アルベドになったモモンガさんの一人旅【完結】   作:三上テンセイ

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14.champion

 

 

 

 

「ぬわりゃああああああああああああッ!!!」

 

 

 シャルティア・ブラッド・フォールンの美しい声で、エインヘリヤルが叫ぶ。白き『カゲ』は黒き『カゲ』の体に組み付くと、一気にそれを地に叩き落とした。

 

 地盤が砕け、地平線が僅かに傾く程の衝撃が星の表面を穿つ。

 

 放り込まれた『カゲ』の身はナザリックの地表部から第一、第二、第三階層の断層を砕き落とし、第四階層の地底湖へと沈んでいく。エインヘリヤルはそれを地表部から見下ろすと、二もなくそれに続いて陥没したナザリックの穴へと飛び込んだ。追撃の手は緩めないという意思が、ありありと表面化している。

 

 

「パンドラ、やはりあれは……」

 

「ええ……間違いなく、『彼ら』です……」

 

 

 そんな二体の『カゲ』を呆然と見ているモモンガに、パンドラがしかと頷いた。

 

 ……彼ら。

 

 エインヘリヤルとして『カゲ』から分断されたあの存在は、間違いなく『アインズ・ウール・ゴウン』のシモベ達そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わりゃあ! 私達の力をモモンガ様に向けたこと後悔させるたるわァ! 撃滅でありんす! 滅殺でありんす!」

 

 

 ずん、とエインヘリヤルの白い躰が、ナザリックの第四階層へと着地する。

 地底湖を望むエインヘリヤルは口腔から焔を滲ませ、その闘志、殺意を露わにしていた。

 

 

「待ってくださいシャルティア。気を急いてはいけません」

 

 

 可憐な声だけではない。

 落ち着いた紳士──デミウルゴスの声が、エインヘリヤル体から発せられた。

 

 

「デミウルゴス!? そんなこと言ってられんせん! 一も二もなくあれをギッタンギッタンのバッコンバッコンに傷めつけてやるのが守護者として当然の務めでありんしょう!?」

 

「デミウルゴスノ言ウ通リダ、シャルティア。怒リ心頭ハ山々ダガ、折角得ラレタ好機、最大限活カスノガ務メダロウ」

 

「ぐぬぅぅぅぅぅ!」

 

「このお馬鹿! 私達が自我を取り戻せたのはあの怪物が精神的に不安定になっているからだって感覚で分かるでしょうが! 一時的なこの状態をものにしなかったら本当に私達守護者の名折れなんだよ!? ほら、マーレもこの馬鹿になんか言ってやんなさい!」

 

「え、ええぇ!?」

 

「このチビ! 誰が馬鹿でありんすか誰が!」

 

 

 一つの体に、複数の魂。

『カゲ』から一時的にでも魂が切り離されたナザリックの配下達は、各々が各々に自身の考えを口にしていた。しかしそれを纏めるのはやはりナザリック随一の頭脳、デミウルゴスだ。

 

 

「しかしシャルティアの言い分も尤もです。我々には時間がない。下手に手をこまねいていては、いつまたあれに吸収されるか分かったものではないからね。……しかし……ソリュシャン、ナーベラル」

 

「はっ」

 

「この醜い姿では拙い。君達のドッペルゲンガーと『不定形の粘液(ショゴス)』としての力を併せて、この体をより戦闘向きな肉体へ変化させたまえ。ナーベラルの種族レベルが低いことを鑑みても、この肉体ならやってやれないことはないはずだ。任せられるね?」

 

「お任せください」

 

 

 エインヘリヤルから、二人の乙女の声が重なる。

 

 それと同時に『カゲ』と瓜二つだった淡く光る白い躰が、流動体へと変化していく。それは次第により戦闘向きな体へ……そして彼女達にとって力の象徴たる肉体へと様変わりした。

 

 

「おお!」

 

 

 アウラの喜色に飛んだ声が弾ける。

 エインヘリヤルに胎動する遍くナザリックの配下達も同様の声を漏らしていた。

 

 ……その姿は、骸骨の巨人だった。

 

 モチーフは勿論、モモンガのアバターそのもの。しかし違う点がいくつかある。まずその姿は魔法詠唱者然とはしていなかった。ローブも羽織っていなければ、杖も携えてはいない。代わりに、その拳は棘が付いたパンチグローブに包まれている。

 

 

「さしずめイミテーション・モモンガ様。チャンピオンスタイルと言ったところでしょうか」

 

 

 ソリュシャンの艶やかな声と共に、エインヘリヤルの拳が空を切る。

 悍ましく速く、悍ましく重い風切り音。ただのパンチ一撃が、如何ほどの破壊力であるのかは想像もつかない。

 

 

「素晴らしい。これならより機敏に、的確に動けるはずだ。シャルティア、エインヘリヤルは君の能力……この肉体の制御の大部分は君に指揮権がある。やれるね?」

 

