アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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書き溜めてた大量のデータがおしゃかになって◯んでました。




11.before my body is dry

 

 

 

 

 霞む視界は、鉛色に揺らめいている。

 

 指一つ動かせないモモンガは、広い軍服を敷いた床に優しく置かれるとそこがどこであるかをぼんやりと理解できた。湿り気のある風が鼻先を掠め、遠いどこかで戦火や怒号が上がっている。

 

 

「う……」

 

「ご無事ですか、モモンガ様」

 

 

 ナザリック地下大墳墓、地表部。

 

 床に寝かせられた拍子に、モモンガの体に刻まれた無数の傷が僅かに形を変えた。ぐじゅりとしたその音が、やけに耳に響く。頭痛は絶え間なく、そして裂傷は呼吸を咎めるほどに痛覚を刺激して止まない。

 

 苦痛に歪むモモンガの顔を覗き込むパンドラズ・アクターはやはり表情のない埴輪顔だったが、彼の声音はひどく優しく、そして不安に満ちていた。

 

 

「すぐに治療薬を」

 

「……待、て……俺は、今……アルベドの姿だが……、……」

 

「……なるほど承知しました。ではすぐに、別の方法で手当をさせていただきます」

 

 

 絞りカスの様な主人の言葉の意図を察知したパンドラは、小さく頷いた。

 彼はぐにゃりと姿を変質させると、次第に輪郭を変えていく。少しの時を擁して、彼は『モモンガ』の形を保った。

 

 

「失礼致します」

 

 

 そうしてパンドラはモモンガの額にそっと骨の手を添え、『大致死《グレーター・リーサル》』を唱えた。膨大な負のエネルギーを相手に送り込むこの魔法は、むしろ不死者にとっては最大の回復効果を与える。傷だらけのモモンガの体は、みるみるうちに回復していく……が。

 

 

「これは……」

 

 

『大致死』を使用し続けているパンドラの骨の顔が僅かに歪んだ……ように見えた。三重最強化した負のエネルギーを主人の肉体に送り続けても、どうにも回復の度合いが緩やかなのだ。本来ならもっと目に見えてダメージが治癒されるはずなのに。

 

 ……しかしこれは決してモモンガの肉体が何か異常をきたしているのではない。

 モモンガのそもそもの最大HP量が多すぎて、全快させるまでに時間が掛かっているだけなのだ。百レベルであるモモンガとアルベドを足し合わせたステータスはやはり伊達ではないということだろう。

 

 

(なるほど、そういうことなのですね。カラクリはさっぱり分かりませんが、流石は至高の御方だと……そういうことなのでしょう)

 

 

 知力に長けているパンドラは既に主の状態への理解が進んでいた。ポーションで回復できぬこと、底なしのHP量、そして見たことがない可憐な悪魔の姿……。負のエネルギーを捧げながら、彼はモモンガがこの高レベルの悪魔とステータス合体した姿だという状況を飲み込んだ。

 

 

「ふぅ……」

 

「ご無事ですかモモンガ様」

 

「ああ……助かったぞパンドラ」

 

 

 鉛の様に重かった体は、今や綿毛のようだ。

 モモンガは浅く溜息を吐くと、血の通う掌に視線を落とした。美しいはずの肌は、今は血と砂に塗れている。

 

 

(……生きている)

 

 

 その手は震えていた。

 浅く押し出される吐息も、同様に震えている。

 

 震えもする。

 怯えもする。

 

 モモンガから湧きだされる恐怖は野放しだ。

 その感情が抑制されることはない。彼は、怖かった。初めて直面する死の気配や、『カゲ』の悍ましさに、身が竦んで仕方がない。

 

 それもそのはずだ。

 モモンガは誇り高い戦士でもなければ、高尚な魔法使いでもないのだ。

 

 

「…………」

 

 

 モモンガは掌を押し隠す様に握り込むと、ゆるりとパンドラを見上げた。

 

 

「お前、生きていたのか」

 

