アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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【お願い】
まだ未読の方も多数いらっしゃるので(私もそう)しばらくは本作の感想欄でオーバーロード最新刊の内容に触れるものを投稿するのは禁止させて頂きます。見つけ次第、該当感想の削除及び投稿者をニューロニストの部屋に連行させていただきます。




第三章 英雄
1.憧憬


 

 

 

 

 

 

 

「もう──もう! いつまでその話繰り返してるんですか!」

 

 

 空が紫を帯び始め、星々が輝き始める夕暮れ。

 穏やかな平原で荷馬車を進ませる一行の中、最後尾を行くモモンガが頬を染めながら堪らずと言わんばかりに声を張り上げた。その声に振り向いたルクルットは、全く悪びれることなく笑顔でそれに答える。

 

 

「そう言うなってモモンちゃん。今良いところなんだぜ?」

 

「バレアレ氏も目を爛々と輝かせているのである!」

 

「すみませんモモンさん……でも僕、興奮が冷めやらないんです……! もっとモモンさんの英雄譚を聞きたい……!」

 

 

 ンフィーレアの童の様な主張に押し流され、モモンガの主張も虚しく結局話は再開されてしまった。

 

 モモンガは額を押さえて、小さく溜息を零す。

 

 何度も繰り返されている話とは、『漆黒の剣』脚本のモモンの英雄譚だ。モモンとザイトルクワエの戦いをその目で見た彼らは、昨日から吟遊詩人の様にカルネ村の人間達にモモンガの雄姿を聞かせているのだ。

 

 それはもう何度も、何度も。

 

 しかもカルネ村の人間達は『漆黒の剣』とモモンガがトブの森に入っている間にネムからモモン・イコール・アルベドということを知らされていた為、聞く姿勢にも弥が上にも熱が入りまくる。

 

 語る『漆黒の剣』は歴史に燦然と名を刻む稀代の大英雄の英雄譚として、聞く村人達は自分達をお救いくださった慈悲深き美神の新たなる神話の一つとして扱い、それはもう異常な熱量の講演会の様相を呈していた。傍から見ていたモモンガに取ってみれば宣教師とカルト信者達の集会の様で、少し距離を取りたいと思ってしまう程だった。

 

 お題目が終わればスタンディングオベーションでの大喝采。そして興奮冷めやらぬままに再び初めから語りだし、それが終われば先のものを上塗りする程の大喝采。語り部を変え、趣向を変え、補足し、身振り手振りで劇の様に語られるモモンの英雄譚。それはもう、夜が深くなっても鬼のヘビーローテーションが続いていた。

 

 しかし皆が皆笑顔だった。

 酒と料理もふんだんに振舞われ、どこに見せても恥ずかしくない宴らしい宴だった。

 

『漆黒の剣』はそうだが、特にカルネ村の村人達がモモンガに向ける視線は最早崇拝の域を少し超えているような気もする。ネムがとても誇らしそうにしていたのが印象的だった。

 

 そして明くる朝、カルネ村を出立してからもンフィーレアに話を強請られた『漆黒の剣』は道中延々と英雄譚を言って聞かせていた。どういう言葉を使えばもっとモモンの凄さを語れるか彼らも研究中の様で、語る都度若干テイストが違うのだから凄い。

 

 

(本当、よく飽きないな……)

 

 

 女神降臨だの、背中に白翼が見えただの、神から祝福される様に空から一筋の光がモモンを照らしただの、割と脚色の色が濃いのだから、傍から聞いている本人からすれば赤面もの以外の何物でもない。もう好きにしてくれと思うところではあるが、正直自分のいないところでやってくれと頭を抱えてしまう。

 

『漆黒の剣』の語っていることの大半は事実なのだが、当のモモンガはゲームの力がたまたま手に入ったラッキー人間という自覚しかない為、変にヨイショされるとそこらへんがむず痒い。

 

 

「すみませんモモンさん。悪気はないんです」

 

「ニニャさん」

 

 

 溜息を吐くモモンガに、ニニャが隣り合った。

 彼は少し困った様に微笑んだ。

 

 

「モモンさん、あまり持ち上げられるの好きじゃなさそうですもんね」

 

「……まあ、嬉しくはないですね」

 

 

 あはは……と、ニニャは頬を掻きながら笑った。

 

 

「……モモンさんは僕達のチーム名、覚えていますか?」

 

「え? ええ、それはもちろん。『漆黒の剣』ですよね」

 

