アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】 作:三上テンセイ
手に馴染む、とはこのことを言うのだろう。
モモンガ──鈴木悟は、当たり前だが斧の扱いを知らない。現実世界で使ったなら、薪の一つすら満足に割るのが難しい次元だろう。しかし今の彼が操る斧は、見事なものだった。
レベル100の純粋な
それが、とかく面白い。
何の才も持たない平凡な男が、ある日自在にピアノを弾けるようになったら、ある日時速160キロの白球を投げられるようになったら、ある日プロ並のイラストを描けるようになったら……そんなの楽しいに決まっている。
モモンガは踊るように騎士達の首を刈り取りながら、次の実験への準備を進める。騎士達の所業は遠くから見ていた。もとより遠慮などするつもりはない。
「
指先から雷の魔法が放射される。
先程使用した第五位階魔法よりも劣る第三位階に位置する魔法であり、それを三つ同時に放つだけのものだ。
三叉に分かたれた電雷の槍がそれぞれ騎士に命中するや、彼らは甲冑の中で絶叫しすぐに息絶えた。見た目だけはご立派な甲冑だが、何の耐性効果もないのなら意味がない。
(第三位階魔法でも死ぬか……いよいよ俺の杞憂だったらしい。この世界の人間はユグドラシルプレイヤーどころか、『鈴木悟』と比べられるほどの戦闘能力しかない)
人間としての強度レベルもそうだが、装備の類も程度が低い。殺した騎士の剣を密かに
(初めての接敵だと息まいていた自分がちょっと恥ずかしいレベルだな)
モモンガにしてみれば肩透かしもいいところだ。
本隊と接触──それも隊長と戦うともなればもう少し良い物差しになると思っていたのだが、エンリを助けるときに倒した二人の騎士とどんぐりの背比べだった。しかも魔法を使おうとする感じもしないのだから、レベル200のモモンガからすれば動く案山子も同然だ。
しかし折角これだけ大量の
自身の近接職としての技能。通用する位階魔法の確認。ある程度のスキルの使用感。ひとつひとつを、
次々と。淡々と。
騎士達の命を燃やしながら、黙々とモモンガの中のこの世界でのチュートリアルを終えていく。
「ば、化け物……!」「ベリュース隊長ッ! て、撤退の許可を!」「勝てるわけねぇ……」「撤退の許可を!」「我々このままでは……!」
モモンガに欲望の眼差しを向ける者はもういない。
彼らの瞳に宿るのは並々ならない恐怖だけだ。大の男を鎧ごと縦に真っ二つに引き裂く膂力に加え、見たこともない魔法の数々を連発してくる化け物とくれば、その皮がどれだけ美しかろうが関係ない。彼らにとってモモンガは畏怖するべき、恐怖の権化だった。
「ぐ、うぅぅぅっ……撤退! 撤退しろぉぉぉ!!!!」
部下達に捲し立てられたベリュースがようやくそう叫ぶと、騎士達は蜘蛛の子を散らす様にカルネ村から背を向けて逃げ出した。剣も盾も、重みとなる
(殺してもいい屑だと思っていたが、裏を返せば殺す価値もないゴミということか……)
静かに、モモンガは息を吐いた。
興味が失せた。興が削がれた。そんな表情を彼はしている。
最強の肉体と魔法を使えたところで、相手が雑魚ばかりでは何の面白味もない。はっきり言ってしまえば、騎士の半数を磨り潰したところでモモンガは彼らを殺すことに“飽き”を感じ始めていたのだ。
「……
まぁ、この肉体に向けてはっきりと下卑た台詞を吐いたベリュースをおめおめと見逃すほどモモンガは温くはないのだが。
「……っかぁ……!」
魔法の効果の直後、ぐるりと白目を剥いてベリュースは膝をついた。そんな死の際の隊長の背を、頭を、必死に逃げる部下達の逃げ足が遠慮なく踏みつけていく。
この一幕だけでも隊長が慕われていなかったことくらいはモモンガにも理解できたし、彼の惨めな人生の幕引きを滑稽に思った。
「……ふー」
騎士達の背が見えなくなった頃、モモンガは細く長く息を吐いた。
3Fを新体操のバトンの様に振り回し、血を払う。そうして元のアイテムボックスの中へと3Fを収めた。
