アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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最終章『the goal of all life is death』
1.NEXUS


 

 

 

 

 

 

 ──アーグランド評議国がアンデッドによって滅ぼされた。

 

 

 

 その一報は瞬く間に近隣諸国を震撼させた。

 

 国境が面しているリ・エスティーゼ王国は勿論、帝国、法国、聖王国にまでその恐怖は蔓延していく。

 

 評議国は亜人種の国である為、人類種国家群からすればあまり評判のいいものではない。しかしその国力は、かの法国に勝るとも劣らぬものとされている。

 

 評議国が滅んだことは人間にとって吉報だという側面もあるが、それを滅ぼしたアンデッドの出現となればそれ以上の凶報となった。

 

 生者を憎む悍ましいアンデッドに比べれば、話の通じる亜人はまだまだ可愛いものだ。かのアンデッドがいつ人類種の生存圏に一歩踏み出すのかと思えば、穏やかに眠れる日など一日たりともない。人類は現在、言葉通りの窮地に立たされている。

 

 

「まず、本日は緊急の招集に応じてくださったことに感謝致します。事がことのために早速本題に移らせていただきたく存じます」

 

 

 リ・エスティーゼ王国、国王直轄領城塞都市エ・ランテル。貴賓館には錚々たる顔触れが集まっていた。

 

 スレイン法国最高神官長。

 リ・エスティーゼ王国が国王ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。そしてバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 

 そして彼らに付き従う者達もいる。

 周辺国家最強と称される王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。帝国四騎士。三重魔法詠唱者(トライアッド)の異名で名の知れる大魔法使いフールーダ・パラダイン。

 

 

 ──そして法国が擁する最強の特殊部隊『漆黒聖典』……。

 

 

 三国のトップが一堂に会し同じ卓を囲むなど異例中の異例。そして近隣諸国最高戦力が集うこの貴賓館の部屋全体が、異常な緊迫感が張り詰めていた。

 

 

「かのアンデッドを討つ為に、我々人類は今こそ手を取り合い、団結する必要がある」

 

 

 スレイン法国最高神官長は、厳かな声を奏で、辺りを見回した。その言に異を唱える者など誰ひとりとていない。いがみ合っている王国と帝国も、今はその様なことで争っている場合ではないと分かっているからだ。今は過去を忘れ、手を取り合ってでもこの事態を脱する必要がある。

 

 ちなみに竜王国と聖王国に関しては、ビーストマンや亜人との争いに掛かりきりになっている為、この招集に応じることはできなかった。それに関する謝罪の意味も込めた書簡は二国から届いている。国の存続に関わる事態である為、招集に応じなかった二国にこの場で不満を漏らすものはいない。

 

 ……話は戻る。

 

 最高神官長の続きを継投するように、傍で控えていた土の神官長たるレイモンが口を開いた。

 

 

「皆様もご存じの通り、アーグランド評議国がアンデッドによって滅ぼされました。現在評議国は首都のドラゴンズブレスを中心に、現れたアンデッドによってゾンビのはびこる死の国へと変えられています。状況はお配りした資料のとおりです」

 

 

 それぞれの卓上に置かれた紙には、信じ難いような地獄の状況が羅列書きされている。眉間に皺を寄せた帝国皇帝ジルクニフが、言葉を絞り出した。

 

 

「まずはこれだけの情報をこの短期間に集められたことに感謝したい。しかしここに書かれていることは真実なのだろうか。評議国を一体のアンデッドが滅ぼしたというのも俄かに信じ難いが、デスナイトやそれと同等と思われるアンデッドが日毎に増殖しているというのは……しかも殺された亜人は皆強力なゾンビになっているなどと……」

 

「エルニクス帝は我らの言が信じられませんか?」

 

「いや、そういうわけでは……」

 

 

 刺す様な視線に、ジルクニフが僅かに苦い表情を浮かべる。ジルクニフ以下の彼ら帝国勢は、デスナイトの悍ましさを痛いほど理解している。故にそのデスナイトが一日にダースレベルで増えているなど、絶望でしかない。

 

 

「して、そのアンデッドとはどういった外見や特徴をしているのですか?」

 

 

 沈黙を保っていたザナックが資料に目を落としながら質問すると、レイモンが言葉を渋りながらそれに答えた。

 

 

「それについては調査中……分からないとしか今のところは言えませんな。実際に評議国でその姿を見た、もしくは伝え聞いたという亜人からは定かな情報は得られておりません。曰く巨大な影の様だったと言う者もいれば、曰く漆黒に染まった大魔法使いの様な風体だったと言う者もおります」

 

「なるほど……」

 

「どちらにせよ、奴の体は漆黒という共通点があります。これにより、我々は現れたアンデッドを『カゲ』と呼んでおります」

 

「『カゲ』……か。では我々もそう呼ぶこととしよう。して、その『カゲ』は現在どこへ?」

 

「確認はできておりませんが、ドラゴンブレスに突如出現したとされる墳墓……の様なものの地下にいると思われます」

 

「評議国を滅ぼすだけの力……突如現れた墳墓……いよいよ意味が分からないな」

 

