アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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11.精霊

 

 

 

 森精霊(ドライアード)

 読んで字の如くを表したかのような彼女の容姿は、ふと目を離したすきに木の一部に溶け込んでしまいそうなほど、森の景色に融和したものだった。

 

 どんぐりみたいな目をオドオドと泳がせながら、森精霊(ドライアード)はモモンガ一行の前に歩み寄ってくる。彼女のその歩みにモモンガはグレートソードを収め、逆に『漆黒の剣』は武器を構えて警戒するように腰を落とした。

 

 そんな彼らの様子に、森精霊(ドライアード)はおっかなびっくりといった感じに目を丸くして慌てた。

 

 

「ち、ちょっと待って! あたしは別に、貴方達に危害を加えようとかそんなこと一切考えてないよ!?」

 

「どうだかな……森精霊は魔法も扱えるんだろ? 冒険者の俺らが異形種を警戒するのは当然だぜ?」

 

 

 ルクルットはそう返して、矢の先の照準を森精霊に狙いつける。森精霊はぎょっとして、ぶんぶんと勢いよく顔と手を振った。

 

 

「い、いやいやいやいや! 見てよあたしを! そんな凶暴そうに見えるかい!? っていうか森精霊をモンスター扱いなんて少し無礼すぎやしないか君!?」

 

「職業柄、これは仕方ないことなのである!」

 

「弱そうな見た目で油断を誘って、森の賢王の前に差し出すつもりかもしれませんよ」

 

「冴えてますね、ニニャ。確かに森精霊がわざわざ人間の前に姿を表すのは、少し不自然ですからね」

 

「おいおいおい! ちょっと勝手に話を物騒な方向に進めるのはやめてくれないかい!?」

 

 

 ぼんやりと話を見守っていたモモンガは助け舟を出してやることにした。異形種の彼はどちらかといえば森精霊側の人間だ。種族だけでめくじらを立てられている様を見るのはあまり面白くはない。

 

 

「待ってください」

 

 

 モモンガは言いながら、『漆黒の剣』と森精霊の間に割って入る。彼は努めて冷静に、穏やかに、森精霊を庇うように言葉を紡ぐ。

 

 

「この森精霊(ドライアード)に敵対の意思は見受けられません。異形だからと警戒するのはまあ……冒険者としては正しいかもしれませんが、まずは話を聞いてみるというのはどうでしょう」

 

「モモンさん……」

 

 

 モモンガにそう言われたなら、返す言葉もない。

『漆黒の剣』が武器を下ろしたのを確認して、モモンガは森精霊と視線の高さが合うように屈んで彼女に優しく言葉を掛けた。

 

 

「初めまして、私はモモンといいます。こちら冒険者チーム『漆黒の剣』の方々と薬師のンフィーレアさんです。貴女の名は?」

 

「あ、ありがとう! 私はピニスン・ポール・ペルリア。話がわかる人がいて助かったよー……」

 

 

 ピニスンはホッと胸を撫で下ろした。モモンガは優しく言葉を続けた。

 

 

「それでピニスンさん。貴女は何か話があって私達に接触してきたのでは?」

 

「あ、そうそう! 実は前にここにきた七人組を探していてね……その人達があたしとの約束を果たしにきてくれたのかと思ったんだよ」

 

「前に来た七人組?」

 

「うん。若い人間が三人、大きい人が一人、年寄りの人間が一人、羽が生えた人が一人、ドワーフが一人。全部で七人の人達さ」

 

「なるほど。私達は六人組ですが、人数的には確かに見間違えそうですね」

 

 

 ドワーフも年寄りもいないが、羽が生えた人なら確かにいるしな……と、モモンガが内心で誰にも言えない小ボケを挟んでる間に、ピニスンは僅かな期待を瞳に宿して彼らに質問した。

 

 

「あの七人組はものすっごい腕の立つ戦士達なんだ。君達、彼らの居場所を知ってないかい? 同じ人間でしょ?」

 

 

 余所者のモモンガは当然知るべくもない。

『漆黒の剣』とンフィーレアも知らないようだった。

 

