アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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8.道中

 

 

 

「まさに圧巻であったな!」

 

 

 夜空には満天の星が瞬いている。

 モモンガ達の一団は野営の準備を終え、今は焚き火を囲みながら各々の手に夕餉が配られていた。粥の様な野営飯は明らかに質素なのだが、モモンガは椀の中で湯気を立てているそれに『これがキャンプ飯というやつか!』と、内心ちょっとテンションが上がっていた。

 

 高級フレンチには高級フレンチの楽しみ方があるように、キャンプ時のカップラーメンもそれはそれで先のものにはない魅力がある。モモンガはそういった風情を楽しむだけの懐の広さが、食に対してはあった。

 

 そして『漆黒の剣』の面々は先のダインの一声に一様に頷いた。圧巻である、というのはやはり道中で垣間見たモモンガの戦闘のことを指した言葉だろう。

 

 

「まさか盾を構えたモモンさんがオーガと真正面から衝突して、そのまま三体も一気に吹き飛ばすとは思ってもいませんでしたよ」

 

 

 ニニャはそう言いながら、笑えばいいのかどうか分からなくなる。

 

 接敵した時のあの光景は、彼らの目に焼きついて今も離れない。

 

 モモンガがシールドチャージで一気にオーガを轢き殺したかと思えば、残るオーガを面白い様に次々と両断していったのだ。それから恐れ慄いて逃げ惑うモンスター達の背を焼き切る雷魔法の見事なこと。

 

 はっきり言って『漆黒の剣』の出る幕など殆どなかった。

 

 

「モモンさんの実力は疑いようもありませんね」

 

「まさに一騎当千であるな!」

 

 

 うんうんと頷く彼らに、ンフィーレアが控えめに問いかける。

 

 

「やっぱりモモンさんの強さは皆さんから見てもすごいんですね」

 

「モモンちゃんはすごいなんてものじゃねぇぞ。アダマンタイト級冒険者チームに個で匹敵してると俺は見てるね」

 

「剣技と魔法、例えどちらか片方でも王国随一である!」

 

「そ、そんなに……」

 

 

 ンフィーレアは目を白黒させた。

 アダマンタイト級冒険者チームといえば一国の危機を振り払えるほどの大英雄だ。そんな人物とこうして肩を並べられて旅をしていることが、彼は不思議でならない。

 

 話題の中心になってしまっているモモンガは若干の居心地の悪さを感じていた。大絶賛されるばかりというのも立ち位置が難しいのだ。それに彼はなんといっても、話を早く片づけて夕餉にありつきたい。

 

 

「私の話はもういいじゃないですか。それよりせっかくの料理が冷めちゃいますし、早くいただきませんか?」

 

 

 そう言いながら、逸るモモンガは兜を取った。

 外気に晒された美しい顔は焚き火の灯りを受け、いつもより色香が増している様な気さえする。

 

 

「えっ……」

 

 

 全く意識していない声が、モモンガの隣にいたンフィーレアの喉奥から湧いた。モモンガの素顔を見た彼のその反応に『漆黒の剣』は顔を見合わせて苦笑した。

 

 

「なるほど、バレアレ氏はモモン氏の顔を見るのは初めてであるな!」

 

「驚いちゃいますよね……あの鎧からこんな綺麗な人が出てきたら」

 

「くぅ〜っ、モモンちゃんが可愛いすぎて今日の疲れも吹き飛ぶってもんだな!」

 

 

 どうよ、うちのモモンちゃんは! とルクルットに肩を小突かれたンフィーレアは惚けたような顔で生返事した。

 

 

「え、ええ……ほ、本当に、こんなに綺麗な人だったなんて……驚きました……」

 

 

 思わずドギマギとした反応をしてしまう。

 ンフィーレアが女性慣れしていないのもあるが、これだけの美貌を見せられてうら若い男が緊張しないことのほうがもはや不自然だ。

 

 ンフィーレアはエンリに恋しているが、もし今モモンガのあの女体にしなだれかかられて耳元で愛を囁かれたら、一途な彼とてどうなるかは定かではない。それほど神秘的で魔性的な引力が、モモンガにはある。

 

