アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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2.megalomania

 

 

 

 

 

「君は……アダマンタイト級冒険者『漆黒の美姫』のモモン殿だね?」

 

 

 目を細めるレイモンは品定めする様な眼差しでモモンガを見据えた。

 

 

「君の噂は法国の地にも轟いている。君の実力はきっと確かなものなのだろう。そのアダマンタイトプレートの枠を超えているほどにはね」

 

 

 ……『神人』を除けば。

 その台詞をレイモンは続けない。モモンガは、兜の下からじっと彼の言葉の終わりを待っている。緊張感が張り詰めた静寂の中、レイモンは再び口を開く。

 

 

「しかしやめておけとは一体どういうことなのかね。剰え、『カゲ』は君が倒すなどと」

 

 

 ……剣呑とした空気が漂う。

 そんな中、モモンガは静かにそれに答えた。

 

 

「言葉の通りです。あなた方があの墳墓に近づくのは危険極まりない。命を徒らに消費したくなければ、ここは私に一任して頂きたく存じます」

 

「……君であれば『カゲ』を倒せると?」

 

「──はい」

 

「……君は『神人』を擁する我々スレイン法国よりも強いと、暗にそう言いたいのかね」

 

「──はい」

 

 

 即答である。

 当たり前のことを当たり前であるという様に語るモモンガに、レイモンの目玉が転げ落ちそうになった。

 

 何を戯けたことを、と憤りたくもなる。

 その感情は法国サイドの人間達に鈍く伝播していった。

 

 モモンガの言葉は『神人』やスレイン法国を侮っていると捉えかねない。しかしそれは的外れだ。彼はプレイヤーであろう子孫の『神人』の存在には驚いているし、『漆黒聖典』の並外れた力量──ガゼフが最強という指標に於いて──を理解している。

 

 それを鑑みた上で侮るということはない。寧ろ諭しているのだ。

 

 そして一様に眉を顰める『漆黒聖典』の中で、一人だけ僅かに口角を上げた者がいる。

 

 

 ──『絶死絶命』だ。

 

 

「あなた、私より強いの?」

 

「ええ」

 

「私が弱いから、あなたが『カゲ』から守ってくれようとしているの?」

 

「ええ」

 

「……へぇ」

 

 

『絶死絶命』が、犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを見せた。それは先程まで無機質だった彼女の顔に、極彩色の感情が上塗りされた瞬間だった。

 

 静かに昂る鼓動。

 解き放たれる闘気に、その場の誰もが慄いた。あのガゼフをして、汗腺から一気に汗と熱気が滲み出す。

 

『漆黒聖典』の誰もが青褪める中、モモンガは微動だにしない。

 

 

 

 

 

 

「──やめておいたほうがいい」

 

 

 ……この場に於いて二度目のその台詞は、モモンガから発せられたものではない。彼の隣に座している白金の鎧を纏った戦士から発せられたものだ。

 

 白金の戦士は間髪を置かず、『絶死絶命』をこう諭す。

 

 

「君とモモンじゃ、勝負は見えている」

 

「……誰? あなた」

 

「僕は……」

 

 

 白金の戦士が僅かに言い淀んでいると、モモンガはそれを継ぐ形で口を開いた。

 

 

「彼は昨日私のチームパートナーになったアガネイアと言います。ねっ、アインザック組合長」

 

「……うん。え、……ん? は!?」

 

 

 急に話を振られたアインザックは目を白黒させながらモモンガを見た。その表情には寝耳に水だと言わんばかりの驚愕が張り付いている。

 

 しかし当のモモンガはウインクでもしそうな程に呑気に「ね、そうですよね」と言うものだから、アインザックは内心で思いっきり頭を抱えて言葉を絞り出した。

 

 

「……そ、そうです」

 

 

 各国の重鎮の注目を集めるアインザックの胃がキリキリと痛み始める。その場の誰もが嘘つけと思いはしたが、実際にそう言われては文句を言うものはいない。というより、この非常時にモモンガのチームメンバーが加入したという話で議会を滞らせる時間などない。

 

 

「アガネイア君。君の言葉の真意を問いたい」

 

 

 レイモンが鋭く質問を投げかける。

 

 

「彼女は先程言った通り神の血を覚醒させた『神人』だ。モモン殿の方が強いと、そこまで言い切る根拠が知りたい」

 

「……分からないのかい?」

 

「は?」

 

「彼女は『神人』では勝てない存在だと、そう言っている意味が分からないのかと聞いているんだよ」

 

「………………ま、さか」

 

 

 レイモンの目が見開いた。

『漆黒聖典』以下、法国の人間達は皆同様の反応を示している。きょとんとしている『絶死絶命』の肩を、隊長が叩く。彼は緊迫した表情のままに『絶死絶命』に耳打ちした。すると、彼女の目も次第に丸みを帯びていく。

 

 

 

 

「…………神様?」

 

