし友の表情や口ぶりからは、ふざけている気配は一切感じられない。
極めつけに語られるのは、フィリップとの一悶着のエピソードだ。愚かな貴族を相手どり、小揺るぎもせず、フィリップのことを小汚い下郎と吐き捨てたモモンの勇ましくも気高い姿を、ラケシルは身振り手振りでアインザックに語った。
語り終える頃にはすっかり紅茶は冷めていたが、アインザックにとってはそれどころではない。
「すごいな……全てがラケシルの作り話じゃないかと疑ってしまうほどだ」
「ああ。私もあの光景やモモン殿の見目が、己が作り出した幻覚じゃないかと今でも思えてくるよ。しかしそんな彼女が自分は昨日冒険者になったばかりの平民だと言ったことが、一番耳を疑ったがね」
「話を聞く限り疑って当然だ。しかし末端とはいえ仮にも貴族を下郎呼びできるとは……どれだけの身分の人間なら言えるのだろうな」
アインザックが零した言葉に、ラケシルは大きく頷いた。
「そこなんだよアインザック。私はモモン殿は貴族……もしくは王家に連なる人間だと睨んでいる。周辺国家に彼女がいれば必ず知れ渡っているだろうから、我々の知らない遥か遠方の国の貴婦人の可能性が高い。少なくとも、普通に生きていれば冒険者になる必要など全くない地位の人間であるのは確かだろう」
「王族、か。ラケシルの話が全て本当なら十分にあり得るか……モモンの纏う漆黒の鎧や武装も、一国の王家の財をもってすれば工面できる……。彼女の装備を王国五宝物に匹敵すると睨んでいる冒険者も中にはいたからな」
「アインザック、モモン殿の動向は注視しておくべきだ。彼女は只者ではない。少なくとも私には断言できる」
ラケシルの目は真剣そのものだ。
長年冒険者として、そして魔術師組合の長として鍛えられた彼の目に狂いはないだろうし、アインザックも彼の目を信頼している。
だからこそアインザックは額を抑えた。
そんな尊い身分の女性が、なぜ単身でここに冒険者登録をしにきたのか。
「モモン……殿、が、王女だと仮定すると……冒険者になったのは自らの身分を偽る為……? 何かから逃げたり隠れたりしてエ・ランテルへ流れてきたと想定するなら、亡国の王女と仮定するのが自然か……確かに一国の王女が冒険者になるというのは想像しにくい。新たな身分証明も発行できるし、正体を隠すにはうってつけだ。なるほど確かに理に適っている……」
「
「彼女が噂通りの使い手なら、身分と姿を隠しながら路銀を稼ぐには冒険者という職業が一番効率よいだろうからな。しかし黄金の輝き亭で食事を摂っているあたり、金銭面には苦労してはなさそうな気はするが……」
「ああ。冒険者になったことに関して金銭的理由は全く絡んでないと見ていい。モモン殿が値段も聞かずに黄金の輝き亭のロイヤルスイートを宿泊当日に押さえている現場を見た者が多数いるからな」
「値も聞かず、予約もなしにか……! そ、それはすごい……」
組合長の二人でさえ、黄金の輝き亭に一人で泊まるというのは二の足三の足を踏むどころではない。何か特別な記念日に特別な人とでもなければ、無理なことだ。
(……これは、決まりだな)
アインザックは顎をさすりながら、重たい溜息を吐いた。
冒険者モモンは何処かの国の尊い身分の貴婦人で確定。男爵家の人間を袖にできるということから、最低でも大貴族か、やはり王族というのが太い線だろう。そして超一級の装備で身を固められたり、黄金の輝き亭のロイヤルスイートにぽんと金を出せることから、莫大な財力も有していることも推測できる。
謎が謎を呼ぶ、全てがベールに包まれた麗人。
アインザックとラケシルはこう思わざるを得ない。
彼女は一体何者なんだ、と。