 ンフィーレアは赤いポーションの秘密を探る為にモモンガに指名依頼をし、近づいた。しかしそんなことを忘れてしまうほど、モモンガに関わると次々と驚きに満ちた大波が彼を食らっていく。

 

 これほどの容姿で、あれほどの力を持っていて、真なる癒しのポーションを携帯している可能性がある人物。ンフィーレアはそんな人物をこそこそと嗅ぎ回っている事実に、じわりじわりと途方もない罪悪感を感じ始めていた。

 

 

(僕はもしかしてとんでもない人に対してとんでもない無礼を働いているんじゃないだろうか……)

 

 

 ンフィーレアは大英雄……または一国の主に粗相を働いている様な危機感さえ抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明朝──空が白みはじめた頃、モモンガ率いる一団はカルネ村を目指して再び動きはじめた。

 

 昨晩は食事のあと、焚火を囲みながら他愛のない会話に花を咲かせた。話題はもちろんモモンガに纏わることばかりだ。謎に包まれた彼の話になるのはごく自然な流れだろう。

 

 モモンガは出自の全てを話したわけではないが、宵闇と食後の余韻もあってぽつりぽつりと自分の境遇を話した。

 

 かつてモモンガが孤独で弱かった頃、純白の聖騎士に命を助けられたこと。そこから掛け替えのない仲間達と巡り逢い、驚きに満ちた大冒険をしていたこと。夢と希望と優しさに満ちた、黄金の日々を過ごしていたこと。

 

 ……そして、今はまた独りになってしまったこと。

 

 そのあとにニニャがモモンガに掛けた言葉がいけなかった。

 

 

『いつの日かまたその方々達に匹敵する仲間ができますよ』

 

 

 その言葉を掛けられた時、その場にいる誰もがモモンガの雰囲気の変容を察知した。握られた拳、奥歯が軋んで、翡翠の瞳には翳りがありありと見えた。

 

 怒り、哀傷、無力感……様々な負の色で、あの美しい瞳が濁っていた。

 

 

『そんな日は来ませんよ』

 

 

 ニニャを突き放つ様な怜悧な声音に、一同は黙すしかなかった。

 

 匹敵する仲間など、匹敵するあの日々など、モモンガに来ようはずもない。アインズ・ウール・ゴウンは彼の全てなのだ。それに匹敵する仲間が現れるなど、安易にモモンガに投げ掛けてくれるな。

 

 いつも慈愛に満ちた微笑みを浮かべているモモンガの不興を買った事実に、ニニャだけでなく他の面々も衝撃を受けた。温厚な人間の怒りを買うというのは、それほど温度差に驚くものだ。

 

 言ってしまえばニニャは優しいモモンの数少ない決して触れてはならない場所を無遠慮に触ってしまったということ。それは、到底贖えるようなことではない。ニニャは、昨夜から鉛の様な罪悪感を腹の底に感じてしまっている。

 

 そういうわけもあって彼らの今朝の足取りは重たい。口数も少なく、足音と馬車が揺れる音が嫌によく聞こえる。

 

 

(……俺が大人げなかったな)

 

 

 しかし当のモモンガは別にもう怒っていても悲しんでもいなかった。

 彼は子供じゃないし、ニニャの発言の意図が酌めないほど愚かでもない。むしろ仲間を失った自分のことを慮った悪意なき言葉だというのに、昨夜あれほどの激情を発露させた自身を恥じたいくらいだ。

 

 先行くニニャの背中を見つめ、モモンガは目を細めた。

 

 どこかで関係を修復しないとな──とモモンガが小さく息を吐いたとき、視界の先に小さくカルネ村が見えてきた。

 

 

「あれ……?」

 

 

 馬車の手綱を引くンフィーレアが、小さく言葉を零す。それに気づいたペテルがどうしたんですかと聞くと、彼は村を囲むようにして拵えられた柵を指さして『前はあんなものなかったんです』と訝しむように答えた。

 

 

(へぇ……多少不格好だけど、立派なものじゃないか)

 

 

 しかし殿をいくモモンガだけは、あの柵を知っている。カルネ村に起きた悲劇を知り、村の激動の一週間を共に過ごした彼だけは。

 

 やらなければやられる。

 そのことを魂に痛いほど刻み込まれたカルネ村は、まさに生まれ変わろうとしている。その変化の分かりやすい表れが、あの防衛柵なのだ。

 

