アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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13.inferno

 

 

 

 

 見上げる程の巨体が、二人に影を落とす。

 

 パンドラとモモンガは、互いの顔を見ることなく二手に分かれて飛び上がった。その際、モモンガはパンドラに向かってとある命令を叫んだ。自らの使命を賜ったパンドラの表情が僅かに硬くなり、彼は『カゲ』から距離を取りながら不承不承頷いた。

 

 ──ナザリック地表部。

 

 石畳を砕き割り、君臨するは最悪ともいえる災厄。

 

 絶叫する『カゲ』は初期の形態と比べると幾分か戦闘向きの姿へと変わっていた。ナマコの様な体に、細く長い足が八つ飛び出て、背の部分には不格好な翼が小さく飛び出している。竜というよりは蜘蛛に近い。

 

『カゲ』は口腔を烈火に染め上げると、ナザリック地表部を熱波の余波だけで溶かし尽くすほどの光の球を吐いた。

 

 

「う、お……っ」

 

 

 反応するのがやっとという速度のそれをぎりぎりで躱したモモンガの心臓が縮み上がる。遠くでパンドラが何か叫んだのが、僅かに聞こえた。空に逃れるモモンガへの着弾を免れた光の球は、恐ろしい速度で地平線の彼方へと飛ぶと、少しの時を経て、この世界に昼よりも眩い昼を齎した。

 

 呼吸もままならぬ熱風。

 目も開けられぬほどの閃光。

 

 星の形が変わりかねない一撃が、遥か彼方に見舞われた。

 

 大気が震え、空間が撓む。

 モモンガは中空で身を縮ませながら、その一撃の余韻が終わるのを待っていた。否、待たざるを得ない。熱波が、音波が、衝撃波が、全ての行動と思考を阻害するほどに凄まじく、果てがない。

 

 ……やがて全てが収束していく。

 光は勢いを失くし、熱は平温へと揺り返され、辺りには静寂が帰ってきた。

 

 恐る恐る目を開く。

 ……と、モモンガはその光景に自身の目を疑った。

 

 

(お、おい……)

 

 

 全身から血の気が引いていく。

 

 遥か彼方。

 

 ここからでも視認できる程に巨大なキノコ雲が、遠くで天を穿っていた。焦げ据えた香りが風に乗ってやってきて、モモンガの全身が脱力していく。悍ましい火力だ。あの光球が仮に直ぐ側の地表で着弾していたなら、たとえ二百レベルのモモンガの肉体でさえ絶命は免れなかっただろう。

 

 

「化け物め……」

 

 

 きり、と奥歯が軋む。

 まさに理外。化け物と呼ぶのも憚られる程の無茶苦茶。あれの秘めるポテンシャルの底知れなさに、モモンガは寒気を覚えた。

 

 

「……あ」

 

 

 ……そして気づく。

 

 あれは、あの光の球は、あの爆発は、あの爆心地は一体どこだというのか。それをモモンガは本能的に理解できてしまった。それと同時に、全身から血の気が引いていく。

 

 嘘だと思いたい。

 しかしモモンガの頭脳は、明確な情報を残酷にも彼に与えてくれる。

 

 あれが着弾した地点は間違いなく──……遥か彼方にある、リ・エスティーゼ王国の領土だった。

 

 ぶわ、と鳥肌が立つ。

 それと同時に多くの人間の悲鳴が、築き上げられた文明の一切が灼かれる音が、モモンガの耳に反響した。あれほど巨大なキノコ雲。どれだけの被害が出ているか、アルベド由来の明晰な頭脳はいとも容易く換算処理を終えて……エ・ランテルも、首都リ・エスティーゼも、カルネ村も、何もかもが灰となってしまったことを理解してしまった。

 

 

 ──……リ・エスティーゼ王国が、滅びた。

 

 

 たったの一撃で。

 あの広大な王国が焼け野原になったのだ。その余波で近隣国家群も、致命的なダメージを負っているに違いない。たったのあれだけで一体どれほどの人間が死んだというのか。

 

 それよりも、何よりも。

 