「勿論でありんすえ!」

 

「セバス、彼女だけでは心許ない。徒手空拳に長けている君はシャルティアの動きの補佐をよろしく頼むよ」

 

「承知致しました、デミウルゴス様」

 

「さて……」

 

 

 準備は整った──と、同時に、地底湖の底から『カゲ』が飛び上がる。

 

 

「第二ラウンドといこうじゃないか。あの時はよくも、モモンガ様の御前で我々守護者に無様を晒させてくれたね」

 

 

 エインヘリヤルはファイティングポーズを取ると、身軽なステップで『カゲ』の挙動を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エインヘリヤルの拳が、『カゲ』のどてっ腹に突き刺さった。

 息継ぐ間もない。第二、第三のジャブとストレートが『カゲ』に見舞われる。セバスのガイドする姿勢制御に沿って、シャルティアはその身に溜め込んだ怨嗟を拳で吐き出し続けた。

 

 巨大生物と巨大生物。

 まるで怪獣特撮の様な光景が、そこには広がっていた。

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!」

 

 

 凡そ乙女とは思えぬどすの利いた声。

 彼女のラッシュに、エインヘリヤル体に収まる全てのナザリックの配下達が胸を熱くしていた。良い様に吸収され、その力をモモンガに向けさせられたその罪、はらさでおくべきか。

 

 戦闘向きな肉体のエインヘリヤルと、自我もままならぬ芋虫の様な本体。実力差は、明白だった。

 

 

 ──……押し切れる。

 

 

 階層守護者の誰もがそう思った。

 

 地から骨の足が跳ね上がり、『カゲ』を横合いに捉える。まるでゴムボールの様に弾け飛んだ『カゲ』の肉体は、第四階層の壁面を深々と突き破った。

 

 追撃の手は緩めない。

 

 エインヘリヤルが手を翳すと、無数の蔦が地中を突き破り、『カゲ』のもとへと殺到した。これは言うまでもなく、マーレの力だ。見た目よりも頑強な蔦は『カゲ』の肉体へと絡みつくや、その体を壁面へと釘付けにした。

 

 

「仕上ゲダ」

 

 

 武人の厳かな声が、第四階層に木霊する。

 淡く発光する巨大な骸骨は、無い肺を目一杯に膨らませると、その口腔から絶対零度の呼気を吐き出した。

 

 広大な第四階層が、瞬く間に凍土へと変貌していく。

『カゲ』の巨体を捉えた絶対零度は、黒きシルエットをあっという間に氷の塊へと変えてしまった。

 

 

「はっはー! こうなってしまえば、奴ももう終わりでありんすね!」

 

 

 軽快なステップを踏みながら、シャルティアの語気に喜色が宿る。

 シャルティア以下守護者各員も同様に喜色ばんだ息を漏らしていた。知将一人を除いて、だが。

 

 

「待ってくださいシャルティア。あれをこの程度で無力化できたとは到底思えません。まだ警戒を怠らない様に」

 

 

 ぐるりぐるりと肩を回しながら無警戒に近寄る彼女の姿を、デミウルゴスの声が咎める。姿は見えないとはいえ、彼が眉間に皺を寄せる姿が容易に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この勝負、どうやら我々の勝ちのようですね。流石は至高の御方々に創造された守護者……ということでしょうか」

 

 

 緩やかにナザリックの下層へと降りながらそう零すパンドラの言葉を、モモンガはまだ嚥下できないでいる。

 

 勝利は近い。

 ナザリックの全NPCの魂が籠ったエインヘリヤルと『カゲ』の戦闘結果は、明らかに優勢。

 

 ……だが、優勢なだけだ。

 まだ勝利したわけではない。

 

 モモンガの心にはまだ焦りが残っている。

 彼は欲しいのだ。勝ちを得たという圧倒的な安心感が。それがない限り、彼の心が休まることはない。ユグドラシルに於けるモモンガとは、そういうプレイヤーなのだから。

 

 

「……」

 

 

 目を細めて眼下に映る光景を眺めていたモモンガの目が、見開かれた。『カゲ』を縛る蔦が、氷気が、千切れ、壊され、振り切られたからだ。

 

 

「ちょ、なんなんでありんすか……!?」

 

「これは……」

 

「マサカ、学習シタノカ……?」

 

「私達を真似たってこと……!?」

 

「あ、あわわわ……!」

 

 

 氷の塊を突き破って現れたのは、先程までの『カゲ』ではない。

 

 モモンガを模したエインヘリヤルと、まさに瓜二つ。

 漆黒のシルエットに、眼窩に宿る蒼白い焔。死の支配者と呼ぶにまさしく相応しい、不死者の王の姿がそこにあった。

 

 

「…………」

 

 

『カゲ』は何も言わない。何も発さない。

 