「それについては私達法国も同意です」

 

 

 現れた脅威に対して情報がまるで足りていない。

 卓についている全ての者が、その状態を改めて再認識し、表情に影を落とした。

 

 しかし、とレイモンが静寂を払う様に口を開く。

 

 

「手をこまねいて情報を集めている時間はありません。事態は刻一刻と深刻化しております。我々がこうして管を巻いている最中にも、新たなるアンデッドが続々と産み出されていると思えば」

 

「『カゲ』を討つのであれば、一日でも早く行動しなければ……ということですな」

 

 

 ザナックは言いながら、下唇を噛んだ。

 推定難度百を超える化け物を産み続ける『カゲ』の討伐など、不可能だということを彼は知っている。王国の虎の子であるガゼフとブレインを出撃させたところで、焼け石に水だろう。そもそもデスナイトとのサシの勝負で満足に撃破できるのかも怪しいものだ。

 

 

「『カゲ』はともかく、その配下の化け物達を突破する手立てはあるのでしょうか。パラダイン老、貴方はデスナイトをカッツェ平野で倒したということを噂で耳にしたのだが……」

 

 

 ザナックが視線を寄越すと、フールーダは皺の刻んだ顔を静かに縦へ振った。

 

 

「……撃破する手立てはあります。しかしあれはデスナイトが一体であったから運が良かったというだけに過ぎませんな」

 

「……というと?」

 

「あれには対空性能がない。『飛行(フライ)』で飛び回りながら、弟子達と共に『火球(ファイヤーボール)』を浴びせて何とか……といった勝利でしたからな。それにあれはかなりタフでして、奴を倒せる頃には私の魔力も枯渇しかけておりました」

 

「……パラダイン老であってもデスナイトを二体以上受け持つのは厳しい、と」

 

「そういうことです。それに、この資料によればデスナイトと同等のアンデッドも幾つか産み出されております。仮にそれらに飛行能力、もしくは対空性能があったら詰みですな」

 

「なるほど……」

 

 

 ザナックは机の下で拳を握りしめた。

 これではどうしようもない。取り付く島もないとはこのことだ。

 

 聞いていたジルクニフも唇を噛み締める。

 人類を脅かす『カゲ』の撃破など、これでは夢のまた夢と気を落としたところで──

 

 

 

 

「ご安心ください。『カゲ』は我らスレイン法国が討ちます」

 

 

 

 

 ──国王、皇帝の上に浮かぶ曇天を晴らす様に、神官長の後ろに控えていた男がにこやかに言葉を投げ掛けた。中性的な顔立ちに低い身長……戦士風のナリをしているが、見すぼらしい槍と相俟ってその言葉とは裏腹にどこか頼りない印象を受けてしまう。

 

 しかし絶望ばかりを見ていた王国と帝国からすればその言葉は何よりも甘い。ジルクニフとザナックは半信半疑で瞳に希望の色を浮かべた。

 

 

「あなた方であれば『カゲ』を討てると?」

 

「──はい」

 

「デスナイト以下で形成されたこの壁を突破できると?」

 

「──はい」

 

 

 男の表情は揺るがない。

 彼はにこやかな表情を浮かべたまま、こう続ける。

 

 

「私と『彼女』であれば、たとえデスナイトが山となって押し寄せようが問題ではない……ということです」

 

 

『彼女』──部屋の隅で腕を組んでいた少女が、興味なさそうな色の瞳をきょとりと動かした。白銀と漆黒を中ほどで分けた髪の先端を弄っていた『絶死絶命』は、注目の的になったことが面白くないらしく、細く息を肺から押し出した。

 

 

「……」

 

 

『絶死絶命』と男を見比べるザナックは、不信感しか抱けなかった。どう見てもガゼフの方が見た目は強そうではあるし、何よりその見目の若さが不信感を裏付ける。ジルクニフをして同じ感想だ。

 

 

「どうにも信用できない……という感じですね」

 

「……そうだな、申し訳ない。正直に言えば君達の力を信じられないでいる。何より、我が国にはガゼフ・ストロノーフもいることだしな。この戦士長でも突破不可能な壁を君達が容易く……というのは余りにも……」

 

「なるほど。陛下の仰ることは尤もだと私も思います。それでは少しだけですが、我々の力の片鱗をお見せしましょうか」

 

「え?」

 

「……『一人師団』」

 

 

 男が言葉を投げると、『一人師団』と呼ばれた一人の優男が前へ出た。こちらもやはり年は若く、端正な顔立ちも相俟って戦闘は不得意そうにも見える。

 

 

 

 

『一人師団』は恭しく頭を下げると──その場にギガント・バジリスクを召喚した。

 

 

 

 

 その瞬間、部屋中が阿鼻叫喚の様相を呈した。

 皇帝を守る様に四騎士が、国王を守る様に戦士長が前へと躍り出る。彼らの表情には一切の余裕はなく、ギガント・バジリスクの脅威をありありと物語っていた。秘書官や補佐の役人は悲鳴を上げながら部屋を脱兎の如く飛び出していく始末。

 

 

「──お静かに」

 

 