 

「ごめんなさい……その七人組のことは知らないのですが、どんな約束をしたんですか?」

 

「ああ……え、と……そうだな……」

 

 

 途端、ピニスンの歯切れが悪くなる。

 何かを渋る様な態度に『漆黒の剣』の気配が鋭さを帯び始めるが、モモンガはそれを手で制して彼女を優しく見守った。

 

 ピニスンは僅かの間うんうんと唸りながら言葉を渋っていたが、やがて「まあ、いっか」とぽつぽつと事情を語り始めた。

 

 

「世界を滅ぼせる魔樹を倒してくれるという約束をしてくれたんだよ」

 

「世界を滅ぼせる、魔樹……?」

 

 

『漆黒の剣』が顔を見合わせる。

 遠くから見ていたンフィーレアも、僅かに緊張を帯びたようだった。

 

 

「……『魔樹』ということは、植物系のモンスターであるか?」

 

「……うん、そうらしいね。名前は確か……ええと、なんだったっけ……ああ、そう! ザイトルクワエだ! ザイクロなんちゃらの一種だとかなんとか」

 

 

 モモンガが皆を見渡し、「聞き覚えは?」と聞くが、全員渋い顔で顔を横へ振るのみだ。彼も『ユグドラシル』でその名を聞いたことはない。

 

 ……となれば、森の賢王と同じような現地産のモンスターということなのだろうと、モモンガは一先ず納得した。しかし気になるのはやはり──

 

 

 

「──世界を滅ぼせる、というのはどういうことなんですか? それほど強大なモンスターがこの森にはいるのですか?」

 

「……うん。話はちょっと長くなるんだけどさ──」

 

 

 ピニスンはこくりと頷いて、緩やかに語り始めた。

 

 

 ──遥か昔。

 

 長命のピニスンが産まれるよりも遥か前のこと。

 

 空を切り裂き、幾多の悪鬼羅刹がこの地に降り立った。世界を滅ぼせるだけの力を宿した化け物達は、この地上を支配する竜王(ドラゴンロード)達と熾烈な争いを繰り返したという。

 

 天は裂け、地が抉れ、いくつもの街がその余波で滅びた。世界そのものが窮地に立たされる天変地異だったのだという。

 

 結果として勝利したのは竜王達だったのだが、彼らはその全てを滅ぼし尽くせたわけではない。敗北を喫した化け物共は地上のどこかで自らを封印し、今なお世界を滅ぼせるその瞬間を虎視眈々と狙っているというのだ。

 

 ……そしてその化け物の一体こそが、このトブの森で眠っている魔樹ザイトルクワエだというのだ。ピニスン曰く、最近はその体の一部が時折目覚め、森の中を暴れ回っているらしい。

 

 ピニスンが探している七人組というのは、そんな強大な魔樹の一部が暴れているのを撃退した凄腕の戦士達なのだそうだ。次に来たときは魔樹の本体を倒してくれる約束をしてくれたらしいが、その約束は未だ果たされないまま今に至る。

 

 ピニスンは深刻そうな顔で、こう続けた。

 

 

「ちょっと前に、どこからやってきたのか分からない強大なアンデッドの軍団が森の深部まで瀕死の人間を連れて行軍してたんだよ。きっとあれが刺激になったんだろうね。あれ以来、魔樹の動きが活発化してるんだ。今にも封印が解かれそうな……本当に危険な状態なんだよ」

 

「瀕死の人間を連れた強大なアンデッドの軍団──あっ」

 

 

 ピニスンの言葉を反芻したモモンガの背中に、どわっと滝汗が流れた。そのアンデッド、身に覚えが有りすぎる。

 

 

(それ、俺が何とか聖典と戦った時に召喚したシモベ達じゃん……!)

 

 

 対陽光聖典戦で召喚したアンデッド達に、トブの森の深部で適当にニグン達を処分してくるように言付けてあったのをモモンガは思い出した。そのアンデッド軍団のおかげで魔樹が目覚めそうになっているということは……。

 

 

(……もしかして、俺のせいか?)

