アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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10.irony

 

 

 

 

「生きてるかい」

 

「う……」

 

 

 闘技場、観覧席。

 陰になる場所でリクは声を顰めながら『絶死絶命』の意識を確かめた。しかし絶死は僅かに呻くばかりで、目覚めることはない。鼻から血が流れている辺り、先程の『カゲ』の咆哮──超音波で内から破壊された様にも見える。

 

 使い物にならない『絶死絶命』を見ながら、リクは舌打ちでもしたい気持ちに駆られてしまっていた。

 

 たった今、頼みの綱であるモモンガが『カゲ』に捕食されてしまった。それも、余りにもあっけなくだ。

 

 

(まさかあのモモンがこんなにも呆気なくやられるとはね……『カゲ』の力は僕の想定を遥かに超えているようだ……)

 

 

 評議国内の最奥にて、本体であるツァインドルクス=ヴァイシオンはかけないはずの冷や汗をかいていた。ぷれいやーたるモモンガもあの有様。ぷれいやーの子孫たる『絶死絶命』もてんで使い物にならない。これでは彼自身本体が出向いたところで、勝てるビジョンは全く浮かばなかった。

 

 どうしたものか──と考えていたところで。

 

 

「……ん?」

 

 

 じっと見守っていると、『カゲ』に明確な動きがあった。

 

 モモンガを捕食した『カゲ』の全身が僅かに震えている。体に植えられている無数の目の瞳孔が収縮していた。

 

 それは、明らかなストレス反応だ。

 苦しんでいるというより、何か不快な感覚が全身を巡っている様な……。

 

 

「モモン……!」

 

 

 そして『カゲ』は、モモンガを口腔から吐き出した。それはまさしく堪らず、といったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吐き出されたモモンガは血と粘液に塗れながら、闘技場に投げ出された。

 

 

「う……」

 

 

 全身がぴくりとも動かない。

 乱杭歯での咀嚼によって夥しい出血に見舞われているモモンガは、既に意識が朦朧としていた。死は近い。彼は肺に溜まった血の塊を吐き出すと、何とか立ち上がろうと藻掻いた……が、その意識を嘲笑う様に体は言うことを聞いてくれなかった。

 

 目の前の『カゲ』は苦悶の表情──表情などないが──を浮かべて、モモンガを見下ろしている。

 

生命の精髄(ライフ・エッセンス)』で見るに、『カゲ』のHPは少しも削れていない。しかし精神的ダメージはどうにか与えているようだ。

 

 

(どうだ……俺は、さぞ不味かっただろう)

 

 

 イタチの最後っ屁と言うべき、モモンガの最後の抵抗。

 

 彼の右手には、ガラス片が突き刺さっている。どうやら『カゲ』の内部で何かしらの薬瓶を砕いたらしい。その砕いたモモンガの右手は、しゅわしゅわと泡立って肉が溶け、骨が透けて見えていた。

 

 

 ──『マスターポーション』

 

 

 ザイトルクワエの頭部に生えていた薬草から抽出した、どんなバッドステータスも全快する現地産の超希少アイテム。それを『カゲ』に見舞ったのだ。ポーションの類はアンデッドに効く。どうやら彼奴にもこれは効いたらしい。ステータスに何かを及ぼしたとは言えないが、それでもモモンガを吐き出したくなる程度には不味かったようだ。

 

 

「……へへ」

 

 

 モモンガは、僅かに笑んだ。

 心の内で中指を立てる彼は、一杯食らわせてやったことに少しだけ満足感を得ていた。

 

 

「……」

 

 

 ……その様子が『カゲ』は気にくわない。

 静かな怒り……負の感情をその身に充実させている。彼奴はモモンガの体を二本の腕で持ち上げると、見やすい位置まで運び、凝視した。

 

 

「ぐ……」

 

 

 最早モモンガには抵抗の術も体力も残っていない。

 瀕死とはまさにこのことだ。美術品の様だった彼の美貌は既にそこにはない。全身は血液と粘液、それから無数の傷に塗れており、黒髪は痛々しく乱れている。浮かされた彼の指先、足先からは、今も鮮血が絶え間なくぽつりぽつりと落ちて闘技場を汚していた。

 

 

「…………」

 

 

『カゲ』には知性がない。

 ……とは言ったものの、知力がないわけではなかった。その身にはデミウルゴスの知識や知力も備わっている。

 

 秩序や理性がないだけで、これには物事の取捨選択をする程度の頭はあった。あってしまった、といったほうがいいだろうが。

 

『カゲ』は考える。

 どうすればこの目の前の生物を最も惨たらしく殺すことができるのか、ということを。そしてその答えは、簡単に導き出すことができた。脳食い(ブレイン・イーター)のニューロニストをも取り込んでいる『カゲ』にとって、それは造作もないことだった。

 

 

「う、ぐ……」

 

 

 するりと黒手から解放されたモモンガは受け身を取れずに闘技場に墜落した。肉と血が地面にぶつかる水気の多い音が、第六階層に嫌に響く。

 

 

(なんだ……?)