 村の中では村人が弓や剣の稽古をしているに違いない。彼らの窮地に必ず女神が現れるほど、この世界は優しくできていないのだから。

 

 

「ンフィー!」

 

 

 モモンガを除く一団が訝しみながらカルネ村へと進んでいくと、丁度村の入り口辺りを歩いていたエンリが喜色を露わにして遠くから手を振った。ンフィーレアは少しはにかんで、小さく手を振り返している。

 

 若い二人のその様子が何だかちょっと微笑ましくて、モモンガは兜の中で僅かに笑んだ。

 

 

「おいおい、隅におけねぇな少年!」

 

 

 茶化す様なルクルットの声に、空気が和らいだ。

 ンフィーレアは耳まで真っ赤にして、わたわたと手を振った。

 

 

「ル 、ルクルットさん! ぼ、僕とエンリはまだそういう関係では……!」

 

「『まだ』?」

 

「ぁっ……いや、それは、その……!」

 

 

 初心な反応を見せる彼に、ルクルットはやはりにんまりとした笑みを見せる。

 

 

「そういうことかぁ……なるほどな。ぃよしきた! 女を落とすテクならお兄さんに任せな。ルクルット仕込みの妙義を伝授し──いでぇっ! 何すんだペテル!」

 

「妙なことを教えようとするんじゃない!」

 

 

 鉄拳を脳天に落としたペテルとルクルットのやりとりはどうやらお馴染みの様だ。ダインとニニャは慣れた様子で笑っている。

 

 その和気藹々とした雰囲気が嘗てのアインズ・ウール・ゴウンを想起させ、モモンガは少し羨ましく思った。あの温もりを思い出す様に鎧の上から腕を摩ったが、殿にいる彼のその仕草を見るものは誰もいない。

 

 モモンガは僅かに拳を握りしめた。

 村に入ったらまた色々と忙しくなるだろう。話しかけるなら、今しかない。

 

 

「『漆黒の剣』は賑やかでとても良いパーティですね」

 

「え……?」

 

 

 ニニャが振り返る。

 まさかモモンガから声を掛けられるとは思っていなかったらしい。

 

 モモンガもまた、咳払いをしてニニャの意外そうな視線を受け止めた。

 

 

「私のかつての仲間達との空気を思い出させるような、素晴らしいパーティだと思います。ちょっとだけ羨ましいくらいですよ」

 

「モモンさん……」

 

「ニニャさん。昨夜は申し訳ありませんでした。私が感情的になってしまったばかりに……」

 

「そんな、謝らないでください! 謝るのはむしろ僕の方ですよ! モモンさんの過去に土足で踏み込むようなことをしてしまって……」

 

 

 ニニャはそう言って、申し訳なさそうに目を伏せた。

 傲慢な貴族の手によって姉を失った彼は、大切な人を失うことへの理解が人よりも深い。そんな罪悪感で小さくなっているニニャに、モモンガは朗らかにこう提案した。

 

 

「であるなら、双方悪かったということで今回のことはお互い水に流しませんか。私はもう全然気にしていないので、ニニャさんがよろしいのであればですが……」

 

 

 モモンガの提案に、ニニャはぶんぶんと首を振った。返答はもちろん、決まっている。

 

 

「もちろんですよ……! あ、ありがとうございますモモンさん……」

 

「ではこれで晴れて仲直り、ですね」

 

 

 その印にと差し出された手を、ニニャは迷うことなく握った。

 固く交わされた握手を見ていたンフィーレアと『漆黒の剣』に、明るい雰囲気が帰ってくる。

 

 

「なぁなぁモモンちゃん。俺とも友好の印として握手しねぇ? よかったら素手がいいんだけ──いってぇ! 痛ぇよペテル!」

 

「お前は少しは自重しろ!」

 

「どさくさに紛れたセクハラ行為に鉄槌が下るのは当然であるな!」

 

 

 モモンガとニニャは顔を突き合わせて噴き出すように笑った。本当に良いチームだと、モモンガはそう思わずにはいられない。

 

 柵に囲まれたカルネ村に足を踏み入れる頃には、彼らのあいだにはすっかりと和やかな雰囲気が帰ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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