「はい。その『漆黒の剣』というチーム名の由来なんですが、実は御伽噺に出てくる英雄が持っていたとされる四つの魔剣の一振りのことなんです。僕がこれが欲しいと言い出したのがチーム名が『漆黒の剣』に決まったキッカケなんですけど、僕達全員でこの四つの魔剣を手に入れるのが最終目標でして」

 

「御伽噺の、英雄」

 

「ええ。ですがこの魔剣というのは実は実在しているものなんですよ?」

 

「へぇ……そうなんですか」

 

 

 御伽噺に出てくる英雄の剣……蒐集癖の強いモモンガは心の中で少し前のめりになった。

 

 

「その四本の魔剣というのはどこにあるんですか?」

 

「さあ……全ては分かりませんが、一本はアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のラキュースという神官戦士が持っていますね」

 

「そうですか……それは見てみたいもので──あれ? でも四つの魔剣の内の一本の所有者がもういるということは……」

 

「……お察しの通り、僕達の目標は潰えました」

 

 

 ニニャはそう言って、朗らかに笑った。当時は落ち込みましたよと肩を竦めてみせている辺り、既に笑い話になるくらいには当時から時間は経過しているらしい。

 

 

「そういうことで、僕達は英雄に憧れてるんですよ。御伽噺の彼らの様になりたくて、僕達は冒険者になったんです。そんな僕らの前に、十三英雄をも凌ぐ本物の英雄の貴女が現れてしまった。本当に、すごいことをやったんですよモモンさんは。『漆黒の剣』の……ううん、僕の貴女に対する憧れを、どうか受け取ってください。僕は、僕達は、モモンさんの様な御人がこの世界にいることを声高に唱えたい。貴女は、この世界の人間全ての誇りなんですから」

 

 

 紡ぐ言葉はどこまでも透き通っていた。雑味のない、ストレートな主張がモモンガの胸に突き刺さる。ニニャの願いを受け取った彼は、兜の上から顎を触ると、静かに首を横へ振った。

 

 

「──嫌、ですね」

 

 

 モモンガは静かにそう告げる。

 ニニャの目が、僅かに見開かれた。返す言葉は、少し震えて。

 

 

「……あ、えと……ハハ。そうですよね……はは、何浮かれていたんでしょうね僕ら。考えればそうだ。勝手に祭り上げて、モモンさんもいい迷惑──」

 

「寂しいじゃないですか」

 

「……え」

 

 

 顔を見上げる。

 割れた兜から見えるモモンガの翡翠の瞳は、遠くの山嶺を見ていた。

 

 

「せっかくニニャさんはあの時私のことを『仲間』だと言ってくれたのに、『英雄』扱いはやっぱり寂しいです」

 

「……モモン、さん」

 

「貴方達の尊敬の眼差し……や、ああやって私に纏わるエピソードを外部の人間に謳うのは構いません。ですがこうして話している時は、英雄扱いはやめていただけませんか」

 

 

 

 ……せっかく仲間になったのですから。

 と、少し気恥ずかしそうに言うモモンガに、ニニャはとても気持ちの良い返事で答える。それは先程まで曇天の様な表情をしていたのに、大輪の向日葵が咲いた瞬間だった。

 

 いきなりのニニャの大きな声に、先を行く面々が振り返る。

 なんだなんだモモンちゃんと何の話をしてたんだとルクルットが絡み、ニニャが機嫌よくなんでもないですと答えた。私達にも教えてくださいよとペテルとダインも参戦する。そんな様子をンフィーレアは微笑ましそうに見ていた。

 

 エ・ランテルの街がようやく見える頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルに入る検問所を越えたのはすっかり夜と言えるくらいの日没後だった。衛兵達がボロボロの全身鎧の戦士を見かけたときはかなりギョッとしていたが、中身がモモンだと分かると例の如くデレデレしていた……というエピソードは割愛させていただこう。

 

 

「組合への報告は明日の朝やりましょうか」

 

 

 ガラゴロと荷馬車を進めながら、疲れた様子のペテルが振り返ってそう言った。道中平和なものだったとはいえ、一日掛けてカルネ村からエ・ランテルまで歩いてきたのだ。それは疲れも溜まるだろう。

 

 

「私が今からやってきましょうか?」

 

 

 疲れも空腹も睡眠欲も知らないモモンガが良かれと思って進言すると、ペテルが笑ってそれに返す。

 