 

 

 もしかしなくても、モモンガのせいだ。

 

 無論彼が関わらなくとも復活は近かった。しかし、その復活を早めた原因の所在はやはりアンデッド──もとい、その上司にあたるモモンガの責任だろう。彼は兜の上から頭痛を覚えた様に額を押さえた。

 

 

「そのアンデッド達は今は……?」

 

 

 妙にか細いモモンガの質問に、ピニスンは小首を傾げて答える。

 

 

「さあね……あたしも遠巻きに見てただけだからさ。突然現れて、忽然と消えたよ。魔樹の一部も相当あれらを嫌がってたみたいで、かなり暴れてたね。しばらく魔樹の一部と交戦したみたいだけど、決着がつかないうちに立ちどころに消えてしまったのさ。本当、半端に魔樹にちょっかい出されてこっちはいい迷惑だよ……」

 

「そう、ですか」

 

 

 モモンガのシモベ達が森の奥へ意気揚々と入っていったせいで、トブの森全体がおかしくなってしまった。その異様な空気にあてられた魔樹の一部が暴走。アンデッド達としばらく戦闘していたが、召喚時間が過ぎ、アンデッド達は消えてしまった……というのがあらましだろう。陽光聖典をちゃんと始末できたのかという疑問も残るが、それはもはやモモンガにとっては些細な問題だ。

 

 世界滅亡スイッチをうっかり押してしまったかもしれないというやらかしに、モモンガの冷や汗が止まらない。

 

 世界を滅ぼすというワードで彼の脳裏に関連として挙がるのは、やはりユグドラシルに於けるワールド・エネミーの存在だ。仮に魔樹がユグドラシル公式ラスボスと呼ばれる『九曜の世界喰い』と同等以上の存在だとしたら、このモモンガの現在の肉体でさえ必勝とはいかない。

 

 寧ろ復活や予備知識がない分、『九曜の世界喰い』を攻略するより骨が折れるだろう。初見攻略に挑むならせめて神器級(ゴッズ)アイテムで全身を固めた百レベルプレイヤーチームがあと六組は欲しいところだ。

 

 

「……」

 

 

 モモンガは静かに自分の方針を定めた。

 

 仮に本当に魔樹ザイトルクワエが実在するなら、呼び起こしたのはモモンガの責任である。これは彼も認めるところだ。故に自分の手で倒せるのであれば、倒すとしよう。愛着が湧き始めた王国が滅びる様を眺めているのは忍びない。

 

 だがもしモモンガと同等以上……つまり確かな勝算を持てない化け物であったなら……。

 

 

(トンズラこかせてもらおう。だって死にたくないし)

 

 

 モモンガはあっさりとそう決断した。

 結局、彼も悪魔ということだ。

 こういう場面であっさり王国を手放せるほどには、彼の心も異形化している。まあそうなった時はエンリとネムだけは連れていこうとは考えてはいるのだが。

 

 さて、そうなったならモモンガはまず魔樹のレベルの程度を調べたい。どうやってそういう話に持っていこうと思索しようとしたところで、ピニスンがペテル達に取り縋った。

 

 

「それでさ、良かったらさっきあたしが言った七人組を連れてきてほしいんだけど。君達もこの世界が滅びたら困るだろ?」

 

「……みんな、どう思う?」

 

 

 リーダーらしく、ペテルが問う。どう、と問われたニニャは眉根を顰めた。

 

 

「この話が本当なら確かにとんでもないことですが、俄には信じられませんね」

 

 

 俺も同意だ、とルクルットが続く。

 

 

「やっぱりピニスン(こいつ)の嘘なんじゃねぇか? そんな化け物、今日び英雄譚でも聞かねぇぞ」

 

「疑惑の目を向けずにはいられないのであるな!」

 

「お、おいおいおい! ちょっと待ってよ! 世界を滅ぼす魔樹なんだよ!? あなた達なんて鼻クソほじるより簡単に殺しちゃうくらい強大な存在なんだよ!? 早くあの七人組を連れてこないと、本当にえらいことなんだって! 君達は有史以来最大級の大馬鹿者として歴史に名を刻みたいのかい!?」