 

「……う」

 

 

 王国にいたモモンガと(ゆかり)のある人間が、悉く死んだ。

 

 ツアレも、クレムも、エンリもネムも。

 懇意にしていた『黄金の輝き亭』。アインザックを筆頭とした冒険者組合の人々。行きつけのパン屋。自らを英雄と慕ってくれていた民草。あの地に息づく遍く生命や施設全てが──皆、全てが灰燼と化した。

 

 

「う……」

 

 

 ──ぷつりと、モモンガの中で何かが切れた。

 

 灼熱が喉を焼く。

 全身に行き渡る思考の回路が擦り切れ始める。

 動悸。発汗。頭痛。手の震え。その全ては、彼の中で爆発した途方もない怒りに由来されている。

 

 ……モモンガは、キレた。

 

 それは彼が短くない時を過ごした国が滅ぼされたということもそうだが、何よりも彼の無意識下にあった負の感情の口火を切ったに過ぎない。

 

 モモンガは激憤した。目の前の邪悪に対し、かつてない程の怒りを露わにした。冷静であれと無意識に自分に言い聞かせていたが、その箍が呆気なく粉砕されてしまった。

 

『カゲ』はモモンガの大切なものをいとも容易く踏みにじる。ナザリックの配下達を身勝手に吸収し、剰え傀儡として彼らの尊厳を踏みにじる様な言動を強要させた。

 

 守護者達の嘲りの声が、鼓膜に今もこびりついている。

 

 モモンガはかつてない程に傷ついていた。

 

 自己を無価値に等しいと思っているから、守護者達が放った言葉の数々がもしかしたら真ではないのかと潜在的に思ってしまうからだ。パンドラも鈴木悟(ほんとうのじぶん)を知ってしまったら幻滅してしまうかもしれない。モモンガはその疑念を払拭できないでいる。

 

 だが、それでもいいと彼は思っていた。

 

 守護者達がいずれメッキの剥がれた自分に愛想を尽かす日も来よう。凡人の彼は、自分の王としての器のなさを自覚している。しかしこの怒りはどうだ。

 

 モモンガの弱気な意思に反し、彼は守護者達を穢されたという憤りが、灼熱の熱量を持ったヘドロと化して隅々の血管に行き渡っている。それはモモンガが、彼ら守護者やその造物主達を偏に愛しているからに他ならない。もしも守護者達がモモンガに対して不信感を抱いているのならそれを甘んじて受け入れる覚悟は彼にもできている。

 

 だが、『カゲ』に操られた偽りの守護者達の言葉は真実ではないとモモンガは確信していた。

 

『カゲ』が偽の守護者達に喋らせた言葉には、看過できないほつれがあったからだ。彼らは裏切らない。たとえ自分を裏切ったとしても、産みの親のかつての仲間達を裏切ってまで『カゲ』に付くわけがないという絶対的な確信。

 

 それはモモンガの想う嘗ての仲間達への妄信が裏付けている。

 

 自分は確かに、どうしようもない人間だ。

 愛想を尽かされても仕方がない人間だと思っている。

 

 ……しかし仲間達は違う。

 自分を踏みにじっても、仲間達(ナザリック)に唾を吐くことは決してない。モモンガはそう確信している。

 

 モモンガを裏切っても、踏みにじっても、罵倒しても、仲間達を捨てて『カゲ』につくことはないという絶対的な確信。それがある。だからモモンガは『カゲ』を許さない。仲間達の遺した娘達をいいように扱い、その尊厳を踏みにじり、剰え彼らの力でリ・エスティーゼ王国を滅ぼした『カゲ』を殺さなければ気が済まない。

 

 

「うあああああああああああッ!!!」

 

 

 モモンガはスタッフを握り込むと、三重最強化した『現断(リアリティ・スラッシュ)』を唱えた。美しい指を指揮棒の様に振ると、それに従って次元を歪ませる程の鋭利な魔力の塊が飛んでいく。鎌鼬の現象にも似たそれは、相手の魔法防御を完全に無効化する一撃……にも拘らず、『カゲ』の肌に触れる前に容易く消失した。