 二度手を打つ。

 男の良く通る声が嫌に部屋に響き渡ると、部屋内は水を打ったように静けさを取り戻した。しかし緊張感は途切れたわけではない。肩で息をする者の呼気や、位置を改める騎士達の鎧の音が、静寂の中を彷徨っている。

 

 

「『一人師団』……これくらいで十分でしょう。この子は還してあげてください」

 

「承知しました、隊長」

 

 

『一人師団』がギガント・バジリスクの肌にそっと触れると、たちどころに消え去った。先程までの光景が嘘の様に、空気が弛緩していく。

 

 

「彼は私が率いる『漆黒聖典』のメンバーです。その実力を今この場で疑う者はいないでしょう。……そして私と彼女は、彼よりも強い。百回戦って、百回完勝できるほどには」

 

 

 その言葉には有無を言わせぬ気力があった。

 ハッタリではない。真実を語る者の声音だ。『一人師団』と呼ばれた男も、当然の評価をされたまでだという余裕を持っている。

 

 その事態を見守っていたガゼフは、奥歯を噛み締めた。

 周辺国家最強などと呼ばれていた自分が、所詮は世界を知らぬ井の中の蛙だったということに嫌気が差す。真の強者は、アルベドだけではなかった。

 

 

「何故、それほどの力を持ちながら、表舞台に出てこなかった……?」

 

 

 ブルークリスタルメタルの剣を鞘に収めるガゼフは、憚らずそう言った。それほどの力があるのなら、武力行使で如何様にも世界を捻じ曲げられたはず。

 

 

「──彼らが『神人』だからだよ」

 

 

 疑問を晴らす様なレイモンのその口振りを理解できた者は法国の関係者以外にはいない。ガゼフは憚らず、抱いた疑問をそのまま口に出していた。

 

 

「『神人』……とは?」

 

「かの『六大神』の血を引く者……そしてその血を覚醒させた者のことだ」

 

 

 その言葉に、一同が目を丸くする。

 唾を飲み下す音が、嫌に良く通った。

 神話となっている『六大神』の血が、今も脈々とスレイン法国に受け継がれており、そして神の力の一端があの体に集約されているなど、俄かには信じがたい。が、それを真実とするのが先程の光景と言葉だった。

 

 静まり返る室内に、レイモンが厳かに言葉を投げかける。

 

 

「理解できたかね。彼らには神の血が流れており、我々とは次元そのものが違う存在であるということが」

 

 

 絶望に差した一筋の光。

 光明を得た王国勢と帝国勢に、幾らかの明るさが取り戻る。その半面、それだけの力を持った法国に対しての恐怖もあるのだが。

 

 そしてそれは法国の狙い通りでもあった。

 評議国が滅び、風通しがよくなった今こそ人類種国家が手を取り合う必要がある。そしてその手綱を握り、管理するのは法国でなければならない。此度の大戦で法国の絶大な武力を見せつけて『カゲ』を滅ぼせば、今後王国と帝国は頭が上がらなくなるだろう。人類種繁栄の為、彼らは喜んで──半ば強制的に──法国に助力してくれる筈だ。だから虎の子の『漆黒聖典』や『神人』を表舞台に上げたのだ。その効果は、想定以上に覿面だった。

 

 辺りを見回した最高神官長が、しゃがれた声で言葉を紡ぎだす。それらには否を唱えることすら許さぬ力強さがあった。

 

 

「『カゲ』は我々スレイン法国が受け持とう。帝国と王国はそれぞれ手練れの戦力を掻き集め、配下のアンデッドやゾンビの掃討に尽くしてほしい。特に王国は評議国と一番近いこともあり、物資の運搬や後方支援を主にお願いしたい」

 

 

 既にここに集まった三国の上下関係は決した。

 最高神官長の言葉に嫌といえるほどの気力はザナックにもジルクニフにもない。それどころか、この状況を打破せんとする法国の……人類の底力に抱えきれぬ程の感謝の念を抱くほどだ。

 

 最高神官長は最後にこう締めくくる。

 

 

「『カゲ』は我々が討ち滅ぼします。皆様方……異形なぞに屈してはなりません。今こそ、『六大神』より賜った我々人類の力を見せる時です。人類の未来の為、死力を尽くしましょう」

 

 

 力強い言葉達。

 幾許かの沈黙を経て、まばらに拍手が起こる。それはやがて喝采へと。彼らは立ち上がり、手を取り合い、互いを奮起し合った。その光景こそ、スレイン法国が望んでいたもの。

 

 最高神官長は『カゲ』を討った後の未来に思いを馳せ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──やめておいたほうがいい」

 

 

 ……それは、場内に冷や水を浴びせる一言だった。

 澄んだ美しいソプラノは良く通り、全ての者の耳へするりと通った。

 

 そちらを見やると、漆黒の鎧を纏った戦士が腕を組んで真っすぐに最高神官長を見据えていた。その横に控える冒険者組合長のアインザックが、戦士の言葉にぎょっと目を丸くしている。

 

 漆黒の戦士は、やはりよく通る声で室内を刺した。

 

 

 

 

 

 

「『カゲ』は、私が討ちます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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