アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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6.把握

 

 

 カルネ村には朗らかな空気と、悲しみに暮れる空気の二つが、マーブル調となって流れていた。

 

 我々は助かったのだという安堵と、家族や隣人を失った悲しみ。そのどちらの感情も大きく、抗いがたい。村に転がる遺体を弔いながら、我々村民はアルベドと名乗る有翼の女神に強い感謝の念を抱いていた。あの御方がこなかったら、我々も、もうこの世にはいなかったのだろうから。

 

『困った人がいたら助けるのは当たり前』という、無償の愛でお救い下さった女神に対し、我々は村を上げては捧げられるだけの謝礼金を献上した。要らないと突き返されるかと心配したが「貰えるものなら」と快く受け取ってくれたことに我々村民は喜んだ。我らはどうにかして感謝の気持ちを言葉だけではなく、何か形として受け取ってほしかったからだ。とはいえ建て直しも見込まれるこの村で工面できる程度の金だ。アルベド様の偉業を思えば、本当に少ない額ではあるのだが。

 

 感謝の域を超えて信仰しているのではないかと言われたら、我々はそれを否定できない。それほど皆がアルベド様に深い感謝を抱き、あの御方の美しい御心と端麗な容姿に心酔しているのだから。老いも若きも、男も女も、だ。逆に尊敬の念を抱くなというほうが無理だろう。

 

 特にネムはアルベド様に首ったけだ。

 今もずっとアルベド様のお側を離れようとしない。両親を失くし、あの英雄と聖母を足し合わせた様な尊き存在に惹かれてしまっているのだろう。子供は純粋ゆえに、人の心を見抜く力がある。清流の様に心清らかなアルベド様は、子供に懐かれて当然の存在といえるだろう。子を撫でるあの御方の姿は、それだけで聖画のようだ。

 

 ちなみに村長がアルベド様に実は本当に女神の化身ではないのですかと聞いたら、あの御方は「いいえ悪魔です」と仰っていた。傷心の我々に気を遣って分かりやすい冗談を言ってくれた心遣いが嬉しく、我々が温かな気持ちになったのは言うまでもない。失礼なのでそれ以上の詮索は誰もが控えたが、天使や妖精の類がやはり遠からずといったところだろう。異形種と一括りにして忌避するのは間違いだと、人生の学びになった。

 

 

「ユグドラシル? ナザリック……? 残念ながら、聞いたことはありませんな」

 

「そうですか……」

 

 

 聞けばアルベド様はユグドラシルという大陸? のナザリックという国家? からここへ突然転移してきたらしい。なんとおいたわしいことか。故郷から独り見知らぬ土地に飛ばされた直後で不安だっただろうに、アルベド様はカルネ村へ手を差し伸べてくれたというのだ。我々の誰もが感謝の念で目頭を熱くさせた。

 

 それにしてもアルベド様がおわしたというナザリックとはどんな黄金郷なのだろう。

 今こうして現地で流通しているという金貨を皆に見せてくれているのだが、誰も見たことがなかった。王国の金貨と比べて明らかに価値が高いと分かる代物の為、見たことがあれば流石に記憶しているはずだが。アルベド様のお役に立てず、我々はただただ悔しかった。

 

 

「それではここら辺の国の情勢や価値観など、アルベド様は何も知らないのでは?」

 

 

 誰かがそう言って、皆がおお! と声を上げた。

 我々にもアルベド様のお役に立てることがある。そう思うと、心が弾んだ。それはこの村の誰しもがそうだった。皆がアルベド様のお役に立ちたいという一心なのだ。

 

 

「そうですね。良ければ無知な私に、色々教えてくださると大変助かります」

 

 

 アルベド様はそう言って、微笑んでくださる。

 我々はあのアルベド様の微笑みが大好きだった。そうしてアルベド様を取り囲んでいる我々は、我先にと周辺国家やこの地の常識などを口々に教えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国、ローブル聖王国……)

 

 