 

 

「『現断』……!」

 

 

 その結果に苦い顔をしたのも束の間、モモンガは高速で『カゲ』の足元を駆けまわりながら、いくつもの『現断』を撃ち込んでいく。結果は変わらない。『カゲ』の肌に触れる前に、その全てが無力化していく。額に浮かぶ汗の珠は魔法の燃費の悪さのせいか、絶望が頭を過るせいか。

 

 のたうち回る『カゲ』の巨腕を躱す度に、血の気が引いていく。モモンガの肉体を磨り潰そうと伸びるそれらは、地に激突する度に地震を発現させ、空を切る度に巨大な竜巻を巻き起こした。一挙手一投足が、天災を引き起こす。あの腕が未だモモンガを捉えられないのは『カゲ』自身が怒りで自己を制御できないせいだろう。

 

『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』が産み出した根源の精霊達がヘイトを分散してくれていることも一役買っている。精霊達を紙の様に吹き飛ばしながら『カゲ』はモモンガを捕らえようと躍起になっていた。

 

 

「はぁっ……はぁ……!」

 

 

 数センチ横に、モモンガの身の丈の数倍もある拳が落ちた。ナザリックの地表部から第一階層まで砕き割る一撃によって生まれた大量の瓦礫片が、彼の視界を濁らせる。大量の砂埃が絶え間なく巻き起こるせいで、息継ぎもままならない。

 

 地を転がるモモンガに追撃の一手が飛ぶ。奴の手は八つ。こちらを捉える目の数は無数。休まる暇など一切ない。

 

 

「パンドラァ!」

 

 

 しかしモモンガは一人ではない。

 

 後方支援(パンドラ)がいる。金色(こんじき)に輝く装備を纏う彼が遥か彼方の空中に浮かんでいるのが、モモンガの目を以てギリギリ視認できる。超長距離と言って差し支えない距離。とあるバードマンに姿を変えているパンドラは『ゲイ・ボウ』の弓弦を限界まで引き絞って『カゲ』を見据えていた。

 

 パンドラの心境たるや、察するに余りある。神とさえ呼ぶ造物主を最前線に置き、後方支援に徹するなど。しかしそれが正解だ。彼の主人もそれを望んでいる。パンドラは、自分の役割を違えない。

 

 

「ペロロンチーノ様。御身の力の一端だけでも、今だけはどうか私にお貸しください」

 

 

 その呟きはまさに神への祈りだ。小さく、鋭く、息を吐いたパンドラは意を決すると、引き絞った弦から光を射出した。

 

 弓から弾かれたのは矢──ではなく、それぞれのエレメントに煌めく五つの光の塊だ。

 

属性重爆撃(フィフス・アティル)

 

 光、風、火、氷、雷のエレメントを纏うそれらは、必中の遠隔連撃。恐ろしい速度で空を切り裂く五つの光は、『カゲ』の肉体に吸い込まれる様に命中する……が、やはりモモンガの『現断』同様に既のところでかき消される。

 

 

「まだまだ……!」

 

 

 パンドラは翼を返して射出座標を変えながら『属性重爆撃』を何度も『カゲ』へと見舞った。『カゲ』は鬱陶しそうに体を捩っているが、足元のモモンガがヘイトを買ってくれている。パンドラは生きた心地のしないままに、超長距離射撃を繰り返した。

 

 下からモモンガが、空中からパンドラが、絶え間なく様々な個所を攻撃し続ける。

 

 

 ──圧倒的な手数で奴の弱点を炙りだせ。

 

 

 パンドラの脳内には、モモンガの命令がリフレインしていた。

 

 あれが一見完全無欠な存在に見えても、どこかに弱点や守りが薄い箇所はあるはずだ。彼らが今しているのは、その一筋の光明を見つける為の極限の綱渡り。

 

 必ずどこかに突破口はある。

 

 モモンガは魔力の欠乏と疲労で眩暈を起こしながらも『現断』を撃ち続けた。

 

 

(必ず突破口はある、はず──)

 

 