 

 

 

 ぽつりと零れた言葉は、誰に聞こえることもない。『絶死絶命』がモモンガを見る目の色が、分かりやすく変質した。

 

 置いてけぼりを食らっている王国と帝国。

 その中にあって、スレイン法国最高神官長が重たく口を開いた。

 

 

「モモン殿、一つお聞きしたい。貴女は……ぷれいやーなのですか」

 

「…………」

 

 

 その質問に、モモンガは長い沈黙を保った。

 しかしやがて観念したのか、彼は重たく頷く。最高神官長の背筋が、僅かに震えた瞬間だった。モモンガの肯定を受け入れると、最高神官長は再び言葉を投げかける。その声は、少しだけ震えていた。

 

 

「……貴女は、我々人類を守護する存在なのでしょうか。かの『六大神』の様に」

 

「……私は、私の先の発言は、少なからずあなた方を慮ったものだということをご理解頂きたいです。少なくとも私は……ここに集っている皆様方の敵じゃない」

 

「……理解しました」

 

 

 深く、深く、頷く最高神官長。

 彼は一拍、二拍と間を置くと、顔を上げてモモンガを見やった。その顔はどこか晴れ晴れとしているようにも見える。

 

 

「──我らスレイン法国は『漆黒の美姫』の全面的な支援を約束致します」

 

 

 ざわり、と最高神官長の言葉によって部屋の中が騒めいた。

 

 法国の者達は最高神官長の判断に動揺を示す者はいない。驚愕しているのは、主に王国サイドの人間達だ。先程まで不遜とも取れるほど自国の武力を顕示していた法国が、一介の冒険者の言葉の提案にこうもあっさりと首を縦に振るとは思っていなかったからだ。

 

 ザナックは動揺を顔に浮かべながら、口を開いた。

 

 

「ど、どういうことかお聞かせ願いたい。無論我々はモモン殿の英雄性や実力は身に染みて分かっているつもりだ。しかし、モモン殿一人に『カゲ』の討伐を一任させるなど……『神人』を擁する貴方がた法国がそうもあっさりと彼女の提案を受け入れているのは一体どういうことなのか」

 

「それが最も賢明な選択だと判断したまでだ」

 

「しかし……そうだ。帝国は? 貴方がたはこの決定に不信感や疑念を抱いていないのだろうか」

 

 

 話を振られたジルクニフは、僅かに苦い顔を浮かべた。しかし彼は、即座に首を横へ振る。法国の決定に追従する意思を彼は認めた。

 

 

「……我々帝国は異論はないつもりだ。我々も、モモン殿を全面的にバックアップすることを約束しよう」

 

「なん……」

 

 

 ジルクニフの言葉に、ザナックは目を丸くした。

 国家の──否、人類種の命運を一人の冒険者に託すなど、国の指導者の判断としては違和感しかない。

 

 ……しかしジルクニフにはモモンガの意思を否応なく認めねばならない事情がある。それだけの借りがあることは、この場では帝国の彼らとモモンガの間にしか分からないことであるので、外部からはその関係性は誰にも理解することはできない。

 

 

「エルニクス帝は……帝国に異論はないようだ。して、あなたがた王国はどのようにお考えか」

 

「……認めよう。我々も異論はない。モモン殿が『カゲ』を討ってくれることに期待する」

 

 

 二国が認めては異論の余地もない。

 ザナックは不安を拭えぬまま、肯定の意思を見せた。

 

 その反応に、最高神官長は微笑を浮かべる。

 

 

「……モモン殿。それではそういうことでよろしいですか」

 

「私からすれば願ったり叶ったりです。私の我儘を受け入れてくれて、ありがとうございます」

 

「礼を言うのはむしろ我々です。その大いなる力を、どうか人類の為に振るっていただきたく存じます」

 

 

 しかし、と最高神官長は付け加えた。

 

 

「貴女に『神人』の二人──……いや、『彼女』の同行もお願いしたい」

 

 

 視線の先には、きょとんとしたままの『絶死絶命』がいる。最高神官長は「彼女は役に立つ」「先程の非礼の挽回の機会を与えて欲しい」と巧みに言葉を操り、同行の許可を頂いた。

 

 その思惑の裏には『ぷれいやーとのパイプを繋いでおきたい』といったことや、『カゲの討伐に法国が一枚嚙んでおきたい』というものがあるのだが、非才のモモンガにはそこらへんを理解できるはずもない。

 

 こうして三国の協議はようやく終わりが見え始める。

 

 細々とした兵の徴用や物資の運搬などの課題は山積しているが、『カゲ』の討伐はモモン、そしてその謎のパートナーのリク、『絶死絶命』の三名が請け負う事となり話は締めくくられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──仰げば、空は見事な橙に染まっていた。

 

 モモンガは細く息を吐くと、貴賓館の敷地を外へと跨いだ。彼の脳内はぐちゃぐちゃだ。様々な考えが錯綜していて、思考が定まらない。

 