 

「いや、そうはいってもなぁ……」

 

 

『漆黒の剣』が判断を渋る。

 彼らの想像しうる最大難度のモンスターがギガント・バジリスク程度だ。急に世界を滅ぼせるモンスターが復活すると言われても、現実味がない。信じろというほうが酷な話だろう。

 

 

 

 

 

「でも、もし……」

 

 

 そんな中、ンフィーレアがぽつりと発言する。緊張感が彼の表情に張りついていた。小さな声なのによく通り、皆がンフィーレアに注目した。

 

 

「もし……この子の言うことが本当なら、カルネ村が危ない」

 

 

 ンフィーレアはそう言うと、籠の肩紐を強く握り込んだ。

 

 そう、ピニスンの言うことが仮に全て真実であったなら、真っ先に滅ぼされるのはエンリのいるカルネ村だ。万が一を考えれば考えるほど、ンフィーレアは見過ごすことはできない。世界の滅びも恐ろしいが、それよりもエンリに降り掛かる危険の方がもっと恐ろしい。彼は何かを決断したようにモモンガに居直った。

 

 

「モモンさん」

 

「……なんでしょう」

 

「退治してくれとは言いません。もし良かったら、世界を滅ぼす魔樹の調査を行ってくれませんか?」

 

 

 おお、とモモンガは内心で静かに喜んだ。

 敵対はしないがまず調査はしたいというのは彼の意見とピタリと合致している。よい口実を得たと思ったが──ルクルットがそこに口を挟んだ。

 

 

「おいおい! こいつの言うこと信じるのかよ!?」

 

 

 ぴたぴたとピニスンの頭を叩くルクルットに、しかしンフィーレアの態度は揺るがない。

 

 

「嘘かもしれませんね……でも本当かもしれない。嘘ならそれは良かったとしましょう。でももし……もし仮に世界を滅ぼせる存在が本当だったら、ここで何もせずにすごすごとエ・ランテルへ帰るのは余りにも愚かだとは思いませんか……?」

 

「う……」

 

 

 ルクルットが喉奥で唸る。

 ピニスンが鬱陶しそうに彼の手を払った。

 

 

「魔樹の存在が確認できたら皆でエ・ランテルへ向かい、冒険者組合長と都市長に掛け合いましょう。何せ事がことですから組織として見過ごせないはずですし、ピニスンさんの言う七人組にも彼らなら心当たりがあるかもしれません」

 

 

 ンフィーレアの判断に、モモンガは大きく頷いた。

 

 

「私は賢明な判断だと思います。真偽がどうあれ、この目で見なくては分からないことですからね」

 

「そう! そうだよ君達! 賢明すぎる判断だ! いっやぁー、ほんっと話の分かる人が二人いて良かった! こっちのトンチンカンチームなんかよりよっぽど話が早くて助かるよ!」

 

「おい、燃やすぞデクの棒」

 

 

 ンフィーレアは、改めてモモンガ達に向き直る。

 彼は真摯に、深々と頭を下げた。

 

 

「エンリの命に危険が及ぶ可能性を僕は見過ごせません。モモンさん……そして『漆黒の剣』の皆さん。追加の報酬は必ず支払いますので、どうか魔樹の調査を引き受けてはくれませんか?」

 

 

 モモンガは勿論快諾だ。

 彼は自分自身のやらかしを精算する必要もある。

 

『漆黒の剣』も各々顔を見合わせると、困ったように笑ってそれを承諾した。ンフィーレアにこれほど頼まれて断るのは、冒険者としての名が廃る。

 

 一行はこうして、魔樹ザイトルクワエの調査に乗り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




モモベドさんが原作モモンガさんよりもザイトルクワエを警戒している理由として

・アウラなどの配下による現地モンスターの情報収集がされていない
・原作はアダマンタイト級になってからも暫く月日が経っているのに対し、本作はまだ冒険者になりたてというこの世界で過ごした日数・理解が足りていない為警戒レベルが高い

というのが挙げられます

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