「はい。私は宝物殿におりましたので、例の現象の影響は受けておりません。モモンガ様のご帰還を、息を殺してひたすらにじっと待っておりました」

 

「それは嬉しい誤算……と言えるか。お前がいなかったら確実に死んでいた。助かったぞ。それより、宝物殿の奥にある世界級アイテムやアヴァターラは無事か?」

 

「ええ、全て完璧に保管しております。察するに、『あれ』はまだ宝物殿の存在には気づいていないようですね。宝物殿内は安全かと」

 

「安全……か」

 

 

 ……安全。

 それはきっとモモンガが怯え始めていることに気づいているパンドラの気休めの言葉だろう。あの森羅万象を掌握した様な化け物相手に逃げる場所など、果たして有り得るのだろうか。

 

 ……答えは、否だ。

 

 それが分かっているから、パンドラは宝物殿ではなく距離の離れた地表部にモモンガを連れ出したのだろう。『カゲ』が本気でモモンガを炙りだそうとすれば、宝物殿内への侵入も容易くできるだろうから。

 

 

(一筋の光明は見えたが、状況は何も好転していない……一体あれをどうやって倒せというんだ)

 

 

 モモンガは下唇を噛むと、アイテムボックスの中から粗末な木の棒を取り出し、それをへし折った。そうすると即座に、ボロボロに破損していた『ヘルメス・トリスメギストス』が立ち消え、代わりに神器級(ゴッズ)アイテムのローブが彼の身を包んだ。ふとした拍子に乳房がまろびでそうな程に胸元がはだけているが、ゲームの補正とも特有の慣性とも言えるのか、その様なことになる危うさをモモンガは感じない。

 

 アルベドの体には『ヘルメス・トリスメギストス』が馴染むが、やはり使い慣れたこのローブこそがモモンガらしいとも言える。久々に袖を通したモモンガは、少しだけ手元が寂しいことに気が付き──

 

 

「こちらに用意してございます」

 

 

 ──……黄金に煌めくスタッフを在るべき場所へと還す様に、パンドラはそれをモモンガに傅いて捧げた。

 

 

「スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン……」

 

 

 白魚の様な指を絡ませる。

 パンドラの手を離れ、モモンガの手の中に収まった『アインズ・ウール・ゴウン』の結晶は、まるで産声を上げる様に七つの宝石を煌めかせた。

 

 仲間達と途方もない時間と労力を注ぎ込んだ軌跡そのものに触れ、モモンガの心に穏やかな暖かさが滲み出る。どれほどの状況であろうとも、どれほど孤独な時間を過ごしていようとも、彼はそれを見るたびに奮起できた。

 

 

「パンドラ──」

 

 

 ──と声を掛けたのと同時に、ナザリック全体が大きく揺れた。

 

 ……『カゲ』が、吠えている。

 

 恐らく、怒り狂っているのだろう。

 姿を見なくとも、奴が発狂しながらナザリック内をのたうち回る様に走り回っている様が、この絶え間ない轟音だけで感じることができる。如何に頑丈なナザリックといえど、奴に暴れまわられてはそうはもたないだろう。モモンガはナザリックの崩壊を予感していた。

 

 遥か地下深くから、身も竦む様な叫びが世界を揺らしていた。

 

 じっと主の言葉の先を待っているパンドラに気が付くと、モモンガは美しい顔に覚悟の色を滲ませた。

 

 

「……パンドラ。俺は、奴に勝ちたい」

 

 

 死を纏った風が、鼻先を掠めていく。静かな言葉に、パンドラは表情を崩さない。

 

 

「……さようでございますか」

 

「……無理だと思うか?」

 

「はっきり申し上げますと無理ですね」

 

「そうか……」

 

 

 きっぱりと言い放つ埴輪顔に、モモンガは苛立たなかった。寧ろ思っていることを包み隠さずに言ってくれることを有難くすら思う。

 

 パンドラは軍帽の位置を正すと、緩く空を見上げた。

 

 