 

(ナザリック地下大墳墓が、この世界に来ている……か)

 

 

 口内に嫌な味が広がっていた。

 高揚と緊張が綯い交ぜになった心臓の拍動によって、いつもよりどろりとした血液が全身へ送られる様だった。

 

 体が重い。

 思考が巡らない。

 

 

「モモン、大丈夫かい?」

 

 

 隣を歩く白金の鎧の戦士──リク・アガネイアと名を偽る『白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)』が、気安く語り掛けてくる。モモンガは若干苛立ちながら、リクを睨んだ。

 

 

「誰かが私のことをプレイヤーだとか言ったせいで、悩みの種が一つ増えたんですが」

 

「悪かったよ。でも、あそこでああでも言わないと法国は引き下がらなかっただろうからね」

 

「……いつから私がプレイヤーだと?」

 

「僕はこれでも永く生きてきたからね。ぷれいやーとこの世界の人間の区別くらい、何となく匂いで分かるのさ」

 

「貴方が評議国の竜王だと私もあの場で言ってしまえば良かったかな」

 

「……だから悪かったって」

 

 

 モモンガは怒っているという気持ちを押し隠さない。そんなモモンガを、リクは『存外子供っぽいやつだ』と暗に評した。

 

 モモンガはリクの正体が『白金の竜王』だということをイビルアイによって語られた。この鎧が遠隔操作されただけのもので、リクとイビルアイが『十三英雄』の一員だったということもここで明かされる。

 

 正体を隠して空っぽの鎧(ラジコン)で接触を図ってくる評議国の竜王などきな臭さしかないが、イビルアイのお墨付きによってモモンガは取り敢えずはリクのことを信用するに至っている。

 

 夕焼けの橙を白金に落とすリクは、先程までの軽い口調のなりを顰めてモモンガに言葉を投げ掛けた。

 

 

「……モモン、君はあの墳墓のことを知っているんだろう」

 

「……さあ」

 

「君は嘘を吐くのが余程下手らしい」

 

「余計なお世話です」

 

 

 ぷい、と顔を背けるモモンガに確信を得たリクは、憚ることなく言葉を続けた。

 

 

「──……モモン。あれはひょっとして、君のギルド拠点じゃないのかい」

 

 

 言葉を投げられたモモンガの歩みが、停止する。

 立ち止まった彼は暫しの間硬直すると、空を見上げた。夕焼けには紫が差し掛かり、夜風に分類され始める涼やかな風が雲を浚っていた。

 

 決して少なくない時間の静寂が二人の間に流れていく。沈黙は肯定、と捉えたリクが口を開いた。

 

 

「モモン……君に、あの墳墓を……『カゲ』を落とすことはできるのかい」

 

「……そんなこと、分かりませんよ」

 

「分からないだって?」

 

「そもそもその墳墓はナザリックじゃない可能性もあります。それに『カゲ』の存在も気掛かりです。漆黒に染まった一国を滅ぼす存在なんて、私の記憶ではナザリック内には存在しない」

 

 

 言いながら、モモンガはその言葉の意味を整理する。そう、まだ例の墳墓がナザリックだと決まったわけではない。

 

 仮にナザリックだとしても、例の『カゲ』にぴたりと該当するNPCやメンバーは存在しない。

 

 

(くそ……一体、何がどうなっているんだ)

 

 

 モモンガは頭を抱えたくなった。

 

 決して拭えない違和感が、彼の脳裏にこびりついているからだ。

 

 ナザリック地下大墳墓──まだ未確定だが──が評議国に現れたと聞かされた時、モモンガは何故か不思議と驚かなかった。まるでこの世界にナザリックが来ていたことを初めから知っていたかの様な腑の落ち方をしたのだ。

 

 そして、謎の警鐘がモモンガの心身を席巻している。

 

 本来ならばナザリックが来ていることに喜びを得るはずだ。かつての仲間もいるかもしれないし、墳墓に置いてきた様々なコレクションも回収できる。それに何より、至高の四十一人で築き上げたあのナザリックを再び歩けるということは喜ばしいことでしかない。

 

 ……だが、何故か負の感情のほうが上回る。

 あの墳墓には近づいても碌なことにならないという嫌な予感が、モモンガの脳内をがんじがらめに縛りつけてくる。明確な理由など何もない。ただとてつもなく嫌な予感がするというだけ。

 

 その違和感や予感の正体をモモンガは掴めなかった。

 

 彼はモヤモヤを抱えたまま、再び歩み始める。考えても埒があかない。決戦は五日後と取り決めている。それまでに心の整理をつけておけばよいと、未来の自分に丸投げするほかなかった。

 

 

「……」

 

 

 そんなモモンガの背中を、リクはじっと見つめている。

 

 白金の鎧を操作する本来の彼の表情を読める者は、この場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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