 ただじろりとシャルティア達を一瞥して──次の瞬間、その拳をエインヘリヤルへと叩き込んだ。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 疾く、重たい衝撃が訪れる。

 ふわりと地を離れたエインヘリヤルの肉体が、吹き荒ぶ様な速度で岩壁へと激突した。

 

 

「──構えてください、シャルティア様!」

 

 

 セバスの老いた声帯が激しく震える。

 尻餅を搗いたエインヘリヤルの眼前には既に『カゲ』の肉体が迫っていた。

 

 

「うっ……!」

 

 

 咄嗟に構えたガードの上から、漆黒の脚撃がそれを穿つ。

 体勢を崩したエインヘリヤルの上から、『カゲ』は何度もストンプした。

 

 

「こ、んのぉ……!」

 

「『獄炎の壁(ヘルファイヤーウォール!)』!」

 

 

 デミウルゴスが叫ぶ。

 エインヘリヤルが苦し紛れに腕を振るうと、二体の間に黒炎の壁が突き立った。虚を突かれた『カゲ』から距離を取る様に転がり、弾かれる様にエインヘリヤルが立った。

 

 

「不味イナ……」

 

 

 再びファイトポーズを取るエインヘリヤルの喉奥から、コキュートスの声が漏れ出る。

 

 

「コ、コキュートスさん……不味いって、何が……」

 

「所詮コノ肉体ハ仮初ノ物に過ギナイ……基礎戦闘力ハ本体ニ軍配ガ上ガルダロウ……。同ジ土俵ニ立ッタノナラ、摸造品ガ真打ニ勝ル道理ナドナイ」

 

「で、でも、僕達の方が理性的に立ち回れるはずですよね? あれは殆ど自我を失っていて──」

 

「ソレハ、ドウダロウナ……」

 

 

 シャルティアの思考に沿って、エインヘリヤルがジャブとストレートのコンビネーションを油断なく繰り出した。大気が擦り切れる様な音を纏い、繰り出された拳は、『カゲ』の頬を僅かに擦るだけで命中するには至らない。代わりに見舞われたのは、お返しと言わんばかりのワンツーだった。

 

 

「この……!」

 

 

 たたらを踏むエインヘリヤルに、追撃の拳が続々と飛来する。

 シャープで的確な連撃は、エインヘリヤルのガードの上から的確にダメージを与えていく。

 

 

「切り離されているとはいえ、この体も奴の一部……戦闘に対する経験値が奴にも還元されている、ということですか……!」

 

 

 的確な足さばき、拳運び。

 シャルティアやセバスに由来した体の動かし方を、『カゲ』は学習し始めている。心という制御装置が無くとも、取り込み、増殖するコンピューターウイルスの様な学習装置は備わっていたという訳だ。

 

 

「ぐ、ぐ、ぐ……!」

 

 

 徐々に膝が屈し始めている。

 シャルティアは『カゲ』の乱打を懸命に防御しながらも、返す手がなかった。

 

 守勢にして、劣勢。

 暴風雨に晒された木の葉の様に、エインヘリヤルはその場に蹲る他なかったのだが──

 

 

 

「俺の配下達に、手を出すなあああああ!!!」

 

「モモンガ様……!?」

 

 

 ──視界の隅に入ったのは、漆黒の小さな影。

 

 黒翼をはためかせ、第三階層から降下してくるのはアルベドの姿をした至高の御方だった。

 

 モモンガは空中で身を翻すと、その手に備わる黒き杖を槍の姿へと変える。世界を変えられる程の力を持つそのアイテムの名は『ギンヌンガガプ』。万物を破壊可能とされる世界級アイテムを携えて躍り出たモモンガが狙うのは『カゲ』──ではなく、その足場。

 

 

「だらああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 モモンガが『カゲ』の足元に着地すると同時、一息に槍を第四階層の地面へと突き刺すと、変化はすぐさまに起こった。まるで薄氷の湖に巨大な鉄球を落としたように、頑強なナザリックの地面が抉れたのだ。下の階層まで突き破る……ほどでは流石にないが、それでも『カゲ』のバランスを崩すには十分。

 

 思いがけない状況によって体をぐらつかせた『カゲ』の前に聳え立つのは、憤怒の炎を眼窩に灯したエインヘリヤルだった。

 

 

「やれ! シャルティア!」

 

 

 モモンガが叫ぶ。

 それはシャルティアの魂が、震えた瞬間だった。

 

 

「う──」

 

 

 踏み込む。

 遠慮の欠片も残さない。

 右の拳を最大限までテイクバックした。

 

 

「お──」

 

 

 腰を捻る。

 視線は逃さず、瞬きもしない。

 エインヘリヤルは、拳をギワリと握り込んで──

 

 

 

「──りゃああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

 ──『カゲ』の蟀谷に、拳を叩き込んだ。

 

 極み、固めた拳は、『カゲ』の頭蓋を豆腐の様に、容易く粉砕せしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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