アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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4.再来

 

 

 ──混乱を極める王都。

 

 聖邪入り乱れる戦地は一つではない。

 ここにも、熾烈な争いを繰り広げる戦乙女達がいた。

 

 

「あははははははははは!!」

 

「く、そ……ッ!!」

 

 

 ガガーランはかつてない焦りを感じていた。

 近接戦闘に関して並以上の自信を有している彼女が、現在良い様に翻弄されている。

 

 戦槌を振り回せど、目の前の標的に当たるどころか掠る気配もない。

 

 

「──っらあ!!!」

 

 

 上段から振り下ろした愛武器が、標的をするりと擦り抜けて石畳へ着弾する。蜘蛛の巣状に罅割れ、陥没していくその様がガガーランの馬鹿力を如実に示していた。

 

 

「ガガーラン! 上だ!」

 

 

 仲間のティアの言葉を受け、弾かれるように空を見る。

 そこには月を背負って跳躍する猫目の女の姿があった。手に刺突武器を構え、口を三日月に裂いた不気味な笑みでガガーランへと迫ってくる。

 

 

「おっせぇんだよおおお!!!」

 

「ぐぅ……っ!」

 

 

 恐ろしい速度で、刺突武器の先端が眼球へ飛び込んでくる。ガガーランは僅かに首を振ってそれを躱すと、中空に浮かぶ女を振り落とす様に、拳を薙いだ。

 

 

「──『回避』」

 

 

 しかし拳は当たらない。

 制御の利かぬ空中で、女は流れる様な姿勢制御で拳を擦り抜ける。そしてそのままブーツの底でガガーランの胸板を踏みつけると、彼女はくるくると後方へ飛んで猫の様に着地した。身軽な動きには無駄が一切ない。ガガーランと女の実力差には、明確な開きがあった。

 

 

「大丈夫か、ガガーラン」

 

「ああ……でも、やべえ。同じ人間とは思えねぇ。こんな化け物、『八本指』はどこに隠してやがったんだ」

 

 

 スティレットの切っ先で擦り切れた頬を拭いながら、ガガーランは背中に伝う冷や汗を感じていた。

 

 女──クレマンティーヌは、スティレットを弄びながら軽薄な笑みを浮かべている。

 

 

「アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』……正直もうちょっと骨があると思ってたんだけどねー。ちょーっと、肩透かしもいいところじゃない?」

 

「余裕そうだな、クソったれ。そういうあんたは何者だ? ただもんじゃねえな」

 

「さあ? 今となっちゃ自分が何者かなんて、私にもわっかんないからなー……」

 

 

 ニタニタと笑うクレマンティーヌの姿に、ガガーランは少なくない嫌悪感を抱いた。モンスター以外との戦闘で手玉に取られることなど、彼女にとっていつぶりの事だろうか。

 

 

(侮られてんな、こりゃ……)

 

 

 戦槌を握りながら、胸中に焦燥感が渦巻く。

 大柄な得物を使うガガーランにとって、あれほど小回りの利く戦士というのは相性が悪すぎる。まともに立ち会っていてはジリ貧もいいところだろう。

 

 

「おいティア。援護を頼む。奴の動きを止めてくれ。その間に、あのにやけ顔にデケェの一発ぶちこんでやっからよ」

 

「……了解。でも多分、長くはもたない」

 

「分かってる」

 

 

 視線を交わし合う二人の会話を、クレマンティーヌは待っているようだった。

 

 

「作戦会議は終わり?」

 

「……ああ。待たせたな」

 

「あっそ。んじゃ、いっきますよー……」

 

 

 ゆらり、とクレマンティーヌの体が揺れる。

 来る、という予感の一歩手前。ティアが前に躍り出た。

 

 

「『影技分身の術』」

 

 

 唱えたのは、自らの分身を作り出す忍術(スキル)

 影からもう一人のティアが、ずるりと作り出された。彼女は分身を伴って、クレマンティーヌのもとへと駆けていく。地を滑る様な速度だ。

 

 

「中々面白いけどさあ……」

 

 

 分身との挟撃。

 クレマンティーヌは動じない。ティアとその分身の操るナイフが目前に迫ってきているというのに、笑みを絶やすことはなかった。

 

 

 ──……『流水加速』

 

 

 小さくそう呟いたクレマンティーヌの体が、ノーモーションで消えた。

 

 

「うあっ……!」

 

 

 ……否、消えたのではない。

 消えたと錯覚するほどに、加速したのだ。

 

 腰を落としてナイフを目前で躱した彼女が描くのは、螺旋の軌道。分身の腹に深々とスティレットを突き刺し、その勢いのままティアの腿に刃先を突き立てた。

 

 

「くっ……!」

 

「あは!」

 

 

 分身が解けていく。

 

 猫目と視線がかち合う。

 額に脂汗が滲み出したティアが予感したのは、自らの死だった。クレマンティーヌの手元でもう一本のスティレットがくるりと回る。喉笛を食いちぎられる、とティアの目に僅か先の未来が見えてしまい──

 

 

「どけええええええええッ!!!!」

 

 

 ──二人を分かつ様にガガーランの戦槌が割って入る。スティレットがティアの喉に突き立つ間一髪のタイミングだった。

 

 

「おー、こわ」

 

「逃がさねぇ!!!」

 

 

 振り下ろされた戦槌が、トップスピードを維持したまま地を跳ね上がる。クレマンティーヌの脇腹を狙ったそれは、既のところでひらりと躱された──が、ガガーランの攻撃は止まらない。