 

 

 てっきり即座に殺されるものだと思っていたモモンガは、目の前の化け物の行為に僅かに目を見開いた。

 

 未だに沈黙を保っているこの異形が、不気味でならない。

 

 ……僅かな静寂の後、それは起こる。

 

『カゲ』の口から、ころりと五つの黒い塊が吐き出された。卵……の様なそれは、地面にぶつかるやドロリと弾けて形を変えていく。黒い粘液が逆再生の様に輪郭を整えていくと──それは忽ちモモンガが見知った姿へと成った。

 

 

 

 

 

 

「全ク……マサカ、我々ガ仕エテイタ主ガ、コレホド脆弱ナ存在ダッタトハナ……」

 

 

 

 

 

 

「コ、コキュートス……?」

 

 

 漆黒のシルエットのそれは、まさしく武人建御雷が創造したコキュートスそのものだった。声も、所作も、オリジナルと変わらない。

 

 ……いや、漆黒に染まっているだけで、これは本物のコキュートスなのかもしれない。

 

 モモンガの心の内を見透かした『カゲ』が選んだ選択は、まさしくモモンガを追い込むに相応しい拷問だった。

 

 コキュートスはまるで穢れた存在を摘まむようにモモンガの足を引っ掴むと、『皆』に見せやすいように高々とそれを掲げて見せる。

 

 

「ショックでありんすねぇ……まさか至高の存在と崇めていたモモンガ様が、その本質は下等生物と一緒だっただなんて……」

 

「シャルティア……」

 

「下等生物と一緒、ではありませんよシャルティア。これは所詮遊戯の中でしか自分の価値を見出せなかった非常に哀れで、貧弱な存在であり、下等生物よりも価値がありません。尤も、このような存在に生み出された我々も自分の価値を改めて考え直さなければなりませんが」

 

「デ、デミウルゴス……」

 

「で、でも! これから僕達は新しいご主人様の一部として生きていけるんだよね! そ、それってとっても嬉しいことだよね! ね、お姉ちゃん!」

 

「そうだよ、マーレ。これからは『アインズ・ウール・ゴウン』もモモンガ様も棄てて、ずっと幸せに暮らしていこうね」

 

「マーレ……アウラ……」

 

 

 その言葉のどれもが、モモンガの心を打ち砕く。

 偽物だとどれだけ願ってもその声が、その所作が、その全てがリアルだと、五感に訴えかけてくるのだ。

 

 ボロ雑巾の様なモモンガを見ても、彼らは蔑む様な視線を向けてくるばかり。氷の様な気配が、モモンガの心をぽきりとへし折った。

 

 

「どうですか皆さん。手始めに、これを血祭りにあげた後に新たなるご主人様へ忠誠の供物として捧げようではないですか」

 

 

 諸手を上げて提案するデミウルゴスは、嗜虐の表情を浮かべている。その素晴らしい提案に、守護者達は喜んで顔を縦へ振った。

 

 

「異論ハナイ」

 

「妾も異論ありんせん」

 

「ぼ、僕もそれがいいと思います」

 

「うん、いいね!」

 

 

 黒いシルエットの彼らには、モモンガへ向けるかつての敬愛や憧れの色はない。ただただ、どれだけ壊してもいい玩具に向ける様な残虐な色しか浮かんでいなかった。

 

 

「お、前達……」

 

 

 モモンガが制御も覚束ない唇で何かを問いかけようとしたが、彼らは何も聞いちゃくれない。

 

 次の瞬間、モモンガに対する守護者達の蹂躙が始まる。

 それを、『カゲ』はじっと……見下ろしているのだ。じっと、何も言わず、何も動かず。

 

 コキュートスは手始めにモモンガの四肢をもぎ取ろうとして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その時、コキュートスとモモンガの間にひとつの影が飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──グウ、アアアアアアアアアアッ!?」

 

 

 電光石火の如き一撃。

 コキュートスは影のくれた(いかずち)の様な攻撃に悲鳴をあげると、その身をどろりと溶かして黒い粘液へと還っていく。

 

 

(な、何が……)

 

 

 驚いている暇はない。

 瞠目しているデミウルゴス、マーレ、アウラ、シャルティアにも同様のことが訪れる。粘液へと還るそれらは、飛沫を飛ばしながら闘技場を穢すと、ずるりと『カゲ』の身へと吸収されていた。

 

 

「──」

 

 

 突然の出来事に、『カゲ』が咆哮する。

 未だその実体をすら目視できぬ影は、即座に姿を消すやモモンガの体をひっ捕まえ、雷光の様に闘技場から跳び離れた。

 

 

(こ、これは……いや、貴方は……)

 

 

 目に映る闘技場が、瞬く間に豆粒ほどの大きさへとなっていく。意識が飛びそうになるモモンガは、自身を抱えるその影の姿を見上げると、目を丸くした。

 

 影に身を溶かすような忍装束。

 その細身には、隠密と一撃必殺を是とする力が宿っている。その姿に、モモンガは見覚えがありすぎた。

 

 

「貴方は、に、弐式炎ら──」

 

 

 

 

 

 

 

「──……宝物殿守護の任を一時放棄したことをお許しください。我が造物主たるモモンガ様」

 

 

 

 

 

 ……それはかつての仲間からぬるりと姿を変えて、軍服を纏った埴輪顔の領域守護者へと成った。

 

 

 宝物殿の領域守護者にして、モモンガが唯一作成したNPC。

 

 パンドラズ・アクターはモモンガの身を優しく抱きかかえると、その指に収まる『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を静かに起動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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