 鼻の先を、死が掠めていく。

 悍ましい死の気配が、モモンガの柔肌を滑る。

 

 

(そうでなきゃ──)

 

 

『カゲ』が火焔を吐いた。黒よりも黒い焔はあらゆるものを焦がし尽くすや、砂や瓦礫を溶かし尽くして辺り一帯を溶岩の海へと変えた。酸素を取り込んだモモンガの肺が、内から焼き尽くされそうな感覚を覚えた。

 

 

(そうでなきゃ──)

 

 

 地獄の何丁目だと思わんばかりの光景。

 モモンガは翼を広げて空に逃げると、今日何十回目だという『現断』を撃とうとして──……撃てなかった。

 

 

「くそ……」

 

 

 視界が霞む。

 MPの枯渇だ。モモンガはとうとう、自分が発現できるだけの魔法を撃ち尽くした。車酔いになったような気持ち悪さが、彼の頭を蝕んでいく。一瞬気をやったモモンガの体が、ふらりと自由落下を始めた。

 

 

(──なんて、クソゲーだよ……)

 

 

 霞む視界の中、モモンガが見たのは『カゲ』が再度口腔の中に火焔の塊を充填する姿だった。網膜を焦がす光景に、モモンガが我に返る。が、遅い。翼を動かしたその瞬間に、彼を光の柱が飲み込んだ。

 

 

「モモンガ様ッ!」

 

 

 直後、モモンガの視界が横へ吹っ飛んだ。彼を包む柔らかい翼、大気を叩く熱波、有機物を溶かす異臭、白飛びした様な紅蓮の閃光。

 

 一瞬自分の身に何が起きたのかをモモンガは理解できなかった。巡らぬ思考。魔力欠乏によって見舞われた眩暈に苦しみながら、彼を現実へ引き戻したのは耳元で呻くパンドラの呻き声だった。

 

 

 

「──パンドラ! 大丈夫か!?」

 

「っ……これしき、問題ございません」

 

 

 目を見開く。

 自分の体を抱いているパンドラの体は、余りの苦痛に震えていた。

 

 問題ないわけがない。

 パンドラの右半身は焼け爛れている……というより、溶解していた。肉が焦げる臭い。焼け爛れた傷口からはケロイド状になった血肉が地面に滴り、バードマンの肌からは夥しい量の発汗が見られた。

 

 右半身と右翼を失ったパンドラはそっとモモンガを腕から解くと、不敵に笑った──様に見えた。

 

 

「手当てを!」

 

 

 モモンガはアイテムボックスから上級治療薬を取り出してパンドラの傷口に振りかけた……が、回復はしない。染みる痛みに、パンドラが僅かに呻くだけだ。

 

 

「な、何で……!?」

 

 

 モモンガの美しい(かんばせ)が、絶望に歪む。

 そんなわけはないともう一本と治療薬を使ったが、それも効果を発揮することはなかった。

 

 ……『カゲ』はあらゆる生命の特性をその身に集約させている。それは『生まれながらの異能(タレント)』も例外ではない。キュアイーリムは大量の生命を己が身に吸収する上で『耐性完全突破』『治癒不能』の力までもを獲得していた。

 

 パンドラが回復できない理由がそれだ。

 アルベドのステータスを取り込んだモモンガの様なバグ込みのユニットでもなければ、回復は望めない。

 

 

「ぐ……っ」

 

 

 ケロイド肉を地に吐きこぼしながら、パンドラは膝を突いた。掠った程度とはいえ、ダメージ量が尋常ではない。それに加え、盲目化や毒などの状態異常効果も彼の身を蝕んでいた。先程の怪光線、威力が凄まじいだけではなかった。

 

 

「モモンガ様」

 

 

 もう一本だと治療薬を握るモモンガの手に、そっとパンドラの手が置かれる。彼は、自分の死を予感していた。

 

 

「……お役に立てず、申し訳ございません」

 

 

 振り絞る様な声。

 パンドラは、明滅する思考に抗い、その足でゆらりと立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……兆年待った。