「しかしながら、無理という言葉はこのナザリック……延いてはモモンガ様にとっては何の意味も成さないものでしょう」

 

「……」

 

「もしも『アインズ・ウール・ゴウン』に無理という概念が存在するのだとしたら、そのスタッフはきっと完成されなかったでしょうからね」

 

 

 モモンガが握る黄金のスタッフ。

 確かに言われてみればそうだ。このスタッフを完成させるに当たり、最初は誰もがそれは無理だと円卓で頭を抱えていた。しかしやり遂げた。どの最上位ギルドにも再現不可能であろう、ギルド武器最強とも言えるこの『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を創り上げたのだ。

 

 パンドラの言葉に、モモンガは微笑を浮かべていた。

 

 

「モモンガ様、お忘れなきよう。貴方は至高の四十一人の纏め役にして、この『アインズ・ウール・ゴウン』の玉座に座られる方なのです。貴方がやると思ったなら、それはきっと成し遂げられる。貴方がここへ帰還なされたということは、つまりそういうことなのです」

 

「パンドラ……」

 

 

 埴輪顔の機微だけでは何を考えているか分からない。

 ただ、パンドラの口調や声音からはそれが誠の心であるということは察せられる。

 

 

「ありがとう、パンドラ。奴を討つ為に知恵を貸してくれ」

 

「我が神の望みであるなら。……しかしながら、何故戦うことを望まれるのですか? ここは一時でも逃げ、もっと情報を得てからでも遅くは──」

 

「──友達がいるんだ」

 

 

 きっぱりと言い放つモモンガに、パンドラは面食らった。

 友達、なんて言葉が主人の口から飛び出すとは思わなかったからだ。それは『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーではないことを言っているということは、何となく察することができる。

 

 ……友達。

 モモンガの瞳には、沢山の人間達の顔が浮かんでいた。カルネ村のみんな、『漆黒の剣』、『蒼の薔薇』、ガゼフ・ストロノーフ……その他にも、この世界にきて接触したたくさんの気のいい人間達。モモンガは、彼らのことを……彼らの世界を守りたい。

 

 

「……友達、ですか」

 

 

 至高の御方々のことか、と一瞬パンドラは思ったが、モモンガの気配からどうやら違うということを彼は察した。となると、『アインズ・ウール・ゴウン』に属さない新たな友人、ということになるだろう。

 

 パンドラは、何かを誤魔化す様に軍帽のつばに触れた。

 

 

「可笑しいか」

 

「……いえ。しかしモモンガ様、貴方は今とても良い顔をされていらっしゃいますね」

 

「なに?」

 

「貴方はやはり勇者の顔をしていますよ。少しだけ……ご友人方を妬ましく思ってしまうくらいには」

 

 

 パンドラの記憶に刻まれていた主人の背中は、いつも寂しそうだった。

 宝物殿内のアヴァターラを時折見にくることがあったのだ。その背中を、パンドラは見送っていた。

 

 ……その背中のなんと小さいことか。

 

 かつての仲間の残滓を追い求める主人はいつも寂しそうだった。そしてそんな主人の献身は、終ぞ報われることはなかった。至高の御方々がご帰還なされて、アヴァターラが不要になるという夢は、叶わなかった。

 

 ……主人は、いつも寂しそうな瞳をしていた。

 

 

(そんなモモンガ様が……)

 

 

 とてもよい目をなされている。

 幻影を追うのではなく、何か大切なものを守る為に勇者であろうという、優しくも強い瞳をなされている。

 

 パンドラは心が温かになった。

 見逃せない嫉妬もある。しかしその嫉妬を向けるだけの相手が主人にできたということは、彼にとってひとしおの感動でもあった。

 

 モモンガの望みを叶えたい。

 できることなら、モモンガの友人達をひと目見てみたい。

 

 パンドラは自分の中で覚悟を決めると、モモンガを見て──

 

 

 

 

 

 

 ──次の瞬間。地表部の石畳を踏み砕いて、『カゲ』の巨体が聳え立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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