 

 

「う、おおおおおおおりゃあああああああああッ!!!」

 

 

 ──『超級連続攻撃』

 

 ガガーランが使用できるとっておきの武技が発動される。彼女の剛腕から繰り出される、一撃必殺の乱れ打ち。全身全霊の怒涛の連撃は、その一打だけでもクレマンティーヌを捉えたなら決着を見ることになるだろう。

 

 ガガーランは全力で、得物を振り回し続ける。

 ……しかし掌に返ってくる感触はない。この暴風雨の様な連撃を、クレマンティーヌはその全てを躱しきっている。これを為せるのは離れ業という他ないだろう。

 

『能力向上』『能力超向上』『超回避』の武技を重ね掛けしているとはいえ、その驚異的な身体能力はクレマンティーヌ元来の天性であるといえよう。

 

 

「おおおおおおッ!!!」

 

 

 ──……最後の一撃も、空振りに終わる。

 

 大技の後に無防備を晒したガガーランの肩口──鎧の隙間に、スティレットが突き刺さった。急所を狙わなかったのは、クレマンティーヌの嗜虐性故か。

 

 ガガーランは呻きながら、膝を突いた。

 

 

「……いんやー、今のはちょっとやばかったね。アダマンタイトの意地ってやつ?」

 

 

 ガガーランとティアを見下ろしながら、クレマンティーヌは笑っている。しかしその言葉は本心のようだ。二人に対して、素直な賞賛と拍手を送った。

 

 だがそんなものを貰っても嬉しくなどない。

 ティアは足を奪われ、ガガーランは利き腕の肩口をやられた。勝率も、生存率も、これで著しく低下してしまった。

 

 

(早くポーションを……って言っても、このレベルの戦士相手にそんな隙晒せねぇ、か)

 

 

 じくじくと痛む肩に大粒の汗を発露しながら、ガガーランは舌を打つ。

 

 

 強者二人を圧倒し、無傷で君臨するクレマンティーヌはやはり只者ではない。目の前で膝を突くアダマンタイト級冒険者の二人を前に、クレマンティーヌは少なくない高揚感を得ていた。自らが愉しむ為に相手を甚振るのとは別種の、胸の高鳴り。

 

 自分は強い、という再認識。

 

『蒼の薔薇』をすら手玉に取れる自分は価値のある人間なのだという尊厳が帰ってくる。ボロボロに砕かれた心が、薬物で繋ぎ留められている継ぎ接ぎの体が、慰められていく。

 

 そうする間に、一つの結論にクレマンティーヌは辿り着いた。

 

 

(そうだよ……やっぱりあれは、夢だったんだよ)

 

 

 モモンと戦闘したあの一夜は、自分が見た夢だったのではないか……と。

 

 

 本当はあれは事実としては存在してなくて、自らが何かの間違いで創り出した幻影でしかなかったのではないかと。

 

 だって、自分(クレマンティーヌ)はこんなにも強い。

 祖国には彼女以上の強者が何人かいるとはいえ、あれほどの絶望と恐怖を齎す相手がいるなど考えられない。

 

 

(そうだ……そうだよ! あれはさ、私が見た夢だったんだ! 現実じゃなかったんだ!)

 

 

 真実を得た、と確信したクレマンティーヌは喜びに体が打ち震えた。

 体は綿毛の様に軽くなり、誰かと肩を組んで踊りたいと思ってしまうほど機嫌が良くなった。

 

 あれは自分の心の弱さか、薬物によって見てしまった泡沫の悪夢。存在しない記憶。幻の足枷。

 

 そうに違いない。

 そうでなくてはあり得ない。

 

 それに気づかせてくれたガガーランとティアに、クレマンティーヌはキスでもしたい気分になった。しかしそれよりも、記念として殺すのがいいだろうと彼女は思う。今日は殺して、殺して、殺して、大量の人間を殺した後に、久方ぶりにぐっすりと眠ろう……と決意した。

 

 

「んじゃまあ、殺すけどいい?」

 

 

 くふ、とクレマンティーヌの口内から笑みが零れる。笑いが止まらない。生まれ変わりでもしたような気分にさえなる。

 

 

「クソ……! おいティア! まだ動けそうか!?」

 

「当たり前……こんなところでやられるわけにはいかない……!」

 

 

 武器を構える二人のなんと健気な事か、とクレマンティーヌは憐れにすら思う。憐れで、滑稽で、笑いが止まらない。彼女は大口を開けて、二人を笑い飛ばした。

 

 

「あは、あは、あははははははは!! 殺すよ!!! 今、殺してやっから!!!」

 

 

 狂気を孕んだ笑い声は、何かが吹っ切れたようだった。殺される、とガガーランとティアの表情が濁る。彼女達は武器を構えて──

 

 

 

「あははははは──」

 

 

 ──そんなクレマンティーヌの肩を、ぽんと何かが叩いた。

 それは気さくな友人がするような、優しい感触。それが余りにも自然で、クレマンティーヌは肩に何かが触れたのを然程不自然には思わなかった。

 

 彼女は警戒することなく、振り返る。

 なんだよ今いいところなんだよ、と上機嫌な表情を浮かべて。

 

 振り返った先には──

 

 

 

「  み  」

 

 

 

 ──漆黒の鎧を纏った、悪夢そのものが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アンデッド発生して王都は不安よな。
モモベド、動きます。
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