 パンドラは待って、待って、待ち続けた。そしてようやくモモンガに逢えたと思ったのに、何の役にも立てなかった。

 

 

(嗚呼……)

 

 

 パンドラは憎い。彼は憎悪した。

 無力な自分を。何もかもを破壊する『カゲ』を。そして……。

 

 

「パンドラッ! 危ない! 早く逃げるぞ!」

 

 

 モモンガが、パンドラの腕を掴んで激しく揺する。

 穏やかに振り返ると『カゲ』が彼らに向けて大きく口を開いていた。その口腔には、やはり火焔。どす黒いエネルギーの塊が、集約されていく。

 

 この距離、避けられない。

 パンドラはどろりと身を溶かすと、その姿を卑猥な形をしたピンク色のスライムへと変えた。その姿は、『アインズ・ウール・ゴウン』にて最硬の防御役(タンク)を担った至高の御方のシルエット。

 

 

「はぁ……はぁっ……」

 

 

 膝を屈してしまいそうな疲労感。

 底に空いた穴から生命力が駄々洩れる様な感覚。

 

 次の瞬間、『カゲ』の口から光球が弾き飛ばされた。

 

 パンドラとモモンガの影が、遥か彼方まで伸びていく。二人を覆い、喰らい、呑みつくさんばかりの黒い太陽が、そこまで迫る。

 

 

「──―」

 

 

 モモンガが何かを叫んでいるのが聞こえる。

 しかしもう、パンドラにそれを言語として捉えるだけの生命力はなかった。

 

 

(全く……)

 

 

 パンドラはアイテムボックスの中から二つの巨盾を取り出すと、モモンガを庇う様にそれらを突き出した。

 

 

 ──直後パンドラの盾と、光球が衝突する。

 

 

 抗いがたい衝撃が、二人の身を包んだ。

 

 じりじりと、盾が灼けていく。

 どろりと融解を始める神器級アイテムを見るパンドラは、意外にもそれが他人事の様にさえ感じていた。

 

 

(何が、守護者……)

 

 

 パンドラはぼやける視界の中、背中を触れる気配に暖かさを感じていた。それは何を賭してでも、護るべき存在。彼が存在する意味そのもの。

 

 

(守るべき主人にあの様な顔をさせて、一体何が守護者だと言うのですか……)

 

 

 盾を握る拳を固く握りしめる。

 

 兆年待った。

 しかしそれも今ではたったの僅かなことにしかパンドラは感じていない。至高の御方の肉盾になれるのなら、兆年の孤独など御釣りが来る。

 

 守るべきは、至高の御方の笑顔。そして安寧。その為に自分は存在しているのだと、一片の迷いもなくパンドラは言い切れる。だから、主人にこの様な顔をさせる守護者に、創造された意味などない。

 

 ならば、せめてこの一撃だけでも往なしてみせなければなんとする。

 

 

「何をやっているんですか、貴方達は」

 

 

 凡そ、独白の様な呟き。

 ぶくぶく茶釜の可愛らしい声帯を通じたその声には、様々な彼の念が篭っている。その言葉は、一体何に向けてのものなのか。

 

 

「その様な化け物の一部に成り下がり、護るべき主人に刃を向け……」

 

 

 生命力が擦り切れていく。

 盾を構えるパンドラは、血の滲む様な声を絞り出していた。聞こえぬはずの、『彼ら』に向けて。

 

 

「何が、守護者……何がNPC……! 貴方達は、その様なことをやる為に御方々に創造されたというのですか……!」

 

 

 パンドラは叱責する。憎んでいる。憐れんでいる。あの化け物の一部と化した同胞達へ、届かぬ言葉を吐き出していた。

 

 理不尽。

 それはパンドラにも分かっている。あれほどの生命体の支配下に置かれた守護者達が、抗えぬということを。そして彼らが好きこのんで『カゲ』の一部になったのではないということを。しかし、憤らずにはいられない。

 

 だが、どれほどの力の干渉を受けようと、ナザリックに仕える者がモモンガにその力を振るうなど、決してあってはならない。

 

 