 

「モモンさん、貴女は今回の旅の最大の功労者なんですよ。そういった雑務は私達に任せておいてください」

 

「そんな、皆で請け負った依頼なんですし……」

 

「それにモモンさん、ザイトルクワエについてどういう報告を組合に上げるんですか。あなたのことですから、依頼のついでにトブの森で強い魔樹も倒しました、くらいのことしか言わないんじゃないですか?」

 

「う、うーん……」

 

 

 よくよく考えれば『世界を滅ぼす魔樹を倒してきました!』と言うのを憚っている自分は確かに想像できる、とモモンは思った。初依頼をこなしてきたばかりの新人冒険者が何言ってんだ、と受付嬢や他冒険者達に白い目で見られそうというのもあるが、そもそもザイトルクワエ討伐の報告を上げるメリットが彼には少ない。

 

 功績や報酬はもちろん欲しいとはいえ、正直彼に必要な地位や金銭は金級(ゴールド)程度のものがあれば事足りる。

 

『毎日美味しいごはんと小綺麗な宿に泊まれればいいよね。一人暮らしに丁度良い小さい家を買っちゃうのもいいかも』くらいの欲のモモンガが、急ぎアダマンタイトやオリハルコンの冒険者になる必要など全くない。武器やアイテムを買う必要もないので、そもそも生きる為の出費がないに等しいのだから。

 

 それにあまり目立ちすぎると人間じゃないことがバレるリスクも増えるし、できれば小さなステップを踏んで階級を上げていくのが理想じゃないだろうか。

 

 

(……うん、確かに俺が組合に報告に行ったら魔樹のことは伏せちゃうかも)

 

 

 ペテル、鋭い。モモンガは確かにと、彼の推察力に舌を巻いた。

 まあモモンが自分の功績を全く誇ろうとしない慎ましやかな女性、という評価の下のペテルの推察であるので齟齬はあるのだが。そんな彼は自信満々に、こう告げる。

 

 

「今回のことはしっっっかり、私達『漆黒の剣』が組合に報告させていただきますからね」

 

 

 何とも爽やかなスマイル。

 ペテルは白い歯を見せて、サムズアップをしてみせた。他のメンバーも、とても良い笑顔で頷いている。

 

 

「………………よろしくお願いします」

 

 

 ……どうやら逃げ道はなさそうだ。

 モモンガの中にあった『ゆっくりコツコツ冒険者プラン』がガラガラと音を立てて崩れていく瞬間だった。

 

 

「それでは報告は明日にするとして、とりあえずンフィーレアさんの荷下ろしですかね。このままバレアレ薬品店まで向かいましょう」

 

「その後はパーッとさ、どこかに飲みにいこうぜ! エ・ランテルの、いやリ・エスティーゼ王国の英雄の誕生を祝して! モモンちゃん、先輩冒険者としてここは俺達が奢るぜ」

 

「それは良い提案であるな! バレアレ氏もご同行願うのである!」

 

「えっ、僕もいいんですか?」

 

「当たり前じゃないですか。エンリさんとの話ももっと掘り下げて聞いてみたいですし」

 

「昨夜すったもんだな話はなかったのか?」

 

「ル、ルクルットさん! だから僕とエンリはそういう軽い関係では──」

 

 

 わいのわいのと、賑やかにくっちゃべりながら一行はエ・ランテルを往く。

 道中にある店や通りを話の種にしてあそこの店の酒が美味いだの、あの通りにたまに現れる露天商が当たりだの、雑多で取り留めのない話題ばかりだが、依頼終わりで浮かれているということもあって話は盛り上がっていた。

 

 そこそこ話に加わってきてくれるモモンは何だか、少し明るくなったような気もする、とニニャは思う。割れた兜の隙間から見える横顔に、笑顔が増えた様な気も。ザイトルクワエの一件で確かに育まれた絆を感じてニニャは嬉しくなった。きっと明日にも、モモンは自分達にも手が届かない様な地位の人物になる。寂しくもあり、そして誇らしくもある感情を、彼は心の中で持て余していた。

 

 そうして和やかな空気のままバレアレ薬品店に到着した一行は積み荷の薬草を下ろし、それらを店の貯蔵庫まで運び出そうとして──

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさーい」

 

 

 

 

 

 ──猟奇的な笑みを浮かべた猫目の女が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【バレアレ薬品店モモンガ同行ルート解放】
条件:ハムスケフラグ未回収

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