その行為で、カルネ村の地獄が終わったのだと村民は理解できた。
緊張の糸がほつれていき、次第に空気が弛緩していくのをその場の誰もが感じていた。
「あ、貴女は……貴女様は……」
髭を生やした男が、カルネ村を代表したようにモモンガの背へと声を掛けた。周りの顔ぶれとの年齢を鑑みるに、恐らく村長なのだろうと、モモンガはアタリを付ける。
恐る恐るといった声音の村長の不安を和らげるように、モモンガは努めて優しい口調と微笑みで返した。
「この村が襲われていたのが見えたので、勝手ながら助けさせていただきました」
「おぉ……」
やりとりを見守っていた村民達からも、村長と同じような安堵の溜息が漏れた。顔を見合わせ、彼らは分かりやすく喜色を現している。
「あなた達はもう安全です。安心してください」
カルネ村の誰もが欲しかったその言葉を、天女の様な美女が告げる。
女神か、と誰もが思った。
この憐れな村をお救い下さろうとする、神の使いなのか、と。
しかし……。
「……?」
村民達の表情に、まだ翳りが残っている。皆僅かに眉を顰めて、不安そうに顔を突き合わせている。
何故なら相手は異形種と呼ばれる存在。魂か生贄を寄越せという可能性も、億が一にも残っているのだ。営利目的なく人間を助けることなどあるのだろうか。そんな彼らの不安に、モモンガは気づけない。
「アルベド様ー!」
「こら、ネム! 待ちなさい!」
モモンガが小首を傾げていると、森の方からネムが走ってきた。追いかける様に、エンリも駆けてくる。
「わ」
ネムは小さい体を目いっぱい弾ませて、一直線にモモンガの膝に飛び込んできた。受け止めるモモンガの体幹が強靭すぎて、全く揺らぐことはなかったが。
次いで、息切れの激しいエンリがモモンガの前までやってきた。
「アルベド様すみません……この子、アルベド様が心配だったみたいで、いてもたってもいられなくなったみたいで……飛び出して、その……魔法まで使っていただいたのに……!」
恐縮しているエンリはそう言って何度も何度も頭を下げた。彼女を制すようにモモンガは柔らかく声を掛けて、ネムの小さな頭を撫ぜた。
「大丈夫ですよ。もう全て終わったので。むしろ心配をお掛けした様で、申し訳ないです」
「そ、そんな……アルベド様が謝ることなんて……」
ますます小さくなるエンリが可笑しくて、モモンガは小さく笑った。自分でも分かるくらい慌てて、恐縮して、しどろもどろなところを優しく笑われて、エンリはなんだか恥ずかしくなった。こういうときこそ、しっかり自分の気持ちを率直に伝えられる口があったらどれだけ良いか。
「す、すみません……」
「ふふ。良いんですよ」
「それより、この村をお救いくださって本当にありがとうございます……アルベド様がいなかったら私も、ネムも……。本当に、本当に……」
目に涙を浮かべるエンリに、モモンガは首を横へ振る。
感謝などいらないと、彼女はそう言わんばかりだった。
何故なら──。
「だって『困っている人がいたら、助けるのは当たり前』……ですからね」
そう言って、モモンガはデフォルトの慈愛の微笑を浮かべた。
膝に抱きついているネムの頭を撫でるモモンガの姿は本当に美しくて、慈しみに溢れて、聖母の様で……。その様子を見ていたカルネ村の村民達は、僅かにでもモモンガのことを疑っていたさっきまでの自分達に対して張り手をしたい気持ちに駆られていた。
困っている人がいたら助けるのは当たり前。
これを何の裏もなく有言実行できる人間が果たしてこの村に、いや……この世界に何人いるというのか。毎日を必死で生きるばかりに、こんな単純で難しいことを誰もできなくなっていた。
見目以上に、こんなにも心が美しい御方がおられる。自分達の薄汚れたフィルターを通してこの御方を見ていたのが、心底情けない。皆が皆、己を恥じた。
カルネ村にモモンガを疑う者などもういない。
村長は改めて心からの歓迎と感謝の意を、村を代表してモモンガに伝えた。
モルモットで遊んでたら神格化されていた
何を言ってるのかわからねーと思うがモモンガさんもよく分かってない(かわいい)