「……何という悲劇! 何という結末! ナザリックは、モモンガ様の征く道は、喜劇でなければならないというのに!」

 

 

 盾が、溶け消えていく。

 体が、融解していく。

 しかしパンドラは叫ぶ。届きもしない言葉を、血反吐と共に吐き続けた。

 

 

「至高の御方々の喜劇の舞台を整えるのが我らナザリックの守護者! そしてその同胞(はらから)の務めでしょう……! 貴方達は一体……一体何をやっているというのですか!?」

 

 

『カゲ』は動じない。

 ナザリックの魂魄を取り込んだあれに、慈悲の色はない。猛り狂う怒りに身を任せたあれは、ただの怪物でしかなかった。

 

 パンドラは呻く。

 もう保たない。せめてモモンガだけでも転移をと振り向いたが、余りの熱波と衝撃で魔法の発現もままならない様子。

 

 防ぎ切るしかない。

 それしか、パンドラが主を守る手立てはなかった。

 

 

「ぐ、おおおおおおおおおおお!!」

 

 

 パンドラは叫ぶ。

 全ての生命力を吐き出すが如く。

 

 モモンガ様を傷つけさせはしない。

 たとえこの身朽ち果てようと、このパンドラズ・アクターの目が黒いうちは、御身の命だけは繋ぎ止める。並々ならぬ覚悟を以って、パンドラは己が命を燃やし、輝かせた。

 

 

「──……おおおおおおおおおッ!!!!」

 

 

 乾坤一擲。

 パンドラの体が溶けていく。

 

 受け止めきれるわけはない。

 パンドラのレベルはたったの百。そして変身先の姿の八割程度の力しか発揮できない。

 

 しかし彼は、彼の愛が──

 

 

 

 

 

 ──……その瞬間だった。

 

『カゲ』の巨体が、鈍く、低く、けたたましい音をたてながら横合いに吹き飛んだ。まるで巨大な何かにぶん殴られたかの様に、だ。『カゲ』の巨体が地鳴りを奏でながら地を転っていく。

 

 それと同時に、パンドラと鍔迫り合っていた骨肉を焦がす目の前の光の球が、霧散した。

 

 代わりに訪れるのは突風。

 屍となりかけるパンドラの体はその風に抵抗もできず吹き飛ばされた。背負うモモンガの体と縺れる様に後方に吹き飛ばされた彼らには何が起きたか、理解できない。

 

 

「げほ、ごほっ……!」

 

 

 地に放り出されたパンドラとモモンガ。

 彼らは咳き込みながら、なんとか態勢を取り繕った。一体何が起きたというのか。あの光の球が消失した……ということだけは辛うじて理解できる。

 

 

 

「あれは……」

 

 

 

 見上げたモモンガの目が、その光景によって見開かれた。

 

 まさに、驚天動地。

 

『カゲ』が……あの巨体が、もう一体、聳え立っているのだ。

 禍々しい漆黒の『カゲ』と、その対になるように白く輝くもう一つの『カゲ』。

 

 淡い光を滲ませる白い『カゲ』の存在を……いや、あれがどういう現象であるかを、モモンガは知っていた。あれは、『ワルキューレ』の職業(クラス)を修めた者だけが行使できる切り札。

 

 

 ──死せる勇者の魂(エインヘリヤル)

 

 

 使用者と同じ能力値の分身を作り出すという『ユグドラシル』でも破格的と言われる程のスキルだ。つまりあれは『カゲ』と同等のステータスを誇る化け物中の化け物に他ならない。

 

『カゲ』が二体。

 まさにこの世の終焉と言わんばかりの光景だ。

 

 しかし、何故だろう。

 モモンガは不思議とあの白い『カゲ』に忌避感を抱かない。

 

 寧ろ……。

 

 そしてその違和感への答え合わせは、すぐに起こった。何故なら。

 

 

 

 

 

 ──妾のモモンガ様に、何やってくれとんじゃわりゃあああああああああ!!!! 

 

 

 

 

 

 醜い『カゲ』の肉体から、可憐な吸血鬼の雄叫びが発せられたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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