 モモンガは村人達に濁流の様に注ぎ込まれる情報を噛み砕きながら、聞き入っていた。鈴木悟の頭であれば何度も聞き返すようなことなのに、アルベドの頭脳は本当に優秀で、一度聞いたことやそれに関連する情報をすんなりと理解することができた。我ながらやはり脳の演算能力が上がっていると、モモンガは自覚する。

 

 雑把な知識は置いておくとして、モモンガが懸念すべき重大な情報がひとつあった。それは所謂人間種の生存圏において、異形種や亜人種は忌避される存在だということだ。カルネ村の人間と初めて接触したとき、なんとなく心の隔たりを感じた理由がやっと理解できた。ユグドラシル気分が抜けていなかったモモンガにとって亜人や異形なんてありふれた存在であった為、そこの常識の擦り合わせがこの段階でできたのは良かった。この身のまま街に行けば衛兵に捕まるのはまだいいとして、突然斬りかかられる危険もあるというのだから。

 

 

(まぁ普通の人間からしたら悪魔は勿論、男性器みたいな形したピンク色の異形とか恐怖でしかないよなー……)

 

 

 異形種ギルドで最も酷い見た目の仲間を思い出しながら、モモンガは人間達の価値観を嚥下した。郷に入っては郷に従えという先人が残した言葉もある。これからはこの角と翼は隠して行動しなければ──と決意した矢先、遠くから騎馬の集団がやってくるのが見えた。

 

 

(あ、やべ)

 

 

 角と翼を隠そうとしても、時すでに遅し、だ。

 騎馬の先頭は既にモモンガの容姿をはっきり視認できる位置まできている。また面倒ごとかとモモンガは額を押さえて息を吐くと、不安そうな表情をしている村民達へ指示を出した。

 

 

「みなさんは至急家の中へ。村長はこのまま私といてください。あれらが仮にまた村を襲おうとしてきたなら、私が撃退するとしましょう」

 

「は、はい!」

 

 

 カルネ村の皆の不安を払うモモンガのその言葉がどれだけ心強いか。彼らは一様にモモンガへ熱い感謝の言葉を述べると、慌てて家の中へ入っていく。

 

 

「アルベドさま……」

 

 

 ドレスの裾を摘まんでいるネムが、不安そうにモモンガを見上げていた。モモンガは笑顔を作ると、ネムの頭を撫でてやった。

 

 

「私は大丈夫です。何かあれば、村のみんなやネムのこともきっとまた護ります。ほら、お姉さんが待ってますよ」

 

「うん……」

 

「お行き」

 

 

 屈んで、エンリの方へ向かせてやると、ネムは名残惜しそうにモモンガの手を離れた。そんなネムの様子に彼は少しだけ庇護欲というか、母性の様なものを内に感じてしまう。

 

 

(悪魔になったせいで人間性の大部分を失っている感覚はあるけれど、やっぱり関わりが大きくなる相手ほど人間らしい感情が芽生えてくるな……。これは自分の精神まで完全に異形化しない為に、積極的に人と関わっていく必要があるかもしれないな)

 

 

 ネムの背中を見送りながら、モモンガは細く息を吐いた。ネムの手を取ったエンリがぺこぺこと頭を下げている。モモンガは手をひらひらと振って、騎馬の集団の方へ居直った。

 

 

「さて……」

 

 

 折角手間を掛けて救ってやったこの村を見殺しにするつもりは毛頭ない。モモンガは次のモルモット(仮)を何の実験に使うか、候補をいくつか上げながら到着を待った。

 

 

 

 

 

 

 




応援してくださる皆様のおかげで日間一位を取ることができました
ポイント等々も嬉しいですが、感想に励まされる日々です
皆様本当にありがとうございます
4期や新刊発売前に、こんな二次創作でほんのちょびっとだけでもオバロ界隈の盛り上がりに貢献できたらファンとしてそれ以上嬉しいことはないです


【補足】
モモンガさんはアルベドの頭脳を手に入れましたが、アルベド程の知能はありません。世界最高のF1マシンを手に入れても、ドライバーが素人だと十全に性能を発揮できないようなものと思っていただけたら幸いです。

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